耽美令嬢は不幸がお好き ~かわいそかわいい従者を愛でながら、婚約破棄して勘違い男たちにお仕置きします~

神野咲音

文字の大きさ
上 下
22 / 66
第一章

リアムの限界

しおりを挟む
 横領の件を報告しなければと、父は慌ただしく王宮に出かけて行った。そろそろ謁見のできる時間も終わるが、さすがに第三王子の明確な犯罪を知って、報告を先延ばしにはできない。

 ユージェニーも、デリックの件をすぐに報告しなければと青くなっていたから、屋敷に返した。スクロールの確認は後日ということになった。

 ユージェニーは気にしていたが、家のことを思えば優先度ははっきりしている。ヴィクトリアの感傷など後回しだ。

 こうなってはヴィクトリアにできることはない。今まで通り静かに過ごして、あとは法の裁きを待つだけだ。婚約についても、父が上手く破棄してくれることだろう。

 胸の内にはずっと燻っているものがある。焦り、諦め、そういう類の感情だ。ギルバートは何らかの罪に問われ、今は彼の従者であるリアムも、二度とヴィクトリアの元には戻って来ない。

 もうその未来は変わらないのに、どうにかなるんじゃないかという足掻く心が残っている。

 自分の部屋に戻り、侍女が出してくれていた箱を机に置いて眺めた。小さな鍵を手にしてみるが、開ける勇気が出ない。

 スクロールが無いことをこの目で見てしまったら、リアムが本当にいなくなってしまうような気がして。

 ヴィクトリアはため息をついて、鍵を引き出しに仕舞いこんだ。





 横領が発覚してから三日が経ったが、目に見える進展はなかった。父と国王は何事か話し合っているようだが、ヴィクトリアには知らされていない。

 学園ではギルバートとポーラが堂々と下位貴族たちを率いて幅を利かせるようになっていた。

 筆頭貴族であるヴィクトリアと対立している形だが、賢明な令息令嬢たちは沈黙を守り、ギルバートたちを刺激しないようにと振る舞っている。

 彼らの未来がどうなるか、薄々ながら皆が察していた。

 このまま沙汰を待てばいいのだ。ヴィクトリアの望みは叶い、道を誤った者は転げ落ちていく。

 そうと知らないのは落ちていく本人たちだけだ。

 それでも晴れないヴィクトリアの気持ちをさらに落ち込ませているのは、ギルバートの後ろに付き従うリアムだった。


「……ユージェニー。最近のリアム、顔色が悪いと思わない?」

「そうですわね……。私にも分かるほどですから、よっぽど体調が悪いのでしょうか」


 座学の授業が始まる直前。ヴィクトリアは教室の一番遠いところにいるリアムを見ていた。

 青い顔をしているリアムに、ポーラが纏わりついている。それに嫉妬するギルバートは不満げな顔を隠そうともしない。

 リアムはただ無表情のまま、ポーラの言葉を受け流している。やはりその顔は血の気がなく、よく見れば足元もふらついているような気がする。

 ギルバートたちは気付かないのだろうか。ヴィクトリアがやきもきしながら見ていると、ふとポーラと目が合った。

 驚いたように目を丸くしたポーラは、ぎゅっと唇を引き結ぶ。


「ヴィクトリア様!」

「……何かしら?」

「リアム君にまだ未練があるんですか?」


 令嬢にあるまじき大声を出したポーラは、机の間を縫うようにしてこちらに歩いてくる。

 自分自身が正義なのだと、信じきった顔で。


「リアム君はもう解放されたんです! ヴィクトリア様の我が儘でまだ振り回すつもりなんですか?」


 猛烈に腹が立った。
 
 挑発に乗ってはいけないと頭の冷静な部分は思うのに、あまりにも自分勝手な言い草に、瞬間的な怒りの炎が燃え上がったのだ。

 ヴィクトリアは目を細め、胸の前で腕を組んだ。そうすると冷たい美貌もあいまって、高圧的に見えることを知っていた。


「わたくしが、いつ、リアムを振り回したのかしら」

「そ……んなの、皆知ってるじゃないですか! リアム君のことを好き勝手にこき使って、虐めて、楽しんでたって! リアム君、いっつも辛そうな顔をして、ときどき震えながらヴィクトリア様に謝ってたって。それに言ってたじゃないですか、リアム君は『かわいそうなのがかわいい』って!」


 一瞬だけ詰まったポーラだったが、すぐに噛み付くように言い返してきた。その向こうで、リアムが小さく首を振っている。恐らく、ヴィクトリアを止めようとして。

 けれど今のヴィクトリアは、止まれない。その気もなかった。


「ええ、そうね。だってリアムの美しさは、その不幸にこそあるのだもの」

「よくも……、よくもそんな酷いことが言えますね!?」

「どれほど不幸な境遇にあろうとも、心の奥底にある願いを諦めきれない。そうやってもがき苦しむ様が美しいのでしょう? まっすぐで強い思いを貫く瞳が美しいのでしょう? 剥き出しの感情が美しくないというのなら、あなたは何も分かっていないわね」


 なによりも、とポーラを、そしてギルバートを睨みつける。


「今のリアムを見てなんとも思わないのなら、審美眼以前の問題だわ。そうでしょう、ギルバート殿下。従者の状況を把握するのは、主人の務めではなくて?」


 怒っていたポーラと、顔をしかめてヴィクトリアを見ていたギルバートが、虚をつかれたように顔を見合せた。

 ヴィクトリアの唇が歪む。


「わたくしの大切な従者を奪っておいて、人として当然の扱いもしてくださらないのですね。殿下も、アーキンさんも」

「なんだと?」

「それでよく、不遇な人々を助けるだなんて、大口が叩けたものだわ。リアム・バルフォア、よろしければわたくしが医務室へお連れしましょう」

「医務室?」


 ギルバートたちは同時にリアムを見た。ほとんど感情のないリアムの顔だが、眉間に微かな皺が寄っている。一瞬だけ縋るような色を乗せた視線は、しかしすぐにヴィクトリアから逸らされた。


「……問題ありません」

「見え透いた嘘を」

「私は、大丈夫です」


 そんなに青い顔をして、何が大丈夫だと言うのか。

 ポーラがリアムに寄り添い、心配そうに言い募る。


「リアム君、体調が悪かったの? 早く言ってくれれば良かったのに! すぐ医務室に行こう?」

「放っておいてください」

「それはできないよ!」


 気付かなかったくせに。ヴィクトリアの苛立ちが増していく。

 リアムが再びヴィクトリアを見た。


「私は……」


 ふらりとリアムの体が傾ぐ。

 その場に倒れたリアムに、教室のあちこちから悲鳴が上がった。


「リアム……!」


 ヴィクトリアは口元を抑え、ポーラたちを押し退けてリアムの傍に膝をついた。


「ユージェニー! 先生に知らせて……!」

「わ、分かりました!」


 ああ、後悔してばかりだ。

 自分の不甲斐なさを噛み締めながら、ヴィクトリアはリアムの手を握ることしか出来なかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~

華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。 突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。 襲撃を受ける元婚約者の領地。 ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!! そんな数奇な運命をたどる女性の物語。 いざ開幕!!

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処刑から始まる私の新しい人生~乙女ゲームのアフターストーリー~

キョウキョウ
恋愛
 前世の記憶を保持したまま新たな世界に生まれ変わった私は、とあるゲームのシナリオについて思い出していた。  そのゲームの内容と、今の自分が置かれている状況が驚くほどに一致している。そして私は思った。そのままゲームのシナリオと同じような人生を送れば、16年ほどで生涯を終えることになるかもしれない。  そう思った私は、シナリオ通りに進む人生を回避することを目的に必死で生きた。けれど、運命からは逃れられずに身に覚えのない罪を被せられて拘束されてしまう。下された判決は、死刑。  最後の手段として用意していた方法を使って、処刑される日に死を偽装した。それから、私は生まれ育った国に別れを告げて逃げた。新しい人生を送るために。 ※カクヨムにも投稿しています。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

他人の婚約者を誘惑せずにはいられない令嬢に目をつけられましたが、私の婚約者を馬鹿にし過ぎだと思います

珠宮さくら
恋愛
ニヴェス・カスティリオーネは婚約者ができたのだが、あまり嬉しくない状況で婚約することになった。 最初は、ニヴェスの妹との婚約者にどうかと言う話だったのだ。その子息が、ニヴェスより年下で妹との方が歳が近いからだった。 それなのに妹はある理由で婚約したくないと言っていて、それをフォローしたニヴェスが、その子息に気に入られて婚約することになったのだが……。

処理中です...