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第二章 安土桃山時代編
信長のお茶会
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「ほう、これは唐の国のお茶かのう」
本能寺の炎で焼かれたせいか、へなへなのどじょうヒゲ姿の信長は意外と普通のおじさんに見えた。
だが、その服装は白地に橙色の花模様を散らした小袖に名護屋帯という簡略なもので、明から伝わったという唐輪髷という奇怪な髪型であった。
当時の遊女の出で立ちであるが、まげの先端が扇のように開いてる唐輪髷のせいでバカ殿のようにも見えた。
月読波奈が必死で笑いをこらえているが、紅色のサイバーグラスで神沢優の表情は読み取れない。
メガネ君に至っては非常に興味深げに信長を見つめていた。
「唐は唐でも台湾という島のお茶です。確か、この時代では『高砂国』と言ったはずです」
安東要が信長に勧めたのは中国茶、正確には台湾茶であった。
「『高砂国』はポルトガル語で『Formosa』、麗しの島という意味じゃったかな」
信長は円筒形の聞香杯に残った香りを楽しんだ後で、そのお茶を移した小さな茶杯をゆっくりと味わうように飲み干した。
お茶請ちゃうけのマンゴーのドライフルーツを珍しそうにつまんで口に入れた。
「ほう、なかなか美味じゃのう」
織田信長はなかなかの教養人であり、風流を楽しむ茶人であると聞く。
これは話がわかる人物かもしれないと安東要は思った。
「それで、おぬしらは、わしをどうするつもりじゃ?」
にこやかに笑っていたかと思ったら、切れ長の眉の下の双眸が急に鋭い眼光を帯びて、要は一瞬でその考えが甘かったことを悟った。
「それは――――」
あまりの迫力と威圧感に言葉がつまる。
(信長公、若い者では役不足のようなので、わたくし、安倍清明がお話を致します)
「安倍晴明? 平安時代の伝説の陰陽師か? そういえば利休が晴明神社の井戸の水で茶を立てたことがあると申していたな」
信長は少し興味深げに表情を和らげた。
しかも、清明の姿も見えないのに、心話であるのに、そのことをあまり疑問に思っていないようだった。
利休は信長に茶人として登用された頃、晴明神社のそばに聚楽屋敷を建てて、晴明神社の「晴明井」の水でお茶を立てていたようです。利休が秀吉に切腹を申し付けられた際、切腹した場所も「晴明井」のそばだったと伝えられています。
(そうです。利休殿はわしの良き話し相手じゃったが、秀吉公に切腹させられてしもうて残念じゃったな)
「何! はげ鼠が利休に切腹を命じたじゃと! それは本当か!」
豊臣秀吉の仇名は当初は「猿」だったようだが、信長が天正4年頃、秀吉の正室のねねに宛てた手紙には「はげ鼠」という仇名が書かれている。
(いや、それは後の世のことで、本能寺の変で信長公は自刃して亡くなられ、秀吉公が明智光秀を討って、太閤秀吉と呼ばれる天下人になりまする)
「はげ鼠が天下人とは! だが、わしはまだ生きておるし、晴明殿もわしを殺すつもりはないのじゃろう? ということは、わしはどこかに連れ去られる運命か」
小さくため息をつく信長であった。
いつも強気の信長というイメージだが、意外と繊細な部分もあるらしい。
勘も非常にいい。
(未来の世でイスパニア帝国との大いくさがありまする。それに信長公の力をお貸して頂きたい)
「イスパニア帝国? ルイス・フロイスの母国ポルトガルの隣国か?」
(未来の世界ではイスパニアが世界の覇権国家になっておりまする)
「なんと! 覇権国家とは! 日本はどうなっておる?」
(残念ながら、イスパニア帝国とのいくさに負けて属国になっておりまする)
「ということは下剋上か! わしにイスパニア帝国を攻め滅ぼしてほしい、そういうことか?」
晴明はあわてた。
(いえ、そこまでして頂けなくても結構です。信長公に『天女の舞』を踊って頂きたいのです)
「『天女の舞』? あれは、しかし、古今伝授、和歌の解釈書がなければ天女の召喚はできぬぞ」
(わかっております。それができる者もすでに目をつけておりまする)
「なるほど。面白そうなので行ってやってもよいぞ。だが、ひとつだけ条件がある」
信長はにやりと笑った。
「ひとり、供を連れていきたい」
(ひょっとして? あの男ですかのう?)
晴明の言葉を聞いて、安東要は自分の想像に戦慄を覚えた。
しかし、東日本を救うためにはこれぐらいのことはしないといけないかなとも思った。
本人には非常に気の毒だが、話がまとまってしまったので、漂流する迷宮は次の時空を目指した。
安倍清明の陰陽術で時空を移動する迷宮であるが、時に迷宮時間では3月3日の早朝の話である。
東日本大震災が起こるという晴明の予言の日まで、残りあと7日ぐらいである。
一応、信長とのお茶会してるうちに、長い一日が終って夜が明けたようである。
ちなみに、現地時間で本能寺の変が起こったのは、天正10年(1582年)の6月2日明方(4時頃とする説もある)から午前8時ぐらいと言われている。
現地でも朝が来て、信長の遺体がなくて明智光秀があわてる訳だが、その後、光秀がどんな運命をたどるかは読者もご存じだろう。
ただ、この物語は次回、さらなる過酷な運命が光秀に襲いかかるという『安倍晴明の予言書』に基づいて語られることになります。
ああ、あわれなり、光秀。
-----------あとがき---------------------------------------------------
次回、たぶん、「光秀、折檻」という酷いタイトルになる予定。
わくわくする展開に、作者は非常に楽しみです。
本人は気の毒ですがね。
本能寺の炎で焼かれたせいか、へなへなのどじょうヒゲ姿の信長は意外と普通のおじさんに見えた。
だが、その服装は白地に橙色の花模様を散らした小袖に名護屋帯という簡略なもので、明から伝わったという唐輪髷という奇怪な髪型であった。
当時の遊女の出で立ちであるが、まげの先端が扇のように開いてる唐輪髷のせいでバカ殿のようにも見えた。
月読波奈が必死で笑いをこらえているが、紅色のサイバーグラスで神沢優の表情は読み取れない。
メガネ君に至っては非常に興味深げに信長を見つめていた。
「唐は唐でも台湾という島のお茶です。確か、この時代では『高砂国』と言ったはずです」
安東要が信長に勧めたのは中国茶、正確には台湾茶であった。
「『高砂国』はポルトガル語で『Formosa』、麗しの島という意味じゃったかな」
信長は円筒形の聞香杯に残った香りを楽しんだ後で、そのお茶を移した小さな茶杯をゆっくりと味わうように飲み干した。
お茶請ちゃうけのマンゴーのドライフルーツを珍しそうにつまんで口に入れた。
「ほう、なかなか美味じゃのう」
織田信長はなかなかの教養人であり、風流を楽しむ茶人であると聞く。
これは話がわかる人物かもしれないと安東要は思った。
「それで、おぬしらは、わしをどうするつもりじゃ?」
にこやかに笑っていたかと思ったら、切れ長の眉の下の双眸が急に鋭い眼光を帯びて、要は一瞬でその考えが甘かったことを悟った。
「それは――――」
あまりの迫力と威圧感に言葉がつまる。
(信長公、若い者では役不足のようなので、わたくし、安倍清明がお話を致します)
「安倍晴明? 平安時代の伝説の陰陽師か? そういえば利休が晴明神社の井戸の水で茶を立てたことがあると申していたな」
信長は少し興味深げに表情を和らげた。
しかも、清明の姿も見えないのに、心話であるのに、そのことをあまり疑問に思っていないようだった。
利休は信長に茶人として登用された頃、晴明神社のそばに聚楽屋敷を建てて、晴明神社の「晴明井」の水でお茶を立てていたようです。利休が秀吉に切腹を申し付けられた際、切腹した場所も「晴明井」のそばだったと伝えられています。
(そうです。利休殿はわしの良き話し相手じゃったが、秀吉公に切腹させられてしもうて残念じゃったな)
「何! はげ鼠が利休に切腹を命じたじゃと! それは本当か!」
豊臣秀吉の仇名は当初は「猿」だったようだが、信長が天正4年頃、秀吉の正室のねねに宛てた手紙には「はげ鼠」という仇名が書かれている。
(いや、それは後の世のことで、本能寺の変で信長公は自刃して亡くなられ、秀吉公が明智光秀を討って、太閤秀吉と呼ばれる天下人になりまする)
「はげ鼠が天下人とは! だが、わしはまだ生きておるし、晴明殿もわしを殺すつもりはないのじゃろう? ということは、わしはどこかに連れ去られる運命か」
小さくため息をつく信長であった。
いつも強気の信長というイメージだが、意外と繊細な部分もあるらしい。
勘も非常にいい。
(未来の世でイスパニア帝国との大いくさがありまする。それに信長公の力をお貸して頂きたい)
「イスパニア帝国? ルイス・フロイスの母国ポルトガルの隣国か?」
(未来の世界ではイスパニアが世界の覇権国家になっておりまする)
「なんと! 覇権国家とは! 日本はどうなっておる?」
(残念ながら、イスパニア帝国とのいくさに負けて属国になっておりまする)
「ということは下剋上か! わしにイスパニア帝国を攻め滅ぼしてほしい、そういうことか?」
晴明はあわてた。
(いえ、そこまでして頂けなくても結構です。信長公に『天女の舞』を踊って頂きたいのです)
「『天女の舞』? あれは、しかし、古今伝授、和歌の解釈書がなければ天女の召喚はできぬぞ」
(わかっております。それができる者もすでに目をつけておりまする)
「なるほど。面白そうなので行ってやってもよいぞ。だが、ひとつだけ条件がある」
信長はにやりと笑った。
「ひとり、供を連れていきたい」
(ひょっとして? あの男ですかのう?)
晴明の言葉を聞いて、安東要は自分の想像に戦慄を覚えた。
しかし、東日本を救うためにはこれぐらいのことはしないといけないかなとも思った。
本人には非常に気の毒だが、話がまとまってしまったので、漂流する迷宮は次の時空を目指した。
安倍清明の陰陽術で時空を移動する迷宮であるが、時に迷宮時間では3月3日の早朝の話である。
東日本大震災が起こるという晴明の予言の日まで、残りあと7日ぐらいである。
一応、信長とのお茶会してるうちに、長い一日が終って夜が明けたようである。
ちなみに、現地時間で本能寺の変が起こったのは、天正10年(1582年)の6月2日明方(4時頃とする説もある)から午前8時ぐらいと言われている。
現地でも朝が来て、信長の遺体がなくて明智光秀があわてる訳だが、その後、光秀がどんな運命をたどるかは読者もご存じだろう。
ただ、この物語は次回、さらなる過酷な運命が光秀に襲いかかるという『安倍晴明の予言書』に基づいて語られることになります。
ああ、あわれなり、光秀。
-----------あとがき---------------------------------------------------
次回、たぶん、「光秀、折檻」という酷いタイトルになる予定。
わくわくする展開に、作者は非常に楽しみです。
本人は気の毒ですがね。
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