上 下
11 / 54

11

しおりを挟む
 それでも宝は『だめだ』という言葉にひどく傷ついてしまい、ぎゅっと手を握りしめた。

「ギアメンツさま、どうぞ」
「あ、ありがとう」
 宝はロカイから戻ってきた王冠を頭にちょこんと載せた。きちんと治まったそれに、幾分ほっとする。

 この王冠は今朝宿代わりにした家を出るまえに、ロカイに手渡されたものだ。唐紅色の直径八センチほどの、こじんまりとしたものだ。高さは十センチくらいだろうか。
 装飾はたいへん豪華だった。中央に大きな濃紺の宝石がはめ込まれていて、その周りにもちいさな青系統の宝石がたくさん散っている。

 不思議なことに、この王冠は留め具がなくても宝の頭のてっぺんでちゃんと安定した。ただし、いまのように激しく動いたりすると、落ちてしまったりもするのだ。
 ちなみに本物の皇太子の頭からは決して落ちたりしないそうで、ほかの人間では載せることもできないらしい。試しに結城が載せようとすると、王冠はするっと頭の上を滑ってしまった。そんな王冠が自分の頭にだけちょこんと載ったとき、宝はうれしかったのだ。

 それからまた一行は、だれともなく足を進め歩きだした。
 暫くすると、いきなり結城が立ち止まり、後ろにいる宝たちを振り返った。

「どした?」

 顔をあげた、宝の声は、
「危ないっ! 宝、逃げてっ!」
 突然こちらに疾走しながら叫んだ結城の声にかきけされる。

「えっ⁉――うわっ!」

 逃げてといわれてもどっちへかも誰からかもわからず、その場に固まっていると、ロカイに路肩へと突き飛ばされた。

「うらぁぁぁっ!」
 地面で顔面を強打するや否や、頭上で野太い威嚇の声があがる。

(なにっ⁉)

 ガンッ!
 つぎの瞬間自分が立っていたところに刀剣が叩きつけられていたのを見て、宝はひっと息をんだ。見上げればむきだしの腕に隆々と筋肉をつけた見知らぬ大男が、地面に刺さった大太刀おおたちを引き抜き、ふたたび振り上げようとしているところだった。

「うりゃあぁーっ!」
 刹那、たくましく勇ましい結城の声があたりに響き、彼女の細い脚が宙を舞った。

「うぎゃあぁぁ」
 どんな跳躍力をしているのか宝が目を瞠るなか、小柄な結城の足が見事に身のたけ二メートルの暴漢の顔に打ちこまれる。

「うっ、うおっ、うぅうっ」
 ガラン。
 男が手にしていた刃渡り一メートルほどの剣は、地面に落ちるときに重みのある音を響かせた。これが自分に振りおろされていたなら、即死だったかもしれない。

 ドサッ。
 勢い結城を顔に乗せるかたちのまま、大男は地面に沈んだ。

(俺、もしかして皇太子の代わりに、命を狙われている⁉)

 だったら、殺されてしまう可能性もあるではないか。

 ――それも必然です。

 宝の頭のなかに、昨夜のプダウダの声が蘇った。
(全然大丈夫じゃないじゃないかっ! 俺、やばいことになってるんじゃないの? もしかしたら、殺されちゃうんじゃないのっ⁉)
 宝の顔が蒼くなる。

「うぉっ、うおっ、うぅうっ」
 結城の一撃には充分なウエイトが掛かっていたようで、男はいつまでも顔を押さえながら地面を転がりまわっている。男が立ちあがってまた自分を襲ってくるかもしれないと思うと、恐ろしくて目が離せない。しかしよくよく見れば彼は曲がった鼻から大量の血を流している。どうやら骨が折れているようで、暫くは立ちあがれそうにないようだった。

(だ、大丈夫なのかな……)
 湧き上がった同情で、宝の瞳がうっすら潤む。

「え? もういいの? もう終わり?」
 うごめいていた男が動かなくなってしまうと、身構えていた結城がファイティングポーズを解いて首を傾げる。

「大男……なんとやら、だね!」
「大男総身に知恵が回り兼ね、でしょ。無理して浅学せんがくを証明しなくてもいいんじゃない?」

 笑顔で云う結城にすかさず突っ込みながら晶が、こちらへと歩いてくる。

「え? 晶、まずはコイツを倒したこと褒めてよ」

 結城を無視した晶がボディバックの中から取り出したものを見て、宝は「げっ」と声をあげた。
 見覚えのあるその小型銃は、トリガーを引くと放射状に広がった粘着物質が飛びだして、狙った相手を瞬時に捕らえることができる。そして捕獲されたものが暴れれば暴れるだけ、まとわりついた粘着物質は蜘蛛の巣のように広がっていき、さらに拘束力を増していくという凶悪なものだった。
 以前、宝は晶のその銃の実験の犠牲になり、粘々する物質に拘束されて半日もラボに転がされたことがある。

「晶っ! それ使っ――」

 バシュッ!
 止める間もなく、晶が容赦なく倒れる巨漢に銃口をむけて撃ってしまった。

「あぁあ。かわいそうに……」

 男に絡みついた網目状の粘液が、見る見るうちに彼に巻きついていった。いくら自分の命を狙った悪者だとはいえ、かわいそうすぎる。

 うなだれた宝に気づくと。それまで様子を見守っていたロカイも心配になったらしい。
「晶、それは命にかかわるのか?」
「粘着剤は半日したら消えてなくなる。こうしていると追って来られないですむ」
「なるほど。だったらすばらしいアイテムだな」

(鬼か、こいつらは……)

「あっ、プラウダさん」
 オロオロしていると、顔面を負傷した男のまえに膝をついたプラウダがヒーリングと神の加護を与えはじめた。その人心にやっと正気を取り戻した宝は、経験上、彼が喉が渇いたときのことを考えて、自分の水筒を男の手に握らせてやった。蓋もちゃんと開けておく。

 ほどなくしてプラウダが祈りを終えると、ふたたび目的地を目指して一行は歩きはじめた。


                  ***


 宝たちはいま、丘のさきにある『泉の湧く神仙の神殿』に向かっていた。
 プラウダはそこで祈らないといけないそうだ。

 姫巫女が『泉の流れるひとの神殿』で祈ることができないでいると、神とひととの繋がりが希薄になってしまうらしい。その状態が続くとひとの魂が神と隔てられていき、やがて心が荒び、それに肉体もつづいて、国や自然までもが汚染されていくそうだ。

 地球と違いこの星では特殊な力を持ったものが多く存在して、彼らのほとんどが無償の愛のもと、その力を治癒や経済を動かすことに使っているという。

 プラウダも神殿に従事するそのひとりなのだと教えてもらった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶
BL
とある美醜逆転世界には一風変わった王子がいた。容姿が悪くとも誰でも可愛がる様子にB専だという認識を持たれていた彼だが、実際のところは――??

処理中です...