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 神野にこんなことまで云わせて、春臣はなにをしたいんだ。呆れた篠山は自宅に帰る春臣を、久しぶりに玄関まで送りにでることにした。
「おい、春臣。お前なんか企んでいるだろう?」
「企むって?」
 春臣がにやりと笑ってみせたので、「すでにその顔が証明しているじゃないか」と額を小突いてやる。

「いい加減にしておけよ。あいつを困惑させるな。今度はうっかり東尋坊とうじんぼうにでも行ったらどうするよ?」
「大丈夫、大丈夫。俺がちゃんとついているもん。そんなところには行かせないよ」
「だったら――」
「なにも企んでいませーん。ただ俺が祐樹のこと、気にいってるってだけだよ。じゃ、匡彦さんおやすみ」

 靴を履いた春臣が首に腕をまわしてくる。そのまま意外に力のある彼は、自分を引き寄せてうちゅっ、とふざけたキスをしてきた。
「こらぁ……、おちょくるな」
 溜息を吐きながらおもむろにひき離すと、ドアを開けた春臣はぺろっと舌をだして「じゃあね」と悪戯に笑い帰っていった。
「まったく、アイツは……」


                    *


 暇があると余計なことを考えてしまうのは、誰しもおなじだ。
 じつは神野だけではなく、篠山もここ数日、うだうだと詮無せんないことを考えてはたばこの本数を増やしていた。
 近藤の結婚が決まったのだ。

 篠山は確かに学生時代から近藤に好意を寄せていたが、ノンケの彼とどうこうなるつもりなんてまったくなかったのだ。彼のことを好きなのかもしれないと気づいたときには、彼はすでに自分の中で友だちとしての価値が大きくなっていた。
 だからいっときの満足のために、彼と拗れて疎遠になってしまうのだけは避けることにした。結果、篠山は自分の気持ちを告げることはしないで、彼とは友だちのままでいることを選んだのだ。そしてそれは正解だったと思っている。

 あの時とかわらず近藤はいまも自分の親友のポジションにいて、プライベートでも仕事でも、学生時代以上のいいつきあいをつづけられている。
 だから篠山は、あの時の自分の選択に間違いはなかったのだと自負してきた。
 それなのに今回、彼の結婚話に思いのほか気鬱になった篠山は、そのことですっかり滅入ってしまった。つまりショックを受けたことがショックということで。

(まさかあいつに未練があっただなんて、気づきもしなかった)
 胸の真ん中に大きな穴が開いたような感覚がしている。近くに居てあたりまえだった存在を、するっと横取りされて悔しいような気持ちもある。
 友人はいつまでたっても友人だ。嫁とは立ち位置が違うので、奪うも奪われるもない。すべては勘違いなのだと、――そう自分自身に云い聞かせているのだが、自分に未熟なところがあった所以のその行為自体が、篠山には情けなかった。

(俺もまだまだガキだった……)
 眉間にぐっと皺を寄せ、はぁぁと大きく紫煙を吐く。
 ここまで人生を歩んでくるまでの、どの時点でどうしていたら、いま自分がこんな気分に陥ったりせずにすんでいたというのだろうか。
(いっそ学生のうちに一度すっぱりフラれておいて、一晩中泣くでもしていたら、すっきりとこの日を迎えられていたのか?)

  先日三日も泣きあかした神野は、それで病んでいた体内物をすべて押し流してしまったらしい。肉体的な疲労はまだ残っているようだし、胃が小さくなってしまっていて食べる量も少ない彼は、まだまだ身体つきも貧相だったが、目には光がしっかり宿るようになっていた。
 泣くことに効果があるのならば、学生時代に自分もどうにかして泣いておけばよかったのかと、くだらないことを考えてみる。かといって、じゃあ今泣けばいいじゃないか、いうわけにもいかない。なにしろ篠山には、近藤にたいして熱い情動が一切湧いていないのだから。
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