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【第63話】グランゼイト!

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「ノーバディ……さん?」

 イヴは信じられない光景に目を見張り、呻くような声を漏らした。

 一瞬で姿を変える能力など、見た事も聞いた事もない。

 黒い身体に、何処か機械的な印象の仮面とプロテクター。

 目の部分や胸などの一部は自ら発光している。

 騎士と呼ぶには、随分と異質な姿だ。

「色々と、派手な見世物だな、悪くねえ。が……」

 ニヤリと笑うグレイオが、唐突に姿を消した。

 刹那。

 ドォォン!

 グレイオは、その拳を漣の胸に叩きつけていた。

 イヴでさえ、捉えきれない速さ。

 衝撃波が、離れたイヴの身体を震わせる。

「脇役は、お呼びじゃねえンだ」

 呻き声一つ漏らさず、その場に立ち尽くした漣の横を、グレイオはもう興味を失くしたような表情で通り抜けた。

「ノーバディさん!!」

 イヴが悲痛な声をあげる。

 グレイオの攻撃は鎧の防御を貫通してくるうえに、今の一撃はイヴが受けたものより遥かに重い。

 あれでは助からない。

 イヴが、そう思った次の瞬間。

「脇役にも、意味があるんだよ」

 影をも置き去る速度で回り込んだ漣が、グレイオを殴り飛ばした。

「くっ」

 数m空中を舞ったグレイオは、猫のように身を翻し着地する。

「まさか、あれを耐えたのか……」

 ようやく漣を敵と認めたグレイオが身構える間もなく、瞬時に間合いを詰めた漣の拳が、グレイオの顔面を捉える。

「がっ」

 続けて、左の頬へノーモーションの右突き。

 よろめき後退るところへ踏み込み、左拳を鳩尾へ。

「ぐふっ」

 それでも、グレイオは倒れずに踏み留まる。

「調子に乗るんじゃねえ!!」

 闘気を爆発的に増大させたグレイオが、空中高く飛ぶ。

「くたばりやがれ! フォールイラプション!!」

 漣の足元が白熱し、爆発する火山のように炎を噴き上げる。 

 全てを焼き尽くす、闇系の上位魔法。

 だが、業火に包まれながらも、漣は微動だにしない。

「ちっ、もう一発だ!」

 グレイオが掌を向けた時、漣の姿は炎の中から消えていた。

「なっ、何処だ!?」

「ここだよ」

 グレイオの背後で聞こえた。

 漣は両手を組み、グレイオに振り下ろす。

「ぐあぁっ」

 グレイオは、地面に叩きつけられる直前、辛うじて身体を反転させ足から着地した。

「オイ、ジェンガ。手を貸せ。アイツはヤベェ……」

 ジェンガは返事も頷きもせず、目の前に降り立った漣を、ただじっと睨みつける。

「ただのザコかと思ったが、とんでもねえ……お前、一体誰だ」

 グレイオの問いに、さほどの意味はないのかもしれない。ただ、息を整える時間が欲しいだけだろう。

「俺は……誰でもないノーバディ……」

 答えてやる義理はない。

 そう考えて漣は、小さく首を振った。

 いっそここで、自分が何者であるのか、宣言するのも悪くはない。

「……レン・グランゼイトだ」

 咄嗟に思いついただけの名を名乗ってみる事で、漣の舞台は幕を開けた。

 台本もない、演出家もいない、どんな役を作るのかは、全て漣の想像力とインスピレーション次第。

 そしてもちろん、相手の反応も決められてはいない。

「クルーオクリメイション!」

 グレイオのかざした手の先から、どす黒い炎の渦が巻き起こり漣に迫る。

 避ける必要もないと、正面から受けた漣だったが、その判断は少し甘かった。

 グレイオが使ったのは攻撃ではなく、相手の防御力を一時的に引き下げる魔法だった。

 漣は、全身から力が抜けていく感覚を覚えた。

「今だ、ジェンガ!!」

 グレイオが、拳を振りかざし飛び込んでくる。

 今あの技をくらえば、かなりのダメージを受けるのは避けられない。

 躱そうにも、二人が同時に仕掛けてくる。

「ライトニングフラッシュ!」

 紫に輝くイヴの剣が、グレイオの胴を薙いだ。

「ぐふっ」

 最後の力を振り絞ったイヴの一撃は、それでもグレイオに大した傷を与える事はできなかったものの、動きを止める事には成功した。

 しかも、同時に攻撃するはずのジェンガは、まったく動いていない。

「ジェンガ、てめえ、何で……」

 腹を押さえて、グレイオはジェンガを睨みつける。

「忘れたか? 我らの任務は、勇者の実力を見極める事だ。それはもう十分だろう? それに、私はお前の部下ではない。これ以上、お前に付き合うつもりもない。状況を把握しろ、グレイオ。お前はその男に勝てない、終わりだ」

 眉一つ動かさず言い放ったジェンガは、グレイオを完全に見放し、背後に開いたゲートへと飛び込んで、戦場から消えた。

「ジェンガぁぁ!!」

 怒りに燃えるグレイオは、漣に向き直る。

「俺はまだ終わらねえ! テメェら全員ぶっ殺してやる!」

 雄叫びと共にグレイオの闘気が膨れ上がり、その身体からは闇そのものがオーラとなって立ち昇る。

「いや、お前の舞台は終わりだ」

 漣は左拳を肩の高さに構え、その拳に右の掌を被せた。

 構えた拳に光が集まり、赤く輝く。

「グランドブレイカー!!」

 滑るように間合いを詰め、同時に輝く拳をグレイオに叩き込む。

 グランゼイトの必殺技、時空を突き破るパンチ。

「ぐああああああ!」

 叫び声を上げながら、数十mも吹き飛んだグレイオは、それでもよろよろと立ち上がる。

「俺は……オレ、は……」

 次の瞬間。

「引き際を弁えろ」

 漣の台詞と共に、グレイオは大爆発を起こし、消えた。
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