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「おー。宮内、おつかれさん。いいよ、そのノート俺が職員室に返してきてやるから。お前もさっさと教室に戻ったらいい」
その言葉に、恭介はしばし手もとのノートを眺めるふりをして、いかにも申し訳ないという顔で彼をみた。じっくりタメをつくってから「あー」と呟く。それから云うのだ――。
「じゃあ、お願いしていいですか?」
「おお、まかせとけ。机と椅子は戻しておいてくれな」
「はい、わかりました。ノートありがとうございます」
にこっ。しっかり笑顔をつくると、机をさっさと運びはじめた。落合に背を向けたとたんに、恭介の顔からはすっと表情が消えている。
(どうせ職員室に行くんだから、ノートは毎度お前が持って行けってんだよ)
朝の風紀委員の当番は二カ月に一回まわってくる。しかも期間は一週間だ。
朝の三十分カケル五日で二時間半。それだけあればどれだけ勉強ができると思っているんだ。受験生舐めんな。
(これくらいあんたが持ってって当たり前だろうがよ)
教師たちが恨めしい。そして自分に手をかけさせるこの学校の生徒たちも然りだ。
ここで指導される女生徒のなかには、計画的な恭介のファンもいる。
彼女たちは、前日の夜に一生懸命ジェルでデコレートした爪を「昨日剥がし忘れましたぁ」と見せにきたり、わざと校則違反や遅刻をして手帳で名まえをアピールしてきたりだとかだ。
そしてそういう女子は、たいてい予鈴のチャイムがなるぎりぎりまで、恭介の傍から離れない。
恭介が当番の週は、頬を染めて並ぶ女生徒の行列が十メートルに及ぶこともあった。当番を配置して、逆に校則違反者と遅刻者を増やしてどうするんだ。
(遅刻なんて好きなだけさせてやれよ。風紀違反にしたってそうだ。違反者には、がっつり内申落としてやって痛い目見せておけば、数年もすりゃ校内の空気が勝手にひきしまるはずだ)
過保護な教師も、甘ったれた生徒も、文句を云って責任をなすりつけてくる親も、みんな大馬鹿野郎だ。
風紀当番最終日、一週間も続いた早起きと面倒ごとに苛立ちは最高潮に達していた。
まぁ、それでも今日のこれで、暫くは当番はまわってこない。さっさと机をなおして教室に戻ってしまおうと、無理やりに気持ちを切りかえようとした恭介だった。そんなとき。
「ぎゃぁーっ!」
ふいに門扉のほうから、甲高い男の悲鳴があがった。
ガシャン! ガチャガチャ‼
「あっ、おいこら、上条、無茶すんな! そっちじゃない、隣にまわれぇ」
「閉まってるぅぅっ⁉ どゆこと? なんでぇーっ?」
机と椅子を定位置に運んでいた恭介は、門扉を叩きつける音と落合の慌てる声に振り返ると、驚愕に目を丸くした。
門扉の向こうにやけに真っ黄色の髪をした、ちっちゃくてかわいいヤンキーがいたのだ。鉄格子を掴んで立つさまが、まるで檻に入れられた子猿のようだった。
(なんだ、あの髪の色はっ⁉)
しかも耳には穴が開きまくりだ。いったいピアスがいくつつけられているのだろうか。
「んもぅ、仕方ないなぁ」
そう呟きながら鞄をこちらに投げた子猿は、一度門から離れていった。
なにをするつもりだと訝しんで見ていると、彼は門から少し離れたところで立ち止まり、くるりと振り返った。そしてこちらへと向かって走ってくる。恭介がそれが助走だと気づくや否や、彼は地面を強く踏み切った。
(うっわぁ……)
宙に跳ねた彼は門の上縁を掴むと、まるで格子の部分を駆け上がるようにしてこちらに飛び越えてきたのだ。
「こらぁぁぁっ! ゲホッ か、かみっ はぁはぁ」
渡り廊下を走って戻ってきた落合は、息をゼイハァと切らしていた。
「あ、新ちゃんセンセ―、おはよー。ねぇ、門閉まってたんですけど? ちゃんと開けておいておかなきゃ、駄目じゃん?」
「あほかっ。だから待てって云っただろうがっ」
「いってぇっ」
セリフとともに彼の鉄拳が、黄色い頭に落ちた。
「だから、門扉を飛び越えるなっ。お前には何回も通り門を使えと教えているだろうがっ!」
「いやんっ、うるさいって、落合先生」
彼は耳に指をつっこむと、眉を顰めた。
しかも、しれっと教師に口答えまでしているのだ。
そんな彼を、恭介は唖然と見つめていた。
「あ、こらっ まて! 上条」
「無理っ、先生俺いま急いでいるからっ」
落合が伸ばした手を、彼は叩き落とした。
「なにが急いでいるだっ。だいたい教師に向かって、その口の利きかたはなんなんだっ。あと髪の色! 派手すぎるわ」
「んだよー。よく見てよ、センセ。ちゃんと前髪は短いでしょ? 目に入っていない。健康を害していない。だったら校則をやぶってない。痛てぇっ。馬鹿になるぅ!」
胸を張って主張していたところを容赦なく叩たかれて、彼は頭に手をやってしゃがみこんだ。
「そんなに強く叩いてないわっ。頭を気にするまえに、まずその口をどうにかしろ!」
「はいはい。センセー、ぼくは急いでおりますので、でわっ!」
シュタッ、と敬礼した子ザルは脱走を図るが、一瞬にして落合に捕まった。
「だから、待てと云っているだろうがっ!」
首根っこを掴まれて、ばたばた手をふる彼の姿は、コミカルで愛らしい。恭介は噴きだしそうになった口を慌てておさえた。
「やだやだやだっ。だって今日、一限テストなんだもん、俺、チョウメイ覚えてないー‼ 再テストになったら新ちゃんどうしてくれるのっ⁉」
「だったら早起きしろ。どうせ夜遊びして朝、起きられなかったんだろ? お前たちのようなのがいるから、俺や風紀委員が早起きさせられて、こんなところに立たされる羽目になるんだ」
その偉そうな落合の言葉に、恭介はいらっとする。
その言葉に、恭介はしばし手もとのノートを眺めるふりをして、いかにも申し訳ないという顔で彼をみた。じっくりタメをつくってから「あー」と呟く。それから云うのだ――。
「じゃあ、お願いしていいですか?」
「おお、まかせとけ。机と椅子は戻しておいてくれな」
「はい、わかりました。ノートありがとうございます」
にこっ。しっかり笑顔をつくると、机をさっさと運びはじめた。落合に背を向けたとたんに、恭介の顔からはすっと表情が消えている。
(どうせ職員室に行くんだから、ノートは毎度お前が持って行けってんだよ)
朝の風紀委員の当番は二カ月に一回まわってくる。しかも期間は一週間だ。
朝の三十分カケル五日で二時間半。それだけあればどれだけ勉強ができると思っているんだ。受験生舐めんな。
(これくらいあんたが持ってって当たり前だろうがよ)
教師たちが恨めしい。そして自分に手をかけさせるこの学校の生徒たちも然りだ。
ここで指導される女生徒のなかには、計画的な恭介のファンもいる。
彼女たちは、前日の夜に一生懸命ジェルでデコレートした爪を「昨日剥がし忘れましたぁ」と見せにきたり、わざと校則違反や遅刻をして手帳で名まえをアピールしてきたりだとかだ。
そしてそういう女子は、たいてい予鈴のチャイムがなるぎりぎりまで、恭介の傍から離れない。
恭介が当番の週は、頬を染めて並ぶ女生徒の行列が十メートルに及ぶこともあった。当番を配置して、逆に校則違反者と遅刻者を増やしてどうするんだ。
(遅刻なんて好きなだけさせてやれよ。風紀違反にしたってそうだ。違反者には、がっつり内申落としてやって痛い目見せておけば、数年もすりゃ校内の空気が勝手にひきしまるはずだ)
過保護な教師も、甘ったれた生徒も、文句を云って責任をなすりつけてくる親も、みんな大馬鹿野郎だ。
風紀当番最終日、一週間も続いた早起きと面倒ごとに苛立ちは最高潮に達していた。
まぁ、それでも今日のこれで、暫くは当番はまわってこない。さっさと机をなおして教室に戻ってしまおうと、無理やりに気持ちを切りかえようとした恭介だった。そんなとき。
「ぎゃぁーっ!」
ふいに門扉のほうから、甲高い男の悲鳴があがった。
ガシャン! ガチャガチャ‼
「あっ、おいこら、上条、無茶すんな! そっちじゃない、隣にまわれぇ」
「閉まってるぅぅっ⁉ どゆこと? なんでぇーっ?」
机と椅子を定位置に運んでいた恭介は、門扉を叩きつける音と落合の慌てる声に振り返ると、驚愕に目を丸くした。
門扉の向こうにやけに真っ黄色の髪をした、ちっちゃくてかわいいヤンキーがいたのだ。鉄格子を掴んで立つさまが、まるで檻に入れられた子猿のようだった。
(なんだ、あの髪の色はっ⁉)
しかも耳には穴が開きまくりだ。いったいピアスがいくつつけられているのだろうか。
「んもぅ、仕方ないなぁ」
そう呟きながら鞄をこちらに投げた子猿は、一度門から離れていった。
なにをするつもりだと訝しんで見ていると、彼は門から少し離れたところで立ち止まり、くるりと振り返った。そしてこちらへと向かって走ってくる。恭介がそれが助走だと気づくや否や、彼は地面を強く踏み切った。
(うっわぁ……)
宙に跳ねた彼は門の上縁を掴むと、まるで格子の部分を駆け上がるようにしてこちらに飛び越えてきたのだ。
「こらぁぁぁっ! ゲホッ か、かみっ はぁはぁ」
渡り廊下を走って戻ってきた落合は、息をゼイハァと切らしていた。
「あ、新ちゃんセンセ―、おはよー。ねぇ、門閉まってたんですけど? ちゃんと開けておいておかなきゃ、駄目じゃん?」
「あほかっ。だから待てって云っただろうがっ」
「いってぇっ」
セリフとともに彼の鉄拳が、黄色い頭に落ちた。
「だから、門扉を飛び越えるなっ。お前には何回も通り門を使えと教えているだろうがっ!」
「いやんっ、うるさいって、落合先生」
彼は耳に指をつっこむと、眉を顰めた。
しかも、しれっと教師に口答えまでしているのだ。
そんな彼を、恭介は唖然と見つめていた。
「あ、こらっ まて! 上条」
「無理っ、先生俺いま急いでいるからっ」
落合が伸ばした手を、彼は叩き落とした。
「なにが急いでいるだっ。だいたい教師に向かって、その口の利きかたはなんなんだっ。あと髪の色! 派手すぎるわ」
「んだよー。よく見てよ、センセ。ちゃんと前髪は短いでしょ? 目に入っていない。健康を害していない。だったら校則をやぶってない。痛てぇっ。馬鹿になるぅ!」
胸を張って主張していたところを容赦なく叩たかれて、彼は頭に手をやってしゃがみこんだ。
「そんなに強く叩いてないわっ。頭を気にするまえに、まずその口をどうにかしろ!」
「はいはい。センセー、ぼくは急いでおりますので、でわっ!」
シュタッ、と敬礼した子ザルは脱走を図るが、一瞬にして落合に捕まった。
「だから、待てと云っているだろうがっ!」
首根っこを掴まれて、ばたばた手をふる彼の姿は、コミカルで愛らしい。恭介は噴きだしそうになった口を慌てておさえた。
「やだやだやだっ。だって今日、一限テストなんだもん、俺、チョウメイ覚えてないー‼ 再テストになったら新ちゃんどうしてくれるのっ⁉」
「だったら早起きしろ。どうせ夜遊びして朝、起きられなかったんだろ? お前たちのようなのがいるから、俺や風紀委員が早起きさせられて、こんなところに立たされる羽目になるんだ」
その偉そうな落合の言葉に、恭介はいらっとする。
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