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第一章

Ⅵ 「確信」

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 「・・・魔王様は、まだいらっしゃらないのか?」
軍議開始の時刻を過ぎても姿を見せない魔王に、少し落ち着かない様子でガイが呟く。

「そのようでありんすね。日課の鍛練の後、書庫に籠られたとか。魔王様が軍議に遅れるなんて今まではありんせんこと。このところは勇者に加え、機獣のことで思い悩んでおられるでありんしょうか・・・。おいたわしや。わちき達で御慰めできればよいのでおざんすが・・・。」
伏し目がちにリーンが漏らす。他の魔将達も一様に戸惑いを隠せないようだ。

 しばしの時間、魔将達の間に重い空気が流れる。その重い空気を払ったのはやはり魔王であった。

「遅れてしまったな。皆の者、待たせて悪かった。すまぬ・・・。」
魔王が魔将達に向け、申し訳なさそうに頭を下げる。

「お、おやめ下さい魔王様!我らに頭を下げる必要などございませぬ!」
ガイをはじめとする魔将たちは慌てて立ち上がり、魔王を諫める。

「いや、悪いことは悪い。これを認めなければ、我も何かあったときに皆を咎めることなどできぬ。」
そう、魔王様が魔王たる所以はここにあるのだ。圧倒的な強さ、力でねじ伏せることも容易いのに、それをしない。我等が魔王様に心服するのはきっと、こういうところなのだろう・・・。いつの間にか、ガイ達の中に渦巻いていた不安が和らいでいた。


 「して、勇者の動向は?」

「は!間もなく魔城に到着するかと。魔王様のご命令通り、誰にも手出しはさせておりません。」

「そうか。それで良い・・・。」
魔王様の魔力が膨れ上がる。ビリビリと周囲の空気が震えている。また一段と強くなられている・・・。我ら魔将が委縮してしまう程に。

「皆もよいな?手を出すでないぞ?」

「はっ・・・はっ!」
魔王様から溢れ出る魔力に完全に気圧されたのか、オードが震えた声で答える。他の魔将も皆、顔を青くしながら、深くかしずいた。我等も鍛練を続けているが、魔王様との差が広がるのを感じるばかりであった。


---ギィィィ・・・
玉座の間の大扉が開かれ、勇者リーバが現れる。

「・・・魔王よ、あなたに聞きたいことがある。」
このやり取りも何度目だろう。魔王様をまっすぐ見つめて、勇者が言葉を発する。

「・・・よく来たな、勇者リーバよ。」

「何度も言うが、俺は勇者なんかじゃない・・・。」

「ふ・・・。貴様は相変わらずだな・・・。来るがよい・・・。」

「ああ・・・!」
リーバから凄まじい剣気が放たれる・・・。尋常ではない。これが本当に人間の放つ剣気なのか?

「・・・な!?」
オードが目を見開いて勇者を見ている。以前戦った勇者はもうそこにはいないことを、オードも肌で感じていた。我等六魔将と戦った時とは別次元の存在だ。最早、六魔将をもってしても、この勇者には一蹴される・・・その点では魔王様に近しい存在・・・。

「ま、魔王様!」
ガイが思わず声をあげる。

「狼狽えるな、ガイ・・・。まだ、お前達の出番ではない・・・。」
魔王様は、勇者の気迫のこもった剣気を見て、尚、笑みを浮かべていた。

 不自然な程ゆったりとした動きで、最初の一歩を踏みこんだ勇者が、跳ぶ。

ギャッ・・・ギィィィン!!

次に確認した時には、魔王様が勇者の剣を受け止めていた。音からして二撃のはずだが、ガイ達の目では、その動きを追うことはできなかった。

「ふ・・・ふふふ。楽しいぞ、勇者!」
久しく感じていなかった強者との戦い。魔王が初めて完全に防御に回った瞬間だった。勇者の攻撃は止まらない。

ガッ!ギャリン!ゴッ!
動き自体は、人間の剣士が使うごくごく一般的な剣技。その組み合わせによる連続攻撃。違うのは、その一撃ごとの速さと重さ。基本的な斬撃その一つ一つが全て必殺の一撃と成りうるものだった。魔王は機会を窺う。五撃、六撃・・・勇者の攻撃を受け止める・・・。勇者の連撃が十五を超えた頃、その動きが僅かながら衰えた瞬間を魔王は逃さない。完璧なタイミングでカウンターの一撃を放つ。

「・・・・っ!」

---ガィンッ!
勇者は盾で防ぎ、飛び退く。

「・・・ふ、今のでも砕けぬか。」

これまでなら、これで勇者の腕の骨ごと砕けた盾。以前より遥かに力の増した魔王の一撃を喰らって尚、僅かな傷しかついていない。絶妙のタイミングで、魔王の攻撃をいなしている。勇者には魔王の今の動きが見えている。

「見事だ、勇者。」
魔王の口から、自然と称賛の言葉が出る。そして、さらに、魔王の体から溢れ出る魔力が膨れ上がる。

「・・・まだ、届かないか。魔王・・・全く、とんでもない化け物だ・・・。」

「ふ、勇者よ。そう言うお前も十分化け物だぞ?まさか、気付いておらぬのか?」

「化け物・・・か。そう・・・、そうだな・・・。」
勇者は一瞬寂しそうな表情を見せたが、すぐに闘志を燃やし始めた。

ブゥン・・・

魔石の起動音。これまでよりもさらに鋭さを増した斬撃が繰り出される前兆だ。
勇者にとっての最大の一撃。

--スゥゥ・・・
勇者は大きく息を吸う。魔王もまた、同じように息を吸う。・・・そして。

 二人は同時に弾け飛ぶ。二つの影が交差する。

---ザシュッ・・・!

「・・・がっ・・・!」
勇者が崩れ落ちる。その体は袈裟懸けに両断されていた。

「おおお!魔王様!!」
魔将達から歓声が上がる。

「・・・勇者よ・・・。」
魔王が今にも霧散しそうな勇者に近付き、静かに声をかける。魔将たちにはその表情は見えない。

「な・・・んだ・・・?」
リーバは困惑した。何故、勝った筈の魔王が、こんな悲しそうな顔をしている?

「そなたは、『命の雫』というものを知っているか?」

「・・・・・・・!・・・・・・・・なんのことだ?」


 魔王にはそれで十分だった。苦痛に歪む勇者の顔から垣間見えた驚愕の表情。間違いない。だが、それならば・・・時間がない。

「安心するがよい、勇者。エルフを咎めたりはせぬ。我ながら酷い聞き方だった。許せ。・・もし、まだ我に挑むつもりならば、今回の詫びだ。そなたの話を聞こう。」

「・・・ま・・・お・・・・」
勇者は何かを言おうとしていたが、魔王は聞き取れなかった。そして勇者は光の粒子となり霧散した。


 それを確認した魔王はガクッと膝をつく。パタ・・・パタ・・・と魔王の血が地面に滴る。

「!!ま、魔王様!お気を確かにしておくんなんし!!」
異変を感じたリーンがとんでくる。

魔王の左腕には深い斬り傷があった。奇しくもリーバも魔王と同じ袈裟斬りを放っていた。正に紙一重の差で魔王の剣速が勇者のそれを上回ったのだ。

「・・・大丈夫だ、リーン。」

魔王は流血する自分を見て、おろおろと狼狽しているリーンの頬を優しく撫でると、自らの魔力を高め、治癒を行う。

「皆の者、此度は心配をかけた・・・。」

「・・・魔王様。」
魔王が回復し、落ち着きを取り戻したリーンも含め、六魔将は揃って片膝をつき、魔王にかしずいた。その瞳にはある決意が満ちていた。

「わかっておる。次の勇者との戦いの時こそ、六魔将の力を借りよう。」

「はっ!!」

六魔将は大きく頷いた。


~つづく~
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