恥辱のピアノコンクール

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奇妙な部屋

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 日本に帰国し、連れて来られたのは、地元では名家と呼ばれるような大きな屋敷だった。池を渡る橋から見える花々は、目を楽しませ、灯篭は、日本伝統の美しさを感じさせるものだった。紅葉といえば、燃えるような紅く染め上げる紅葉や幻想的風景を作り出す銀杏を思い浮かべるし、この庭園でも息を飲むほどの絵画的空間が作り出している。倫子にとって心奪われるのは、色鮮やかなツツジの紅花だった。

 喜一や重蔵の後ろを歩きながら、美術館や有名なお寺でしか味わえない風景が、目の前に広がり、屋敷の持ち主がただならぬ人物であることを痛感した。事前に喜一と重蔵から今日会う人物について聞いていた。

 名前を松田蔵ノ丞といい、年齢は70歳を越えるという。先祖代々の名家で、政財界に影響力をもつ権力者なのだそうだ。それほどの権力者だというのに、倫子は名前を聞いたことがない。喜一や重蔵によると、表に出ることを嫌い、名前を知っているのも社会的に地位のある者だけだという。だが、その者達にとって、松田蔵ノ丞という男は、畏怖の対象であり、絶対に逆らえない人物なのだそうだ。日頃下卑た表情を隠さない喜一や重蔵が、青ざめた顔で、絶対に粗相のないようにと、何度も釘を刺されている。

「いいかい、倫子。わしらの命がかかっているんじゃからな。頼んだぞ」

 玄関を前にして、あの喜一が縋るような目でお願いしてきた。





 通された部屋は、奇妙な和室だった。

 京都のお寺である源光庵には、有名な丸窓「悟りの窓」がある。それと同じような丸窓があり、障子の扉に外の景色は閉ざされている。扉を開けば、見事な紅葉が丸い枠の中で浮き出され、幻想的な光景になるはずだ。

 壁には、水墨画の掛け軸が飾られており、名のある画家のものだと一目で分かるようなほど立派なものだ。

 だが、目を奪われたのはそこではない。天井の下、手を上げ、背伸びをして届く高さにある太い梁に目はすぐに釘付けになった。部屋の中心を十字に伸び、梁には、左右にフックが何本もついていて、和室にそぐわない奇妙さが際立っていた。

 倫子には、それに既視感があった。ピアノコンクールまで監禁され、陵辱された場所に似ていたのだ。後退りするのを後ろから喜一と重蔵が背中から押され、部屋の中央に敷いてある座布団に座らされた。

 喜一と重蔵に挟まれる形で座ると、甘いお香の匂いが漂っているのに気付いた。

 この部屋まで案内した男が、座卓の反対側に座った。

「写真や映像で檜山倫子様のお姿を見たことはありますが、これほどお美しいとは。お会いできて光栄です。松田様の秘書をしています田辺と申します」

 和装を見事に着こなし、眼鏡をつけた顔が、知的な印象を醸し出していた。ただ感情を殺したような表情が、妙に冷淡に見えた。名刺を倫子へ差し出す。

 そこへ、待ち切れんとばかりに、喜一が話を始めた。

「約束通り倫子を連れてきたんだ。金は払ってもらえるんだろうな」

「もちろんです。こちらにご希望の金額が入っています。お受け取り下さい」

 田辺は、ポケットからカードを2枚取り出し、それぞれ1枚ずつ渡す。喜一と重蔵は、満面の笑みを浮かべた。

 倫子は、その様子を見ながら、自分がお金で売られたのだと理解した。まさか人妻である自分が、しかも、この日本で人身を売買するなど考えもしなかった。猛烈な不安に襲われた。お香の匂いに頭がくらくらする。

「これはどういうことですか?わたしは何のためにここへ連れて来られたのです?」

 大事そうにバッグに入れる喜一と重蔵を問い詰めた。

「そんなの知らないな。オレたちはこれから海外で過ごすんだ。これからのことは松田様に聞くんだな」

「うししっ。たっぷり松田様に可愛がってもらうのじゃ。松田様はかなり色事を好むと聞いておる。めくるめく世界を味わえると思うぞ」

「どうしてわたしがそんなことを。あの、田辺さん。これからわたしはどうなるのでしょう?主人が待っているのです」

 田辺の無表情の顔から冷たい視線が向けられた。

「ご主人のことは忘れてください。これからは松田様のものになります」

 人ではなく、モノ扱いに怒りを爆発させた。

「そんな……。絶対に嫌です。帰らせてもらいます」

 席を立ち部屋を出ようとするのを、喜一と重蔵に捕まると、必死で「嫌です。帰してください。お願い、帰して」と叫んだ。

「おい、倫子。いい加減にせんか。オレたちを困らせるな」

「そう暴れるでないわ。そうじゃ、わしらに構ってもらえなくなると思ってスネてるんじゃな。よしよし、いい子にするんじゃ。しばらく会えないじゃろうから、たっぷり可愛がってやる。喜一くん、服を脱がしたまえ」

 田辺の目の前で、服を無理矢理脱がされていく。若くはないとはいえ、男二人に力尽くで身体を抑えられれば、抵抗できない。「嫌、やめて」という声が空しく響き、下着まで奪い取られてしまう。座布団の上で背筋を伸ばし、ピクリとも動かさずにその様子の一部始終を田辺は見ていた。

 田辺は、この二人が、他人の家で、しかも御前とも呼ばれ、日本を裏から牛耳っている松田様の近くで平気で狼藉を働くことに呆れてしまった。だが、だからこそ、松田様は、害にしかならない男達を道具として認めているのだと、考えを改めた。

「田辺くんと言ったか。何か縛るものはないかね。倫子は、縛られると気分を出すんだよ」

「縛られるのだが大好きなんじゃよな、倫子。うししっ、今すぐに縛ってやるからな」

「いやぁぁ~~、縛らないで」

 両腕を取られ、身体を押さえつけられた倫子は、つんざくような叫び声を上げ、イヤイヤと頭を振ることしかできなかった。

「それでしたら、隣の部屋に女優の|新稲藍華にいなあいかと松田様専属の緊縛師がいます。縄もそこにあるかと。ご覧になられますか?」

「なんと、新稲藍華じゃと。わしは大ファンじゃ。あの少し小生意気で美人を鼻にかけていそうな女を泣かせてみたいと思っていたんじゃ。それが、見られるとは、うししっ、涎が出そうじゃわい」

 倫子は、知っているどころか一緒に仕事をしたこともあり、よく知っている。170㎝を越える長身でモデルとして人気になり、その後女優に転身し、映画にデビューするなり数々の賞を総ナメにした日本で今一番輝いている女性だ。

 アイドル顔というより、個性的でエキゾチックな顔をしている。意志の強い目力のある瞳が、人を惹き付けてやまない。雑誌の表紙を飾る彼女の写真は、どれも美しく、どんな逆境をも跳ね返す強さを感じさせた。映画で演じた彼女の役も、それにぴったりで、降りかかる困難や試練に、強い意志で乗り越え、幸せを掴む女性を演じ、特に女性から強い支持を得たのだった。

 倫子もピアニストと女優という立場で雑誌の対談を一緒に行った。年齢は同じ25歳なのだが、落ち着いた雰囲気そのままに話す彼女は、女の自分から見ても大人の魅力を漂わせ、格好いいという言葉が実にしっくりときた。

 それが、こんないかがわしい部屋の隣の部屋で、緊縛師なら者と一緒にいると聞いて、少なからずショックを受けた。あのときに抱いた印象からは、こんな場所に全く似合わないというのが率直な気持ちだった。

(新稲さんが、なぜこんなところに)

 自分が惨めな姿で、後ろから両腕を封じるように抱き締めながら胸を揉まれていることも一瞬意識から離れた。

「本当にその部屋にいるのか?それにしては静かだが」

 返事に代えて、田辺は、奧の襖を開ける、

 すると、梁から吊り下げられた麻縄に縛られた美女とその隣で作業する男が目に入った。

 女の裸に、麻縄が蛇のように絡みつき、女の色香を鮮烈に際立たせていた。豊満な胸は、くびるように締めつけられた縄によってさらに強調され、亀甲縛りで左右対称に胴体を縛られた姿は、はっとするほど美しい。

 後ろ手を縛られ、吊された麻縄によって片足を強制的に腰まで持ち上げられ、女の園を無防備に晒している。何より整った唇から、割り箸で上下に挟まれ舌が出され、つばきがトロリと垂れ落ちている姿は、倫子にゾクゾクとした被虐の喜悦を思い出させた。

 舌を拘束されると、ただの牝へと成り下がる。ピリピリとした痺れを与えると同時に、痴呆老人のようにタラタラと涎を零すという強い羞恥に苛まされる。力のすべて失わせる舌への拘束は、どんな責めを受け入れなければという奴隷へと堕ちるのだった。

 誰にも屈服しないはずの彼女の目は、視線が定まらずと、うっとりとしていて、すでに牝に堕ちたことへの悦びに満ちていた。彼女の官能的な美しさに、しばし言葉を失った。

「まさかこれほど美しいとは。これがあの新稲藍華なのか。まるで別人じゃないか」

「素晴らしいわい。今すぐに抱きたい」

 重蔵は涎を垂らして、下卑た笑みを浮かべたまま、今にも飛びかかりそうだった。

「指一本触れることさえ許されません。死にたいのなら止めはしませんが」

 眼鏡の奥から冷徹な視線を浴びると、重蔵は、あたふたとして冷や汗をかき、黙りこくった。

「でもどうして彼女はこんなことに」

 藍華を知っている倫子にとって、今の姿は信じられなかった。彼女にどんな理由があってこんなことになったのか、どうしても聞きたくなった。

「彼女には、モデル時代から付き合っていた彼氏がいたのです、同じ俳優の彼氏がね。新稲の方は飛ぶ鳥を落とす勢いで人気が出る一方、彼氏の方はなかなか芽が出ず、差が開く一方で、そこに劣等感をもっていましてね。しかも、忙しすぎる新稲とはなかなか会えない日が続いたところへ、悪い友達が近づいたわけです。

 そこで、薬に手を染めてしまった。悪いことに、彼氏と新稲の関係がマスコミにばれて、困っていたところへ、松田様に話がきたわけです。薬物を摂取している彼氏がいると分かると、新稲も相当なダメージを受けます。一緒に摂取していたのではないかと疑う者も当然出るでしょう。ですが、彼女は、自分のことはどうでもいい、彼氏を救ってくれ、救ってくれたのなら何でもすると言ったのです。美しき男女の関係と言っていいのでしょうか。

 その彼氏のために、警察とマスコミに圧力をかけてなかったことにし、彼氏は、松田様の抱える病院で治療中です。回復したあとは、俳優としての活動をバックアップすることも約束しています。その代わり、月に一回ここに来て、調教を受けることになったのです」

「馬鹿な女だ。そんなどうでもいい男のために自分を犠牲にするだなんてオレには理解できん」

 その彼氏という人は、世間で言う「ダメ男」だ。大半の人は、そんな男とはすぐに別れた方が良い、そんな男のために尽くすなんて考えられないと言うだろう。だが、倫子はそうは思わない。雑誌の対談で会ったときのまっすぐな瞳は、彼のことを真剣に愛していたのだろう。それが「ダメ男」だったとしても、男女にはいろいろな事情があり、愛がある。藍華さんは藍華さんなりに考え、彼を救うことを決意したのだろう。それが、間違いだとはとても思えない。これから付き合いを続けていくのかどうかはまた別のこととして、あの強い意志を感じさせる藍華さんが、自分を犠牲にしてでも彼を救おうとしたことは、藍華さんならあり得ると感じた。

(でも……)

 頼む相手が悪かったのではないか。浮世絵離れした妖艶さを放つ藍華を見て、憧れといってもいい魅力をもつ藍華が、底のない愛欲の沼に沈んでいき、変わっていくような気がした。果たして、彼氏を救い終わったとき、藍華は自分の望んだ自分でいられるのか。

「彼女の意思ですから尊重しますよ。確かに調教の始まった半年前は嫌々だったのですが、今は自分を犠牲にして来ているようには見えないんですがね」

 田辺の無表情の顔が、一瞬口角を上げた。

 悪い方向に当たっているような気がして、藍華を心配そうに見た。だが、藍華の心配をする余裕はそもそも倫子にはなかった。

「弥助。この女が動けないよう縛ってくれないか」

 藍華のそばで、作務衣を着る美青年に、田辺は指示した。

 弥助は、麻縄を手にしたまま、倫子の前まで来ると、正座をし、深々と頭を下げた。髪を伸ばせば美女でも通用しそうな綺麗な女顔は、短く刈った短髪もよく似合っていた。

 弥助が喜一と重蔵に視線を向けると、二人は、黙って倫子から離れた。

 そのとき、美青年が、ふっと優しく微笑みかけた。すっと心が奪われる。美しい瞳に吸い込まれそうにじっと見つめていると、あっという間に後ろ手にされ、縄がスルスルと手首に巻き付いていった。
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