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第一章
彼女は耽美令嬢ヴィクトリア
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「まあ、なんて美しいの」
齢七歳のヴィクトリアは、白く透き通った頬を朱に染めて呟いた。
悪臭漂うスラム街でのことだった。
舗装もされていない土の道で、汚泥に塗れて倒れ伏す一人の少年を、ヴィクトリアは見ていた。
この世の不幸すべてを詰め込んだような、絶望しきった顔を。
「あなた、わたくしの傍に侍ることを、許してあげるわ」
それが二人の出会いだった。
――――――――――――――――――
アイラ公爵家令嬢、ヴィクトリア・リーヴズ・アイラ。艶めく黒髪を長く垂らし、日焼けを知らない肌は陶器のように白く、表情の薄い顔は人形めいた印象を受けるほど整っている。アメジストのような紫の瞳には、深い叡智の色が宿っていた。
そして、いつもその傍に控えている従者、リアム・バルフォア。銀色の髪をうなじで一つに結び、紅の瞳には鬱々とした光を灯らせた、美しくも陰気な男だ。
王立の魔法学園において、この主従はあまりにも有名だった。正確には、公爵令嬢であるヴィクトリアが、だが。
第三王子の婚約者であることや、公爵家の強い権力も理由だが、それ以外にも彼女を表す呼び名がある。
学園に通う貴族の子息、令嬢たちは、彼女をこう呼んだ。
『耽美令嬢』と。
「あら、美しいハンカチをお持ちね」
お茶の席でそう声をかけられた令嬢は、びくりと肩を震わせた。
ヴィクトリアに目を付けられると、逃げられない。そう言われているからだ。
「は、はい……。あの、こちらは母の形見で……」
「そう。とても良い生地を使っているのね。それに、刺繍の手も見事だわ」
「あ、ありがとうございます……」
震える令嬢など気にも留めず、ヴィクトリアは背後に控える従者に声をかける。
「リアム」
「手配いたします」
世界が滅ぶのを目の前にしたら多分こんな顔、というお手本のような顔をしたリアムは、名前を呼ばれただけで主の意図を汲んで頭を下げる。
そしてヴィクトリアは、青い顔をして震える令嬢を見て微笑むのだ。まるで薔薇が咲くように、あでやかに、美しく。
普段はぴくりとも笑わない彼女の笑みは、老若男女問わず視線を奪う。同時に。
「美しいものは、すべてわたくしのためにあるのだから」
見る者の背筋を凍り付かせるのだ。
令嬢が震える声で離席する非礼を詫び、その場から去ると、ヴィクトリアの顔は元の無表情に戻る。
明日から、彼女があのハンカチを持つ姿を見る者はいないだろう。お茶会の出席者は、そう確信した。
ヴィクトリアが学園の廊下を歩いていると、声をかける者があった。
「ヴィクトリア様!」
本来貴族は、家格が低い者から高い者へ、許しなく声をかけてはならない。公爵家の令嬢であるヴィクトリアにこのように呼びかけられるのは、王族か同じ公爵家の者くらいだ。
だが、今の学園にはそのような基本的なマナーすら無視する者がいた。
平民育ちの男爵令嬢、ポーラ・アーキンだ。
ヴィクトリアはちらりと声のした方を見たが、歩みを止めない。
無視されたポーラは、慌ててヴィクトリアの前に回り込む。
「ま、待ってくださいよ!」
護衛でもあるリアムが二人の間に立ち塞がったが、ポーラはそれを押しのけるようにして身を乗り出した。
「ヴィクトリア様、またほかのご令嬢から綺麗なものを取り上げたって聞きました! そんなことしちゃ駄目です!」
「……はぁ。わたくしはそんなことしておりませんわ」
これ見よがしにため息をつき、ヴィクトリアはようやく足を止めて返事をした。表情は動かないが、薄紫の瞳は明らかに「面倒くさい」と語っている。
しかしポーラは、愛らしい丸い目をきりりと鋭くして、はっきりとした声を張り上げる。
「いいえ! だって美しいって褒めた物、いつの間にかヴィクトリア様が持ってるじゃないですか! 元の持ち主さんが、それ以降持ち歩いているのを見たことがありません!」
「そのような曖昧な記憶だけで、わたくしを盗人だとおっしゃるのですか? それはあまりにも失礼ではありませんか」
ひんやりとしたヴィクトリアの声に、ポーラは息を詰めた。
「で、でも!」
「アーキンさん。あなたはもっと、お勉強なさった方がよろしいわ。わたくしに言いがかりをつける時間を使って」
二人の対決を、生徒たちがざわざわしながら見ている。だが、口を挟む者はいない。緊迫した空気が漂う中、のんびりと二人に歩み寄る人物が一人。
「どうしたの? 何かあったのかい?」
金髪碧眼の、人の好さが滲み出た整った風貌。うっとりとため息を漏らした令嬢も、興味深く成り行きを見守っていた令息も、全員が丁寧に頭を下げる。
ヴィクトリアもスカートを摘まみ、優雅に礼をした。
「ごきげんよう、ギルバート殿下」
この国の第三王子、ギルバートだ。そして、ヴィクトリアの婚約者でもある。「うん」と頷いたギルバートは、優しい微笑みを浮かべた。
しかしそこに、ポーラが口を挟む。
「聞いてよギル君! ヴィクトリア様がまた、人の物をとったのよ!」
ヴィクトリアも野次馬も、さすがにこれには凍り付いた。
王族たるギルバートに、たかが男爵令嬢がこの態度。ヴィクトリアに対するそれとは比べ物にならない程の不敬だ。
だが、ギルバートはそれを咎めなかった。
「え、それは本当? ヴィクトリア」
意外なことを聞いた、という風に目を丸くしたギルバートに、我に返ったヴィクトリアは首を振った。
「そのような事実は一切ございませんわ」
「だよね。ヴィクトリアはアイラ公爵家の一人娘で、そんなことをする必要はまったく無いから」
そう言ってポーラの訴えを退けたギルバートは、しかし困ったように眉尻を下げる。
「でも、ヴィクトリア。君が周囲に対して、あまり友好的な態度で無いのは確かだと思うよ。ポーラの愛想のよさや優しさを見習ったらいいんじゃないかな?」
「……必要とあらばそういたしますわ」
「ギル君ってば、もう……」
のほほんと笑うギルバートも、頬を染めるポーラも、冷え冷えとしたヴィクトリアの視線には気づいていない。
「わたくし、本日はこれで失礼いたしますわ。父に呼ばれておりますの」
「分かったよ。またね、ヴィクトリア」
手を振るギルバートにもう一度礼をして、ヴィクトリアと従者はその場を立ち去った。
「理解できません。あの無礼者どもは何を考えているのか」
王都の一等地に立つ、アイラ公爵家の屋敷。その自室で、ヴィクトリアはくつろいでいた。傍では、リアムがぷんすこと怒りながらお茶を用意している。
「特にあの男爵令嬢は、自分の立場を分かっているのでしょうか。仮にも自国の王子に向かって、公衆の面前で、あのように」
差し出された菓子を摘まみ上げて、ヴィクトリアは自分の従者を眺める。
怒りのためか目元が赤く染まり、普段は暗く落ちる瞳もぎらついている。それがヴィクトリアのためなのだから、なんとも可愛らしいと思うのは仕方がない。
「王子も王子です。ご自身の婚約者はヴィクトリアお嬢様であるということを忘れているのではないでしょうか」
「リアム」
名前を呼べば、滝のように流れ出ていた文句がぴたりと止まる。
「はい、お嬢様」
「あのハンカチは、手配できて?」
「はい。あの後すぐに布の産地から刺繍職人まですべて調べさせております。数日もあれば、あれよりも素晴らしい、お嬢様に相応しい品が完成することでしょう」
「ならば良いわ」
期待通りの働きをした従者を手招きする。リアムは僅かに肩を震わせて、ヴィクトリアの足元に跪いた。
「ねえリアム。あなたはわたくしの従者で、護衛だったわよね」
「その通りでございます」
「それなのに……、ねえ、今日あの令嬢が近づいてきた時、間に入るのが遅かったんじゃないかしら」
手を伸ばして、指先でリアムの顎を上げさせる。さっきまで血色の良かった頬からは、すでに血の気が失せている。
「も……、申し訳ございません、お嬢様」
「よいこと。わたくしが信を置く護衛は、あなた一人。学園内でわたくしに付く護衛も、一人だけよ。分かっているのかしら、わたくしの命はあなたにかかっているということを」
ヴィクトリアのために怒りを露わにする様も、もちろん可愛らしい。リアムはヴィクトリアの大切な従者だ。
けれど、思うのだ。
恐怖と絶望に見開かれた、泥のように濁った瞳。言葉を失くしてはくはくと震える唇。縋るように伸ばされる手。リアムの美しさは、この姿にこそあるのだ。
「お、嬢様。お嬢様。申し訳、ございません……! 私は、わたしは、いつでもお嬢様のためにすべてを投げ出す覚悟です。だから、ですからっ」
「分かっているわ、わたくしのリアム。もちろん今日のことは、わたくしの命に係わるような出来事ではなかった。だから、あなたには何の咎めもないのよ。ですが、覚えておきなさいね、リアム。わたくしに何かあった時、それはあなたのせいになるのよ」
ひぐ、と喉を鳴らしたリアムは、消え入りそうな声で謝罪の言葉を繰り返す。
「あら、謝らなくても良いわ、リアム。ふふ、なんて可愛い、美しい姿かしら。もっとその顔を良く見せてくれる、リアム?」
「はい……。はい、お嬢様……」
リアムの顔を両手で優しく包んで、ヴィクトリアは花が咲くように微笑んだ。
「わたくしが何のためにあなたを傍に置いているのか、しっかりと理解できているようで嬉しいわ」
「このリアム、すべてはお嬢様のために在ります……」
リアムの充血した目のふちに浮かぶ涙を指で拭ってあげて、ヴィクトリアはよしよしと従者の頭を撫でた。
「良い子ね、リアム。それでこそだわ」
ヴィクトリアが満足げにするのを見て、ようやくリアムもおずおずと微笑んだ。
齢七歳のヴィクトリアは、白く透き通った頬を朱に染めて呟いた。
悪臭漂うスラム街でのことだった。
舗装もされていない土の道で、汚泥に塗れて倒れ伏す一人の少年を、ヴィクトリアは見ていた。
この世の不幸すべてを詰め込んだような、絶望しきった顔を。
「あなた、わたくしの傍に侍ることを、許してあげるわ」
それが二人の出会いだった。
――――――――――――――――――
アイラ公爵家令嬢、ヴィクトリア・リーヴズ・アイラ。艶めく黒髪を長く垂らし、日焼けを知らない肌は陶器のように白く、表情の薄い顔は人形めいた印象を受けるほど整っている。アメジストのような紫の瞳には、深い叡智の色が宿っていた。
そして、いつもその傍に控えている従者、リアム・バルフォア。銀色の髪をうなじで一つに結び、紅の瞳には鬱々とした光を灯らせた、美しくも陰気な男だ。
王立の魔法学園において、この主従はあまりにも有名だった。正確には、公爵令嬢であるヴィクトリアが、だが。
第三王子の婚約者であることや、公爵家の強い権力も理由だが、それ以外にも彼女を表す呼び名がある。
学園に通う貴族の子息、令嬢たちは、彼女をこう呼んだ。
『耽美令嬢』と。
「あら、美しいハンカチをお持ちね」
お茶の席でそう声をかけられた令嬢は、びくりと肩を震わせた。
ヴィクトリアに目を付けられると、逃げられない。そう言われているからだ。
「は、はい……。あの、こちらは母の形見で……」
「そう。とても良い生地を使っているのね。それに、刺繍の手も見事だわ」
「あ、ありがとうございます……」
震える令嬢など気にも留めず、ヴィクトリアは背後に控える従者に声をかける。
「リアム」
「手配いたします」
世界が滅ぶのを目の前にしたら多分こんな顔、というお手本のような顔をしたリアムは、名前を呼ばれただけで主の意図を汲んで頭を下げる。
そしてヴィクトリアは、青い顔をして震える令嬢を見て微笑むのだ。まるで薔薇が咲くように、あでやかに、美しく。
普段はぴくりとも笑わない彼女の笑みは、老若男女問わず視線を奪う。同時に。
「美しいものは、すべてわたくしのためにあるのだから」
見る者の背筋を凍り付かせるのだ。
令嬢が震える声で離席する非礼を詫び、その場から去ると、ヴィクトリアの顔は元の無表情に戻る。
明日から、彼女があのハンカチを持つ姿を見る者はいないだろう。お茶会の出席者は、そう確信した。
ヴィクトリアが学園の廊下を歩いていると、声をかける者があった。
「ヴィクトリア様!」
本来貴族は、家格が低い者から高い者へ、許しなく声をかけてはならない。公爵家の令嬢であるヴィクトリアにこのように呼びかけられるのは、王族か同じ公爵家の者くらいだ。
だが、今の学園にはそのような基本的なマナーすら無視する者がいた。
平民育ちの男爵令嬢、ポーラ・アーキンだ。
ヴィクトリアはちらりと声のした方を見たが、歩みを止めない。
無視されたポーラは、慌ててヴィクトリアの前に回り込む。
「ま、待ってくださいよ!」
護衛でもあるリアムが二人の間に立ち塞がったが、ポーラはそれを押しのけるようにして身を乗り出した。
「ヴィクトリア様、またほかのご令嬢から綺麗なものを取り上げたって聞きました! そんなことしちゃ駄目です!」
「……はぁ。わたくしはそんなことしておりませんわ」
これ見よがしにため息をつき、ヴィクトリアはようやく足を止めて返事をした。表情は動かないが、薄紫の瞳は明らかに「面倒くさい」と語っている。
しかしポーラは、愛らしい丸い目をきりりと鋭くして、はっきりとした声を張り上げる。
「いいえ! だって美しいって褒めた物、いつの間にかヴィクトリア様が持ってるじゃないですか! 元の持ち主さんが、それ以降持ち歩いているのを見たことがありません!」
「そのような曖昧な記憶だけで、わたくしを盗人だとおっしゃるのですか? それはあまりにも失礼ではありませんか」
ひんやりとしたヴィクトリアの声に、ポーラは息を詰めた。
「で、でも!」
「アーキンさん。あなたはもっと、お勉強なさった方がよろしいわ。わたくしに言いがかりをつける時間を使って」
二人の対決を、生徒たちがざわざわしながら見ている。だが、口を挟む者はいない。緊迫した空気が漂う中、のんびりと二人に歩み寄る人物が一人。
「どうしたの? 何かあったのかい?」
金髪碧眼の、人の好さが滲み出た整った風貌。うっとりとため息を漏らした令嬢も、興味深く成り行きを見守っていた令息も、全員が丁寧に頭を下げる。
ヴィクトリアもスカートを摘まみ、優雅に礼をした。
「ごきげんよう、ギルバート殿下」
この国の第三王子、ギルバートだ。そして、ヴィクトリアの婚約者でもある。「うん」と頷いたギルバートは、優しい微笑みを浮かべた。
しかしそこに、ポーラが口を挟む。
「聞いてよギル君! ヴィクトリア様がまた、人の物をとったのよ!」
ヴィクトリアも野次馬も、さすがにこれには凍り付いた。
王族たるギルバートに、たかが男爵令嬢がこの態度。ヴィクトリアに対するそれとは比べ物にならない程の不敬だ。
だが、ギルバートはそれを咎めなかった。
「え、それは本当? ヴィクトリア」
意外なことを聞いた、という風に目を丸くしたギルバートに、我に返ったヴィクトリアは首を振った。
「そのような事実は一切ございませんわ」
「だよね。ヴィクトリアはアイラ公爵家の一人娘で、そんなことをする必要はまったく無いから」
そう言ってポーラの訴えを退けたギルバートは、しかし困ったように眉尻を下げる。
「でも、ヴィクトリア。君が周囲に対して、あまり友好的な態度で無いのは確かだと思うよ。ポーラの愛想のよさや優しさを見習ったらいいんじゃないかな?」
「……必要とあらばそういたしますわ」
「ギル君ってば、もう……」
のほほんと笑うギルバートも、頬を染めるポーラも、冷え冷えとしたヴィクトリアの視線には気づいていない。
「わたくし、本日はこれで失礼いたしますわ。父に呼ばれておりますの」
「分かったよ。またね、ヴィクトリア」
手を振るギルバートにもう一度礼をして、ヴィクトリアと従者はその場を立ち去った。
「理解できません。あの無礼者どもは何を考えているのか」
王都の一等地に立つ、アイラ公爵家の屋敷。その自室で、ヴィクトリアはくつろいでいた。傍では、リアムがぷんすこと怒りながらお茶を用意している。
「特にあの男爵令嬢は、自分の立場を分かっているのでしょうか。仮にも自国の王子に向かって、公衆の面前で、あのように」
差し出された菓子を摘まみ上げて、ヴィクトリアは自分の従者を眺める。
怒りのためか目元が赤く染まり、普段は暗く落ちる瞳もぎらついている。それがヴィクトリアのためなのだから、なんとも可愛らしいと思うのは仕方がない。
「王子も王子です。ご自身の婚約者はヴィクトリアお嬢様であるということを忘れているのではないでしょうか」
「リアム」
名前を呼べば、滝のように流れ出ていた文句がぴたりと止まる。
「はい、お嬢様」
「あのハンカチは、手配できて?」
「はい。あの後すぐに布の産地から刺繍職人まですべて調べさせております。数日もあれば、あれよりも素晴らしい、お嬢様に相応しい品が完成することでしょう」
「ならば良いわ」
期待通りの働きをした従者を手招きする。リアムは僅かに肩を震わせて、ヴィクトリアの足元に跪いた。
「ねえリアム。あなたはわたくしの従者で、護衛だったわよね」
「その通りでございます」
「それなのに……、ねえ、今日あの令嬢が近づいてきた時、間に入るのが遅かったんじゃないかしら」
手を伸ばして、指先でリアムの顎を上げさせる。さっきまで血色の良かった頬からは、すでに血の気が失せている。
「も……、申し訳ございません、お嬢様」
「よいこと。わたくしが信を置く護衛は、あなた一人。学園内でわたくしに付く護衛も、一人だけよ。分かっているのかしら、わたくしの命はあなたにかかっているということを」
ヴィクトリアのために怒りを露わにする様も、もちろん可愛らしい。リアムはヴィクトリアの大切な従者だ。
けれど、思うのだ。
恐怖と絶望に見開かれた、泥のように濁った瞳。言葉を失くしてはくはくと震える唇。縋るように伸ばされる手。リアムの美しさは、この姿にこそあるのだ。
「お、嬢様。お嬢様。申し訳、ございません……! 私は、わたしは、いつでもお嬢様のためにすべてを投げ出す覚悟です。だから、ですからっ」
「分かっているわ、わたくしのリアム。もちろん今日のことは、わたくしの命に係わるような出来事ではなかった。だから、あなたには何の咎めもないのよ。ですが、覚えておきなさいね、リアム。わたくしに何かあった時、それはあなたのせいになるのよ」
ひぐ、と喉を鳴らしたリアムは、消え入りそうな声で謝罪の言葉を繰り返す。
「あら、謝らなくても良いわ、リアム。ふふ、なんて可愛い、美しい姿かしら。もっとその顔を良く見せてくれる、リアム?」
「はい……。はい、お嬢様……」
リアムの顔を両手で優しく包んで、ヴィクトリアは花が咲くように微笑んだ。
「わたくしが何のためにあなたを傍に置いているのか、しっかりと理解できているようで嬉しいわ」
「このリアム、すべてはお嬢様のために在ります……」
リアムの充血した目のふちに浮かぶ涙を指で拭ってあげて、ヴィクトリアはよしよしと従者の頭を撫でた。
「良い子ね、リアム。それでこそだわ」
ヴィクトリアが満足げにするのを見て、ようやくリアムもおずおずと微笑んだ。
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