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「俊明、コイツのこと気づいていたのかよ」
「当然」
 憮然として云った大智に、俊明がとしらっと答える。

「……今なら、やめられるんじゃないか?」
「今ならって、僕がにわかで吉野を好きになったみたいなこと云うなよ。僕は入学式の日から、吉野に目ぇつけてた。お前は? いつから吉野のこといいと思ってた? 吉野が陸上部に入部してからか?」
 俊明の言葉に大智が黙り込む。

(……ん? でも俺、入学式出てないよ? 俊明先輩嘘ついてる?)
「僕がどれだけ吉野に餌を撒いてきたと? ――大智、お前が手をひけ」
(えさ? 餌? エサ?)

 すっかり蚊帳のそとに置かれた潤太は、自分の唇を指でむにむにと揉みながら首を傾げていた。いったいふたりがなにを揉めているのかさっぱりわからない。見れば大智がまた難しい顔をしてなにやら考えている。

 彼は頭をがしがし掻くと「ハッ!」とひとつ吐き捨て、やっとこちらを向いた。
「だってよ。よかったな、吉野。お前ら両想いだって」
「え?」
(両想い? 俺と斯波先輩が?)

「え……、でも‥‥」
 腰を上げて、汚れた服をはたく大智の顔はとても険しい。
(大智先輩、元気ない……)

 大好きだった俊明にキスをしてもらえても、彼と両想いだと教えられても、潤太は大智にそんな顔を見せられると、胸の奥が苦しくなってしまう。よろこんでなんていられない。潤太は悩んで、小さな頭を右に左にと揺らした。 

(嬉しいけど……、嬉しくない……)
「吉野、両想いだよ? 僕と。どうする?」
 窓越しに俊明に頭を抱えられそう囁かれると、潤太の心臓がきゅんとなった。

「あっ……と。えっと。その……」
 ずっと好きだったひととのいきなりの密着具合に、しどろもどろになってしまった潤太は両手で真っ赤になった顔を隠した。
(恥ずかしいっ)

「僕に吉野の全部、ちょうだいよ」
(全部? 全部って、気持ちとか時間とか、か、身体とか……)
「あっ!」
 そこまで考えて、潤太は我に返った。

「俺のファーストキス! 大智先輩に奪われたんだ!」
 隠していた顔をばっと上げると、潤太は大智に向かって叫んだ。これは許せることではない。
「先輩なんてことしてくれたんだよ! ひどいよっ! 俺ずっと大事にとっていたのにっ」

 きっと大智を睨みつけた潤太がすっくと立ちあがると、窓から身を乗りだしていた俊明に頭がゴチンとぶつかった。

「いてっ!」
「~~っ」
 頭を撫でる潤太の背後では、相当痛かったのだろう、俊明が声も出せずに顎を押さえている。

「……お前、やっぱ、馬鹿だよな」
「う、ううん……、否定しがたい……、つぅ」
 大智が潤太に云った言葉に、涙目になった俊明が返していた。

「なにっ、ふたりとも! 俺、ファーストキスは然るべき相手と、然るべきシチュエーションでって決めてたのに! 兄ちゃんにだって誓ってたんだ!」
 それを先輩がっ、とガルガルガルッ、と唸りはじめた潤太に大智が眉を寄せた。

「吉野、お前、容赦ないな。フラれてやったんだから、ファーストキスぐらい気持ちよく俺によこしておけよ」
「えっ? フラれてって……?」
 潤太はぶすっと口を尖らせた。

「俺、フッてない、もん……」


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