2 / 31
第2話 晩餐会の夜
しおりを挟む
人間と魔族との戦いは、数百年に渡って続いてきた。歴史書には「いつしか現れた魔族たちが、人間の生活を脅かすようになった」とある。
自在に魔法を操る魔族は、人間にとって脅威そのものだった。
現在魔族たちは、大陸の南端に位置する半島に自分たちの国を作り、ほかの国々とは停戦状態にある。
パンデリオ王国は魔族の国と隣接する唯一の国だ。魔族の侵攻を食い止める英雄の国と言えば聞こえは良いが、要するに盾だ。ほかの国から援助を受ける代わりに、一番危険な役目を負わされている。
そんな国に生まれた聖女の存在は、それはそれはありがたいものだっただろう。世論は一気に魔族との全面戦争へと傾いた。
聖女がいれば魔族になど負けない。魔王など討ち滅ぼすことができる。そうして各国からせっつかれたお父様は、魔王討伐に乗り出すことに決めた。
魔王討伐の旅、出発前夜。
私の目の前には、贅を尽くした料理の数々が所狭しと並んでいる。鳥に牛に豚に羊、季節の野菜、それから海の幸。庶民に親しまれている野菜からこの国では取れない珍味まで、あらゆる食材がふんだんに使われている。
すぐ傍には給仕を務めている専属の騎士がいて、静かな手つきで私のグラスにワインを注いでいた。
少し距離を置いた隣の席には、数々の猛者を下して勇者に選ばれた男、ルシオンが座っている。ちらちらと投げられる視線が鬱陶しいわ。
平民の中ではそこそこ珍しい、金髪碧眼。メイドたちが甘いマスクがどうのと盛り上がっていたけれど、やっぱりリダールとは比べるべくもない。あの人の方が、断然美しいわ。メイドたちだって、リダールを前にすればそう思うはずよ。
そんな本音はおくびにも出さず、私は柔らかく微笑んだ。
「楽しんでいらっしゃいますか、ルシオン様」
「は、はい。こんな宴会を開いていただけるなんて、思ってもみませんでした」
無言のまま控えている私の専属騎士が、人を刺し殺せそうな目で勇者を見ている。カリオ・トゥーリア、お母様の兄の息子、つまり私の従兄にあたる男よ。私と同じ銀色の髪を短く刈り込み、いかにも真面目そうな雰囲気で、やっぱりメイドたちに人気がある。融通が利かなくて、私としては少し苦手なのだけれど。
今だって、王女である私に対して馴れ馴れしいルシオンに、ものすごい殺気を向けてるもの。もうちょっと隠しなさい。
名もない辺境の村から出てきた青年が、王族にも通じるマナーなんて、身に着けている訳がない。それは仕方がないわ。この晩餐会だって、ルシオンが気を遣わなくてもいいようにと、庶民がやるように料理が大皿に盛りつけてある。主催のお父様は、テーブルにすべての料理が並んでいる光景が面白いみたい。さっきからずうっと、気持ち悪いくらいに笑顔だわ。
軽く咳払いをすると、カリオがはっとして鶏の蒸し焼きを切り分け、皿をこちらに差し出した。
音を立てないようにナイフとフォークを操り、お淑やかな仕草を意識しながら口に運ぶ。隣では勇者が手づかみで貪っているから、どれだけ私が行儀良くしたところで、意味がない気がするのだけれど。
王女らしく淑やかに、聖女らしく清らかに。そう意識して取り繕うのはもう慣れたものよ。
上機嫌なお父様が、ルシオンに料理を勧めながら言った。
「どうだ? 村では食べられなかったものばかりだろう」
「はい! こんなにたくさんの肉が食べられるなんて、夢のようです!」
「はははっ。よく食べて精を付けることだ。君は魔王を倒す英雄になるのだからな!」
「もちろんです!」
お父様の機嫌がいいのは、この晩餐会が楽しいからという理由だけではない。明日になれば、私たちは魔王討伐の旅に出る。長年続く人間と魔族の争いが、これで終わると思っているのよ。そして、自分こそがその争いを終わらせた王として、崇められるのだと。
「魔族どもを根絶やしにせねばならん! セレステアも、よく奮うように。お前の力が頼りなのだからな!」
「……はい、お父様」
私はそんなこと、したくないのに。
食べかけの鶏肉を皿に残したまま、私はカトラリーを置いた。
「セレステア、殿下? どうしましたか?」
口の周りを肉汁まみれにしたまま、ルシオンが問いかけてくる。
「ふふふ、ルシオン様の見事な食べっぷりを見ていましたら、わたくしの胸が一杯になってしまいましたわ。どうぞ、ルシオン様は遠慮なく食べてくださいな」
にこにこと微笑みながらルシオンを見つめると、頬を赤くした勇者は力強く拳を握った。
「ありがとうございます! 陛下や殿下の期待に応え、この手で魔族を殺し尽くして見せます!」
別に期待してないわ。なんて言えるはずもないから、私はただにこにこと笑っていた。
自在に魔法を操る魔族は、人間にとって脅威そのものだった。
現在魔族たちは、大陸の南端に位置する半島に自分たちの国を作り、ほかの国々とは停戦状態にある。
パンデリオ王国は魔族の国と隣接する唯一の国だ。魔族の侵攻を食い止める英雄の国と言えば聞こえは良いが、要するに盾だ。ほかの国から援助を受ける代わりに、一番危険な役目を負わされている。
そんな国に生まれた聖女の存在は、それはそれはありがたいものだっただろう。世論は一気に魔族との全面戦争へと傾いた。
聖女がいれば魔族になど負けない。魔王など討ち滅ぼすことができる。そうして各国からせっつかれたお父様は、魔王討伐に乗り出すことに決めた。
魔王討伐の旅、出発前夜。
私の目の前には、贅を尽くした料理の数々が所狭しと並んでいる。鳥に牛に豚に羊、季節の野菜、それから海の幸。庶民に親しまれている野菜からこの国では取れない珍味まで、あらゆる食材がふんだんに使われている。
すぐ傍には給仕を務めている専属の騎士がいて、静かな手つきで私のグラスにワインを注いでいた。
少し距離を置いた隣の席には、数々の猛者を下して勇者に選ばれた男、ルシオンが座っている。ちらちらと投げられる視線が鬱陶しいわ。
平民の中ではそこそこ珍しい、金髪碧眼。メイドたちが甘いマスクがどうのと盛り上がっていたけれど、やっぱりリダールとは比べるべくもない。あの人の方が、断然美しいわ。メイドたちだって、リダールを前にすればそう思うはずよ。
そんな本音はおくびにも出さず、私は柔らかく微笑んだ。
「楽しんでいらっしゃいますか、ルシオン様」
「は、はい。こんな宴会を開いていただけるなんて、思ってもみませんでした」
無言のまま控えている私の専属騎士が、人を刺し殺せそうな目で勇者を見ている。カリオ・トゥーリア、お母様の兄の息子、つまり私の従兄にあたる男よ。私と同じ銀色の髪を短く刈り込み、いかにも真面目そうな雰囲気で、やっぱりメイドたちに人気がある。融通が利かなくて、私としては少し苦手なのだけれど。
今だって、王女である私に対して馴れ馴れしいルシオンに、ものすごい殺気を向けてるもの。もうちょっと隠しなさい。
名もない辺境の村から出てきた青年が、王族にも通じるマナーなんて、身に着けている訳がない。それは仕方がないわ。この晩餐会だって、ルシオンが気を遣わなくてもいいようにと、庶民がやるように料理が大皿に盛りつけてある。主催のお父様は、テーブルにすべての料理が並んでいる光景が面白いみたい。さっきからずうっと、気持ち悪いくらいに笑顔だわ。
軽く咳払いをすると、カリオがはっとして鶏の蒸し焼きを切り分け、皿をこちらに差し出した。
音を立てないようにナイフとフォークを操り、お淑やかな仕草を意識しながら口に運ぶ。隣では勇者が手づかみで貪っているから、どれだけ私が行儀良くしたところで、意味がない気がするのだけれど。
王女らしく淑やかに、聖女らしく清らかに。そう意識して取り繕うのはもう慣れたものよ。
上機嫌なお父様が、ルシオンに料理を勧めながら言った。
「どうだ? 村では食べられなかったものばかりだろう」
「はい! こんなにたくさんの肉が食べられるなんて、夢のようです!」
「はははっ。よく食べて精を付けることだ。君は魔王を倒す英雄になるのだからな!」
「もちろんです!」
お父様の機嫌がいいのは、この晩餐会が楽しいからという理由だけではない。明日になれば、私たちは魔王討伐の旅に出る。長年続く人間と魔族の争いが、これで終わると思っているのよ。そして、自分こそがその争いを終わらせた王として、崇められるのだと。
「魔族どもを根絶やしにせねばならん! セレステアも、よく奮うように。お前の力が頼りなのだからな!」
「……はい、お父様」
私はそんなこと、したくないのに。
食べかけの鶏肉を皿に残したまま、私はカトラリーを置いた。
「セレステア、殿下? どうしましたか?」
口の周りを肉汁まみれにしたまま、ルシオンが問いかけてくる。
「ふふふ、ルシオン様の見事な食べっぷりを見ていましたら、わたくしの胸が一杯になってしまいましたわ。どうぞ、ルシオン様は遠慮なく食べてくださいな」
にこにこと微笑みながらルシオンを見つめると、頬を赤くした勇者は力強く拳を握った。
「ありがとうございます! 陛下や殿下の期待に応え、この手で魔族を殺し尽くして見せます!」
別に期待してないわ。なんて言えるはずもないから、私はただにこにこと笑っていた。
0
お気に入りに追加
159
あなたにおすすめの小説
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる