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 ここのところ、仕事あがりの神野がにここに来るのは、洗濯のためだった。
 気温が一気に冷えてきたこの数日、あのアパートではふたりぶんの洗濯物が一日で乾かなくなったそうだ。とくに神野の二着しか持っていない作業着が乾かないことには、仕事に差し支えが出てくるので、そこで彼は毎日帰りにここで洗濯していた。

「なんだ? まだなんかようがあるのか?」
 用件が終わっても、なかなか部屋を出ていこうとしない春臣に声をかける。別に用がなくても居てくれてもかまわないのだが、もしなにか自分に云いたいことがあるのなら、ちゃんと訊いてやるつもりだ。

「遼太郎くんに聞いてたけどさ、ほんとに今年はたいへんそうだね。仕事の量、少しは減らしたりできないの? 匡彦さん、目の下に隈できてるじゃん。肌もカサカサしてきてるし」
「んー。どうなんだろ。木本さんとこしだいだな」
 慣れた仕分け作業なので、手をとめずに答える。
(こいつ、ほんと細かいところ見てるよな……)
 春臣には自分の空元気なんて、お見通しだったようだ。

「あんま、無茶しないでよ? 嫁さんもいないのに倒れたら大変だよ?」
「なんだ? お前が看病してくれるんじゃないのか?」
「そりゃ、してあげるけどね?」
 くすくすと笑う彼に、いまがいい機会だと、「いつも助かってるよ」と日ごろの感謝を言葉にして伝えておく。
「ありがとうな」
 しかし篠山が春臣に感謝し褒められたのもここまでだった。

「ところで、匡彦さん。近藤さんって元気にしているの? いまあのひととちょくちょく会っているんだって?」
 彼の口から出てきた近藤の名まえに、どうやら雲行きが怪しいと警戒する。
「仕事で、だ。ひとが遊んでるみたいに云うなよ」
「ああ。近藤さんに会えるんだったら、際限なく仕事もどんどん引き受けてやれって?」
「そんな棘のるある云いかた、やめてくれ」

 春臣と出会ったのは五年前だ。顧客先でもある馴染みのバーに新しく入ってきたアルバイトが春臣だった。
 彼に出された酒を飲みながら軽い気持ちで近藤の話をしたのは、彼がいち従業員であったからだ。それがまさかいまに至るまでつきあいがつづくとは、その時にはまったく思っておらず、知っていたら絶対に近藤の話なんてしていなかったと、後悔している。

「あれ? 近藤さんに会って、鼻の下伸ばして帰ってきてるんじゃなかったの?」
「揶揄うなよ。だからアイツとはそんなんじゃないって。……まったく、なんどおんなじこと云わせるんだ」
 面倒なことしか云わないのならもう今日は帰れと、ぞんざいに口にする。
「……でもさ。匡彦さん、近藤さんのことがあるから、ほかのひとを受け入れる隙間がなかったよね? ずっと」
 春臣は少し黙ったあと、慎重に話を切りだしてきた。

「……それとも、やっとほんとに『そんなんじゃなくなった』?」
「なに訳のわからないこと云ってるんだ? もともと俺は恋愛体質じゃないんだって。お前だって知ってるだろ? 俺がいままでに惚れた腫れたって騒いでいることがあったか?」
「だから、それって、すでに近藤さんに惚れてたからなんじゃなかったの?」
「いいや。あいつはふつうじゃ見つからないような、気の合う親友ってだけだよ。それを俺がゲイだから、お前がややこしく話しを捉えるんだろ?」

「それさ。いっつも云ってるけど、詭弁だよ。匡彦さんモテるんだから、誰かを受け入れる隙間さえあれば、いくらでもほかの誰かを好きになる機会あったんじゃない? 遼太郎くんとのことだって、駄目になったのは、その隙間がなかったからだと思うけど?」
「どうだろうな。……あいつの場合は、また違うだろ?」

 遼太郎の件については別に思うことがある。理路が整っていないことにストレスを感じてしまう篠山は、遼太郎とのことは不完全燃焼な感じが拭えないままでいた。恋人としての彼ではなく、ひとりの人間としての彼をいつまでも気にかけてしまう理由は、そこからきているのだ。
「いまは遼太郎くんの話じゃないよ。匡彦さんの話をしているの」
 机に軽く腰掛けた春臣が、腕を組んでじっと見てくる。

「まぁ、遼太郎くんはね、あの性格だから。匡彦さんがはじめてのオトコだったってのが、ネックになったんだよ。あのひと、プライドお高いから」
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