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第一章
美しいものはすべて、
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学園が夏の長期休みに入り、ヴィクトリアは領地に帰って来た。
これまでは定期的にギルバートに手紙を贈ったり、時には王族の別荘に赴いたりしていたけれど、今年はその必要もない。
開放的な気分だった。
ユージェニーとはお互いの領地に遊びに行く約束をしているが、彼女との予定は市場調査で埋まりそうだと予想している。きっとそれも楽しいだろう。外出用のドレスを新調するのに、仕立屋を呼ばなくてはいけない。
だが、まずはやらなくてはならないことがある。
久しぶりに家族三人、顔を合わせて話した。近況報告や、これからのヴィクトリアの望みなど。
両親はちゃんと話を聞いて、ヴィクトリアの我が儘も聞いて、頷いてくれた。わざわざリアムを置いてポーラに会いにいった甲斐があったというものだ。
準備を終えて、ヴィクトリアはリアムを連れ、領都の植物園にやって来た。
昔リアムがいた、スラム街の面影はどこにもない。人々が明るい笑顔で行き交う、このアイラ公爵領有数の観光地の一つだ。
ヴィクトリアは植物園のエリア一つを貸し切り、テーブルを用意させていた。普段であれば給仕はリアムの仕事だが、今日は別に侍女を連れてきている。
いつものようにお茶を淹れようとしたリアムを止めて、正面に座らせた。
「お嬢様、どうなさったのですか?」
学期末パーティー以来、リアムはヴィクトリアへの好意を隠さなくなった。これまでの忠誠に、さらに恋情が乗せられてヴィクトリアに向けられる。
赤い瞳に籠る熱に、焦がされそうになる。全身が燃え上がって、形も残らないくらいに。それが心地よいと感じるのだから、まったく、確かにヴィクトリアたちはおかしいのかもしれない。
窺うように向けられた熱い視線に快感を覚えながらも、ヴィクトリアはお茶を飲んで心を落ち着かせた。
「リアム、大切な話があるの」
「……はい」
わざと沈んだ表情で重々しく切り出せば、面白いくらいにリアムの瞳が揺れた。
小さく息を吐く。リアムから送られる視線が徐々に縋るようなものに変わって、テーブルに乗せられた両手がきつく握られた。
「あのね、」
躊躇うように、そっと声を潜ませる。
リアムが無理やり息を吸い込み、ぎゅっと目を閉じた。かたかたと小刻みに震える拳を、上から握る。
「お父様とお母様が、わたくしたちの婚約を認めてくれたわ!」
「……え」
ぱっと目を開いたリアムは、呆けたように口を開けた。
ヴィクトリアは満面の笑みで身を乗り出し、リアムの頬に手の平を滑らせる。
「ふふふ、今日も素敵な顔をありがとう、リアム。ちょっと頬が冷たくなっているわね」
「お嬢様がお喜びなら、それでいいです……」
がっくりと力が抜けたらしいリアムは、一呼吸分おいてから、はは、と声を上げて笑った。
重なった手を握り返して、じわじわと顔を赤くしていく。そんな従者の姿に、ヴィクトリアも頬を熱くさせた。
「本当に……、私が、お嬢様の婚約者に?」
「ええ、許してもらったわ。最初に駄目と言われた時は、どうしようかと思ったけれど」
我ながら完璧な理論でリアムの有用性を説いたと思ったのに、即座に却下されたのだ。父のアルフレッドだってリアムを気に入っているのだから、許可はすぐに下りるだろうと考えていたヴィクトリアは、あまりにもびっくりして作った資料を破いてしまった。
けれど、領地に戻ってきてからゆっくり話をして、父の思惑を初めて知った。
「わたくしがギルバートと婚約する前は、リアムを結婚相手に考えていたのですって」
「そう、なのですか?」
リアムが目を丸くする。ヴィクトリアも聞いた時は驚いた。
ヴィクトリアがリアムを傍に置きたいと望み、彼の血に魔力が宿っていると判明した時。アルフレッドは使用人としてリアムを雇う予定だったのを、急遽変更して近しい家の養子にさせた。そして従者として、後継者教育を受けているヴィクトリアにつかせた。共に学び、成長することで、アイラ公爵家に相応しい人間として育つようにと。
初めからアルフレッドは、リアムにヴィクトリアを支えさせるつもりだったのだ。
「アイラ公爵家は近頃の発展が目覚ましい。王家からすれば、これ以上アイラが力をつけるのは望ましくないでしょう? 貴族の力関係を考えれば、わたくしの結婚相手はそういないわ。爵位が釣り合う相手は家の力が強すぎるし、王家に警戒されずに済む家は爵位が低すぎる。その点、バルフォア伯爵家は家格が高すぎず低すぎず、何よりもともとアイラの家臣だから力の均衡も崩れない。そういう理由で、リアムの養子先に選んだらしいの」
「……もしや、私がスラム育ちなのも理由の一つですか? 公爵家が強くなりすぎないように」
「そうかもしれないわ。でも、王家の方からギルバートとの婚約の打診があった。王家の方から繋がりを求めてきたのだから、お父様からすれば断る理由は無いわ」
周囲に気を配りながら結婚相手を定めるより、王家から求められて結婚する方が軋轢が少ない。どこまでも冷静な、当主としての決定だ。
「ただ、お父様もギルバートのことは独自に監視していたらしくて……。わたくしが婚約破棄を決意したのと、お父様が彼を見限ったのはほぼ同時だったらしいわ。ポーラに悪い影響を受けていたのを、もう修正不可だと判断したのね。少し怒られてしまったわ、もっと婚約者の動向に注意を向けるべきだったと」
ヴィクトリアの婚約破棄をあっさりと許可したのも、そういう背景があったからだ。
やはり、まだまだ父には及ばない。先を見る目も、手回しの早さも。
「だからね、そもそもリアムのことは、わたくしの婚約者候補として認めてくれていたの。わたくしがリアムの必要性を説明しても意味が無くて当然よね。……悔しい」
今度こそ、自分の力だけで成し遂げてみせようと、やる気満々だったのに。父の手の上で踊らされている気分だ。
不満を隠すことなく唇を尖らせていると、リアムが小さく笑った。
「なら、どうやって認めていただいたのですか?」
「……それは」
答えようとしたが、言葉に詰まった。
リアムには、父に婚約を許可してもらえなかった理由や、ポーラに会いに行った理由を話していないのだ。
愛が感じられない、と言われたのがショックだったし、気恥ずかしかったのもある。
「言わなきゃ駄目?」
「聞きたいです」
だが、目の前に座るリアムは期待に目を輝かせている。そんな風に見つめられたら、応えてあげたくなるのが主人の性だ。
「……リアムのせいで死んでも後悔しないくらい、愛してるから、結婚したいって言ったのよ」
自然と顔が俯き、声も小さくなった。意味もなく指先に髪を巻き付ける。
恋愛なんて無縁だったヴィクトリアにとって、パーティーの時のように気持ちが昂っていない状態で、自分の気持ちを口にするのは難しい。そもそも貴族の令嬢は、感情を悟らせないようにする術を教え込まれる。本音で語ることは少ない。
ちらっとリアムを見る。どんな顔をしているのか見たくて。照れているのか、喜んでいるのか。
リアムは、さっきまで浮かべていた笑みを消して、血の気の引いた顔をしていた。
「リアム?」
「それは……、いけません、お嬢様」
「ど、うして? だって、わたくしは」
まさか、次はリアムに拒絶されるとは思わなかった。
ヴィクトリアが愕然としたのを、リアムはどう捉えたのか、慌てて立ち上がって傍に跪いた。
「ちがう、違うんですお嬢様」
「何が違うの? わたくしが何のために……。だってポーラも言っていたのよ、ギルバートのために死ぬかもしれないと思ったら、気持ちが冷めたのだと。わたくしは絶対にそんなこと無いわ。それは、リアムのことが好きだからではないの? これは、愛ではないの?」
リアムに両腕を掴まれて、びくりと体が揺れた。
「そうじゃありません。私も同じ気持ちです。申し訳ありません、違うんです。ただ……、私にとってお嬢様は命をかけてお守りする存在なんです。私のせいでお嬢様が死ぬ、なんて、そんなの」
リアムの声がか細く震えて、湿り気を帯びる。
「想像だとしても耐えられません。もしお嬢様に何かあったら、私は迷いなく後を追います」
それは簡単に予想がついた。きっとリアムは、ヴィクトリアのいない世界では生きていけないだろう。
「ええ、そうね。そうだったわ。いつも言っているものね」
求愛を拒まれたのではなかった。そのことに安堵して、薄く涙の浮いた赤い瞳のふちを、親指で撫でた。
いつものかわいいリアムだ。ヴィクトリアが愛する、この世で一番美しい従者。
誤解が解けたことに安心したのか、リアムはほうと息をついて、口元を緩ませた。
「ヴィクトリアお嬢様、私もあなたを愛しています。ずっとお傍にいさせてください。従者としても、男としても」
「従者をやめる気は無いのね?」
「絶対にやめません。私以外の人間が従者になったら、嫉妬で消してしまいそうです」
「ふふふ、意外と欲張りだったのね、リアムは」
自然と顔が近づいて、鼻先が触れ合う。ぼやけた視界でも、リアムがくしゃりと目元を歪めたのが分かった。
「口づけを、許してくださいますか?」
「……ええ、許すわ」
静かに重なった唇は、お互いに震えていて、泣きそうになった。
この場所で出会って、その美しさに目を奪われた。ヴィクトリアの世界を丸ごと塗り替えて、心を捉えて離さない。ずっとずっと、大好きだった。
(わたくしの、最愛。何よりも美しい、愛しい、初恋)
体を離すと、リアムもぽろぽろと涙を零していて、顔を見合わせて笑ってしまった。
「愛しているわ、リアムの不幸も、幸福も、丸ごと」
貴族としての矜持も、個人としての幸せも。
美しいと思うもの、すべてはヴィクトリアのためにある。
胸が張り裂けそうなほどの想いを噛み締めて、今度はヴィクトリアからリアムに口づけた。
これまでは定期的にギルバートに手紙を贈ったり、時には王族の別荘に赴いたりしていたけれど、今年はその必要もない。
開放的な気分だった。
ユージェニーとはお互いの領地に遊びに行く約束をしているが、彼女との予定は市場調査で埋まりそうだと予想している。きっとそれも楽しいだろう。外出用のドレスを新調するのに、仕立屋を呼ばなくてはいけない。
だが、まずはやらなくてはならないことがある。
久しぶりに家族三人、顔を合わせて話した。近況報告や、これからのヴィクトリアの望みなど。
両親はちゃんと話を聞いて、ヴィクトリアの我が儘も聞いて、頷いてくれた。わざわざリアムを置いてポーラに会いにいった甲斐があったというものだ。
準備を終えて、ヴィクトリアはリアムを連れ、領都の植物園にやって来た。
昔リアムがいた、スラム街の面影はどこにもない。人々が明るい笑顔で行き交う、このアイラ公爵領有数の観光地の一つだ。
ヴィクトリアは植物園のエリア一つを貸し切り、テーブルを用意させていた。普段であれば給仕はリアムの仕事だが、今日は別に侍女を連れてきている。
いつものようにお茶を淹れようとしたリアムを止めて、正面に座らせた。
「お嬢様、どうなさったのですか?」
学期末パーティー以来、リアムはヴィクトリアへの好意を隠さなくなった。これまでの忠誠に、さらに恋情が乗せられてヴィクトリアに向けられる。
赤い瞳に籠る熱に、焦がされそうになる。全身が燃え上がって、形も残らないくらいに。それが心地よいと感じるのだから、まったく、確かにヴィクトリアたちはおかしいのかもしれない。
窺うように向けられた熱い視線に快感を覚えながらも、ヴィクトリアはお茶を飲んで心を落ち着かせた。
「リアム、大切な話があるの」
「……はい」
わざと沈んだ表情で重々しく切り出せば、面白いくらいにリアムの瞳が揺れた。
小さく息を吐く。リアムから送られる視線が徐々に縋るようなものに変わって、テーブルに乗せられた両手がきつく握られた。
「あのね、」
躊躇うように、そっと声を潜ませる。
リアムが無理やり息を吸い込み、ぎゅっと目を閉じた。かたかたと小刻みに震える拳を、上から握る。
「お父様とお母様が、わたくしたちの婚約を認めてくれたわ!」
「……え」
ぱっと目を開いたリアムは、呆けたように口を開けた。
ヴィクトリアは満面の笑みで身を乗り出し、リアムの頬に手の平を滑らせる。
「ふふふ、今日も素敵な顔をありがとう、リアム。ちょっと頬が冷たくなっているわね」
「お嬢様がお喜びなら、それでいいです……」
がっくりと力が抜けたらしいリアムは、一呼吸分おいてから、はは、と声を上げて笑った。
重なった手を握り返して、じわじわと顔を赤くしていく。そんな従者の姿に、ヴィクトリアも頬を熱くさせた。
「本当に……、私が、お嬢様の婚約者に?」
「ええ、許してもらったわ。最初に駄目と言われた時は、どうしようかと思ったけれど」
我ながら完璧な理論でリアムの有用性を説いたと思ったのに、即座に却下されたのだ。父のアルフレッドだってリアムを気に入っているのだから、許可はすぐに下りるだろうと考えていたヴィクトリアは、あまりにもびっくりして作った資料を破いてしまった。
けれど、領地に戻ってきてからゆっくり話をして、父の思惑を初めて知った。
「わたくしがギルバートと婚約する前は、リアムを結婚相手に考えていたのですって」
「そう、なのですか?」
リアムが目を丸くする。ヴィクトリアも聞いた時は驚いた。
ヴィクトリアがリアムを傍に置きたいと望み、彼の血に魔力が宿っていると判明した時。アルフレッドは使用人としてリアムを雇う予定だったのを、急遽変更して近しい家の養子にさせた。そして従者として、後継者教育を受けているヴィクトリアにつかせた。共に学び、成長することで、アイラ公爵家に相応しい人間として育つようにと。
初めからアルフレッドは、リアムにヴィクトリアを支えさせるつもりだったのだ。
「アイラ公爵家は近頃の発展が目覚ましい。王家からすれば、これ以上アイラが力をつけるのは望ましくないでしょう? 貴族の力関係を考えれば、わたくしの結婚相手はそういないわ。爵位が釣り合う相手は家の力が強すぎるし、王家に警戒されずに済む家は爵位が低すぎる。その点、バルフォア伯爵家は家格が高すぎず低すぎず、何よりもともとアイラの家臣だから力の均衡も崩れない。そういう理由で、リアムの養子先に選んだらしいの」
「……もしや、私がスラム育ちなのも理由の一つですか? 公爵家が強くなりすぎないように」
「そうかもしれないわ。でも、王家の方からギルバートとの婚約の打診があった。王家の方から繋がりを求めてきたのだから、お父様からすれば断る理由は無いわ」
周囲に気を配りながら結婚相手を定めるより、王家から求められて結婚する方が軋轢が少ない。どこまでも冷静な、当主としての決定だ。
「ただ、お父様もギルバートのことは独自に監視していたらしくて……。わたくしが婚約破棄を決意したのと、お父様が彼を見限ったのはほぼ同時だったらしいわ。ポーラに悪い影響を受けていたのを、もう修正不可だと判断したのね。少し怒られてしまったわ、もっと婚約者の動向に注意を向けるべきだったと」
ヴィクトリアの婚約破棄をあっさりと許可したのも、そういう背景があったからだ。
やはり、まだまだ父には及ばない。先を見る目も、手回しの早さも。
「だからね、そもそもリアムのことは、わたくしの婚約者候補として認めてくれていたの。わたくしがリアムの必要性を説明しても意味が無くて当然よね。……悔しい」
今度こそ、自分の力だけで成し遂げてみせようと、やる気満々だったのに。父の手の上で踊らされている気分だ。
不満を隠すことなく唇を尖らせていると、リアムが小さく笑った。
「なら、どうやって認めていただいたのですか?」
「……それは」
答えようとしたが、言葉に詰まった。
リアムには、父に婚約を許可してもらえなかった理由や、ポーラに会いに行った理由を話していないのだ。
愛が感じられない、と言われたのがショックだったし、気恥ずかしかったのもある。
「言わなきゃ駄目?」
「聞きたいです」
だが、目の前に座るリアムは期待に目を輝かせている。そんな風に見つめられたら、応えてあげたくなるのが主人の性だ。
「……リアムのせいで死んでも後悔しないくらい、愛してるから、結婚したいって言ったのよ」
自然と顔が俯き、声も小さくなった。意味もなく指先に髪を巻き付ける。
恋愛なんて無縁だったヴィクトリアにとって、パーティーの時のように気持ちが昂っていない状態で、自分の気持ちを口にするのは難しい。そもそも貴族の令嬢は、感情を悟らせないようにする術を教え込まれる。本音で語ることは少ない。
ちらっとリアムを見る。どんな顔をしているのか見たくて。照れているのか、喜んでいるのか。
リアムは、さっきまで浮かべていた笑みを消して、血の気の引いた顔をしていた。
「リアム?」
「それは……、いけません、お嬢様」
「ど、うして? だって、わたくしは」
まさか、次はリアムに拒絶されるとは思わなかった。
ヴィクトリアが愕然としたのを、リアムはどう捉えたのか、慌てて立ち上がって傍に跪いた。
「ちがう、違うんですお嬢様」
「何が違うの? わたくしが何のために……。だってポーラも言っていたのよ、ギルバートのために死ぬかもしれないと思ったら、気持ちが冷めたのだと。わたくしは絶対にそんなこと無いわ。それは、リアムのことが好きだからではないの? これは、愛ではないの?」
リアムに両腕を掴まれて、びくりと体が揺れた。
「そうじゃありません。私も同じ気持ちです。申し訳ありません、違うんです。ただ……、私にとってお嬢様は命をかけてお守りする存在なんです。私のせいでお嬢様が死ぬ、なんて、そんなの」
リアムの声がか細く震えて、湿り気を帯びる。
「想像だとしても耐えられません。もしお嬢様に何かあったら、私は迷いなく後を追います」
それは簡単に予想がついた。きっとリアムは、ヴィクトリアのいない世界では生きていけないだろう。
「ええ、そうね。そうだったわ。いつも言っているものね」
求愛を拒まれたのではなかった。そのことに安堵して、薄く涙の浮いた赤い瞳のふちを、親指で撫でた。
いつものかわいいリアムだ。ヴィクトリアが愛する、この世で一番美しい従者。
誤解が解けたことに安心したのか、リアムはほうと息をついて、口元を緩ませた。
「ヴィクトリアお嬢様、私もあなたを愛しています。ずっとお傍にいさせてください。従者としても、男としても」
「従者をやめる気は無いのね?」
「絶対にやめません。私以外の人間が従者になったら、嫉妬で消してしまいそうです」
「ふふふ、意外と欲張りだったのね、リアムは」
自然と顔が近づいて、鼻先が触れ合う。ぼやけた視界でも、リアムがくしゃりと目元を歪めたのが分かった。
「口づけを、許してくださいますか?」
「……ええ、許すわ」
静かに重なった唇は、お互いに震えていて、泣きそうになった。
この場所で出会って、その美しさに目を奪われた。ヴィクトリアの世界を丸ごと塗り替えて、心を捉えて離さない。ずっとずっと、大好きだった。
(わたくしの、最愛。何よりも美しい、愛しい、初恋)
体を離すと、リアムもぽろぽろと涙を零していて、顔を見合わせて笑ってしまった。
「愛しているわ、リアムの不幸も、幸福も、丸ごと」
貴族としての矜持も、個人としての幸せも。
美しいと思うもの、すべてはヴィクトリアのためにある。
胸が張り裂けそうなほどの想いを噛み締めて、今度はヴィクトリアからリアムに口づけた。
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