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第一王子婚約破棄を宣言して国王になる
しおりを挟む「息子よ。やってくれたな」
父であるハノーヴァー国王は表情を消してそう言った。
「そなたは私の定めた婚約者がおりながら、真実の愛に生き、婚約を破棄すると宣言した。王命に背くなど許し難い。本来ならば廃嫡するのが妥当ではあるが、そなたはあまりにも若い。国外へ追放するのも先方に失礼だ。というわけで、そなたを新たな国の王にする」
そうして国王は第一王子、ジョン・ハノーヴァーに一枚の紙を差し出した。
国名 ジョン
代表者 ジョン・ハノーヴァー
場所・連絡先 ハノーヴァー国王城中上ル左入ル2番
アレクサンドル・ハノーヴァー様方ジョン・ハノーヴァー
国民の数 二名
国王宛の連絡先が父王様方…様方?!居候の住所かよ…と侍従長は呟いた。
「国民の数がふたり、…?」
ジョン王子が首を傾げる。
「そなたが真実の愛に生きる!などとほざいていた時にも隣にいたそうじゃないか。どうせ離れられないのだろう?そやつと共に生きるがよい。諸外国には私の方から通達する」
国王が目線で合図すると近衛が二名、ジョン王子を連れて新たな国、ジョンへと案内した。城内中央の階段を登って左奥から2番目の部屋、なんのことはない、ジョンの私室である。近衛はジョンが部屋に入ったのを確認し、部屋と廊下の境界線の床に『国境』と書いた赤いテープを貼った。そして部屋を向いて廊下に直立不動の姿勢をとった。ジョンが不思議そうな顔で2人の近衛を見やると、1人の近衛が姿勢を崩さぬまま言った。
「私達は急遽国境警備隊に臨時任命されました。この赤いラインよりこちら側は国が異なりますので、勝手に越境なさらないようにお願いいたします」
「ドアは閉めていい?」
「……ご自由に」
なるほど。これは取り繕ってはいるが、まあ幽閉されたようなものだ。国外にむやみやたらと追放してしまうと、諸々の問題が生じるために国内に国外を作って国外追放の国内版を実行したのだ、国王は。
幸いにして、この部屋にはバストイレが付いている。普段はメイドの介助があるが、別になくても1人でこなせる。万が一、クーデターなどが起きても着替えや風呂くらいは1人でできるように訓練済みだ。唯一用意がない食事も、実質幽閉なので簡素かもしれないが出ないことはないだろう。
そう思ってた時期もありました。ええ、3時間ほど前までは。
そっとドアを開けると近衛改め国境警備隊の2人が先程と寸分違わぬ姿勢でこちらを向いて直立していた。
「あの…」
「はい」
「食事とか、そういったものは…?」
「なるほど。食べ物を輸入なさりたいということですね。その場合当然対価が必要になります。また関税もかかりますのでご了承ください」
「し、シビアすぎん…?」
思わず出たジョンのくだけた言葉に普段なら窘める2人も特に何を言うこともなかったが、同意も得られなかった。
ジョンはドアをそっと閉じ、寝巻きに着替えてベッドに潜り込んだ。もう無理。今日は何も考えられない。明日の自分に期待、である。
人はそれを 問題の先送り と呼ぶ。
一夜明け、自分の盛大な腹の音で目覚めたジョンは大層慌てた。自分からあのような轟音が聞こえるなんて。きっと幽閉のストレスで病気になってしまったに違いない。
ドアを開け、相変わらず直立不動の近、国境警備隊に告げると、それは病気ではなく食事をすれば治るものだと教えてくれる。このまま何も食べずにいればそのうち病気になるかもしれないが、もしそうであっても簡単にこちらから医師を派遣できないと。
絶望。
ジョンは肩を落とし、ドアを閉めると自分の部屋を見渡した。目下喫緊の事態は食べ物の輸入だ。だがここにお金はない。王族は自分で買い物をしないものだから。ならばこちらから何かを輸出して対価を食べ物にしてもらえばいいのでは…?再び自室を見渡すと目が合うものがいる。もう1人のジョン王国国民だ。
静かな時が流れた。
ぐおぅあおおおおおおおおおぅぐお!
沈黙を破る自らの腹の音にジョンは目を閉じ呟く。
「ごめん…。テディ」
近衛じゃなくて国境警備隊は目の前のドアが開き、そこに王子じゃなかった国王と並び立つものの2人を視認した。
「こちらから輸出するので代わりに食事をください。彼はテディ。セオドア・リヒテンシュタイン卿です。彼は僕の、この国の宝です…!」
「わかりました」
テディが国境警備隊の1人に連れていかれるとジョンはその場で泣き崩れた。泣き崩れてなお、赤い線を越えないあたり、律儀だなぁとその場に残った隊員は思ったのだった。
テディを対価にした食事が届き、それを貪るように食べながらもジョンは涙が止まらなかった。
僕は 仲間を 売った。
出会ってからずっと片時も離れたことはなかった。
いつも僕を見ていてくれた。
大事な大事な誰よりも大事な僕の相棒。
泣き疲れ、お腹も満ちたりたジョンは眠気に抗えずウトウトしていた。
どれだけの時が経ったのか、ドアの外からザワザワとした喧騒のようなものが聞こえてきた。ドアを開けようとするも、今まで直立不動で相対していた隊員がこちらに背を向けて立っているため、ドアは細くしか開かなかった。だがおかげで何を言ってるのか分かるようになった。
「ジョン王子に会わせてくださいませ。わたくしはまだジョン様の婚約者のはずです!」
ジョンが婚約を破棄した、ハインツ公爵家の令嬢ローラ・ハインツだった。
「確かにわたくしはジョン様に真実の愛に生きたいのだと言われました。そしてジョン様の側には彼が最も信頼しているあの子がいたのは事実です。でも!わたくしだって例え一番ではなくてもあの方のお側に…!」
ドアを背にした隊員は若干気まずげにけれどもはっきりと彼女に言った。
「ジョン第一王子はハノーヴァー王国から出てジョン王国の国王となったのです。ハノーヴァー王国としては国内筆頭公爵家であるハインツ家からジョン王国に嫁がせる国益はありません。よってハインツ公爵令嬢とジョン元ハノーヴァー第一王子との婚約は破棄となり、もうお会いすることは叶いません」
「え…?」
聞こえてきた近衛、じゃなかった国境警備隊の話にジョンはショックを受ける。
確かにハインツ公爵令嬢に真実の愛に生きたいとは言った。でも…。
単に親から押し付けられた婚約者というのがちょっとつまらないと思っただけだった。いったん婚約はナシにして、後々恋をするのがハインツ公爵令嬢だったとしても、それならそれでよかったのだ。まさかもう会えないだなんて。
呆然と開かないドアを見ていると、しばしの沈黙の後、「ふええええん…」という声が聞こえて、ジョンは自分の耳を疑った。
どんな時でも、それこそ婚約破棄を突きつけた時も常に微笑みを湛えていたローラ。そのローラが泣いている。淑女らしさのかけらもない声をあげて。
「開けて!」
ジョンはドアに縋り付いて叫んだ。
「ごめんなさい! ちょっと恋っていうのをしてみたかっただけなんだ! ローラが嫌いとかじゃないんだよ! テディは大事だけど! ローラだって大事なんだ! 会えなくなるなんてやだ! 謝るから…お願いだよ…」
-----*-----*-----
「……ってふたりでわんわん泣いたよね」
「ふふふ。お恥ずかしいですわ」
あれから12年。ジョンとローラは城内の庭園で春の花を眺めながら、ゆったりとお茶を口にしていた。ジョンはジョン王国の国王…ということはなく、相変わらずハノーヴァー第一王子である。そしてふたりは婚約者のままである。
「そもそも僕が『真実の愛』が最強の武器だと勘違いしたのが発端なんだ。それこそ聖剣エクスカリバーに匹敵するくらいの」
当時、ジョン、齢6歳。強いものに憧れるお年頃。
きっかけは側付きのメイドがハマっていた一冊の本だった。
お忍びで城下に訪れた王子と花屋の娘。二人は互いの身分を知らずに恋に落ちた。で、その後いろいろいろいろあったのだけど真実の愛の力で様々な困難に打ち勝っていく。
そんなあらすじを聞いてジョンは目を輝かせた。
真実の愛最強じゃん!
どんな困難が訪れてもことごとく打ち倒せるのだ。前に読んだ絵本に出てくる聖剣エクスカリバーは勇者じゃないと使うことができなかった。でもこの真実の愛なら王子の僕にぴったり。なにしろ本に出てくる真実の愛を使いこなす(!?)のも王子だ。たぶん国王になっても様々な難題を真実の愛で解決できるのだろう。いつも無理難題を言って父上(現国王)を困らせている隣国も黙らせることが出来るに違いない。
真実の愛を手に入れるにはまず恋に落ちること。
はて。恋、とは…? 6歳児に恋はわからないが本の内容から推察するに平民の女の子と仲良くするみたい。あれ、でも僕この間こうしゃくれいじょうという人と婚約したって父上が…。
「なんかそれはダメなんじゃないかって子供心に思って君にあんなこと言っちゃったんだよね…」
「なるほどー」
棒読みのローラの言葉を聞きつつ、耐えきれず両手で顔を覆うジョン王子18歳。恥ずかしい。6歳とはいえ我ながらアホすぎる。そりゃパパン(国王)も濃いめの説教するよな。
アホ息子(第一王子)の婚約破棄騒動に将来を悲観した国王はジョン王国を建国するという芝居をし、自分勝手な行動の結果起こる可能性をリアルに示し、泣いて謝る息子にさらに訥々と言い聞かせたのだった。おかげで現在のジョン王子は誰に恥じることのない次期国王としても申し分ない青年となった。
ローラは真っ赤な顔を両手で覆い隠して恥じ入るジョン王子を見て、この方のこういうところは変わらずに可愛らしいな、と密やかにこっそりと愛でていた。
6歳のジョン王子はお祖母様(王太后)に誕生日プレゼントにいただいた1m近くもあるクマのぬいぐるみを片時も離さずにいた。ぬいぐるみを相棒と呼び、僕の宝物と宣言する彼をローラはぬいぐるみとニコイチで愛でていた。カワイイ×カワイイ=すごくカワイイ なので嫉妬するようなこともなかった。だってぬいぐるみだし。ちなみにこのお茶会にも一席用意されてちょこんと座っている。さすがに少しくたびれた感はあるが丁寧に扱われているのがわかる。その名をセオドア・リヒテンシュタイン卿(愛称テディ)という。成長に伴い、常に連れ歩くことはなくなったが、ローラとのお茶会で初めてテディを置いて参加した時、ローラが「今日はセオドア卿は参加しませんの?」とテディを気にしてくれた。ジョンはいたく感激してローラにもテディ呼びを許可したのだった。以来ふたりのお茶会には卿も皆勤賞である。
「さて、そろそろお開きにしませんと」
「そうだね。明日は色々と忙しくなるし。ハインツ公爵家の皆さんと水入らずで過ごすといい」
「ありがとうございます。明日からはまた気持ちを入れ直すつもりで頑張ります」
「嬉しいけど無理はしないで。もうすっかり君のことは頼りにしている」
「それでもテディには敵いませんわ」
「いやもうとっくに…。君は最強で最愛の僕の宝だよ」
思いがけないジョンの言葉に不覚にも涙が溢れてしまい、ジョンが慌てふためくのもご愛嬌。
そんなふたりは明日王太子と王太子妃となる。
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可愛いお話しで、めっちゃ和みました♡
大好きです♡♡