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4章  四日目 芸術鑑賞会

4-3 いつもとは違う場所の午前

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「ふぅー、疲れたー」

バスで揺られることおよそ一時間。
俺たちは目的地……に着く前に、SAで休憩を取っていた。

俺は座りっぱなしで固くなった背中や腰をグイグイと伸ばしていた。

「お疲れさまです、悦郎さん。もし必要でしたら、お席替わりますから言ってくださいね」
「ああ。大丈夫だ。でも、もしものときは頼む」
「はい、わかりました」

俺と麗美は、バスの一番前の席に座っていた。
麗美は左列の一番前。みどり先生のとなり。
そして俺はそのとなりの補助席。
ある意味、見晴らし的な意味では一番の特等席だ。
もっとも、うしろの方の座席でなにやら盛り上がっていても完全に蚊帳の外にされたりするがな。

「ぐふふ。どう悦郎。両手に花を満喫してる?」
「あのなあ……」

ホームルームでの席ぎめのときに暗躍していた緑青は、それだけでは飽き足らず、芸術鑑賞会当日である今日も、バスの座席に関していらん策を弄してきた。

「ありがとうございます緑青さん。おかげさまでバス酔いせずにすみました」
「いいのいいの、困ったときはお互いさまだから」

そう。麗美がくじ引きの結果と違う席に座っていたのは、緑青が裏から手を回した結果のこと。
まあ、普通にみどり先生に麗美が乗り物酔いしやすいって話しただけなんだけどな。

「で、それでどうして俺が助手席に座らなくちゃいけないんだ?」
「ぐふふ。だって麗美だけじゃ物足りないでしょ? だから、反対側には咲を配置してあげたんじゃない」
「物足りないって……」
「悦郎、早く行かないとトイレ激混みだぞ」

そんな言い争いをしていたタイミングで、砂川がSAのトイレから戻ってきた。
そう。今回のもうひとりの仕掛け人はコイツだ。
咲と座席をチェンジして、最後尾の座席をゲットした砂川。
SAで買ってきたのか、焼きまんじゅうをモグモグと頬張っていた。

「お前それ美味そうだな」

文句の一つでも言ってやろうと思っていたが、焼きまんじゅうの美味そうな匂いには叶わなかった。

「そう言うと思って、お前の分も買ってきてやったぞ。ほれ」
「おう、サンキュー」

砂川が袋から取り出した焼きまんじゅうを受け取り、焦げた味噌の香りを存分に味わいながらそのふっくらとした食感に舌鼓を打つ。

「100億万円な」
「あのなあ……」
「ほんとは300円」
「ん」

焼きまんじゅうを口で咥えて保持しながら、財布から100円玉を3枚取り出して砂川に渡す。

「毎度」

焼きまんじゅうの味噌ダレのようにベタベタなやり取りをしながら、俺たちはSAでのトイレ休憩を満喫する。
そういえばみどり先生が買い食いはダメみたいなことを言ってた気がするけど、まあいいだろう。
見つかる前に食べ終わっちゃえば、証拠は残らない。

「悦郎さん、それ……なんですか?」

緑青はトイレに向かったが、麗美は俺たちのところに残っていた。
そして興味津々といった表情で、俺たちの食べている焼きまんじゅうを見ている。
考えてみればこの群馬県のソウルフードとも言える焼きまんじゅうは、いかにも麗美の好みそうな見かけや味をしているように思えた。

「一つ食べるか? 俺の食べかけだけど」

焼きまんじゅうは、一串に3つのまんじゅうが刺さっている。
そのうち一つだけ残っていた焼きまんじゅうを、俺は麗美に差し出してみた。

「いいんですか?」
「気にすんな。それよりみどり先生に見つかる前に、とっとと食べちまえ」
「はい」

麗美は笑顔で俺から串を受け取り、そしてそこに残っていた焼きまんじゅうに上品にかじりついた。

(ってかなにニヤニヤしてんだ砂川。別にいいだろうが。許嫁なんだし)

心の中で微妙に抗議しながら、俺は砂川を無視する。
緑青が見てたらこんなもんじゃすまなかっただろうなと思いつつ、俺は麗美の反応を待った。
そして……。

「んっ! これ、すごく美味しいですっ!」
「そうか。よかった」

どうやら群馬の美味は、麗美の口にあったようだ。

「この甘じょっぱい感じのタレ、もしかしてお味噌のソースですか?」
「そのとおり。よくわかったな」
「こちらの調味料はひと通り試してみましたから。お味噌もいろいろな種類があるんですよね」
「ああ。白味噌赤味噌田舎味噌。それ以外にもいろいろあったような気がするが……」
「麦味噌とか豆味噌とか、原材料による違いもいろいろあるわね」

俺の言葉を引き取るように、トイレから戻ってきた咲が味噌の解説をしはじめた。

「っていうかダメじゃない。みどり先生、着いたらすぐお昼だから買い食いはしないようにって言ってたでしょ?」

なぜか砂川や麗美は放置したまま、咲が俺に注意してくる。

「大丈夫だってこのくらい。着くころにはまた腹減ってるから」
「それはそうかもしれないけど、でもダメって言われてることはしちゃダメでしょ?」
「それはマジすまん。すっかり忘れてた。ってか、それを言うなら砂川だ」

サッと振り向くと、なんと砂川はもうすっかり焼きまんじゅうを食べ終えていた。
そして持参してきたポン菓子をポリポリと食べている。

「悦郎も食べる?」
「いや、いまはいい」
「そう」

小動物のようにほっぺたを膨らませながら、バスに戻っていく砂川。
その後姿は、まるで大きなハムスターのように見えた。

「これも美味しいですね」

砂川からもらったのか、麗美がポリポリと手のひらに乗せたポン菓子をひと粒ずつ食べていた。
そして俺に一粒差し出してきたので、思わず反射的にそれを口に入れる。

「ぐふふ、見せつけてくれるねえ」

いつの間にか戻ってきた緑青が、俺の背後で怪しい笑みを浮かべる。

「んもう。だから買い食いはダメだってば」
「買い食いじゃないだろ。これは」
「そうかもしれないけどー」

プリプリしながら咲もバスに戻る。

「はーい、それじゃあ休憩終わりー。みんなバスに戻ってー。隣の人いるか確認してー」

バスから半身を乗り出しながら、みどり先生が俺たちに呼びかけてきた。
こうしてトイレ休憩が終わる。
目的地まで残りあと一時間ちょっと。
俺は補助席の硬さを思い出しながら、左右の尻肉を少しモミモミともみほぐした。

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