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そして数年前、狭い校舎で三年という短い時間をともに過ごした彼らは、いまごろは神野のような不器用な誰かに、手を差し伸べることができるようになっているのかもしれない。成長しているのは彼らだけではない。挫折を知ったばかりの神野もまた、ひとに頼るということを覚えた。
寝られなくても、食べられなくても、自分はなんとかなっている、ひとりでどうとでもできる――。そう思っていたことが実は思いあがりだったということに、ようやく気づくことができたのだ。
自分がなにもかも打ち捨て、あの空虚なアパートをあてもなく出るはめになった原因は、自分の能力のせいでなく頑な性分にあった。
もうあんなつらい思いは二度とごめんだと思うし、あの日、死のうとした自分を止めてくれ、手首を掴んでここまで引っ張ってきてくれた篠山の恩に報いるためにも、これまでと違う意味で謙虚に生きていこうと思う。自分が正しいと思っていた生きかたで絶望を見るほどの失敗した、だから新しい生きかたを模索するのだ。
「自分でできるのだから」「もっとしっかりしなければ」「甘えていてはいけない」、もうそんな言葉ばかりを、自身に向けるのはやめにする。
いまはこれだけ篠山や春臣、そして遼太郎に頼っていて、ときには初対面のひとにも助けてもらっている。勇気をだして素直に周囲の好意を受けとり、なんのお返しもできていないぶん、常に感謝だけはしているが、しばらくは慣れないその状況にも甘んじてみるつもりだ。
もちろん、いつかはしてもらったぶんだけ相手に返していけたらいいと思っている。
このやり方がうまくいったならば、それが自分の新しい生きかたになるのかもしれない。そうしたら自分にも友だちができるだろうか。
(少しは上手くやれているのかな? それともまだできていないんだろうか……)
時折立ち止まり、指を顎にあてて考える。
「はやくひとに頼るだけでなくて、自分も困っているひとを助けられるような人間になりたいです」
そう春臣に云うと、彼はちょっと困ったような顔をして笑ったのだ。
「祐樹は、いままでも困っているひとを助けてきたんだし、これからも助けてあげられるよ。ただ、もっと正しくひとに頼るってことをしないとね」
「……?」
彼の友人たちと比べると、春臣はやはりちょっと違っていて。
彼の思考や言動には確かに光るものがあり、神野には彼の言葉を決して蔑ろにしてはいけないのだと思えた。しかし彼の云うことが、うまく呑み込こめないこともある。
*
それでも神野の精進の成果は出ていたらしく、十二月に入ってしばらくすると春臣がつきっきりという状況もへってきていた。
風呂にもひとりで入れるし、空いていた部屋も明け渡してもらえ、彼とは別々のベッドで眠るようになった。但し、部屋へのスマホの持ちこみが、禁止になってしまったのだが……。
神野に母からの連絡があったのはつい数日前のことで、それはまるで給料日を狙ったかのようなタイミングだった。
着信音に気づいてスマホを手にとった神野は、ディスプレイに母の名まえを見た途端、息ができなくなってしまったのだ。
その前も母とは電話でひと悶着していたが、それはすでに終わった話であり、もうそんなことは気にしていないつもりだった。それなのにこのとき吐いてしまった神野は、自分の身に起きた母にたいする拒絶反応に絶句してしまった。介抱してくれた春臣までが顔を蒼白にしてしまい、それからというもの、神野のスマホは彼の監視のもとにある。
そんな神野は、日々、春臣に「くれぐれもこの部屋を事故物件にだけはしないでくれ」と口酸っぱく云われる始末だ。
春臣が出かけるときには、神野は必ず篠山のマンションに預けられていた。まるでひとりで留守番ができない幼児のような扱いで情けなかったが、いろいろな前科持ちとしては黙って預けられるしかない。
この週末の夜、篠山の家に置いていかれた神野は、ダイニングテーブルで中国語のテキストを広げておとなしく座っていた。
一見まじめに勉強をしているように見えていても、その実イヤホンから流れる中国語なんて頭に全く入ってこず、もうずいぶん長い時間、ソファーに座っている遼太郎をこっそり盗み見てばかりだった。
寝られなくても、食べられなくても、自分はなんとかなっている、ひとりでどうとでもできる――。そう思っていたことが実は思いあがりだったということに、ようやく気づくことができたのだ。
自分がなにもかも打ち捨て、あの空虚なアパートをあてもなく出るはめになった原因は、自分の能力のせいでなく頑な性分にあった。
もうあんなつらい思いは二度とごめんだと思うし、あの日、死のうとした自分を止めてくれ、手首を掴んでここまで引っ張ってきてくれた篠山の恩に報いるためにも、これまでと違う意味で謙虚に生きていこうと思う。自分が正しいと思っていた生きかたで絶望を見るほどの失敗した、だから新しい生きかたを模索するのだ。
「自分でできるのだから」「もっとしっかりしなければ」「甘えていてはいけない」、もうそんな言葉ばかりを、自身に向けるのはやめにする。
いまはこれだけ篠山や春臣、そして遼太郎に頼っていて、ときには初対面のひとにも助けてもらっている。勇気をだして素直に周囲の好意を受けとり、なんのお返しもできていないぶん、常に感謝だけはしているが、しばらくは慣れないその状況にも甘んじてみるつもりだ。
もちろん、いつかはしてもらったぶんだけ相手に返していけたらいいと思っている。
このやり方がうまくいったならば、それが自分の新しい生きかたになるのかもしれない。そうしたら自分にも友だちができるだろうか。
(少しは上手くやれているのかな? それともまだできていないんだろうか……)
時折立ち止まり、指を顎にあてて考える。
「はやくひとに頼るだけでなくて、自分も困っているひとを助けられるような人間になりたいです」
そう春臣に云うと、彼はちょっと困ったような顔をして笑ったのだ。
「祐樹は、いままでも困っているひとを助けてきたんだし、これからも助けてあげられるよ。ただ、もっと正しくひとに頼るってことをしないとね」
「……?」
彼の友人たちと比べると、春臣はやはりちょっと違っていて。
彼の思考や言動には確かに光るものがあり、神野には彼の言葉を決して蔑ろにしてはいけないのだと思えた。しかし彼の云うことが、うまく呑み込こめないこともある。
*
それでも神野の精進の成果は出ていたらしく、十二月に入ってしばらくすると春臣がつきっきりという状況もへってきていた。
風呂にもひとりで入れるし、空いていた部屋も明け渡してもらえ、彼とは別々のベッドで眠るようになった。但し、部屋へのスマホの持ちこみが、禁止になってしまったのだが……。
神野に母からの連絡があったのはつい数日前のことで、それはまるで給料日を狙ったかのようなタイミングだった。
着信音に気づいてスマホを手にとった神野は、ディスプレイに母の名まえを見た途端、息ができなくなってしまったのだ。
その前も母とは電話でひと悶着していたが、それはすでに終わった話であり、もうそんなことは気にしていないつもりだった。それなのにこのとき吐いてしまった神野は、自分の身に起きた母にたいする拒絶反応に絶句してしまった。介抱してくれた春臣までが顔を蒼白にしてしまい、それからというもの、神野のスマホは彼の監視のもとにある。
そんな神野は、日々、春臣に「くれぐれもこの部屋を事故物件にだけはしないでくれ」と口酸っぱく云われる始末だ。
春臣が出かけるときには、神野は必ず篠山のマンションに預けられていた。まるでひとりで留守番ができない幼児のような扱いで情けなかったが、いろいろな前科持ちとしては黙って預けられるしかない。
この週末の夜、篠山の家に置いていかれた神野は、ダイニングテーブルで中国語のテキストを広げておとなしく座っていた。
一見まじめに勉強をしているように見えていても、その実イヤホンから流れる中国語なんて頭に全く入ってこず、もうずいぶん長い時間、ソファーに座っている遼太郎をこっそり盗み見てばかりだった。
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