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  教えられたとおり学校の最寄り駅近くのアパートにやってくると、潤太は住人の名まえを確かめた。

「斯波。ここだ」
 表札には俊明の苗字の横にちゃんと『成瀬』という大智の苗字も書いてある。

「本当に一緒に住んでいるんだぁ」
(でも大智先輩はほとんどアパートに帰ってこないって云ってたっけ)
 チャイムを鳴らすと、ほどなくいらえとともに玄関のドアが開けられた。
「いらっしゃい、吉野。さぁ、中にはいって」
「お邪魔しまぁーぅぁっぷ」
 足を一歩踏み入れるなり、俊明に正面からハグされる。途端にふたりのあいだでグシャリとなにかがつぶれる感触と音がして、
「うわ、ごめん。なんかつぶれたよね?」
と、俊明が飛びのいた。潤太が腕にひっかけていた袋に気づいて、俊明が申し訳なさそうな表情かおをする。

「中身大丈夫かな? ――吉野? 聞いてる? これ平気?」
 総菜の入った紙袋はすっかりへしゃげて、漏れでた汁で色を変えていた。
 しかし潤太は半年以上も片思いしていた相手に、いきなり抱きつかれたのだ。すっかり呆けてしまっていて、彼の言葉なんて耳に入っていなかった。かわりに鼓膜には自分の破裂しそうな心臓の音がバクバクと響いていて――。

(び、びっくりしたぁ。先輩ってこんなキャラだったの⁉)
と、大きな瞳をぱちくりと瞬く。

 今年の前期には、潤太はクラス委員として、生徒会長の俊明と一緒に仕事をすることが何度かあった。そのときの彼はいつも落ち着いていて、ほかの生徒と比べると言動も仕草もずいぶんおとなっぽかったのだ。それがだ、玄関を開けるなり、まるで映画に出てくる外人の挨拶のように潤太にガバッ、だ。

(ガバッて、ガバッって、抱きしめられちゃった! っていうか、これが先輩の恋人仕様しよう⁉)
 どきどきする胸を押さえながら、見開いた瞳で彼のことを見つめていた潤太は、はじめて見る彼の私服姿にもときめきを覚え「はぅ」と息を呑む。

(かっこいいっ、かっこいいっ、かっこいいっ!) 
 キュン死してしまいそうだ。すると突然、
「吉野、お前さっそくたぶらかされてんのか⁉」
 頭から湯気がでそうなまでに真っ赤になって固まっていた潤太の後頭部が、バシッとはたかれた。

「痛いっ」
 衝撃を受けた頭を手で押さえ、ふくれっ面で大智を振り返る。彼にはたかれたところだけ、潤太の柔らかい栗色の髪が跳ねていた。

「大智、叩くなよ」
「もうっ! 大智先輩ひどい。そんなんだったらコレあげないよっ」
 潤太は総菜の袋とは別の大きな紙袋を『コレ』と云って揺らしみせ、プレゼントを取りだそうと袋の中をガサゴソと漁りだした。すっかり存在を忘れられているへしゃげた総菜の袋が、潤太の腕から滑り落ちていく。
 ボトッ。クシャ。

「あっ」
「げっ。落ちたぞ、いいのか?」
 俊明と大智の声にも我関せず。潤太は意気揚々、
「ジャ―――ン‼」
と、口で効果音をつけると、クリスマスカラーの包装紙に包まれた八十センチほどの箱を掲げて見せた。

「大智先輩、ハッピークリスマース! イエィッ」
 当然、ふたりの視線が追ったのは、潤太のつま先に蹴飛ばされて廊下を転がっていった総菜の袋のほうだ。

「うん、お前バカだよな。そしてちょっと落ち着こう」
「……大智。……云いかた」
 それから溜息をつきながら、雑巾を取りにリビングへと消えた大智を追って、俊明に促された潤太も彼らの家の中に足を踏み入れた。

 部屋は俊明のイメージ通りにすっきりと片付いている。まんなかに置いてあるコタツのうえに、派手なデコレートがされた大きなケーキを見つけたとき、潤太の瞳はまん丸になった。その瞳のなかは、興奮できらきらだ。
 
「うわぁ。なにこのクリスマスケーキ、超でっかいんですけど?」
「家が田舎でね。つきあいが多いから毎年ケーキが三つも四つも集まるんだよ。だからここに来るついでに、そのうちのひとつを大智に持ってきてもらったんだ」
「そっかぁ、大智先輩たいへんだったね」 


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