氷属性の男装王子は、隣国の王太子の執着から逃げたい

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サンドラ教会

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 サンドラ教会には、多くの人がいた。教会の周囲には、楽しく談笑する人々の姿があり、教会の中からは賛美歌の声が聞こえる。なかなかに溢れかえっている教会だ。なんとも温かそうな雰囲気の教会である。


 「どうですか?」


 「思いのほか、普通の教会で驚いたよ」


 「ですよね。これから、何するんですか?」


 「そうだね……1度、噂の祭司を見てみたいかな」


 「了解です」


 私たちは中で礼拝が終わるのを待ち、教会の中へと入る。


 フードをとり、中へ入ると、そこには、室内から出ようとする礼拝者たちと、神像の前に立つ一人の聖職者がいた。私は、像の前へと向かっていく。


 像に向かって作業をしていた聖職者が、私たちの存在に気がついた。身なりがしっかりとしている聖職者だ。おそらく、彼がこの教会のお偉いさんであろう。優しそうな雰囲気の中年男性であった。人を包み込むような包容力があるように見える。周囲に他に聖職者はいない。ということは、この男が、噂のサンドラ教会を建て直したという祭司か。


 「ああ、お客さんですか? もう、礼拝の時間は終わってしまってね……申し訳ない」


 穏やかな物腰で、私たちに向かう祭司。ニコニコとした優しい瞳が、私たちを迎え入れる。アルフォンソ王太子は、なんの物怖じもせず、彼の元へ歩み寄った。そして、人好きのする微笑みを、彼に向けた。


 「ああ……礼拝に参加しようと思ったんだが、俺たちが来た時にはちょうど終わっててね。せめて、神様に一言ご挨拶しようと思って入ってきたんだ」


 「なるほど。どうぞ、ご自由に手を合わせてください」


 目尻にシワを刻み、親切な対応をする祭司。私とアルフォンソ王太子は、目の前にある像に手を合わせた。


 この大陸は、多神教だ。光、闇、氷、火の神を崇めている。光と闇の王国であるレノバルトでは、光と闇の神を祀る教会が多く、氷と炎の王国であるフォードルでは氷と火の神を祀る教会が多い。今、目の前にある神の像は、炎の神のようだ。勇ましい体つきの男の形の神である。なんという名前の神様だかは忘れたが。


 祈り終わる。すると、祭司のほうから、私たちに語りかけてきた。


 「おふたりは、どのような経緯でここに?」


 「きょうだいで旅をしてるんだが、街の噂でいい教会があると聞いてね。ぜひ来たいと思ったんだ。いやぁ……いい教会だね。人の温かさを感じる」


 「それは、それは。ありがとうございます。人との関わりは、私が大切にしていることなので、そう思っていただいて嬉しいです。ところで、おふたりは、どこからの旅ですか?」


 「グアンゼル大陸から」


 「なんと! 隣の大陸からいらしたのですか。大変だったでしょう」


 アルフォンソ王太子と祭司の会話が盛り上がる。もちろん、愛想の良くない私はその話を聞いているだけである。


 ……アルフォンソ王太子、嘘上手いな。口からポロポロと偽りが出てくる。人の懐に入るのが上手いし、人との対応はこの任務の間、全部この人に任せよう。


 ふと、祭司の目が私に向いた。彼は、私を見る。その瞳は先程の優しげなものとは違って。舐めるような、観察するような瞳であった。正直、居心地の悪いものだ。


 この人、こんな目も向けられるんだ。


 優しそうなおじさんというイメージだったが、一瞬にしてそれが揺らぐ。


 「ところで、そこのお嬢さん」


 「お嬢さん……?」


 私が祭司に向かって出した、初めての声。性別のことがバレたのか。私は、眉と眉の間に深いシワを刻み、彼を見る。


 アルフォンソ王太子が、私の腰を引き寄せた。


 「ああ、この子、弟なんだ。女顔だけど、可愛いでしょう?」


 頭をぐしゃぐしゃと撫でるアルフォンソ王太子。力の加減が出来ておらず、めちゃくちゃ痛い。


 それを見て、祭司は疑いの目を私に向けつつも、「なるほど」と声を漏らした。そして、優しい眦へと戻り、アルフォンソ王太子に向かう。


 「いやぁ……本当に可愛いですね。肌もすべすべだし、顔も非常に整っている。足もスラリと長くて、腰のラインも美しい……いやぁ、男であるのがもったいない」


 そこまで褒められると、正直、気持ち悪いんだが。しかも、初対面のおじさんに。会った当初に抱いた優しげなおじさんのイメージが、ガラガラと崩れ去る。


 「そうでしょう。でも、本人はかなり気にしているんだ」


 「ははは、これは失敬、失敬」


 ……なにこの会話。私、馬鹿にされてないか? 私は、アルフォンソ王太子と祭司、両方を睨みつけるが、奴らはヘラヘラと笑って談笑し続けている。


 「おっと、時間が来た。祭司さん。俺たちはこれでお暇するぞ」


 「おお、もうお別れですか。いや、いい時間でした。また、この街にご縁があれば、お越しください」

 「ははは、もちろんさ。こんな親しみやすい祭司に出会ったのは初めてだからね。行くよ、レオ」


 アルフォンソ王太子が、私の手を引く。私は、彼に引っ張られる形で、後につづいた。教会から出る。


 私は、教会から少し離れた広場に連れられた。そして、アルフォンソ王太子がベンチに座るのを見て、私もそれに倣う。


 「……どうでした? 祭司」


 「うーん……怪しいっちゃあ怪しいかな。腹の中は探れないタイプかと感じた」


 わかる。最初は優しげな態度であったが、私を見る時のあの視線は、嫌らしいものであった。絶対に裏があると思う。


 「……もう少し、様子を見るか」


 「そうですね……」


 アルフォンソ王太子が、私の方を見る。そして、顎に手をあて、何かを考えるような素振りをした。そして、しばらくして。彼の口元がニタリと笑った。


 ……なんか、嫌な予感がする。


 「ねえ、レオ」


 彼の顔が、ずいっとこちらによる。私は、思わず、彼から後退りした。


 彼の口がゆっくりと開く――


 「レオ、君、女装しない?」


 …………………………………………は?
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