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「先輩、眉間……。その皺やめてよ。なにその『不味いもの喰っちゃいました』みたいな顔。俺に対してチョー失礼だよ?」
「……悪い」

 奈緒紀は身体を起こすとおもむろに下着を身につけはじめた。途中「うぇ」と顔を顰めた理由に思い当たった恭介はもういちど「悪い」と呟いて、決まりの悪さに彼から目線をはずす。
 恭介は彼のなかにたっぷりと二度も出していた。きっとそれが零れてきているのだろう。

 それにしても、奈緒紀の態度はあまりにも軽い。なにが「はぁ。……やっちゃった」だ。どう見かたを変えてみても、奈緒紀の様子は自分に気を使って無理やり元気なふりをしている、というようには見えない。

 なにごともなかったように服を着はじめた彼を、恭介は訝しげに見やった。自分が貸した服はどれも彼には大きくて、華奢な身体はTシャツのなかで泳いでいるように見える。

(おまえ、俺に強姦されたんだぞ?)
 わかっているのだろうか。あれほど痛そうにしていたではないか。そんななにもなかったかのように振舞われると……、それはそれでおもしろくない。

 これだけの大事だいじを起こしたと云うのに、当初の彼をぎゃふんとさせたいという思いが昇華されないじゃないかと、不満が湧いてくるのだ。まったく懲りていない自分に幻滅しつつ、恭介はまたもや奈緒紀に八つ当たりしてしまう。

「おまえ、もしかして男と経験あるとかって云うんじゃないよな?」
 つい出たセリフは、あまりにも幼稚だった。
「あるわけないでしょ。先輩バカなの?」

 ボトムを手にした奈緒紀にぎろっと睨まれて、さすがに首を竦める。身体が辛いのか彼はボトムを穿くのも一苦労のようだ。奈緒紀はそのままではずり落ちそうなジーパンを、ベルトで細い腰にぎゅっと締めつけた。

「はぁ。脚広げられすぎて股関節、がくがくだよ。女の子って凄くない? あ、先輩にはこの辛さ、わかんないか。やられちゃったの、俺だもんね」
 恭介はうっと、胸を押さえた。
(い、居たたまれない。もしかして報復がはじまったのかっ⁉)

「はぁ……」
 重苦しそうに息を吐きだした奈緒紀がまた口を開く。恭介はいよいかと固唾を飲み込んだ。覚悟はできている。なんとでも云ってくれ。もちろん殴っくれたっていい。

 恭介はぎゅっと両手を握りしめながら、奈緒紀の言葉をまった。しかし次に彼からでたセリフは、余りにも場に不相応な暢気なもので、
「……そっか、そっか。先輩は溜まってたんだね」 
 そう云われて恭介は人生、いままでになかったほどに呆けてしまったのだ。

「………………は?」
 もしこのときのみっともない顔を、奈緒紀に見られていたとしたら、恭介はまた癇癪を起こしていたかもしれない。恭介は慌てて顔を表情を引き締めた。

(はい?)
 なんだって? こいついまなんて云った? 絶句する恭介に気づかず、奈緒紀は心底呆れたように、もういちど大げさな溜息をついた。恭介は気怠げに身支度をする奈緒紀を凝視する。

「俺さ、今日学校で先輩がしんどそうっていうの? 機嫌悪そうにしてたからさ、これでも一応心配してたんだよ?」
 こちらを向いた奈緒紀が小首を傾げた。恭介はなんども齧りついて舐めたその細い首に、どきりとする。大きな瞳で見上げられるのも、胸が高鳴るので勘弁してほしい。

「それがさ、ただ単にやりたかっただけ? ただの欲求不満って。ナニソレ? だよ。先輩もうコドモじゃないんだから、そんなん学校来るまえに自分で処理してこようよ?……はぁ……」
 眉を八の字にした奈緒紀に、馬鹿なのこの子、というふうな表情かおをされて、恭介はカッとなった。

「なっ、ばっ、バカッ。違うわっ!」
「え? 先輩、相手いないとダメな派⁉」
 若いうちからソレって贅沢だよ? とつづけた奈緒紀に、恭介はさらに憤慨した。

「ちがうっ、ホントにむしゃくしゃしてたんだ。前期のテスト三位落ちしてたプレッシャーもあったし、それなのに担任も、落合も好き勝手にひとを使うしっ、昨夜ゆうべだって親がメシがないだの手料理をだせだの云いだして、くだんない夫婦ゲンカしたあげくに、あのクソ親父は早朝から俺のこと起こして『じゃあ父さん行ってくる』とかほざくし、クラスのヤツらだっていちいち口うるさいしっ、それにお前だって、神田と仲よさそうだし――」

 うっかり神田の名まえを出してしまったところで、恭介はしまったと口を押さえた。顔が燃えそうなほど熱い。

(やばっ、俺、なにをべらべらと……)
 恭介は俯いて奥歯を噛みしめた。頭が一気に冷えて今度は顔を蒼くする。
 吐露とろした自分の弱さも大概だが、なによりも奈緒紀に自分が神田に嫉妬してしていると知られたくなかったのだ。意気地のない恭介にはもう恐ろしすぎて、顔をあげて奈緒紀を見ることができなくなっていた。

(最悪だ。なんかもう、俺、コイツにすべての恥部を曝してしまってる……)
 恭介は彼に侮蔑される以前に、これだけの生き恥を見せた自分を赦せそうにない。羞恥で自分を消し去りたいくらいだし、彼の目に自分を映させているこの状況すらも耐えがたくなってきた。
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