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第二話 神様二人と同居生活開始

2.

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マンションのエントランスから一歩踏み出して、空を見上げた。

昨日の朝と変わらない、青く澄んだ空に暖かい日差し。
時折吹き抜ける風は強く、今年は遅咲きだった桜の花びらとともに、胸の辺りまである髪の毛を宙に舞い上がらせる。

目に映る空や木々、花、そういったものから、体感する気温や風、におい。
全部、昨日の朝と同じもの。

それを感じて、心から安心した。
どこか、世界が一変したような気になっていたから。

昨日だって、始まりは普通だった。
18歳になる誕生日。
『お誕生日おめでとう』っていう、ママからのメールで1日が始まった。
いつも通り学校に行って、友達に誕生日を祝ってもらって、それから習い事に行って。
おかしくなったのは、夜。
それもたった数十分の出来事から。
追いかけられて、殺されそうになって、助けてもらった。
それから数時間後には、その人達と同居することになるなんて。
霊はよく見れども、神サマと一緒に暮らすことになった挙句に結婚話が飛び出るって、人生を揺るがす大事件よね!?

私、2人を…もしくはどっちかを、好きに、なるのかな。
恋愛とか、もうずっとそんなものから遠ざかっていたから、よく分かんない。
ましてや結婚なんて、よく分かんないどころか、神サマとなんて意味わかんない!
人間相手ですら、夢のまた夢の話なのに。
「あーあっ」
もうアレコレ考えるのはよそうと、一度大きく伸びをした。

1人の時間を噛み締めながら、のんびり学校へ向かった。
「千夜!!おはよ」
靴箱の前で、そんな声とともにバンと背中を叩かれる。
「菜月っ」
声をかけてきたのは、小・中・高とずっと一緒の、親友。
霊が見えるとかそういうのを、唯一理解してくれるというか…気にしないでいてくれる、大切な存在。
「千夜が朝練サボるなんて珍しいじゃん」
「昨日…ちょっと、色々あって」
言葉を濁すと、菜月は眉を寄せてあんぐりと口を開けた。
「あんた、まさかまた…?」
「そうなの!!菜月、聞いてよ~っ!!!」
ひとりでどんなに考えても、どうしようもない事態に、思わず泣きついてしまう。

さすが十数年の付き合いの親友。
また、私が霊に何かされたと察して、話を聞いてくれた。
———だけど。

「…は?あんた頭おかしくなったの?」

昨晩の話をすると、菜月はドン引きの表情で私を見た。
「何でよ!いつもなら、ふーんって感じで聞いてくれるのに!!」
「いや、だってさあ…。霊は分かるのよ。実際、おかしな事になってるの、私も何度も遭遇したし」
「じゃあ、昨日私が燃やされそうになったのだって…」
「ソコじゃない!その先だよ。イケメンの神様って何なの。得意の妄想?」
「そーじゃなくて」
「いつもなら、変なのに取り憑かれた人にボロボロにされるか、自力でやっつけるかでしょーが。イケメンに助けてもらうなんて」
そこまで言って、菜月はププっと声に出して笑う。
…ちょ、バカにされてる?私。
分かっちゃいるよ、イケメンとは縁遠い男運ナシの妄想族だもん。
「でも本当なんだってば!」
「ハイハイ」
「もー!」
菜月に軽くあしらわれて、言い合いをしているうちに教室につく。
私たちは同じクラスで席も前後。
お互い自席に座って、話の続きをした。

「それで?そのイケメン話が本当だったとして、助けてもらったあとはどうしたの?神様ありがとー!って言って終わり?」
「ううん。ウチで一緒に住む事になっちゃって」
一番話したかった部分を話すと、菜月は真剣な表情で私の手をとる。
「…千夜。病院に行こう。もしくはお祓い」
「だからさ。本当なんだってば!」
「男運ゼロのクソ男収集機の親友が、イケメンと、しかも神様?と一緒に住むとか言い出したら、どう考えても病院かお祓い案件でしょ!!」
「菜月、何気にひどいこと言ってない…?」
「あ、分かった?」
悪びれもなく笑う菜月に、返す言葉もない私。
…そうよね。
彼氏いない歴=生きてる年数の私が、突然イケメンと一緒に暮らすと言い出したら、普通、頭おかしくなったって思われるに決まってる。

普通、ならね。

「あー…。千夜が子どもの頃からしょっちゅう見るって言ってる、あの夢の話?」
お昼休みに、屋上で菜月と購買のパンをかじりながら、朝の話の続きをした。
私が『普通』ではないことを分かってくれている菜月は、私のことをからかいながらも、ちゃんと話を聞いてくれる。

「そうそう。あの夢に出てくる、2人の男の人が、昨日助けてくれた人なの。人じゃなくて、神様だったけど」
「…千夜、夢と現実の区別がつかなくなってる?」
「違う!実在するの!」
「まあいいや、それで?」
「あの夢は、私の前世の記憶みたいなのね。で、死ぬ間際に、2人の男の人にお願い事をしたみたいなんだけど、その願い事が聞き取れなかったらしいの。私の夢でも、何て言ってるかイマイチ分からなくて。2人は私に願い事の言葉を思い出してほしいんだって」
「ふーん。その死に際のお願い事を思い出して、どーすんの。昔の千夜はもう死んでるのに」
「…今の私で叶えるんだって」
「何ソレ。何系のお願い事よ」
菜月のその質問、ものすごく答えにくい。
絶対、私が変だって言われるに決まってるもん。
パンをもぐもぐしながら、どう言うかを考えるけど、いい言葉を思いつかずに、素直に答える事にした。
「…結婚、するって……」
「ゴホッ…!!」
私の答えに、飲んでいたお茶を吹き出しそうになる菜月。
「2人のうちの片方か、もしくはどっちともと」
「あはははは!」
「笑い事じゃないんだよ…!!」
爆笑する菜月の肩を揺さぶる。
「そりゃ、2人ともめちゃくちゃイケメンだよ!?でも会ったばっかりで、どんな人かも知らないし、好きでもないのに結婚とか言われても!てか、そもそも人間じゃないし!!勝手にウチに住まわれるの困るんだけどっ。どーしたらいいの?コレ」
「えっ。千夜がイケメンに浮かれて妄想爆発させてないってことは、マジなんだ?その話」
「だから最初から本当の話だって言ってるじゃない!」
言われ方がだいぶ複雑な気分にさせられるけど、やっと信じてもらえた…。
はあ、とため息が出る。
「神様っていうのは本当なの~?あんたいっつも悪霊みたいなのに嫌な目に遭わされてるじゃん。今回もそーゆーのに騙されてるんじゃないの?」
「本当だと思う。今朝は、いつものあの夢とは違う夢を見たんだけど、多分それも前世の記憶で、夢の中の私が2人を神様だって認識してた」

あれは、昔の私が2人と出会った時の記憶。
とてもきらびやかで、心が躍る、そんな輝かしい記憶だった。

「そう、それならいいや。で、神様って宙に浮いたり、フワッとしたような存在なの?」
「2人は擬体化?してるって言ってた。人間と同じで、触れるし浮いてもいない」
「へ~!どんな感じのイケメンよ?写メとかないの?」
「…菜月、おもしろがってるでしょ」
「当たり前じゃーん。ホラ、早くどんな感じか話しなさいよ」
菜月がニヤニヤしながら私をまくし立てる。
昼休みいっぱい昨日の話をして、少し気が楽になった。

話しながらも、昨日のことって本当だったのかな?って、思ってる自分もいたりして、未だに現実味がない。
だけど、今日、家に帰ったらあの2人がいるのよね?
…本当、変な感じ。

そういえば、一緒に住むって、家事とかはどうするのかなあ。
私、あんまりそういうの得意じゃないし。
いくら神サマとはいえ、そこは分担制よね。
蓮は料理できるって言ってたし。

「…あのさあ、ゴハンの心配より、他にすることあるでしょ」
「へ?」
放課後、部活へ向かう途中。
家事分担の話をしていたら、菜月が呆れた顔をして私を見る。
「あんた、超がつくほど女子力低いじゃん。洗濯物とかその辺に放り出したりしてない?部屋中、散らかしたりしてない?イケメンに呆れられるんじゃないの」
うっ…。
言われてみれば、洗濯物は畳まずソファに放置していて、そこから着るようにしてる。
片付けも苦手で散らかってる。
ていうか多分、私の食事を見て、2人とも既に呆れてると思う…。
「あっ!でもさあ、本当に呆れられたら出て行ってくれるよね!?」
「えー…。でも家に帰れば目の保養が2人もいるんでしょ。本当に出て行って欲しいの?」
「目の保養ではあるけどさ。なんかもういるだけで、私の心臓が持ちそうにないし。それに、結婚とか言われてもよく分かんないし」
「とりあえず、今すぐ結婚じゃないでしょ。前世の千夜?の言葉を思い出してからでしょ。恋愛して結婚したいなら、2人のどっちかでも好きになれば~?」
「何で菜月まで同じこと言うの!!」
「恋愛は自由じゃん。そんな面白い状況なら、逆に楽しみな」
軽い感じでそう言われて、笑われる。

楽しみなと言われても。
例えば、私がどっちかを好きになったとして。
前世の私が言った言葉が、好きではない方だったとしたら?
2人のことを同じ熱量で好きになれればいいのかもしれないけど、そういうことってできるの?
前世の私は、2人のどっちのことも好きだったのかな。
昨日の夜に見た、彗がおにぎり分けてくれて蓮が枇杷剥いてくれてた、一瞬のあの記憶の映像だと、前世の私は2人のことをとても大切に思っていたし、2人からもとても大切にされていた。
片方のことがどうのっていうより、3人っていう印象が強い。

…だとしたら、どちらとも結婚したいとお願いしたの……?

気にしないようにしたいけど、雑念が次から次へとわいてくる。
「あー!残念。上原先輩、今日調子悪いですね」
後輩が、私の背中越しにそう言った。
部活では弓道をやっているんだけど、考え事が頭を支配していて、なかなか集中できない。
「うーん。ちょっと頭を悩ますことがあって」
「こんなに外す先輩見たことないから、ビックリです。早くお悩み解決するといいですね!」
「ありがとう」
後輩にニッコリ微笑まれて、こっちも笑顔で返す。

ちょっと集中しないと…。
もう時期、引退試合もあるし、そこでは優勝したいしね。
こんな恋愛モヤモヤを考えてる場合じゃない。

気持ちを立て直すのに空を見上げる。
陽はもうだいぶ傾いていて、茜色に染まった空に、カラスが一羽飛んでいた。
夕焼けの色は好きで、これまで幾度となく空を見上げてきたけれど、前世の私が死ぬ間際に見ていた、あの美しい空には未だ出会えたことがない。
いつか、見てみたいな…。
そう思って視線を落とすと、空中に黒いモヤが見える。
…あれは……。
気になって見ていると、そのモヤが私に向かってきている気がした。
マズイ!!
そう思って素早く矢をとって、それを射抜く。
「千夜…っ!」
隣でそれを見ていた菜月が、慌てて声を掛けてくる。
「あんたどこ向けて射ってるの!!」
「あ!ごめん。誰も矢取りしてなかったよね!?」
「大丈夫だけど…。ちょっと、休んだら?」
「うん…」
菜月に言われて、弓道場の奥に下がった。

さっきのあのモヤ。
あれ、絶対に霊だった。
ママに言われて、矢尻に御神水かけといてよかった。
昨日の事もあるし、何だか怖いな…。
道場の隅っこで膝を抱えてため息をついていると、菜月が来てくれて、私の隣に座る。
「何、さっきの。また見ちゃったの?」
「うん」
「大丈夫?」
「さっきのはもう大丈夫。燃やされて殺されそうになった次の日にまた霊を見るとか、ホント嫌ー…」
「あんた本当は、怖がりだもんね」
菜月が私の肩をポンポンと叩く。
いつもは私のことイジってばっかりだけど、菜月は子どもの頃からすごく優しい。

霊と人間の区別がついてなくて変人だと思われていた時も。
ママが夜の仕事をしているからってイジメられた時も。
名前が古くさいとみんなに笑われた時も。
いつだって、私の味方でいてくれた。

今も、特に会話はしなくても、隣にいてくれている。
それだけで安心できた。

「ねえ、千夜。気をつけて帰ってね。明るい道を通らなくちゃダメだからね!」
部活の帰り、いつも菜月と別れる道で、しっかりと念を押される。
外はもうすっかり暗くなっていて、春の夜風が冷たく肌寒い。
「じゃ、イケメン神様たちの写メよろしく~」
バイバイとお互いに手を振って別れる。

…そういえばさ。
朝、彗が、帰りは迎えに行くって言ってくれてた気がするんだけど。
帰宅時間は伝えてあるものの、学校どことか、何時に部活終わるとか、そういう話ってしてなかったよね、と気づく。
迎えになんか来れないじゃん。
…まあ、今の今までそんなことスッカリ忘れてたからいいんだけどさ。
さっきの霊のこともあるし、思い出しちゃったら少し残念な気持ちにはなるよね。
てゆーか!!
一緒に暮らすの嫌とか言ってたクセに、私なにを期待しちゃってんだろ。
あーもう、ダメダメ!バカらしい…。
ひとり心の中で自分にツッこみながら、いつもの角を曲がる。

———瞬間。

ザッと強い風が吹いて、舞い上がる髪の毛を押さえながら、目を閉じる。
風が落ち着いたのが分かって目を開くと、そこには、ヒラヒラと舞う桜の花びらの隙間から私を見て微笑む彗が立っていた。

…あれ?
この光景、どこかで見たような……。

「千夜、帰るぞ」
彗に声を掛けられて、ハッとする。
こんなの見たことがあるハズないのに、どうして今、どこかで見たような気がしたんだろう。
「彗…」
「どうしてそんなに驚いた顔してるんだ?今朝、迎えに行くと言ったろ」
「あ、うん…、そうだよね。あっ!!」
デジャヴのことを口にしようかと思ったけど、それよりも気になる事を見つけてしまって、そっちに気を取られる。
「どうした、今度は」
「服っ!その服どーしたの!?あの袴はやめたの?」
「千夜が朝、服装と言葉遣いを変えるよう雑誌を置いて行ったんだろ。…まあ、昨日は修練の途中で来たからあの格好だったんだが」
「えっ、そーなんだ?フツーの服も持ってるってこと?」
「人間に紛れるのに、一応な。でも、あの雑誌を参考にして新しく揃えたよ。千夜の好みになったかな?」
そう言って笑う彗が、めちゃくちゃカッコイイ。
絶対、あのイケメン特集の雑誌に載ってるモデルさんよりカッコイイ!!
あまりのイケメンぶりに、声も出ない私を見て、彗がふふっと笑った。
「ホラ、行くぞ」
その言葉とともに手を差し出される。

手…、手!?
これって握っていいの?
マンガとかドラマでは、『うん♡』みたいな感じで、普通にサッと握ってるよね。
私そんな可愛い返事できないんだけど!??

頭の中がパニック。
一瞬のうちに色々考えすぎちゃって、脳みそパンクしそう。
あわあわしていると、ふっと思考が停止して、ぐらりと身体が傾く。

「あっ、千夜…!」
慌てた様子の、彗の声が聞こえた。
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