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対談
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そこへ、襖が開き、慌ただしくスーツの男達が入ってくると、外に面した襖や障子をすべて開かれていく。どうしたのかと喜一や重蔵、倫子は顔をきょろきょろと動かした。
「松田様が来られますので、どうぞお引き取りください。車でお送りします」
田辺の無表情の顔が、恐いくらいに引き締まっている。
「出て行けというのか。わしの藍華を置いてここを離れるわけなかろう。わしは絶対に離れんぞ」
藍華に視線を向けながら、重蔵は、顔を真っ赤にして怒鳴った。喜一も当然のように同調する。
襖も障子も開かれると、すでに夜になっていることに気付いた。涼しい秋風にのって、虫の音が届き、風情の趣を感じる。
廊下を歩く多人数の足音が、それに混じり、次第に大きくなっていく。
「松田様。準備は整っております」
田辺が頭を下げると、スーツの男達も一斉に頭を下げた。その前を悠然と歩き、部屋に入ってきた。
松田とも、御前とも呼ばれるその男は、僧のように頭を丸め、映画の悪役にでも出てきそうな強面の顔をしていた。とても70代に見えない精力的な顔つきで、長身の上、鍛えているのか身体が引き締まっている。顔や身体にあるたくさんのシミさえなければ、50代でも通用しそうである。
一般人なら泣いて逃げそうな顔で、松田は、部屋にいる喜一と重蔵をジロリと睨み付けた。その冷たい眼差しは、ゴミでも見るようで、喜一と重蔵は震え上がった。
「これはこれは、松田様。このたびは助けていただきありがとうございます」
顔を青ざめながら、喜一と重蔵は頭を下げた。
「なぜここにいる。帰らせるようにと言っていたはずだが」
二人を無視し、田辺に底冷えするような声で責めた。二人は、傍目にも分かるぐらい震えている。
「申し訳ありません。すぐにお送りしてきますので」
「では、我々はここで失礼します。今後ともよろしくお願いします」
そう言うと、喜一と重蔵は、逃げるように田辺の後を追った。
スーツの男達も退室し、残ったのは、藍華と倫子、弥助に松田、そして、松田が連れて来た者達だった。
松田の後に続く者は、全部で3人いる。
3人とも、年齢も服装も人種すらバラバラだ。1人は、名前を牛山 克也といい、スーツがよく似合う40代ぐらいの男性で、渋さと甘さが上手い具合に顔に滲んでいて、幅広く女性にモテる。
その隣にいるのが、180㎝を越える長身で、名前を庄谷 隆一という。目鼻立ちがハッキリして、眼光鋭いが、野性的な感じが好きな女性にとっては、たまらなく好みの男性と言えた。Tシャツにジャケットを羽織っているが、胸の筋肉が隆起し、筋骨隆々なのが見てとれた。
最後の1人は、まるで外国の王子様のような美形で、碧い瞳で見つめられると、どんな女性でも胸をときめかせるのではないかと思うほど、甘い顔をしている。ただ、不思議なことに、弥助と同じ作務衣を着ているが、弥助とは違った美貌で、よく似合っていた。名前は、ノア。アメリカ人だ。
(この人が松田様……)
威圧感が凄く、話しかけられないでいた。
松田は、ちらっと倫子を見ると、関心がないかのように藍華のいる隣の部屋へ向かった。克也と隆一、ノアもついていく。
克也は、倫子と視線が合い、ふっと優しい笑みを浮かべ、隆一は、倫子が目に入らないかのようにそばを通り過ぎていった。ノアは、軽く手を振り、「あとでね」っと小声で囁いた。
空では、月があと数日で満月になりそうな月が、丸窓からもはっきりと姿を現し、眩いばかりに光りを放っていた。黒い空間に、切り抜かれた丸い枠が、月の光で浮き上がり、見る者を魅了した。
昼間の庭も素晴らしかったが、夜の日本庭園は、淡く温かな光りでライトアップされ、幻想的な空間を醸し出していた。ツツジの木には、花が映えるよう光りが調節され、鮮やかな紅が心を打った。紅葉の葉は、月の光と相まって、燃えるような紅を際立たせていた。
だが、ここにいる者達の心を惹き付けているのは、外の風景でないことは明かだった。
室内の明かりが消え、空から月の光が、丸窓を通して、藍華に降り注ぐ。はっきりとは映し出されない暗さと彼女の艶めかしい白い肌との対比、そして、天女のような白さを縛る様がこの世のものとは思えない美しさと淫靡さを作り上げていた。
倫子は、彼女の美しさに息をするのさえ忘れるほど目を奪われていた。
(なんて綺麗……)
梁から吊される彼女に見とれながら、対談の日のことを思い出した。
動画に映っていた彼女は、眩いばかりに輝いていた。彼女に襲いかかる逆境に対して、決して挫けることなく前を向き続け、跳ね返していく姿は、見る者の心を熱くさせた。
最悪の場面で、アップになる彼女の瞳。苦しさに耐え、それでも自分を見失わないダイヤモンドのような硬さと輝きを放つ瞳に、魅了されずにはいられない。それが、心を許した友や家族への優しい眼差しに変わるとき、誰もが彼女の魅力に抗えなくなっていた。
(素晴らしい才能だわ。憧れるほどに……)
倫子は、藍華との対談を前に、受賞作である映画を鑑賞した。対談が決まる前にも、もう何度も見ている作品である。改めて藍華の女優としての素晴らしさを実感した。
藍華は、入室したときからその圧倒的な存在感で魅了した。特に人の心を掴んで話さない魅惑的な瞳と目力に、女である倫子さえドキドキさせられた。
対談が始まると、すぐに藍華が話しやすく、気楽に話せる女性だということが分かった。時には笑いをいれたり、自虐を入れてボケたり、倫子にツッコんで笑いをとったりした。もうずっと前から仲の良い友達のように会話が進み、対談時間があっという間に過ぎていった。
ちょっと休憩入れましょう、という雑誌社の人の声で、一先ず休憩を入れることになった。スタッフとマネージャーも離れ、二人っきりになる。
「同じ歳ですよね。よかったら、友達になりましょうよ」
藍華の言葉は、願ってもなかった。
「いいですよ。わたしも仕事を離れても、仲良くしたいと思っていたので」
「倫子さん、最近結婚されたのですよね。おめでとうございます。どんな人なんですか?」
紅茶を飲む姿も絵になる。さすが女優。それになんて表情が豊かなんだろう。
「ピアニストとして壁を感じていたときに支えになってくれた人です。一緒にいるだけで安心できる男性ですね」
「うわぁ~~、熱い熱い。ふうぅ~~、ノロケですか」
映画ではあまり見せなかった笑顔が、眩しく感じる。
「えぇ、ノロケです。本人の前では恥ずかしくて言えないので、こういう場では言うようにしています」
「あっ、それ分かります。なかなか本人の前では素直になれないものですよね」
「ふふっ、実体験ですね。素敵な彼氏はどんな人なのですか?」
そのとき初めて彼女の顔に陰が指した。
「とても優しい人です。モデルのときからいつも励ましてくれた人で、それこそ、檜山さんと一緒で、そばにいると落ち着くんです。でも、それと同時に、とても弱い人」
次第に声が小さくなっていき、最後は呟くにように言った。
「藍華さんが強いから、ちょうどいいんじゃないですか。うちは主人が強いので、うちとはちょうど反対ですね」
「そうですね。わたしが支えなきゃ~ですね」
「対談でも話しましたが、映画を見て、勇気をもらいました。逆境でも負けない藍華さんの強さ欲しいです」
「わたしも欲しいです」
真顔で言う藍華に、つい可笑しくなって、2人で笑う。
あのときの藍華の瞳には、確かに映画のように何者にも曲げられない意志の強さを感じ、憧憬を感じたのを覚えている。
そんな藍華が目の前で、匂い立つような女の色香を漂わせ、牝の表情を見せながら、喘いでいるのを信じられない思いで見つめていた。
「松田様が来られますので、どうぞお引き取りください。車でお送りします」
田辺の無表情の顔が、恐いくらいに引き締まっている。
「出て行けというのか。わしの藍華を置いてここを離れるわけなかろう。わしは絶対に離れんぞ」
藍華に視線を向けながら、重蔵は、顔を真っ赤にして怒鳴った。喜一も当然のように同調する。
襖も障子も開かれると、すでに夜になっていることに気付いた。涼しい秋風にのって、虫の音が届き、風情の趣を感じる。
廊下を歩く多人数の足音が、それに混じり、次第に大きくなっていく。
「松田様。準備は整っております」
田辺が頭を下げると、スーツの男達も一斉に頭を下げた。その前を悠然と歩き、部屋に入ってきた。
松田とも、御前とも呼ばれるその男は、僧のように頭を丸め、映画の悪役にでも出てきそうな強面の顔をしていた。とても70代に見えない精力的な顔つきで、長身の上、鍛えているのか身体が引き締まっている。顔や身体にあるたくさんのシミさえなければ、50代でも通用しそうである。
一般人なら泣いて逃げそうな顔で、松田は、部屋にいる喜一と重蔵をジロリと睨み付けた。その冷たい眼差しは、ゴミでも見るようで、喜一と重蔵は震え上がった。
「これはこれは、松田様。このたびは助けていただきありがとうございます」
顔を青ざめながら、喜一と重蔵は頭を下げた。
「なぜここにいる。帰らせるようにと言っていたはずだが」
二人を無視し、田辺に底冷えするような声で責めた。二人は、傍目にも分かるぐらい震えている。
「申し訳ありません。すぐにお送りしてきますので」
「では、我々はここで失礼します。今後ともよろしくお願いします」
そう言うと、喜一と重蔵は、逃げるように田辺の後を追った。
スーツの男達も退室し、残ったのは、藍華と倫子、弥助に松田、そして、松田が連れて来た者達だった。
松田の後に続く者は、全部で3人いる。
3人とも、年齢も服装も人種すらバラバラだ。1人は、名前を牛山 克也といい、スーツがよく似合う40代ぐらいの男性で、渋さと甘さが上手い具合に顔に滲んでいて、幅広く女性にモテる。
その隣にいるのが、180㎝を越える長身で、名前を庄谷 隆一という。目鼻立ちがハッキリして、眼光鋭いが、野性的な感じが好きな女性にとっては、たまらなく好みの男性と言えた。Tシャツにジャケットを羽織っているが、胸の筋肉が隆起し、筋骨隆々なのが見てとれた。
最後の1人は、まるで外国の王子様のような美形で、碧い瞳で見つめられると、どんな女性でも胸をときめかせるのではないかと思うほど、甘い顔をしている。ただ、不思議なことに、弥助と同じ作務衣を着ているが、弥助とは違った美貌で、よく似合っていた。名前は、ノア。アメリカ人だ。
(この人が松田様……)
威圧感が凄く、話しかけられないでいた。
松田は、ちらっと倫子を見ると、関心がないかのように藍華のいる隣の部屋へ向かった。克也と隆一、ノアもついていく。
克也は、倫子と視線が合い、ふっと優しい笑みを浮かべ、隆一は、倫子が目に入らないかのようにそばを通り過ぎていった。ノアは、軽く手を振り、「あとでね」っと小声で囁いた。
空では、月があと数日で満月になりそうな月が、丸窓からもはっきりと姿を現し、眩いばかりに光りを放っていた。黒い空間に、切り抜かれた丸い枠が、月の光で浮き上がり、見る者を魅了した。
昼間の庭も素晴らしかったが、夜の日本庭園は、淡く温かな光りでライトアップされ、幻想的な空間を醸し出していた。ツツジの木には、花が映えるよう光りが調節され、鮮やかな紅が心を打った。紅葉の葉は、月の光と相まって、燃えるような紅を際立たせていた。
だが、ここにいる者達の心を惹き付けているのは、外の風景でないことは明かだった。
室内の明かりが消え、空から月の光が、丸窓を通して、藍華に降り注ぐ。はっきりとは映し出されない暗さと彼女の艶めかしい白い肌との対比、そして、天女のような白さを縛る様がこの世のものとは思えない美しさと淫靡さを作り上げていた。
倫子は、彼女の美しさに息をするのさえ忘れるほど目を奪われていた。
(なんて綺麗……)
梁から吊される彼女に見とれながら、対談の日のことを思い出した。
動画に映っていた彼女は、眩いばかりに輝いていた。彼女に襲いかかる逆境に対して、決して挫けることなく前を向き続け、跳ね返していく姿は、見る者の心を熱くさせた。
最悪の場面で、アップになる彼女の瞳。苦しさに耐え、それでも自分を見失わないダイヤモンドのような硬さと輝きを放つ瞳に、魅了されずにはいられない。それが、心を許した友や家族への優しい眼差しに変わるとき、誰もが彼女の魅力に抗えなくなっていた。
(素晴らしい才能だわ。憧れるほどに……)
倫子は、藍華との対談を前に、受賞作である映画を鑑賞した。対談が決まる前にも、もう何度も見ている作品である。改めて藍華の女優としての素晴らしさを実感した。
藍華は、入室したときからその圧倒的な存在感で魅了した。特に人の心を掴んで話さない魅惑的な瞳と目力に、女である倫子さえドキドキさせられた。
対談が始まると、すぐに藍華が話しやすく、気楽に話せる女性だということが分かった。時には笑いをいれたり、自虐を入れてボケたり、倫子にツッコんで笑いをとったりした。もうずっと前から仲の良い友達のように会話が進み、対談時間があっという間に過ぎていった。
ちょっと休憩入れましょう、という雑誌社の人の声で、一先ず休憩を入れることになった。スタッフとマネージャーも離れ、二人っきりになる。
「同じ歳ですよね。よかったら、友達になりましょうよ」
藍華の言葉は、願ってもなかった。
「いいですよ。わたしも仕事を離れても、仲良くしたいと思っていたので」
「倫子さん、最近結婚されたのですよね。おめでとうございます。どんな人なんですか?」
紅茶を飲む姿も絵になる。さすが女優。それになんて表情が豊かなんだろう。
「ピアニストとして壁を感じていたときに支えになってくれた人です。一緒にいるだけで安心できる男性ですね」
「うわぁ~~、熱い熱い。ふうぅ~~、ノロケですか」
映画ではあまり見せなかった笑顔が、眩しく感じる。
「えぇ、ノロケです。本人の前では恥ずかしくて言えないので、こういう場では言うようにしています」
「あっ、それ分かります。なかなか本人の前では素直になれないものですよね」
「ふふっ、実体験ですね。素敵な彼氏はどんな人なのですか?」
そのとき初めて彼女の顔に陰が指した。
「とても優しい人です。モデルのときからいつも励ましてくれた人で、それこそ、檜山さんと一緒で、そばにいると落ち着くんです。でも、それと同時に、とても弱い人」
次第に声が小さくなっていき、最後は呟くにように言った。
「藍華さんが強いから、ちょうどいいんじゃないですか。うちは主人が強いので、うちとはちょうど反対ですね」
「そうですね。わたしが支えなきゃ~ですね」
「対談でも話しましたが、映画を見て、勇気をもらいました。逆境でも負けない藍華さんの強さ欲しいです」
「わたしも欲しいです」
真顔で言う藍華に、つい可笑しくなって、2人で笑う。
あのときの藍華の瞳には、確かに映画のように何者にも曲げられない意志の強さを感じ、憧憬を感じたのを覚えている。
そんな藍華が目の前で、匂い立つような女の色香を漂わせ、牝の表情を見せながら、喘いでいるのを信じられない思いで見つめていた。
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