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第二章

銀髪の男

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 ティールーム、あるいはティーショップ。紅茶や軽食を楽しみ、噂話に花を咲かせる。女性たちの社交場だ。

 もちろん男性も利用することはできるが、利用客は圧倒的に女性の方が多い。王都に新しく作る植物園には、ヴィクトリアの意向でティールームを併設する予定だ。

 流行の最前線は王都だが、アイラ公爵領も負けてはいない。元スラム街に作られた植物園は、年頃の令嬢たちの憧れの的だという。ならば、新しい植物園にはアイラの色を存分に取り入れるべきだ。

 普段は領地にいる母にいくつかの候補を聞き、領都にあるティールームを回ることにした。今日は三店舗ほどの視察を予定している。

 友人であるユージェニーが遊びに来ることになっているので、その時には彼女の意見も聞きたい。

 あまり目立たないようにシンプルな外出着を選び、リアムをパートナーではなく従者として連れて、ヴィクトリアは最初の店に向かった。


「こちらのオールディントン・ティーは、豊富な茶葉の種類を取り揃えていることで有名だそうですよ。また、席によって茶葉や内装のクラスを変えることで、幅広い身分の客が訪れているのだとか」

「確かに賑わっているわね。王都には裕福な民も多いし、これは取り入れるべき点かしら」


 店は二階建てとなっており、一階は広く取られた空間にテーブルがたくさん置かれ、女性たちがお喋りを楽しんでいる様子が見えた。どうやら貴族と平民では出入口が違うようで、ヴィクトリアたちは支配人に案内され、一階フロアは通らずに階段へ向かった。

 二階席はソファーとローテーブルがいくつか並べられ、更に奥には個室があるようだった。一階の素朴な雰囲気の内装とは異なり、調度品や壁紙、カーペットに至るまでこだわりが感じられる。

 個室に案内されるのを断り、ヴィクトリアは一番奥まった位置に置かれたソファーに座った。今日の目的は視察だ。他の客の様子も見たいので、個室ではない方が都合が良い。


「個室の方が格が高いのね」

「奥様もこの店をご利用の際は、個室をお使いだと聞いております。二階に通されるのはほとんどが貴族だそうですが、フロアの席は支払いさえできれば、貴族籍を持たずとも利用できるそうですよ」


 フロア席もそれなりに埋まっているが、やはり一階のような喧騒はない。静かに笑い合う女性客たちを眺めながら、サーブされた紅茶を一口飲む。


「味もサービスも悪くは無いわね。ユージェニーを連れてまた来ようかしら」

「その際は個室を取らせておきましょう」

「お願いね、リアム」


 周囲に聞こえないよう小さな声で話していると、フロアが俄かにざわめいた。

 視線を上げると、階段から一人の男性客が姿を見せた所だった。ヴィクトリアも思わず息を呑む。

 ティールームに男性客が来ない訳ではない。だが、男が一人で入るには躊躇う場所であることには違いない。しかしその客は、護衛らしき男を従えたのみで悠々と歩いてきた。

 立ち振る舞いには品がある。だが服装は貴族というより、それなりに裕福な商人といったところ。王族とも取引をするような商人は貴族らしいマナーを備えていて当然だが、それにしては衣装に飾り気がない。

 女性たちがざわめいたのは、その顔立ちだろう。柔らかく下がった眉尻、意志の強そうな切れ長の目、仄かに笑みを湛えた口元。優しく柔和ながら、意志の強さも感じられる整った容貌だ。

 そして、ヴィクトリアが驚いたのは、その男がリアムに似ていたからだった。

 短く刈り込んだ銀の髪。きらきらと光を放つ赤い瞳。表情から受ける印象は真逆だが、併せ持つ色彩と顔の造りそのものはそっくりだ。

 すぐ傍に立つリアムも動揺したのか、少し体を揺らした。

 男性客は席を探すようにフロアを見渡していたが、こちらを見て目を丸くした。案内していた店員に声をかけ、制止も聞かずに大股で近づいてくる。

 リアムがさっと前に出たが、男はヴィクトリアではなく、リアムに詰め寄った。


「申し訳ない、失礼を承知で声をかけさせていただきます。従者殿のお名前をお伺いしても?」


 ヴィクトリアが無言のまま目を細めたのを見て、男はハッとして言い繕った。


「いえ、重ねて失礼を致しました。私はハーバートと申します。しがない商人でして、この度は仕入れのためにこの地を訪れておりました」


 今度こそ、リアムではなくヴィクトリアに向かって深くお辞儀をしたハーバートだったが、やはりヴィクトリアは何も答えず席を立った。


「行くわよ」

「はい、お嬢様」


 紅茶はまだ残っていたが、今ここに残る理由は無い。追い縋ろうとしてくるハーバートを、リアムが鋭く睨みつけて制した。


「お嬢様は貴様のような無礼者と交わす言葉はないとおっしゃっている。今ここで罰されなかったことを幸運に思え」


 身分差がある相手に無遠慮に詰め寄り、果ては主人のことを無視して従者に話しかける。それも、人の目がある場所で、だ。

 当然、ヴィクトリアとしてはその行為を許すわけがない。事情がありそうな様子ではあったし、ハーバートの容貌も気になるところだが、ここにいるほかの客はアイラ家の家臣が多い。威厳を損ねる真似は避けなければならなかった。

 さすがに足を止めたハーバートは、どこか悔しそうな顔で店を出るヴィクトリアたちを見送っていた。





「リアム、あの男を調べてくれる? ただし、あなたは動かないでね」

「かしこまりました、お嬢様」


 ヴィクトリアはほかの視察をキャンセルし、馬車でアイラ公爵邸に戻ることにした。揺れる馬車の中で、リアムに指示を出す。


「見るからに怪しすぎるわ。立ち居振る舞いが商人ではないもの。恐らく高位の貴族令息だとは思うけれど」

「我が国の者ではありませんね。言葉に訛りはありませんでしたが、隣の帝国か、もしくはその向こうの国か……」


 沈んだ表情で考え込むリアムの手を、そっと握る。


「気になる?」


 完全に拒絶して店を出てきたものの、リアムにそっくりな顔立ちのことはヴィクトリアも気にしていた。

 リアムは十年ほど前、スラムで倒れているところをヴィクトリアが拾ったのだ。魔力があったために貴族家の養子となり、ヴィクトリアの従者として仕えてくれている。

 魔力を持つのは貴族の血筋だ。いくらスラムにいたとはいえ、リアムはどこか貴族の家の生まれであることは確かだろう。

 そういった事情もあり、あの男がリアムの血縁だとするなら、商人だというのはやはり嘘ということになる。ならば、身分を偽ってこの国にいるのは何故なのか。あまりにも怪しすぎるため、迂闊に言葉を交わすのは避けた。向こうが無礼を犯してくれて助かったと思うべきだろうか。

 だが、もしハーバートがリアム自身の知らない血縁者なら。


(だとしたら、わたくしはリアムをどうしたいというの)


 ヴィクトリアの微かな心の揺らぎを感じ取ったかのように、リアムは微笑み、ヴィクトリアの手を握り返した。


「もし私の出生が明らかとなり、血の繋がった家族が現れたとしても、私はお嬢様の傍を決して離れはしません」

「ええ、そうね」

「私は死ぬまでヴィクトリアお嬢様の従者です。……結婚しても、です」


 照れて耳を赤くしたリアムに、一呼吸分おいてヴィクトリアも頬を染めた。


「分かっているわ、リアム。……早く正式に婚約したいわね」


 今の立場は中途半端だ。婚約が内定していることは身内には出回っているだろうが、まだまだごく狭い範囲でしかない。

 早くお互いがお互いのものだと主張したい。そうすれば、この小さな不安も無くなるだろうに。

 そんな弱気な考えを、ヴィクトリアは心の奥底に閉じ込めた。
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