愛理の場合 〜レズビアンサークルの掟〜

本庄こだま

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8.月下に微笑(わら)う女

少女のように…

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 時刻は20時過ぎ。

 サークルの事務所では残務処理の為に1人残った恭子が、ノートPCの液晶画面を見つめながら能面のような顔でキーボードを叩いていた。

 代行業務を任されてからというもの、ほぼ毎日こんな感じの生活だ。

 「はぁ~~~……」

 事務用チェアの背もたれに身体を預け、目一杯に伸びをする。

 段々と「こんな感じの生活」に慣れてきてしまっている事に嫌気を感じているものの、生まれ持った〝責任感〟とやらに、僅かながらの誇らしさも感じていた。

 (要領良い人が羨ましいけど、私なりになんとかやっていくしかないしね……)

 見上げた蛍光灯の眩しさに目を細めながら、思い出すのは前任者のこと。

 (史織さん、今何やってるんだろう。サークルを辞めたような話は聞かないけど)

 創設から携わり、ARISAの右腕としてサークルの実務を一手に担っていた名実ともに〝影の支配者〟──。

 新興のイベントサークルが数年でこの業界の最大手になったのも、すべては史織の手腕に依るところが大きかったのは紛れもない事実だった。

 「どーなっちゃうのかね……このサークル……」

 恭子は身体を重そうに起こしながら、再びパソコンと睨めっこする。

 「私が……できることをやらなきゃね」

 キーボードを叩く無機質な音だけが、夜更けの事務所に響いていた。



 「あ、そうだ」

 ふと見上げた時計の針は23時。

 恭子はいそいそと、机上で充電していたスマホに手を伸ばす。

 (完全に忘れてた……愛理に連絡しなきゃ)

 昼間の出来事。衝撃の〝挑戦者〟……。

 この挑戦を受けて立つのか、本人に確認しなければ。

 「……もしもし」

 電話の向こうの愛理は、いかにも気怠げな低い声で応答する。

 「もしもし?ごめん寝てた?」

 「いや、寝てないけど……」

 「今、電話大丈夫?ちょっと相談あるんだけどさ……」

 「……うん?何?」

 何があったのかは計りかねるが、どうやら今日の愛理は機嫌が悪いようだ。

 「ちょっと急な話で悪いんだけどさ……今度やるEl Doradoエルドラードのプレイベントで、愛理とヤりたい、って娘が1人いてね……」

 このテンションのには、下手したてにお伺いを立てなければならない事を恭子は付き合いから学んでいた。

 これ以上愛理の機嫌を損ねないよう、言葉を選びながら申し訳なさげに話す恭子だが、愛理から返ってきたのは意外な言葉だった。

 「ふぅん、別にいいけど」

 「でさ……え?え!?マジ!?」

 あまりにあっさりとした「OK」の返事。

 思いもよらない即答に、身構えしていた恭子の方が狼狽うろたえる。

 「でも相手の娘、レズソープでNo.1の娘でさ、テクニックも抜群にあるし、度胸もかなり据わってるのよ。はっきり言ってめちゃめちゃ手強いと思うんだけど……」

 「誰だっていい……ってゆーか、私に決める権利ないでしょ?今の主催は恭子なんだから、あなたが決めてよ」

 言われてみれば、これまで愛理がEl Doradoの舞台に立つにあたり、相手を選り好みして不満を述べたことなど一度も無い。

 そこには、愛理なりの〝覚悟〟があった。

 「あのね、私が出会い系やSNSでウリをやっていた時は、とことん相手を厳選していたわ。ルックスはもちろん、会う場所や時間、プレイの内容、もらう対価もね」

 電話口の愛理は、いつの間にか弾むような声色をしていた。

 「でも今は違う。El Doradoでは私のすべてを魅せたいの。弱い部分も、汚い部分も、全部曝け出して本気で闘う私を見てもらいたい。だったら、本気でぶつかっていける強い相手の方が燃えるじゃない?」

 「……うん」

 El Doradoに懸ける、愛理の気持ち。

 気付かないところで成長し続ける愛理の〝プロ意識〟に、恭子は計らずも胸が熱くなる。

 「うん……愛理……知らないうちに……立派になって……」

 「え、何それ?親戚のおばちゃんか!」

 笑い合う2人。何も心配はいらない。

 「私も、愛理のために最高のステージ用意するから……!」



 3月半ば。

 暦の上ではとっくに春だが、連日の寒波は東京都心にも雪を降らせていた。

 深々と降る雪の到来に、週末の繁華街は家路を急ぐ人々が俯きがちで足早に通りすぎてゆく。

 そんな底冷えのする夜にも、いや、そんな夜だからこそ、パプニングバー「DEEP LOVERディープラヴァー」には人肌恋しさに一夜の出逢いを求めて女たちが詰めかけていた。

 「みんな──ッ!!今週もおつかれ───ッ!!」

 「イェーイ!!おつかれー!!」

 主催である恭子の乾杯の音頭に合わせ、フロアの客はグラスを打ち鳴らす。

 どんなに忙しくとも、週末イベントのオープニングコールだけは自らやりたいと恭子自ら志願した。

 客席では銘々が倒錯の時間を楽しむ中、恭子はステージを降りてスタッフルームへと向かう。

 「恭子ー!こっちで飲もうよ」

 「ゴメーン!あとで行くから!」

 顔見知りの常連客に誘われても、今は断らざるを得ない。

 「主催の顔」と、「もう一つの顔」……。

 スタッフルームのドアを開けると、ソファに座るチャイナドレスの女が1人。

 「愛理!お疲れ!」

 女は恭子の姿を見て、長い黒髪を背中に流しながら不敵に微笑む。

 「相変わらず忙しそうね、恭子」



 3ヶ月に一度開催される、肉欲の狂宴「El Doradoエルドラード」。

 今年の第2回開催を半月後に控え、今宵は選出された数名が非公式のエキシビジョン・マッチを行う、いわば開幕前のプレイベントが催される。

 バトルステージは、全3試合。

 愛理は2試合目に組まれている。

 「もう着替えたんだ。メイクもバッチリだし、何だか気合い入ってるじゃん?」

 「久しぶりのステージだもん、なんだかソワソワしちゃって」

 愛理はソファから立ち上がり、その場で小さく2、3回跳ねてみせると、ブラジャーを着用しない胸が上下にぷるん、と揺れる。

 シルクの布地の下にはぷっくりとした乳輪と、その先端の乳首の輪郭がに浮かび上がっていた。

 そんな破廉恥な衣装さえ、自信に満ちた愛理が纏えば〝闘う女の#一張羅_いっちょうら__#〟になるのだ。

 「……この前、電話で言ったことなんだけど」

 愛理は肩をストレッチしながら、恭子に話しかける。

 「自分でも不思議なの。El Doradoがなかったこの期間、なんだか毎日が物足りなくて。ふふっ、おかしいでしょ?あんなにステージに上がる事が怖かったのに」

 愛理が初めてEl Doradoに参戦した時、みなぎる闘志とは裏腹に、彼女の脚は震えていた。

 観衆の目線、計り知れない相手の実力……。

 羞恥、恐怖、苦痛、それらが巨大な圧力となって、彼女の小さな身体を押し潰していた。

 だが、愛理はそれらすべてを「自らの弱さ」として受け入れ、等身大の自分を魅せる事で輝き始めたのだ。

 「今でも怖くないと言えばウソになるけどね。でも、気持ちいい緊張感を楽しめているわ」

 「……」

 愛理の言葉に、恭子はひとつの〝可能性〟を感じていた。

 サークルの中枢に亀裂が生じた今、それを治められるのはまさしく動乱の渦中にある〝愛理〟なのでは……。

 「愛理!私、何も心配してないから!の愛理を魅せてやって!」

 「言われなくてもそのつもり!恭子も色々忙しそうだけど、無理しちゃダメよ?」

 恭子は愛理の背中を叩き、再びフロアに戻っていった。



 日付が変わり深夜0時。

 パプニングバー「DEEP LOVER」は熱気を帯びてゆく。

 バーカウンターでは初めて逢ったばかりの女同士が2人、指を絡めてプレイルームへと姿を消せば、片やそんな情緒などお構いなしとばかりに、テーブル席では1人の女を愛撫や玩具で責めまくる集団が、組んず解れつ「女体のかたまり」となってうごめいている。

 そんな性の混沌を切り裂くように、薄暗いフロアにアナウンスが響き渡る。

 「皆さ──んッ!!ただいまから金曜夜のお待ちかね、特別イベント開幕しま──すッ!!」

 ステージ中央、まばゆいスポットライトの下で、主催の恭子が叫んぶと、場内はいよいよ色めき立つ。

 この瞬間を待っていたとばかりに拍手と歓声が湧き、女たちの視線が一つ残らずステージへと注がれる。

 「愛理ィィ──ッ❤︎」

 「愛理がんばってェ──ッ!!」

 始まる前から、飛び交う声援はすべて3試合目の愛理に対するもの。

 今やほとんどの客は、愛理の闘いを観に来ていると言っても過言ではない。

 改めて、現在のEl Doradoにおける愛理の人気の高さ、存在の大きさを実感させられる。

 「2週間後に開幕を迎える〝El Dorado〟の前夜祭!!華麗なる戦士ファイターたちの闘いを今宵、その目に焼き付けてください!!」

 恭子が両手を挙げると同時にステージ全体が照らし出され、闘いのマットが鮮明に浮かび上がると、1回戦の参加者がステージの両サイドから現れた。

 「Dランク!爆乳愛人形アイドル……詩乃しの!!」
 
 もちもちと色白で豊満な肉体に、細い垂れ目が印象的な低身長のツインテール女。

 「同じくDランク!闇に融ける淫魔……亜夜羽あやはッ!!」

 片や、スレンダーな長身で痩せ型の、日に焼けた肌に大きな二重ふたえの眼力が強いエキゾチックなハーフ女。

 「両者、前へ!」

 2人はステージ中央で仁王立ちに構え、鼻先が触れ合うような距離で睨み合い、早くも闘志をぶつけ合う。

 最大限に膨張したフロアの期待と興奮が、恭子の一声を合図にいよいよ爆発した。

 「Ready……Fightッ!!」



 ゴォォォォン……!!

 「やァァァァッ!!」

 「うァァァァッ!!」

 空気を揺らすけたたましい銅鑼どらの音と、女たちの気合いの雄叫び。

 遂に火蓋が切って落とされた、女の意地とプライドを懸けたセックス・バトル。

 (……始まったわね)

 愛理は控え室でその喧騒を聴きながら、姿見の前で自分自身と向き合っていた。

 El Doradoにデビューした3ヶ月前。

 今思えば、史織の思惑に乗せられるままにステージに上がったあの日……。

 恥辱と無力感に心身を打たれ、それでも自尊心だけを頼りに這いつくばるような思いで闘い続けた3ヶ月……。

 そして今、あの舞台に立てる事に確かな〝喜び〟を感じている自分が、鏡の中に立っている。

 ドアの向こうから聴こえるフロアの歓声に、自然と胸が高鳴る。

 愛理は今一度、後ろ髪を両手で背中に流すと、胸に手を当てて鼓動の昂まりを感じながら深呼吸をする。

 そしてゆっくりと大きな瞳を開き、に向かって力強く微笑んだ。

 (魅せてあげる……〝愛理〟の闘いを……!)



 「オラッ❤︎イけッ❤︎ズル剥けデカクリシゴかれてイけッ❤︎」

 「う"ォォッ❤︎むッ❤︎ムリッ❤︎もうムリッ❤︎クリけるッ❤︎コリコリやだァァァ❤︎いゃァァァァイグぅぅぅぅぅッ!!!❤︎❤︎」

 プシッ!プシャァァァァァ……❤︎❤︎

 狂ったような絶叫の後に、天に向かって噴き上がった潮の水柱。

 容赦のない責めに、豊満な女は身悶えしながらマットに沈んだ。

 「それまで!勝者……亜夜羽ッ!!」

 「はァッ❤︎はァッ❤︎……よっしゃぁぁぁッ!!」

 で頭からズブ濡れになった長身の女が、勝ち名乗りを受けて右の拳を突き上げる。

 だが、勝者である彼女もまた足元はフラフラとおぼつかず、それはこの闘いがまさに〝死闘〟であったことを存分に物語っていた。

 勝者と敗者共に、スタッフに肩を支えられながらステージを後にする。

 再び暗転したフロアは、今宵一番の歓声が鳴り響く。

 ワァァァァァァァァァァッ!!

 「さぁて……と」

 舞台袖の愛理はトントン、とつま先で軽く床を蹴ると、大きく伸びをして背筋を張る。

 凛とした横顔には一点の曇りも無く、それはまさに押しも押されぬEl Doradoの〝エース〟の佇まいだった。

 パンッ!パンッ!

 「……よしッ!」

 両手で頬を2回叩くのは、愛理お決まりのルーティン。

 自らを鼓舞し、いよいよライトに照らされた今宵の闘いのステージへと足を踏み出す。

 「……?」

 だが、飛び込んできた光景に愛理は絶句し、歩み出した足を止めた。

 「なッ……」

 (そんな!?どうしてここに!?)

 向かいの舞台袖から現れた今宵の相手〝綺羅〟……。

 それは愛理にとって、あまりに信じ難い挑戦者だった。

 「みっ……美雪……!?」



 愛理はマットの端で呆然と立ち尽くす。

 そこに現れたのは、かつての恋人。

 理解が及ばない現実に、愛理は思わず一歩退しりぞいてしまった。

 「なッ……美雪がどうして……」

 愛理は混乱しながら、咄嗟にアナウンスブースにいる恭子に視線を送った。

 だが、恭子はもちろん知る由もない。

 (愛理……?)

 愛理の困惑と狼狽ろうばいには気付いたものの、その理由までは計れずにいた。

 先にステージ中央に立った綺羅は、ゴールドのマイクロビキニを纏い、口元で少し微笑みながらペロッ、と舌を出して唇を湿らせる。

 「ふふ……やっぱり、愛理だったんだね」

 その声はどこか孤独を含み、久しぶりに対面した愛理に向けた笑顔は今にも泣き出しそうだった。

 愛理も戸惑いながら歩みを進め、ついにステージ中央で2人は向かい合った。

 「やっぱり……美雪……」

 「ううん、今は〝綺羅〟って呼んで」

 「どうしてこんな所に!?」

 愛理の問いに対し、綺羅は目に涙を浮かべながら真っ直ぐな視線を合わせて応える。

 「ここに愛理がいるって聞いてね!逢いたくなった!それだけ!」

 泣きながら、綺羅は照れ臭そうに笑う。

 (美雪……)

 どこで綺羅がEl Doradoの情報を手に入れたのか、それは愛理には分からない。

 だが、彼女には一切を秘密にしたままに飛び込んだこのレズビアンサークルの世界で、愛理自身の名声がサークルという枠組みを超え始めた事を、愛理はその時に初めて実感したのだ。

 かつて愛し合った女の涙は、決して再会の嬉しさだけではないだろう。

 何も言わずに出て行った、自分自身の不誠実さ。そして、そんな自分への不満や恨みなど噯気おくびにも出さなかった、彼女の気丈な想い。

 私は、美雪に甘えていたのかも知れない──。

 「ごめん……私、あなたに〝ありがとう〟すら言えてなかった……」

 そんな自責の念が、愛理の口から溢れ出す。

 だが、綺羅は強く首を横に振り否定する。

 「そんなことない……私の方こそ、愛理に感謝してるもん」

 ただならぬ雰囲気に、観客もスタッフも黙って成り行きを見守る事しかできなかった。



 入場までの狂乱めいた大歓声が嘘のように、フロアはしん……と静まり返っていた。

 ただ一つ分かるのは、恋人同士だった2人の女が、今宵El Doradoのステージで互いのプライドを懸けて闘う〝敵同士〟であること。

 そんな数奇な運命の悪戯いたずらを、観客たちは固唾を飲んで見入っていた。

 「美雪……」

 愛理が綺羅の腕を掴み、胸に引き寄せる。
 綺羅は抵抗することなく、愛理の腕に抱かれた。

 「美雪?試合が始まったら……私の頬を殴って」

 「え?そんな……」

 愛理の耳打ちに、綺羅は目を丸くする。だが、愛理は視線をくれずに話し続ける。

 「今日、美雪がに来た理由……ちゃんと分かってる。だから……私もそれに応えたいの。わがままだけど……ね?」

 「……」

 愛理の言葉に、美雪は何も言わずに小さく頷く。

 「ありがとう……じゃあ……」

 ドンッ!

 「きゃッ!?」

 刹那せつな、愛理は綺羅の両肩を強く押し、乱暴に突き放した。

 「さぁ!はもう終わり!〝格の違い〟ってヤツを魅せてあげるわッ!!」

 ウォォォォォ……!!

 「愛理ファイトーッ!!」

 「やっちゃえー!!愛理ィィーッ!!」

 愛理がフロア中に響き渡るような大声で叫ぶと、呼応するように観客も色めき立つ。

 先程とは打って変わって、いきなりの「戦闘モード」に突入した愛理。

 「……!!」

 綺羅は愛理の突然の変貌と、フロアの異様な熱気に呑まれ、棒立ちのまま困惑している。

 「ホラッ!さっさと始めるわよッ!綺羅ちゃんが怖気付かないうちにねッ!」

 ワァァァァァァッ!!!

 尚も両手を広げて観客を煽る愛理は、瞬く間にフロアの空気を〝愛理一色〟に染め上げてゆく。

 「はぁ……愛理、完ッ全にEl Doradoを〝自分のモノ〟にしちゃってる……」

 その光景をアナウンスブースから眺めていた恭子は、思わず感嘆の声を漏らした。

10

 ステージ端にかじり付くように群がる観客たちは、錯乱に近い怒鳴り声を上げてたった1人の女の名を叫び続ける。

 「愛理ッ!愛理ッ!!愛理ッ!!!」

 (くッ……怖がっちゃダメ……目の前の愛理にだけ集中しなきゃ……)

 もはや始まる前から完全なアウェーと化したステージの上で、綺羅は緊張と恐怖で張り裂けそうな鼓動を必死に右手で押さえつける。

 (美雪!)

 フロアに響き渡る「愛理コール」の中で、対面に立つ愛理が綺羅に目配せを送る。

 愛理は綺羅に微笑みかけ、小さくコクリ、と頷いてみせた。

 「……!」

 (ふふっ、やっぱり愛理……昔から変わらない……!)

 その無言の頷きですべてを悟った綺羅は、大きく深呼吸して愛理を睨むと、腹の底から声を張り上げた。

 「あ"ァ"ァァァッッ!!!!」

 「!?」

 シィィィ……ン

 満場喝采の「愛理コール」を一刀に切り裂く、綺羅の雄叫び。

 それは、綺羅が見せた〝覚悟〟の叫び。

 「ハァ……ハァ……愛理……!」

 綺羅が再び前を睨んだ時、愛理はまるで親友の〝愛の告白〟を見届けた女友達のように、屈託のない笑顔で、何度も何度も頷いていた。

 やがて両者が睨み合い、ステージの空気がキン、と張り詰めた。

 ここから先は、敵と敵。

 「Ready……」

 (愛理……)

 (美雪……)

 視線を交わす2人の間に、もはや言葉は要らなかった。

 (ずっと……ありがとう!)

 「Fightッ!!」

 ゴォォォォォン……!!

11

 ワァァァァァァッ!!

 重苦しい沈黙を破り、銅鑼どらの音が鳴り響く。

 「愛理ッ!愛理ッ!愛理ッ!」

 フロアの喧騒の真ん中で、2人の間だけが静かだった。

 互いに視線を外さないまま、ゆっくりとした歩みで近付いてゆく。

 (いくよ、愛理)

 (……ええ)

 あと一歩で組み合うという距離で、息を合わせたように立ち止まる愛理と綺羅。

 次の瞬間──。

 パァンッ!!

 破裂のような乾いた音が、フロアに反響する。

 「くぅ……ッ!!」

 綺羅の振りかぶった右手が、愛理の左頬に直撃した。

 首が横を向くほどの強烈なビンタ。

 愛理は思わず屈み込み、顔を押さえたまま向き直す事ができない。

 「ハァ……ハァ……愛理……大丈夫?」

 綺羅は、ジンジンと感触が残る手のひらを見つめながら、痛みに悶える愛理を心配する。

 だが、愛理は振り向き、目に溜めた涙を拳で拭い去ると、笑って返す。

 「……大丈夫!ありがと!……これでやっと……と闘うことができるわ……!」

 「愛理……」

 綺羅に殴らせたのは、贖罪しょくざいの為ではない。

 愛した女、〝美雪〟と訣別けつべつし、いま再び闘うべき相手、〝綺羅〟と向き合う為……。

 真っ赤に腫れた左頬をさすりながら、愛理が一歩前に出る。

 綺羅もまた、愛理に負けじと一歩踏み出す。

 絶対に退かない。コイツにだけは負けたくない。

 同じタイミングで腰に腕を回し、同じタイミングで顔を近づける。

 まるでセックスに〝流儀〟があるような、合わせ鏡の2人の所作。

 ギュウッ❤︎

 「んむッ❤︎うゥンッ❤︎ズルルルルッ❤︎」

 「んはッ❤︎ジュルッ❤︎んふふゥ……❤︎」

 瞬間、貪り合うように互いの唇に舌をねじ込む愛理と綺羅。

 2人が今まで経験したことのない、恥ずかしさと喜びに満ちた〝甘く切ないレズセックス〟……。

 「チュッ❤︎……はぁッ……愛理ィ……みんな見てるよ……❤︎」

 「チュパッ❤︎……んふッ❤︎見せてあげましょ?私たちの本気セックス……❤︎」

 好奇に群がる観衆の面前で、2人は悪戯いたずらな少女のように笑い合った。
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