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「口ゲンカだから決着がつかないんだよな。いっそ殴り合いでもしてケリつけりゃいいのに。んでさっさと離婚してくれ」
「あっ、それは俺も思う。腹立ってむしゃくしゃしてるんならさ、ちょっとくらいは殴らせてあげればいいのにってね」
奈緒紀の特技がへらへらニコニコの笑顔と、調子の良さだけだと油断していた恭介だった。まさか彼がこれほど聞き出し上手だったとは……。
だから自宅から彼のマンションまでの移動の間に、恭介は毎日の鬱屈や家族にたいする不満を全部、奈緒紀にしゃべってしまったのだ。恭介がここまでひとに自分の心情を吐露したのは、はじめてのことだった。
この日、恭介は奈緒紀に話をしすぎた。だからそのことを、夜になって羞恥ともに大後悔することになる。
*
マンションに到着して奈緒紀の家の扉を開けた途端、由那は恭介の胸を蹴りでていった。
その反動で後ろに倒れ、尻をアルコープの硬い床に強かに打ちつけた恭介は、痛みに顔を歪めて盛大に毒づいた。
「いってぇっ。マジかっ、あのクソ幼児っ!」
そんな恭介に苦笑しながら、奈緒紀は手を差しだしてくる。
「先輩、大丈夫?」
「あ、ああ。――っ⁉」
目を白黒しながら奈緒紀の手を取ろうとした恭介は、しかしこんどは彼の背後に迫りくる影に「ひっ」と息を呑んだ。
「奈緒ちゃあぁんっ‼」
「うわぁっ」
「うげっ!」
廊下の向こうから走ってきた、由那よりもすこし大きな子どもが、屈んだ奈緒紀の背中に飛びついたのだ。奈緒紀はそれを支えきれず、幼児を背中に乗せたまま恭介の腹に倒れてきた。
「ぐっふうぅぅっ」
「いってぇーっ」
鳩尾にふたりぶんの体重を受けとめて、あまりもの衝撃で昼に食べたものを吐きだしそうになる。
「うえっ、げほっ、げほげほっ」
「先輩ダイジョーブ?」
涙目で嘔吐く恭介に腹のうえに乗ったままの奈緒紀が、「ごめんね」とけろっと謝った。
「げほっ……ふっううっ……」
「んもぅ、藍里ったら元気なんだから。飛びつくときはちゃんと周りを見ないと危ないでしょ。ほら先輩かわいそう、涙浮かべちゃってるよ。ちゃんとごめんねしてね」
奈緒紀は、かわいそうといちどだけ恭介を振り返るも「藍里 ちゃん、ただいまのちゅーしてぇ」と云って、少女に頬を差しだしていた。
「奈緒ちゃん、おかえりなさいね、ちぅ」
「藍里ちゃんありがとねー」
(なんの茶番だっ!)
「いいから、お前らっ、俺の腹のうえからはやくどけぇ!」
「いやんっ」
「やぁっ」
重さに耐えられず、恭介はいちゃいちゃしている兄妹を、腹のうえから転がり落とした。
「もう。先輩の怒りん坊。……ほら、靴脱いでなかにあがってよ」
奈緒紀が靴をしまうときに、ちらっと見えた下駄箱のなかにあった靴の数が半端なかった。それに家のなかはやけに賑やかだ。いったい中に何人いるのだ? 客でもきているのだろうか? と想像した恭介だったが、その理由はすぐに教えられた。
「俺ん家、兄妹多いんだよね。大家族ってやつ? この子が下から二番目の幼稚園生」
さっきの由那には申し訳ないが、いま奈緒紀に抱っこされている幼児の顔はやけにかわいい。下手な子役タレントよりも美人で、なおかつ聡明そうな顔をしていた。
「おにいちゃん、こんにちわぁ。あいりです。五才です。痛くしてごめんなさいね。次は絶対に気をつける」
「あ、ああ。こんにちわ。うわっ」
愛想よく挨拶を終えた藍里は、奈緒紀の腕から下りると、恭介の腹を軽くナデナデしてから、「お客さん来たよー」と廊下の突き当りの部屋へと走っていった。きっとそこがリビングなんだろう。
奈緒紀は途中、キッチンで足を止めて、弟らしい人物にただいまと挨拶する。奈緒紀の背後にいた恭介にも、キッチンのなかにいる少年の顔が見えた。
キッチン台にはたくさんの食材が準備されていて、少年は今からまさに料理をはじめます、といった体だ。
「さとるー。お客さんね。先輩のご飯もよろしくね」
「わかった」
恭介を一瞥したは彼は、挨拶もなく手もとの作業に戻る。愛想がない。
「え? 俺、メシはいいよ?」
「まぁまぁ、せっかくだし食べて行って」
「はぁ……。それにしても、この子、お前とそっくりだな」
「うん。智と俺が一番似てるって云われる。こいつがうちの四男ね。俺よりも一個下で、まだ中学生なんだ」
ふたりは白い肌もすこし垂れぎみの目も、背格好もそっくりだった。しかし智のほうは髪が黒く、奈緒紀とは真逆に控えめな印象がある。
奈緒紀が西洋風と云うなら、智は純和風と云った感じだ。
「で、こっちがリビングね。散らかっていると思うから足もと気をつけて」
「うわっ」
説明とともにドアが開くと、耳をつんざくやかましさに、恭介はとっさに両耳を押さえた。そしてあまりものひとの密集度に驚いて、目を大きくする。
「すっげ……」
まずいちばんはじめに目についたのは、部屋のまんなかで激しい罵りあいをしている男女だった。
ふたりは自分と同じくらいの年齢だ。他にも壁際にひとり、机のまえにひとり、恭介と歳の変わらなそうな男がいて、そして部屋のはしっこで、妙なダンスを踊っているのがさっきの由那で……。
「あっ、それは俺も思う。腹立ってむしゃくしゃしてるんならさ、ちょっとくらいは殴らせてあげればいいのにってね」
奈緒紀の特技がへらへらニコニコの笑顔と、調子の良さだけだと油断していた恭介だった。まさか彼がこれほど聞き出し上手だったとは……。
だから自宅から彼のマンションまでの移動の間に、恭介は毎日の鬱屈や家族にたいする不満を全部、奈緒紀にしゃべってしまったのだ。恭介がここまでひとに自分の心情を吐露したのは、はじめてのことだった。
この日、恭介は奈緒紀に話をしすぎた。だからそのことを、夜になって羞恥ともに大後悔することになる。
*
マンションに到着して奈緒紀の家の扉を開けた途端、由那は恭介の胸を蹴りでていった。
その反動で後ろに倒れ、尻をアルコープの硬い床に強かに打ちつけた恭介は、痛みに顔を歪めて盛大に毒づいた。
「いってぇっ。マジかっ、あのクソ幼児っ!」
そんな恭介に苦笑しながら、奈緒紀は手を差しだしてくる。
「先輩、大丈夫?」
「あ、ああ。――っ⁉」
目を白黒しながら奈緒紀の手を取ろうとした恭介は、しかしこんどは彼の背後に迫りくる影に「ひっ」と息を呑んだ。
「奈緒ちゃあぁんっ‼」
「うわぁっ」
「うげっ!」
廊下の向こうから走ってきた、由那よりもすこし大きな子どもが、屈んだ奈緒紀の背中に飛びついたのだ。奈緒紀はそれを支えきれず、幼児を背中に乗せたまま恭介の腹に倒れてきた。
「ぐっふうぅぅっ」
「いってぇーっ」
鳩尾にふたりぶんの体重を受けとめて、あまりもの衝撃で昼に食べたものを吐きだしそうになる。
「うえっ、げほっ、げほげほっ」
「先輩ダイジョーブ?」
涙目で嘔吐く恭介に腹のうえに乗ったままの奈緒紀が、「ごめんね」とけろっと謝った。
「げほっ……ふっううっ……」
「んもぅ、藍里ったら元気なんだから。飛びつくときはちゃんと周りを見ないと危ないでしょ。ほら先輩かわいそう、涙浮かべちゃってるよ。ちゃんとごめんねしてね」
奈緒紀は、かわいそうといちどだけ恭介を振り返るも「藍里 ちゃん、ただいまのちゅーしてぇ」と云って、少女に頬を差しだしていた。
「奈緒ちゃん、おかえりなさいね、ちぅ」
「藍里ちゃんありがとねー」
(なんの茶番だっ!)
「いいから、お前らっ、俺の腹のうえからはやくどけぇ!」
「いやんっ」
「やぁっ」
重さに耐えられず、恭介はいちゃいちゃしている兄妹を、腹のうえから転がり落とした。
「もう。先輩の怒りん坊。……ほら、靴脱いでなかにあがってよ」
奈緒紀が靴をしまうときに、ちらっと見えた下駄箱のなかにあった靴の数が半端なかった。それに家のなかはやけに賑やかだ。いったい中に何人いるのだ? 客でもきているのだろうか? と想像した恭介だったが、その理由はすぐに教えられた。
「俺ん家、兄妹多いんだよね。大家族ってやつ? この子が下から二番目の幼稚園生」
さっきの由那には申し訳ないが、いま奈緒紀に抱っこされている幼児の顔はやけにかわいい。下手な子役タレントよりも美人で、なおかつ聡明そうな顔をしていた。
「おにいちゃん、こんにちわぁ。あいりです。五才です。痛くしてごめんなさいね。次は絶対に気をつける」
「あ、ああ。こんにちわ。うわっ」
愛想よく挨拶を終えた藍里は、奈緒紀の腕から下りると、恭介の腹を軽くナデナデしてから、「お客さん来たよー」と廊下の突き当りの部屋へと走っていった。きっとそこがリビングなんだろう。
奈緒紀は途中、キッチンで足を止めて、弟らしい人物にただいまと挨拶する。奈緒紀の背後にいた恭介にも、キッチンのなかにいる少年の顔が見えた。
キッチン台にはたくさんの食材が準備されていて、少年は今からまさに料理をはじめます、といった体だ。
「さとるー。お客さんね。先輩のご飯もよろしくね」
「わかった」
恭介を一瞥したは彼は、挨拶もなく手もとの作業に戻る。愛想がない。
「え? 俺、メシはいいよ?」
「まぁまぁ、せっかくだし食べて行って」
「はぁ……。それにしても、この子、お前とそっくりだな」
「うん。智と俺が一番似てるって云われる。こいつがうちの四男ね。俺よりも一個下で、まだ中学生なんだ」
ふたりは白い肌もすこし垂れぎみの目も、背格好もそっくりだった。しかし智のほうは髪が黒く、奈緒紀とは真逆に控えめな印象がある。
奈緒紀が西洋風と云うなら、智は純和風と云った感じだ。
「で、こっちがリビングね。散らかっていると思うから足もと気をつけて」
「うわっ」
説明とともにドアが開くと、耳をつんざくやかましさに、恭介はとっさに両耳を押さえた。そしてあまりものひとの密集度に驚いて、目を大きくする。
「すっげ……」
まずいちばんはじめに目についたのは、部屋のまんなかで激しい罵りあいをしている男女だった。
ふたりは自分と同じくらいの年齢だ。他にも壁際にひとり、机のまえにひとり、恭介と歳の変わらなそうな男がいて、そして部屋のはしっこで、妙なダンスを踊っているのがさっきの由那で……。
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