上 下
12 / 48
第二章 安土桃山時代編

信長のお茶会

しおりを挟む
「ほう、これはカラの国のお茶かのう」

 本能寺の炎で焼かれたせいか、へなへなのどじょうヒゲ姿の信長は意外と普通のおじさんに見えた。
 だが、その服装は白地にだいだい色の花模様を散らした小袖に名護屋帯なごやおびという簡略なもので、明から伝わったという唐輪髷からわまげという奇怪な髪型であった。
 当時の遊女の出で立ちであるが、まげの先端が扇のように開いてる唐輪髷からわまげのせいでバカ殿のようにも見えた。

 月読波奈が必死で笑いをこらえているが、紅色のサイバーグラスで神沢優の表情は読み取れない。
 メガネ君に至っては非常に興味深げに信長を見つめていた。


カラは唐でも台湾という島のお茶です。確か、この時代では『高砂国』と言ったはずです」

 安東要が信長に勧めたのは中国茶、正確には台湾茶であった。

「『高砂国』はポルトガル語で『Formosaフォルモサ』、麗しの島という意味じゃったかな」

 信長は円筒形の聞香杯もんこうはいに残った香りを楽しんだ後で、そのお茶を移した小さな茶杯ちゃはいをゆっくりと味わうように飲み干した。
 お茶請ちゃうけのマンゴーのドライフルーツを珍しそうにつまんで口に入れた。

「ほう、なかなか美味じゃのう」

 織田信長はなかなかの教養人であり、風流を楽しむ茶人であると聞く。
 これは話がわかる人物かもしれないと安東要は思った。

「それで、おぬしらは、わしをどうするつもりじゃ?」

 にこやかに笑っていたかと思ったら、切れ長の眉の下の双眸が急に鋭い眼光を帯びて、要は一瞬でその考えが甘かったことを悟った。

「それは――――」

 あまりの迫力と威圧感に言葉がつまる。

(信長公、若い者では役不足のようなので、わたくし、安倍清明がお話を致します)

「安倍晴明? 平安時代の伝説の陰陽師か? そういえば利休が晴明神社の井戸の水で茶を立てたことがあると申していたな」

 信長は少し興味深げに表情を和らげた。
 しかも、清明の姿も見えないのに、心話であるのに、そのことをあまり疑問に思っていないようだった。

 利休は信長に茶人として登用された頃、晴明神社のそばに聚楽屋敷を建てて、晴明神社の「晴明井」の水でお茶を立てていたようです。利休が秀吉に切腹を申し付けられた際、切腹した場所も「晴明井」のそばだったと伝えられています。

(そうです。利休殿はわしの良き話し相手じゃったが、秀吉公に切腹させられてしもうて残念じゃったな)

「何! はげねずみが利休に切腹を命じたじゃと! それは本当か!」

 豊臣秀吉の仇名は当初は「さる」だったようだが、信長が天正4年頃、秀吉の正室のねねに宛てた手紙には「はげねずみ」という仇名が書かれている。

(いや、それは後の世のことで、本能寺の変で信長公は自刃して亡くなられ、秀吉公が明智光秀を討って、太閤秀吉と呼ばれる天下人になりまする)

「はげねずみが天下人とは! だが、わしはまだ生きておるし、晴明殿もわしを殺すつもりはないのじゃろう? ということは、わしはどこかに連れ去られる運命か」

 小さくため息をつく信長であった。
 いつも強気の信長というイメージだが、意外と繊細な部分もあるらしい。
 勘も非常にいい。

(未来の世でイスパニア帝国との大いくさがありまする。それに信長公の力をお貸して頂きたい)

「イスパニア帝国? ルイス・フロイスの母国ポルトガルの隣国か?」

(未来の世界ではイスパニアが世界の覇権国家になっておりまする)

「なんと! 覇権国家とは! 日本はどうなっておる?」

(残念ながら、イスパニア帝国とのいくさに負けて属国になっておりまする) 

「ということは下剋上か! わしにイスパニア帝国を攻め滅ぼしてほしい、そういうことか?」

 晴明はあわてた。

(いえ、そこまでして頂けなくても結構です。信長公に『天女の舞』を踊って頂きたいのです)

「『天女の舞』? あれは、しかし、古今伝授、和歌の解釈書がなければ天女の召喚はできぬぞ」

(わかっております。それができる者もすでに目をつけておりまする)

「なるほど。面白そうなので行ってやってもよいぞ。だが、ひとつだけ条件がある」

 信長はにやりと笑った。

「ひとり、供を連れていきたい」

(ひょっとして? あの男ですかのう?)

 晴明の言葉を聞いて、安東要は自分の想像に戦慄を覚えた。
 しかし、東日本を救うためにはこれぐらいのことはしないといけないかなとも思った。
 本人には非常に気の毒だが、話がまとまってしまったので、漂流する迷宮は次の時空を目指した。

 安倍清明の陰陽術で時空を移動する迷宮であるが、時に迷宮時間では3月3日の早朝の話である。
 東日本大震災が起こるという晴明の予言の日まで、残りあと7日ぐらいである。
 一応、信長とのお茶会してるうちに、長い一日が終って夜が明けたようである。

 ちなみに、現地時間で本能寺の変が起こったのは、天正10年(1582年)の6月2日明方(4時頃とする説もある)から午前8時ぐらいと言われている。
 現地でも朝が来て、信長の遺体がなくて明智光秀があわてる訳だが、その後、光秀がどんな運命をたどるかは読者もご存じだろう。

 ただ、この物語は次回、さらなる過酷な運命が光秀に襲いかかるという『安倍晴明の予言書』に基づいて語られることになります。
 ああ、あわれなり、光秀。











-----------あとがき--------------------------------------------------- 

次回、たぶん、「光秀、折檻」という酷いタイトルになる予定。

わくわくする展開に、作者は非常に楽しみです。
本人は気の毒ですがね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

新木下藤吉郎伝『出る杭で悪いか』

宇治山 実
歴史・時代
天正十年六月二日未明、京都本能寺で、織田信長が家臣の明智光秀に殺された。このあと素早く行動したのは羽柴秀吉だけだった。備中高松城で、秀吉が使者から信長が殺されたことを聞いたのが、三日の夜だといわれている。堺見物をしていた徳川家康はその日に知り、急いで逃げ、四日には自分の城、岡崎城に入った。秀吉が、自分の城である姫路城に戻ったのは七日だ。家康が電光石火に行動すれば、天下に挑めたのに、家康は旧武田領をかすめ取ることに重点を置いた。この差はなにかー。それは秀吉が機を逃がさず、いつかくる変化に備えていたから、迅速に行動できたのだ。それは秀吉が、他の者より夢を持ち、将来が描かける人物だったからだ。  この夢に向かって、一直線に進んだ男の若い姿を追った。  木曽川で蜂須賀小六が成敗しょうとした、若い盗人を助けた猿男の藤吉郎は、その盗人早足を家来にした。  どうしても侍になりたい藤吉郎は、蜂須賀小六の助言で生駒屋敷に住み着いた。早足と二人、朝早くから夜遅くまで働きながら、侍になる機会を待っていた。藤吉郎の懸命に働く姿が、生駒屋敷の出戻り娘吉野のもとに通っていた清洲城主織田信長の目に止まり、念願だった信長の家来になった。  藤吉郎は清洲城内のうこぎ長屋で小者を勤めながら、信長の考えることを先回りして考えようとした。一番下っ端の小者が、一番上にいる信長の考えを理解するため、尾張、美濃、三河の地ノ図を作った。その地ノ図を上から眺めることで、大国駿河の今川家と、美濃の斎藤家に挟まれた信長の苦しい立場を知った。  藤吉郎の前向きに取り組む姿勢は出る杭と同じで、でしゃばる度に叩かれるのだが、懲りなかった。その藤吉郎に足軽組頭の養女ねねが興味を抱いて、接近してきた。  信長も、藤吉郎の格式にとらわれない発想に気が付くと、色々な任務を与え、能力を試した。その度に藤吉郎は、早足やねね、新しく家来になった弟の小一郎と、悩み考えながら難しい任務をやり遂げていった。  藤吉郎の打たれたも、蹴られても、失敗を恐れず、常識にとらわれず、とにかく前に進もうとする姿に、木曽川を支配する川並衆の頭領蜂須賀小六と前野小右衛門が協力するようになった。  信長は藤吉郎が期待に応えると、信頼して、より困難な仕事を与えた。  その中でも清洲城の塀普請、西美濃の墨俣築城と、稲葉山城の攻略は命懸けの大仕事だった。早足、ねね、小一郎や、蜂須賀小六が率いる川並衆に助けられながら、戦国時代を明るく前向きに乗り切っていった若い日の木下藤吉郎の姿は、現代の私たちも学ぶところが多くあるのではないだろうか。

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

えっちのあとで

奈落
SF
TSFの短い話です

【R18】アリスエロパロシリーズ

茉莉花
ファンタジー
家族旅行で訪れたロッジにて、深夜にウサギを追いかけて暖炉の中に落ちてしまう。 そこは不思議の国のアリスをモチーフにしているような、そうでもないような不思議の国。 その国で玩具だったり、道具だったり、男の人だったりと色んな相手にひたすらに喘がされ犯されちゃうエロはファンタジー!なお話。 ストーリー性は殆どありません。ひたすらえっちなことしてるだけです。 (メインで活動しているのはピクシブになります。こちらは同時投稿になります)

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

処理中です...