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「あっ、こらついてくるな。潤太はこっちで座ってまってろって云っただろ!」
「えぇ? なんで? だって俺、一也くんの恋人に挨拶しないといけないから。そっちの部屋に居てるんでしょ?」
「だから、しなくていいんだよ!」
 肩を掴まれた潤太は一也に方向を変えられると、
「ぎゃっ⁉」
 背中を押されて力づくでもとの位置に戻された。

「ひどーい! なんで恋人見せてくれないの⁉」
「お前がおしゃべりだからだ」
「なら仕方ないか……。俺の恋人はちゃーんと一也くんに紹介するんだからね? そのときは一也くん、ちゃんとご挨拶してよね!」

 部屋をでていく彼に声を張り上げたあと、落ち着きのない潤太はまたすくっと立ちあがって、ツリーへと近づいた。

 ひっくり返ったままのそれを抱きしめ「よっこいしょ」と起き上がらせようとするのだが、大きなツリーは重量もそれなりにあって、「う~ん、う~ん」と、小柄な潤太にはなかなかの大仕事だ。

 しかもやっとのことでもとのように立ち上がらせたツリーは見るも無惨で、イルミネーションライトは偏ってだらりと垂れさがり、プレゼントやリボンなどの装飾品は床に落ちてしまっている。

「あらまぁ。たいへんだ」と腰に手をあてた潤太は、
「あっ!」
 そのなかにひときわ大きな星を見つけると、ずっと左手に握りしめていたウニをほっぽって、それを拾いあげた。白銀色の大きな星は透かしレースの細工で、ツリーのてっぺんに飾る特別なものだ。 

 潤太がきれいな細工に魅入られてクルクルと星の角度を変えて眺めていると、救急箱を抱えた一也がリビングに戻ってくる。呼ばれて彼のまえに座ると、前髪を掻きあげて額に消毒をしてくれた。一也は潤太の丸いおでこに絆創膏を貼りつけ終えると、耐えきれずといったふうに噴きだす。

「ちょっ、コレ、お前似合いすぎるって。あははははっ」
「一也くん、酷い」
 ひとしきり笑って、はぁーっとひと息ついた彼は、今度はクンと鼻をひくつかせる。

「んで、なんなんだ? ずっとお前から匂ってくるこの甘ったるい匂いは?」
「それがさ、聞いてよ。酷いんだよ? 恋人がね、すっごく高級でおいしいケーキだったのにね。それを、俺の身体にべたーって塗ったんだよ?」
 ココ、ココと、スカートをたくし上げて胸を指さす。一也の顔が引き攣ったが、潤太は気づくこともない。

「まったくもう、考えられないよね⁉ もったいないと思わない⁉」
 怒って拳を振った潤太は、またその時のつらかった気持ちを蘇らせてしまい、床に突っ伏してシクシクやりはじめた。

「潤太……」
「しかもそのあとケーキ、大皿ごとぜんぶひっくり返しちゃってさ!」
 ガバッと顔をあげてまだまだ訴えようとするお馬鹿な高校男子に、救急箱を見やった一也が「こいつにつける薬はないな」とひっそり口にした。

「俺のケーキィィ……」
「わかった。潤太、もういい。あのケーキをやるから泣きやめ」
 一也が軽く顎をしゃくって示したのは、ローテーブルのうえのブッシュドノエルだ。

「へ? いいの? アレ、くれるの?」
 潤太は涙をピタッと止めると、さっと立ちあがってケーキのもとへ駆け寄った。潤太にはひと目でその薪をイメージしたロール状のケーキが、名の通った店のものだとわかる。小ぶりだが、シックなデザインのケーキに掛かったチョコレートの光沢がなんともいえない。潤太の頬がピンクに染まった。

「よかったぁ。これで俺の今日の悲しみが一個なくなったよ。一也くんありがとう」
「一個って? なんだ、お前まだ悩みがあるのか?」
「あるよ。だって俺、思春期真っただなかだからさぁ。いろいろ悩むんだよ? 恋や、友情や、クリスマスプレゼントとかで」
「そろそろ進学をどうするかでも悩めよ?」
「大丈夫だって。にいちゃんも一也くんも、心配性なんだから。期末の補習だって、俺ちゃんと受けたし!」

 つまりは赤点があったというわけだ。沈痛な面持ちで、一也がこめかみに手を当てた。
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