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第二話 神様二人と同居生活開始
1.
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あの御二方と初めて出会った時を、私は生涯忘れることはないだろう。
あれは、風光る麗かな春の日。
飛び散る水しぶきに、降り注ぐ陽の光が反射して煌めく。
御二方の弾けんばかりの笑顔を更に輝かせていた。
身体が弱く、神楽を舞う度に寝込む私を見兼ねた宮司様に、養生してくるよう言われ訪れた、山の麓にある神社。
参道に一歩、足を踏み入れた瞬間に空気が変わるのを感じた。
…なんと、軽やかなことか。
それまでに感じていた体の重たさなど、一瞬で忘れ去り、穏やかで明るい新鮮な空気が身体を纏う。
此処ら一帯には、不浄のものなど一切ないと思える安心感。
神様に手を合わせたあと、参道からはずれて、美しい自然を散策した。
小川のせせらぎとともに、誰かの話し声が聞こえる。
惹かれるようにして、その声が聞こえる方へ歩いて行った。
楽しげな声に、パシャパシャという水を弾く音。
水遊びでもしているのだろうか。
まだ川の水は冷たかろうに。
不思議に思いながら声の方へ近づき、木々が開けたところで、その光景を目の当たりにし、息を呑んだ。
満面の笑みで水を掛け合う青年が二人。
ほとばしる水の玉が輝き、時折、虹色の光が二人を包む。
片方は銀色の長く美しい髪の毛をなびかせ、もう片方は漆黒の翼を羽ばたかせる。
———美しい。
頭の中に思いついた言葉は、ただそれだけ。
声をかけることもできず、動くこともできず、茫然と立ち尽くしたまま眺めていた。
少しの時が経って、二人が私の視線に気付いたようで、こちらに顔を向ける。
それで慌てて深々と頭を下げた。
頭を上げると、逃げるようにしてその場を走り去った。
参道へ戻ってきて、どくどくと早鐘を打つ胸のあたりを押さえて、落ち着くのを待つ。
殿方のあのような姿をまじまじと見てしまった自分を恥じるのは勿論だが、あの光景を見て"美しい"としか思わなかった事に心咎めた。
あれは…、青年二人ではない。
何故直ぐに気づかなかったのだろう。
此処に住まわす神様の御姿だ……。
私などが直視してよい相手ではなかったのに。
…しかし、
神々しいとはよく言ったものだ。
本当にあのような美しい御姿を目の当たりにできるとは、私はなんという幸せ者なのだろうか。
高鳴る胸がじんわりと温かくなった。
…いつも見る夢と、少し違ったな。
まどろみの中、そんなことを考えていた。
さっきまで見ていた、夢の話。
出てくる人は同じなんだけど、私はそれを神様だって思ってる…。
…あれ、そういえば神様がどうのって、騒いだばっかりだったよね。
いつだっけ?昨日…??
「千夜、起きたか?朝だぞ」
「おはよう、千夜」
そんな2つの声が、私をまどろみから一気に現実へと引き戻す。
パチっと目を開くと、すぐそこにイケメンな顔がふたつ……。
「ギャ———!!!」
あ…朝から心臓止まるかと思った…。
目覚めたらすぐそこにイケメンの顔があるなんて、なんて萌えるシチュエーションなんだ。
上半身を起こして、ドキンドキンとうるさく音を立てる心臓を押さえる。
そんな私の両側で、2人の神サマたちは呆れた顔をして座っていた。
「…妖怪でも見たかのような叫び声だな」
「女子らしい、淑やかな千夜は何処へ行ったのだ…」
ぶつぶつと文句を言う2人を、交互にじっと見る。
やっぱり、いるよ…この2人。
昨日のことは全て夢でした!みたいなことを若干期待していたけれど、そんな甘くはなかったか。
はあ…とため息が出た、その瞬間。
「千夜!やはりまだ具合が悪いのだな?」
「昨晩、大変な目に遭ったばかりだしな。学校は休んだ方がいいだろう」
すぐさま心配が始まり、再び寝かせられようとする。
「ちがっ!!大丈夫だから」
2人の手を押さえて、寝るのを拒否した。
って、あれ?この状況はオカシイじゃん。
狭いベッドに3人並んでいるコレ。
「ちょっ、なななな何で2人が私のベッドに一緒に入ってるの!?」
「倒れるようにして眠った千夜が心配でな」
「昨晩あんなことがあった訳だし、また何か起きた時にすぐ対処できるよう、添い寝した」
2人は、それが当然だと言わんばかりに、サラッと答える。
私っ、昨日の夜、もう考えるのが嫌になって脳みそシャットダウンさせたわけだけど。
その間に、イケメン男子と一緒のベッドでスヤァ…なんてことしてたわけ!?
かあぁっと一気に顔が赤くなる。
昨日から、私の妄想でしかあり得なかったイケメンとの色々が、現実に起き過ぎてる。
頭パンクしそう。
「もう!2人とも出てってよっ!!!」
大きな声を出して、2人を部屋から追い出す。
これから毎日、
起きたらあの2人がいるの?
学校から帰ってきたらあの2人がいるの?
なし崩し的に同居するって事になってしまったけれど、このままじゃイケメン男子耐性がない私の心臓がもたない…!!
どうにかしなくては。
そう意気込んだところで、スマホのアラームが鳴る。
やっば、学校に行く準備しなくちゃ。
昨日はお風呂にも入らず寝てしまったし、部活の朝練は諦めよう。
部屋を出ると、リビングから2人の話し声がかすかに聞こえてくる。
今のうちに、お風呂に入ろ…。
何だか家に男の人がいると調子狂う。
今まで家に1人だからって、風呂上がりはタオル1枚でウロウロしてたし、そのまま裸で寝ちゃっても平気だった。
だけどこれからは、そんなことするわけにもいかないもんね。
イケメン彼氏ができたら?みたいな妄想するより、だらしない自分の性格をどうにかしておかなくちゃいけなかったよね……。
シャワーを浴びながら、今後のことを考える。
2人は、昔の約束の言葉を思い出すまでに、私が2人を好きになれば問題ないと言っていたけど、それってどうすればいいんだろう。
何すれば、2人のことを好きになれるのかな。
あれだけイケメンだから、そりゃ近くにいるだけでドキドキするけどね。
握られた手も、抱きしめてくれた腕も、抱えて運んでくれた時も、膝や頬に触れた唇も、男の人ってこんななんだって思っただけで全然嫌じゃなかったしね…。
…って、何思い出してるんだ、私っ。
恥ずかしい!!
ザッと顔にシャワーを浴びてから、お風呂を出る。
髪を乾かして制服に着替えてから、リビングへ顔を出した。
ドアを開けるとすぐに、昨日と同じダイニングのイスに座っていた2人が声をかけてくる。
「準備は整ったか?」
「学校へは間に合いそうか?」
そう言って微笑みかけてくる2人を、開けられたカーテンから差し込む朝の光が照らしていた。
…さっき見た夢みたい。
2人がキラキラ輝いて見えるの。
———キレイ。
夢でもそう思ったんだっけ。
「千夜?」
名前を呼ばれて、ハッとする。
見惚れてしまってた…。
2人が輝いて見えるのは、イケメンなのと、私がいつも面倒くさがって閉めっぱなしにしているカーテンが開いてるからだ。
赤くなった顔を見られないようにしながら、キッチンへ向かう。
「2人とも、朝ごはん食べる?」
頭の中を切り替えようと、質問をした。
「…食べる物がないと思うのだが」
「千夜は一体、何を食べるつもりか」
「昨日から失礼だなっ。朝ごはんくらい、ちゃんとあるよ!」
2人の呆れた声に、恥ずかしくなってしまって、聞かなきゃよかったと後悔する。
そうよね、2人は神サマだから、きっといいもの食べてるよね…。
私はというと、毎日、腹にたまればいいやって感じのテキトーご飯だもんな。
そんな事を考えながら炊飯ジャーを開けてみるけど、米はない。
…そうか、昨日の晩御飯の後、炊くの忘れて寝てしまったんだ。
ジャーをそっと閉じて、冷凍庫から一膳分のご飯を出して、レンジに入れた。
「千夜、帰りは何時ごろになるのだ?」
「今日は19時くらいかなあ…。部活終わったら帰ってくるけど」
「そうか。だったら俺が迎えに行こう」
なっ、なんかこの会話、同棲してるカップルぽくない!?
いやいやいや、同棲じゃなくて同居だけどね!
カップルでもなんでもないけどね!
自分の頭の中が騒がしい。
余計なことを考えているうちに、温まったご飯をレンジから取り出す。
それと、ふりかけを持ってダイニングへ行くと、2人の向かいのイスに座った。
「…千夜、それは……」
また憐れみの目で私を見る2人。
「ふりかけご飯だけど。おいしいよ」
いただきます、と手を合わせる私に、2人は呆れたような顔で笑っている。
「そういえば、2人って名前なんていうの?」
すっかり聞くのを忘れていたんだけど、呼ぶのに、『お稲荷さま』と『天狗さま』じゃね…。
「俺は…位の名ならあるが」
天狗さまのほうが先に答えてくれた。
位の名?ってなんだろう。
「自分の名前はないの?」
「ないな」
「私はあるぞ。宇迦之御魂神と申す」
「うか…?え?もっかい言って」
「…そうなると思って、初めに名乗らなかったのだ」
お見通しか!
お稲荷さまって難しい名前なのね…。
「それに世間では、女神だと勘違いされているしな」
「それは私が、女性と見紛うほど美しい顔をしておるからであろう。美しいとは罪だな」
「大層な自惚れ屋だな」
「私の方が女性に慕われるからと僻むでない」
…また喧嘩が始まったよ…。
夢の中では、2人であんなに楽しそうにしていたのに。
男の友情ってよく分かんないなあ。
そんなことより困ったな、なんかこう気軽に呼べる呼び名が欲しかったのに。
名無しと、よく分かんない名前の2人組なのか…。
ご飯を食べつつ、目の前で喧嘩をする2人をじっと見る。
すると、お稲荷さまの方が先に私の視線に気がついて、にこりと微笑んだ。
「千夜が私たちに名前をつけるとよい」
「そうだな。とりあえず、人間生活をするのに便利なよう、千夜に名前をつけてもらおう」
「え?」
確かに名前がないと、外で呼ぶときに困るけれど、名前をつけろと言われるのも困る。
「ポチとタマ的な?」
「…まあ、天狗殿はある意味ポチで合っておるが、もっとまともな名はないのか」
「誰がポチだ」
「天狗の『狗』の字は、イヌであろう」
「じゃあお前は狐のコンにでもなるか?」
「ああ~!ポチとコンか!」
「「駄目だ!!」」
納得していると、2人から猛反対を食らう。
…流石に神サマに、ペットの名前みたいなやつをつけたら失礼か。
「でもなあ…、私、そういうセンスなくて」
もっとペットっぽくない、呼びやすい名前。
えーと…えーっと……。
頭を悩ませること数秒、あっとひらめく。
「スイとレンでいいかな!?」
いい感じよね!と思いついた名前を口にすると、2人は頷いてくれた。
「ポチとコンから比べると、だいぶまともな名前になったな」
「よかろう」
ああ、よかった。
「それで千夜。それは、何からとった名前なのだ?」
「…えっ。炊飯器の『スイ』と電子レンジの『レン』だけど…」
名前の由来を答えると、目の前の2人が目を見開いたまま絶句する。
「どこからとったかはともかく、響きがキレイかなと思って。あ!でも、ちゃんと漢字も思いついてるよっ」
明るく言ってみるけど、2人は眉を寄せて黙ったまま私を見るだけ。
やっぱ、炊飯器とレンジはだめだったか?
でも思いついた漢字は、2人にぴったりなんだけどな。
「スイは彗星の『彗』で、天狗さま。レンは蓮の花の『蓮』で、お稲荷さまの名前」
「名付けはともかく、字のセンスはあったようでよかった」
天狗さまは、そう言ってホッとしたような顔をする。
「そうだな。私もあの美しい花の名なら、私の見た目に引けを取らず文句は無い」
お稲荷さまの方も、気に入ってくれたようで、穏やかな顔で微笑んでくれた。
「あーよかった!彗と蓮で決まりね。じゃあ私、学校いくから」
立ち上がって、食べ終わった食器をキッチンのシンクに置く。
時間ないし、帰ってきて洗えばいいか、と水につけただけでそのままにして。
バッグを持ったところで、イスに座ったままの2人を見た。
「2人は日中て何してるの?神サマにも仕事あるんだよね?」
「まあ、一応な」
「じゃあ仕事終わったら、ここに帰ってくるの?てか、本当にここに住むの…?」
もう一度、確かめておきたくて、そう聞いてみる。
「千夜、何を言っておるのだ。昨晩、口付けを交わした仲ではないか」
「ぎゃっ」
また、一瞬にして私のすぐ側にきて、私の手を握るお稲荷さま…じゃなくて、蓮。
「か…交わしてないし!ほっぺにチューでしょ!」
「ははは。そうであったな。では今晩は、唇にするとしよう」
そう言って、手の甲にキスされる。
今晩?てか手!!
お姫様みたいじゃん、こんな扱いっ。
一気に顔が熱くなっていく。
「おい、馴れ馴れしく触るなと言ったろう」
今度は彗に、肩を掴まれてぐいっと抱き寄せられた。
おっおおお男の人の胸板…!
目の前にあるそれに、また心臓がドキッとなる。
そういえば、昨日、思わず泣いてしまった時に抱きしめてもらったんだっけ。
ああ、もう、朝から脳みそ沸騰しちゃいそうだよ…。
「あの!私っ、学校行くから!!」
2人を引き剥がして、逃げるようにリビングを出る。
これからずっとこんななの?
心臓もたないんですけど!?
サッパリ男の人のことが分からない私と、女慣れしてそうな神サマ2人って…。
どう考えても、私の方が振り回されるに決まってる。
しかもあんな目立つ顔に髪に服装に…!
…あ、そうだ。
ある事を思いついて、一旦自分の部屋に戻る。
それから、雑誌の束をつかんだ。
「千夜、忘れ物か?」
「大丈夫なのか?」
心配して部屋までついてきた2人に、その雑誌の束を渡す。
「ハイ!!私がいない間、コレ見て」
「…イケメン特集…?」
手に持った雑誌を、怪訝そうな顔で見つめる2人。
「それ見て、言葉遣いと服装を勉強して直しておいて!いい?じゃあ、行くねっ」
それだけ言うと、2人が何か言葉を発するよりも先に、玄関を飛び出た。
神サマに命令しちゃうなんて、どうかしてると思うけど。
一緒に暮らすんだったら、なるべくイマドキのイケメンになってもらわないと!!
名前もつけたし、そのくらいはいいよね?
「…はあぁ……」
マンションのエレベーターの中、ようやく1人になれたことにホッとして、深いため息が出た。
あれは、風光る麗かな春の日。
飛び散る水しぶきに、降り注ぐ陽の光が反射して煌めく。
御二方の弾けんばかりの笑顔を更に輝かせていた。
身体が弱く、神楽を舞う度に寝込む私を見兼ねた宮司様に、養生してくるよう言われ訪れた、山の麓にある神社。
参道に一歩、足を踏み入れた瞬間に空気が変わるのを感じた。
…なんと、軽やかなことか。
それまでに感じていた体の重たさなど、一瞬で忘れ去り、穏やかで明るい新鮮な空気が身体を纏う。
此処ら一帯には、不浄のものなど一切ないと思える安心感。
神様に手を合わせたあと、参道からはずれて、美しい自然を散策した。
小川のせせらぎとともに、誰かの話し声が聞こえる。
惹かれるようにして、その声が聞こえる方へ歩いて行った。
楽しげな声に、パシャパシャという水を弾く音。
水遊びでもしているのだろうか。
まだ川の水は冷たかろうに。
不思議に思いながら声の方へ近づき、木々が開けたところで、その光景を目の当たりにし、息を呑んだ。
満面の笑みで水を掛け合う青年が二人。
ほとばしる水の玉が輝き、時折、虹色の光が二人を包む。
片方は銀色の長く美しい髪の毛をなびかせ、もう片方は漆黒の翼を羽ばたかせる。
———美しい。
頭の中に思いついた言葉は、ただそれだけ。
声をかけることもできず、動くこともできず、茫然と立ち尽くしたまま眺めていた。
少しの時が経って、二人が私の視線に気付いたようで、こちらに顔を向ける。
それで慌てて深々と頭を下げた。
頭を上げると、逃げるようにしてその場を走り去った。
参道へ戻ってきて、どくどくと早鐘を打つ胸のあたりを押さえて、落ち着くのを待つ。
殿方のあのような姿をまじまじと見てしまった自分を恥じるのは勿論だが、あの光景を見て"美しい"としか思わなかった事に心咎めた。
あれは…、青年二人ではない。
何故直ぐに気づかなかったのだろう。
此処に住まわす神様の御姿だ……。
私などが直視してよい相手ではなかったのに。
…しかし、
神々しいとはよく言ったものだ。
本当にあのような美しい御姿を目の当たりにできるとは、私はなんという幸せ者なのだろうか。
高鳴る胸がじんわりと温かくなった。
…いつも見る夢と、少し違ったな。
まどろみの中、そんなことを考えていた。
さっきまで見ていた、夢の話。
出てくる人は同じなんだけど、私はそれを神様だって思ってる…。
…あれ、そういえば神様がどうのって、騒いだばっかりだったよね。
いつだっけ?昨日…??
「千夜、起きたか?朝だぞ」
「おはよう、千夜」
そんな2つの声が、私をまどろみから一気に現実へと引き戻す。
パチっと目を開くと、すぐそこにイケメンな顔がふたつ……。
「ギャ———!!!」
あ…朝から心臓止まるかと思った…。
目覚めたらすぐそこにイケメンの顔があるなんて、なんて萌えるシチュエーションなんだ。
上半身を起こして、ドキンドキンとうるさく音を立てる心臓を押さえる。
そんな私の両側で、2人の神サマたちは呆れた顔をして座っていた。
「…妖怪でも見たかのような叫び声だな」
「女子らしい、淑やかな千夜は何処へ行ったのだ…」
ぶつぶつと文句を言う2人を、交互にじっと見る。
やっぱり、いるよ…この2人。
昨日のことは全て夢でした!みたいなことを若干期待していたけれど、そんな甘くはなかったか。
はあ…とため息が出た、その瞬間。
「千夜!やはりまだ具合が悪いのだな?」
「昨晩、大変な目に遭ったばかりだしな。学校は休んだ方がいいだろう」
すぐさま心配が始まり、再び寝かせられようとする。
「ちがっ!!大丈夫だから」
2人の手を押さえて、寝るのを拒否した。
って、あれ?この状況はオカシイじゃん。
狭いベッドに3人並んでいるコレ。
「ちょっ、なななな何で2人が私のベッドに一緒に入ってるの!?」
「倒れるようにして眠った千夜が心配でな」
「昨晩あんなことがあった訳だし、また何か起きた時にすぐ対処できるよう、添い寝した」
2人は、それが当然だと言わんばかりに、サラッと答える。
私っ、昨日の夜、もう考えるのが嫌になって脳みそシャットダウンさせたわけだけど。
その間に、イケメン男子と一緒のベッドでスヤァ…なんてことしてたわけ!?
かあぁっと一気に顔が赤くなる。
昨日から、私の妄想でしかあり得なかったイケメンとの色々が、現実に起き過ぎてる。
頭パンクしそう。
「もう!2人とも出てってよっ!!!」
大きな声を出して、2人を部屋から追い出す。
これから毎日、
起きたらあの2人がいるの?
学校から帰ってきたらあの2人がいるの?
なし崩し的に同居するって事になってしまったけれど、このままじゃイケメン男子耐性がない私の心臓がもたない…!!
どうにかしなくては。
そう意気込んだところで、スマホのアラームが鳴る。
やっば、学校に行く準備しなくちゃ。
昨日はお風呂にも入らず寝てしまったし、部活の朝練は諦めよう。
部屋を出ると、リビングから2人の話し声がかすかに聞こえてくる。
今のうちに、お風呂に入ろ…。
何だか家に男の人がいると調子狂う。
今まで家に1人だからって、風呂上がりはタオル1枚でウロウロしてたし、そのまま裸で寝ちゃっても平気だった。
だけどこれからは、そんなことするわけにもいかないもんね。
イケメン彼氏ができたら?みたいな妄想するより、だらしない自分の性格をどうにかしておかなくちゃいけなかったよね……。
シャワーを浴びながら、今後のことを考える。
2人は、昔の約束の言葉を思い出すまでに、私が2人を好きになれば問題ないと言っていたけど、それってどうすればいいんだろう。
何すれば、2人のことを好きになれるのかな。
あれだけイケメンだから、そりゃ近くにいるだけでドキドキするけどね。
握られた手も、抱きしめてくれた腕も、抱えて運んでくれた時も、膝や頬に触れた唇も、男の人ってこんななんだって思っただけで全然嫌じゃなかったしね…。
…って、何思い出してるんだ、私っ。
恥ずかしい!!
ザッと顔にシャワーを浴びてから、お風呂を出る。
髪を乾かして制服に着替えてから、リビングへ顔を出した。
ドアを開けるとすぐに、昨日と同じダイニングのイスに座っていた2人が声をかけてくる。
「準備は整ったか?」
「学校へは間に合いそうか?」
そう言って微笑みかけてくる2人を、開けられたカーテンから差し込む朝の光が照らしていた。
…さっき見た夢みたい。
2人がキラキラ輝いて見えるの。
———キレイ。
夢でもそう思ったんだっけ。
「千夜?」
名前を呼ばれて、ハッとする。
見惚れてしまってた…。
2人が輝いて見えるのは、イケメンなのと、私がいつも面倒くさがって閉めっぱなしにしているカーテンが開いてるからだ。
赤くなった顔を見られないようにしながら、キッチンへ向かう。
「2人とも、朝ごはん食べる?」
頭の中を切り替えようと、質問をした。
「…食べる物がないと思うのだが」
「千夜は一体、何を食べるつもりか」
「昨日から失礼だなっ。朝ごはんくらい、ちゃんとあるよ!」
2人の呆れた声に、恥ずかしくなってしまって、聞かなきゃよかったと後悔する。
そうよね、2人は神サマだから、きっといいもの食べてるよね…。
私はというと、毎日、腹にたまればいいやって感じのテキトーご飯だもんな。
そんな事を考えながら炊飯ジャーを開けてみるけど、米はない。
…そうか、昨日の晩御飯の後、炊くの忘れて寝てしまったんだ。
ジャーをそっと閉じて、冷凍庫から一膳分のご飯を出して、レンジに入れた。
「千夜、帰りは何時ごろになるのだ?」
「今日は19時くらいかなあ…。部活終わったら帰ってくるけど」
「そうか。だったら俺が迎えに行こう」
なっ、なんかこの会話、同棲してるカップルぽくない!?
いやいやいや、同棲じゃなくて同居だけどね!
カップルでもなんでもないけどね!
自分の頭の中が騒がしい。
余計なことを考えているうちに、温まったご飯をレンジから取り出す。
それと、ふりかけを持ってダイニングへ行くと、2人の向かいのイスに座った。
「…千夜、それは……」
また憐れみの目で私を見る2人。
「ふりかけご飯だけど。おいしいよ」
いただきます、と手を合わせる私に、2人は呆れたような顔で笑っている。
「そういえば、2人って名前なんていうの?」
すっかり聞くのを忘れていたんだけど、呼ぶのに、『お稲荷さま』と『天狗さま』じゃね…。
「俺は…位の名ならあるが」
天狗さまのほうが先に答えてくれた。
位の名?ってなんだろう。
「自分の名前はないの?」
「ないな」
「私はあるぞ。宇迦之御魂神と申す」
「うか…?え?もっかい言って」
「…そうなると思って、初めに名乗らなかったのだ」
お見通しか!
お稲荷さまって難しい名前なのね…。
「それに世間では、女神だと勘違いされているしな」
「それは私が、女性と見紛うほど美しい顔をしておるからであろう。美しいとは罪だな」
「大層な自惚れ屋だな」
「私の方が女性に慕われるからと僻むでない」
…また喧嘩が始まったよ…。
夢の中では、2人であんなに楽しそうにしていたのに。
男の友情ってよく分かんないなあ。
そんなことより困ったな、なんかこう気軽に呼べる呼び名が欲しかったのに。
名無しと、よく分かんない名前の2人組なのか…。
ご飯を食べつつ、目の前で喧嘩をする2人をじっと見る。
すると、お稲荷さまの方が先に私の視線に気がついて、にこりと微笑んだ。
「千夜が私たちに名前をつけるとよい」
「そうだな。とりあえず、人間生活をするのに便利なよう、千夜に名前をつけてもらおう」
「え?」
確かに名前がないと、外で呼ぶときに困るけれど、名前をつけろと言われるのも困る。
「ポチとタマ的な?」
「…まあ、天狗殿はある意味ポチで合っておるが、もっとまともな名はないのか」
「誰がポチだ」
「天狗の『狗』の字は、イヌであろう」
「じゃあお前は狐のコンにでもなるか?」
「ああ~!ポチとコンか!」
「「駄目だ!!」」
納得していると、2人から猛反対を食らう。
…流石に神サマに、ペットの名前みたいなやつをつけたら失礼か。
「でもなあ…、私、そういうセンスなくて」
もっとペットっぽくない、呼びやすい名前。
えーと…えーっと……。
頭を悩ませること数秒、あっとひらめく。
「スイとレンでいいかな!?」
いい感じよね!と思いついた名前を口にすると、2人は頷いてくれた。
「ポチとコンから比べると、だいぶまともな名前になったな」
「よかろう」
ああ、よかった。
「それで千夜。それは、何からとった名前なのだ?」
「…えっ。炊飯器の『スイ』と電子レンジの『レン』だけど…」
名前の由来を答えると、目の前の2人が目を見開いたまま絶句する。
「どこからとったかはともかく、響きがキレイかなと思って。あ!でも、ちゃんと漢字も思いついてるよっ」
明るく言ってみるけど、2人は眉を寄せて黙ったまま私を見るだけ。
やっぱ、炊飯器とレンジはだめだったか?
でも思いついた漢字は、2人にぴったりなんだけどな。
「スイは彗星の『彗』で、天狗さま。レンは蓮の花の『蓮』で、お稲荷さまの名前」
「名付けはともかく、字のセンスはあったようでよかった」
天狗さまは、そう言ってホッとしたような顔をする。
「そうだな。私もあの美しい花の名なら、私の見た目に引けを取らず文句は無い」
お稲荷さまの方も、気に入ってくれたようで、穏やかな顔で微笑んでくれた。
「あーよかった!彗と蓮で決まりね。じゃあ私、学校いくから」
立ち上がって、食べ終わった食器をキッチンのシンクに置く。
時間ないし、帰ってきて洗えばいいか、と水につけただけでそのままにして。
バッグを持ったところで、イスに座ったままの2人を見た。
「2人は日中て何してるの?神サマにも仕事あるんだよね?」
「まあ、一応な」
「じゃあ仕事終わったら、ここに帰ってくるの?てか、本当にここに住むの…?」
もう一度、確かめておきたくて、そう聞いてみる。
「千夜、何を言っておるのだ。昨晩、口付けを交わした仲ではないか」
「ぎゃっ」
また、一瞬にして私のすぐ側にきて、私の手を握るお稲荷さま…じゃなくて、蓮。
「か…交わしてないし!ほっぺにチューでしょ!」
「ははは。そうであったな。では今晩は、唇にするとしよう」
そう言って、手の甲にキスされる。
今晩?てか手!!
お姫様みたいじゃん、こんな扱いっ。
一気に顔が熱くなっていく。
「おい、馴れ馴れしく触るなと言ったろう」
今度は彗に、肩を掴まれてぐいっと抱き寄せられた。
おっおおお男の人の胸板…!
目の前にあるそれに、また心臓がドキッとなる。
そういえば、昨日、思わず泣いてしまった時に抱きしめてもらったんだっけ。
ああ、もう、朝から脳みそ沸騰しちゃいそうだよ…。
「あの!私っ、学校行くから!!」
2人を引き剥がして、逃げるようにリビングを出る。
これからずっとこんななの?
心臓もたないんですけど!?
サッパリ男の人のことが分からない私と、女慣れしてそうな神サマ2人って…。
どう考えても、私の方が振り回されるに決まってる。
しかもあんな目立つ顔に髪に服装に…!
…あ、そうだ。
ある事を思いついて、一旦自分の部屋に戻る。
それから、雑誌の束をつかんだ。
「千夜、忘れ物か?」
「大丈夫なのか?」
心配して部屋までついてきた2人に、その雑誌の束を渡す。
「ハイ!!私がいない間、コレ見て」
「…イケメン特集…?」
手に持った雑誌を、怪訝そうな顔で見つめる2人。
「それ見て、言葉遣いと服装を勉強して直しておいて!いい?じゃあ、行くねっ」
それだけ言うと、2人が何か言葉を発するよりも先に、玄関を飛び出た。
神サマに命令しちゃうなんて、どうかしてると思うけど。
一緒に暮らすんだったら、なるべくイマドキのイケメンになってもらわないと!!
名前もつけたし、そのくらいはいいよね?
「…はあぁ……」
マンションのエレベーターの中、ようやく1人になれたことにホッとして、深いため息が出た。
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(駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)
その瞬間。
二人は手を繋いで。
キスをした。
「──」
言葉にならない声が漏れた。
胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。
──アイクは浮気していた。
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