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第一話 一千年前の約束
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これまで、変な人や変な霊とはたくさん出会ってきたけれど。
自分のことを"神様"というような、そこまでイカれたやつはいなかった。
「何ソレ。新しい宗教かなんか?」
不信感いっぱいの気持ちで聞き返すと、2人は困ったな…というような顔をした。
「…千夜、私たちのことを気を違えたように思うのはやめてくれぬか」
銀髪の方が苦笑する。
「だって。突然、神様だって言われても…」
「証明してみせようではないか」
「え?証明ってどうやって…。きゃっ!」
布団をめくられて、足を掴まれる。
そのまま引っ張られて、ベッドから足を下ろして座るようなカタチになった。
「先程転んだ時に、膝を擦りむいたのだな」
自分の膝に目をやると、確かに擦りむいて血が滲んだ痕があった。
でもそんなこと、あの状況を見ていれば、神様じゃなくたって誰だって分かる。
そう思って文句を言おうとした時。
銀髪の男の顔が私の膝に近づいてきたかと思うと、ケガをしているところにそっと唇をつけた。
「……っ!」
まさかそんな事をされるとは思ってもみなくて、心臓がドキンと音を立てる。
イケメンが私の膝なんかにキスするなんて…。
いや、違う違う!
人間じゃないんだから、ドキドキなんかする必要ないはず。
落ち着け、私っ。
そうこうしているうちに、もう片方の膝にも同じように、そっと唇をつけられた。
「…どうかな?千夜。これで信じてもらえるだろうか」
「え…。あ……」
微笑みをたたえて私を見上げる銀髪の男に、さらにドキドキしながらキスされた膝を見ると、擦りむいていた傷がキレイに治っていた。
…確かに。
霊や妖怪に傷つけられそうになることはあっても、ケガを治してくれるなんて、これまで一度もなかった。
本当に、"神様"なの…?
「お前…、怪我を治すのに口づけする必要なんかなかっただろう」
黒髪が、銀髪の方をギロリと睨む。
「ははは。手で触れるより、口付けの方が私の気持ち的に良いと思ってな」
…えっ。
私、無駄にドキドキさせられた…?
「エロ神様かよ…っ」
座ったまま蹴りを入れたけれど、スッとかわされる。
「おおっと危ない。気を失った時は心配したが、元気が出てきたようだな」
そう言って、ニコニコと笑うところを見てしまうと、なんだか調子が狂う。
「…そっちは?何かないの?」
フイと視線を黒髪の男の方へ向けて、尋ねる。
「先程、空を飛ぶのを見たんじゃないのか」
「空?あ…羽なら、見た。黒い羽。あれは、夢じゃなかったんだ…」
「俺は、傷を治すことはできないが、空を飛んだり、風や火を操ったり、魔物を追い払うことはできる」
「ふうん…」
羽がある神様、か。
そんなのいたっけな。
まあいいや。
「さっきは、助けてくれてありがとう…」
素直に、お礼を言った。
2人の言い合いからすると、こっちの人が、追い払ってくれたんだよね。
このまま死ぬんだ、とそう思った時に見た、真っ黒で大きな翼。
驚いたけれど、本当は少し安心したんだ。
だって逃げている時からずっと、怖かったから。
あの時は、夢か現実か死んだのかそうでないのか区別がついてなかったけれど、いずれにせよ、1人じゃないと思えたことで安心できた。
私を助けに、文字通り、飛んできてくれたのね。
それがなかったら、今頃、私は死んでいた。
「怖かっただろう」
銀髪の方と比べて、にこやかな表情をしない黒髪の方の表情が、ふっと柔らかくなる。
途端に、緊張の糸が切れたというか。
おさえていた、あの追われて逃げていた時の気持ちが一気に思い出されて。
胸の奥が熱くなって、涙が溢れ出てきた。
本当に、生きててよかった。
霊とか妖怪とか神様とか、もうなんでもいいから、とにかく助けてもらえてよかった。
まだ人生をそんなに楽しめてないのに死ぬなんて、そんなの絶対嫌だもん。
「助けに行くのが、少々遅れたな。すまない」
黒髪の男が隣に座って、私を抱きしめてくれる。
力強い腕の中で、柄にもなく溢れる涙を流した。
「千夜、もう安心していいのだぞ」
銀髪の方も私の隣に座り直して、温かい手で背中を優しくなでてくれる。
2人はそれ以上は何も言わず、ただずっと寄り添っていてくれた。
…あれ?
しばらくして、涙がおさまってきた時。
不意に、あることに気がついた。
私、この感じ…知ってる。
この力強い腕に、温かい手の感触。
———そうだ、あの夢。
死ぬ間際に、
抱いてもらえていたのは、この腕だ。
それに背中に添えられていた手の温もりも、これだ。
あの夢では、男の人2人がそばにいるのは分かっていたけれど、顔がハッキリしなかった。
だけど、声。
声はこの2人のものだ。
あれは、夢ではなく現実…?
私の昔の記憶……?
「…ところで千夜」
ぼんやりと考え事をしていると、黒髪の男の声が、私の頭の上から降ってくる。
「泣き止んだのなら、そろそろ離れてくれないか。そのような格好でずっとひっついていられると目のやり場に困る」
いつの間にか、私を抱きしめてくれていた腕は緩んでいて、私がただ、その広い胸に寄りかかっているだけの状態になっていた。
…そのような格好?
言葉を確認するように、自分の服装を見てみる。
「っ!!」
服、着てないじゃん!
その事に気がついて、ぎょっとする。
かろうじてキャミソールは着ていたものの、下着姿で、今にも胸が溢れ出そうになっていた。
こんな格好で、イケメンに寄りかかっていたなんて!!
いや、人間じゃない、けどけどけどっ!
「いやああぁぁぁっ!!!」
ドンっと黒髪の男を押しのけて離れると、さっきまでかけていた布団を頭からかぶる。
恥ずかしさで、顔が一気に赤くなるのを感じた。
「…なんだ、目の保養と思って黙っていたのに」
銀髪の男が残念そうな声を出す。
エロ神め!
「な、ななな何でっ、私、服…っ」
男の人の前でこんなカッコになったことのない私は、焦って言葉がちゃんと出てこない。
「可燃性の液体をかけられた着物のまま、寝かせるわけにはいかなかったものでな」
「脱がせたあと、何を着せれば良いか分からなかった」
そう言われると、何も言い返せない。
布団にくるまったまま、ベッドに倒れ込んだ。
「千夜!」
「大丈夫か?」
2人は慌てて私の心配をする。
「だいじょーぶだから、ちょっとそっとしてて」
それだけ伝えて、心を落ち着かせるために目を閉じた。
それでも頭に浮かぶのは、ものすごくどうでもいい事で…。
私、変な下着じゃなかったよね?汗臭くなかったよね!?
稽古終わった後、ちゃんと着替えたもんね!?
そんな事を、悶々と考える。
触られそうになることは、まあ…慣れている。
空手や柔道やってると、あからさまに触ろうと狙ってくるヤツがたくさんいるから。
だけど、見られる方はさあ!
いくら神サマ相手だとしても、慣れてなくて恥ずかしいよ…。
別に神サマとどうこうなるわけでもないのにね。
イケメンすぎて妙に意識してしまう。
これまでずーっと、男運なかったから。
男の人に手を握られたのも、抱きしめられたのも、初めて。
その初めてが、人間の男の人じゃなくて神サマだなんて…。
……ん?
神サマ…なんだよね?
寝転がったまま、手を伸ばして、黒髪の男の手を掴んだ。
「千夜っ?急にどうした…」
驚いた顔をして私を見下ろす。
それをお構いなしに、今度は、銀髪の方の手も掴んでみた。
「なんだ千夜…。私にもっと触れて欲しくなったのか」
こっちは余裕の表情で微笑む。
女たらしだな。
って、今はそれはどうでもいい。
「どうして、触れるの……?」
今更ながら、その事に気付いて質問した。
霊の類は、通常触れることができない。
何かに憑依して初めて触れることができるようになるのだ。
神様は、特別なの…?
「ああ、今は擬体化しているからな」
「へっ?」
「俺たちは普段、人間に紛れて生活している。まあ俺の場合、山にこもりきりだが」
黒髪の男がサラッと答えてくれる。
神サマって、そーゆーシステムなの?
気付いてないだけで、そこら辺にいるかもしれないんだ?
「だから千夜。私に身を任せておけば、あんな事やこんな事もできるのだぞ…」
「きゃ…っ」
そう言って銀髪の男が、私に覆いかぶさってこようとする。
サラリと長い銀色の髪の毛が、私の頬をくすぐった。
ドキン!と、また心臓が音を立てる。
それって、それって…。
「おい。これ以上、千夜に気安く触るな」
近づいてきた銀髪の男のキレイな顔を、黒髪の男の人の手がガッシリと掴んだ。
「私の千夜なのだから。何が悪い?」
手を振り払って、ベッドに座り直す、銀髪の男。
「俺の、千夜だ」
「私のものだ」
…ああ、さっきもこんなのやってたな。
てか何で神サマ2人が、私の取り合いをしてんだろ?
「あのさぁ…」
起き上がって目の前で喧嘩をしている2人に声をかけると、2人は同時に振り向いて私の顔を見た。
うっ…。
イケメン2人に見つめられると、言い出しにくいんだけど……。
「私に選択権は、ないの?」
2人の目が大きく見開いて、私を見つめたまま固まること数秒。
「え…、私、何か言っちゃいけないこと、言った?」
沈黙に耐えられず、恐る恐る聞いてみる。
すると、2人はお互いの顔を見合わせて、ふうっと息を吐いた。
それからまた、私の方へ顔を向ける。
「……千夜」
「あの日の願い事を、思い出してやくれまいか」
2人は交互に、静かな声で、そう言った。
「は…?あの日の願い事って?」
私を見つめる、真剣な眼差しに当惑する。
「千夜には、前世の記憶は全く残っておらぬのか?」
「それってさっき、一千年がどうのって言ってたヤツ?」
聞き返すと、2人は頷く。
それから黒髪の方が、私から視線を逸らして伏し目がちで微笑んだ。
「必ず叶えると、約束したんだ」
ものすごく優しい表情。
こんな顔、するんだ……。
ぼうっと見入ってしまって、ドキドキと高鳴る心臓の音で我に返った。
2人の顔を見ていられず、少しだけうつむく。
熱くなった頬を冷ますように、自分の冷たい手の甲を顔に当てた。
「あ、の」
その約束の話を聞こうと口を開いたその時。
ぐううぅぅ…。
鳴り響く私のお腹の音。
ひぇっ!!
こんなシリアスな場面で!空気読め私の腹!!
火山が爆発するかのように、私の顔は一気に熱くなった。
恥ずかしすぎて、2人に背を向けて丸くなる。
「ぶはっ」
背中の後ろで、黒髪の男が吹き出す。
「相変わらず元気な腹の虫だな」
銀髪の方にも、クスクスと笑われる。
あーもう、こういうところだよ、私。
こんなだから非モテ人生なんだわ。
「おっ、お昼から何も食べてなくて…」
思わず言い訳をしてしまう。
…って、あれ?
今、『相変わらず』って言った?
「…昔もよく、そうやって腹の音を鳴らして、俺の握り飯を半分わけていたな」
「私もよく果物を剥いてやったぞ」
2人が懐かしそうに話す。
背中越しに、ふわっと温かい風が吹いた。
自分のことを"神様"というような、そこまでイカれたやつはいなかった。
「何ソレ。新しい宗教かなんか?」
不信感いっぱいの気持ちで聞き返すと、2人は困ったな…というような顔をした。
「…千夜、私たちのことを気を違えたように思うのはやめてくれぬか」
銀髪の方が苦笑する。
「だって。突然、神様だって言われても…」
「証明してみせようではないか」
「え?証明ってどうやって…。きゃっ!」
布団をめくられて、足を掴まれる。
そのまま引っ張られて、ベッドから足を下ろして座るようなカタチになった。
「先程転んだ時に、膝を擦りむいたのだな」
自分の膝に目をやると、確かに擦りむいて血が滲んだ痕があった。
でもそんなこと、あの状況を見ていれば、神様じゃなくたって誰だって分かる。
そう思って文句を言おうとした時。
銀髪の男の顔が私の膝に近づいてきたかと思うと、ケガをしているところにそっと唇をつけた。
「……っ!」
まさかそんな事をされるとは思ってもみなくて、心臓がドキンと音を立てる。
イケメンが私の膝なんかにキスするなんて…。
いや、違う違う!
人間じゃないんだから、ドキドキなんかする必要ないはず。
落ち着け、私っ。
そうこうしているうちに、もう片方の膝にも同じように、そっと唇をつけられた。
「…どうかな?千夜。これで信じてもらえるだろうか」
「え…。あ……」
微笑みをたたえて私を見上げる銀髪の男に、さらにドキドキしながらキスされた膝を見ると、擦りむいていた傷がキレイに治っていた。
…確かに。
霊や妖怪に傷つけられそうになることはあっても、ケガを治してくれるなんて、これまで一度もなかった。
本当に、"神様"なの…?
「お前…、怪我を治すのに口づけする必要なんかなかっただろう」
黒髪が、銀髪の方をギロリと睨む。
「ははは。手で触れるより、口付けの方が私の気持ち的に良いと思ってな」
…えっ。
私、無駄にドキドキさせられた…?
「エロ神様かよ…っ」
座ったまま蹴りを入れたけれど、スッとかわされる。
「おおっと危ない。気を失った時は心配したが、元気が出てきたようだな」
そう言って、ニコニコと笑うところを見てしまうと、なんだか調子が狂う。
「…そっちは?何かないの?」
フイと視線を黒髪の男の方へ向けて、尋ねる。
「先程、空を飛ぶのを見たんじゃないのか」
「空?あ…羽なら、見た。黒い羽。あれは、夢じゃなかったんだ…」
「俺は、傷を治すことはできないが、空を飛んだり、風や火を操ったり、魔物を追い払うことはできる」
「ふうん…」
羽がある神様、か。
そんなのいたっけな。
まあいいや。
「さっきは、助けてくれてありがとう…」
素直に、お礼を言った。
2人の言い合いからすると、こっちの人が、追い払ってくれたんだよね。
このまま死ぬんだ、とそう思った時に見た、真っ黒で大きな翼。
驚いたけれど、本当は少し安心したんだ。
だって逃げている時からずっと、怖かったから。
あの時は、夢か現実か死んだのかそうでないのか区別がついてなかったけれど、いずれにせよ、1人じゃないと思えたことで安心できた。
私を助けに、文字通り、飛んできてくれたのね。
それがなかったら、今頃、私は死んでいた。
「怖かっただろう」
銀髪の方と比べて、にこやかな表情をしない黒髪の方の表情が、ふっと柔らかくなる。
途端に、緊張の糸が切れたというか。
おさえていた、あの追われて逃げていた時の気持ちが一気に思い出されて。
胸の奥が熱くなって、涙が溢れ出てきた。
本当に、生きててよかった。
霊とか妖怪とか神様とか、もうなんでもいいから、とにかく助けてもらえてよかった。
まだ人生をそんなに楽しめてないのに死ぬなんて、そんなの絶対嫌だもん。
「助けに行くのが、少々遅れたな。すまない」
黒髪の男が隣に座って、私を抱きしめてくれる。
力強い腕の中で、柄にもなく溢れる涙を流した。
「千夜、もう安心していいのだぞ」
銀髪の方も私の隣に座り直して、温かい手で背中を優しくなでてくれる。
2人はそれ以上は何も言わず、ただずっと寄り添っていてくれた。
…あれ?
しばらくして、涙がおさまってきた時。
不意に、あることに気がついた。
私、この感じ…知ってる。
この力強い腕に、温かい手の感触。
———そうだ、あの夢。
死ぬ間際に、
抱いてもらえていたのは、この腕だ。
それに背中に添えられていた手の温もりも、これだ。
あの夢では、男の人2人がそばにいるのは分かっていたけれど、顔がハッキリしなかった。
だけど、声。
声はこの2人のものだ。
あれは、夢ではなく現実…?
私の昔の記憶……?
「…ところで千夜」
ぼんやりと考え事をしていると、黒髪の男の声が、私の頭の上から降ってくる。
「泣き止んだのなら、そろそろ離れてくれないか。そのような格好でずっとひっついていられると目のやり場に困る」
いつの間にか、私を抱きしめてくれていた腕は緩んでいて、私がただ、その広い胸に寄りかかっているだけの状態になっていた。
…そのような格好?
言葉を確認するように、自分の服装を見てみる。
「っ!!」
服、着てないじゃん!
その事に気がついて、ぎょっとする。
かろうじてキャミソールは着ていたものの、下着姿で、今にも胸が溢れ出そうになっていた。
こんな格好で、イケメンに寄りかかっていたなんて!!
いや、人間じゃない、けどけどけどっ!
「いやああぁぁぁっ!!!」
ドンっと黒髪の男を押しのけて離れると、さっきまでかけていた布団を頭からかぶる。
恥ずかしさで、顔が一気に赤くなるのを感じた。
「…なんだ、目の保養と思って黙っていたのに」
銀髪の男が残念そうな声を出す。
エロ神め!
「な、ななな何でっ、私、服…っ」
男の人の前でこんなカッコになったことのない私は、焦って言葉がちゃんと出てこない。
「可燃性の液体をかけられた着物のまま、寝かせるわけにはいかなかったものでな」
「脱がせたあと、何を着せれば良いか分からなかった」
そう言われると、何も言い返せない。
布団にくるまったまま、ベッドに倒れ込んだ。
「千夜!」
「大丈夫か?」
2人は慌てて私の心配をする。
「だいじょーぶだから、ちょっとそっとしてて」
それだけ伝えて、心を落ち着かせるために目を閉じた。
それでも頭に浮かぶのは、ものすごくどうでもいい事で…。
私、変な下着じゃなかったよね?汗臭くなかったよね!?
稽古終わった後、ちゃんと着替えたもんね!?
そんな事を、悶々と考える。
触られそうになることは、まあ…慣れている。
空手や柔道やってると、あからさまに触ろうと狙ってくるヤツがたくさんいるから。
だけど、見られる方はさあ!
いくら神サマ相手だとしても、慣れてなくて恥ずかしいよ…。
別に神サマとどうこうなるわけでもないのにね。
イケメンすぎて妙に意識してしまう。
これまでずーっと、男運なかったから。
男の人に手を握られたのも、抱きしめられたのも、初めて。
その初めてが、人間の男の人じゃなくて神サマだなんて…。
……ん?
神サマ…なんだよね?
寝転がったまま、手を伸ばして、黒髪の男の手を掴んだ。
「千夜っ?急にどうした…」
驚いた顔をして私を見下ろす。
それをお構いなしに、今度は、銀髪の方の手も掴んでみた。
「なんだ千夜…。私にもっと触れて欲しくなったのか」
こっちは余裕の表情で微笑む。
女たらしだな。
って、今はそれはどうでもいい。
「どうして、触れるの……?」
今更ながら、その事に気付いて質問した。
霊の類は、通常触れることができない。
何かに憑依して初めて触れることができるようになるのだ。
神様は、特別なの…?
「ああ、今は擬体化しているからな」
「へっ?」
「俺たちは普段、人間に紛れて生活している。まあ俺の場合、山にこもりきりだが」
黒髪の男がサラッと答えてくれる。
神サマって、そーゆーシステムなの?
気付いてないだけで、そこら辺にいるかもしれないんだ?
「だから千夜。私に身を任せておけば、あんな事やこんな事もできるのだぞ…」
「きゃ…っ」
そう言って銀髪の男が、私に覆いかぶさってこようとする。
サラリと長い銀色の髪の毛が、私の頬をくすぐった。
ドキン!と、また心臓が音を立てる。
それって、それって…。
「おい。これ以上、千夜に気安く触るな」
近づいてきた銀髪の男のキレイな顔を、黒髪の男の人の手がガッシリと掴んだ。
「私の千夜なのだから。何が悪い?」
手を振り払って、ベッドに座り直す、銀髪の男。
「俺の、千夜だ」
「私のものだ」
…ああ、さっきもこんなのやってたな。
てか何で神サマ2人が、私の取り合いをしてんだろ?
「あのさぁ…」
起き上がって目の前で喧嘩をしている2人に声をかけると、2人は同時に振り向いて私の顔を見た。
うっ…。
イケメン2人に見つめられると、言い出しにくいんだけど……。
「私に選択権は、ないの?」
2人の目が大きく見開いて、私を見つめたまま固まること数秒。
「え…、私、何か言っちゃいけないこと、言った?」
沈黙に耐えられず、恐る恐る聞いてみる。
すると、2人はお互いの顔を見合わせて、ふうっと息を吐いた。
それからまた、私の方へ顔を向ける。
「……千夜」
「あの日の願い事を、思い出してやくれまいか」
2人は交互に、静かな声で、そう言った。
「は…?あの日の願い事って?」
私を見つめる、真剣な眼差しに当惑する。
「千夜には、前世の記憶は全く残っておらぬのか?」
「それってさっき、一千年がどうのって言ってたヤツ?」
聞き返すと、2人は頷く。
それから黒髪の方が、私から視線を逸らして伏し目がちで微笑んだ。
「必ず叶えると、約束したんだ」
ものすごく優しい表情。
こんな顔、するんだ……。
ぼうっと見入ってしまって、ドキドキと高鳴る心臓の音で我に返った。
2人の顔を見ていられず、少しだけうつむく。
熱くなった頬を冷ますように、自分の冷たい手の甲を顔に当てた。
「あ、の」
その約束の話を聞こうと口を開いたその時。
ぐううぅぅ…。
鳴り響く私のお腹の音。
ひぇっ!!
こんなシリアスな場面で!空気読め私の腹!!
火山が爆発するかのように、私の顔は一気に熱くなった。
恥ずかしすぎて、2人に背を向けて丸くなる。
「ぶはっ」
背中の後ろで、黒髪の男が吹き出す。
「相変わらず元気な腹の虫だな」
銀髪の方にも、クスクスと笑われる。
あーもう、こういうところだよ、私。
こんなだから非モテ人生なんだわ。
「おっ、お昼から何も食べてなくて…」
思わず言い訳をしてしまう。
…って、あれ?
今、『相変わらず』って言った?
「…昔もよく、そうやって腹の音を鳴らして、俺の握り飯を半分わけていたな」
「私もよく果物を剥いてやったぞ」
2人が懐かしそうに話す。
背中越しに、ふわっと温かい風が吹いた。
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