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【第51話】解雇通告

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「俺って、どこが悪いんですかね……」

 100回目のオーディションに落ちた日の夜。

 漣は、知り合いの助監督に誘われた居酒屋の席で、溜まった鬱憤を晴らすかのように尋ねていた。

 酔っていたのは間違いない。

「それを俺に聞くかぁ~」

 暫くの間考え込んだ助監督は、「気に障るかもしれないけど」と前置きして放し始めた。

「お前はさ、見た目も悪くないし、演技も悪くない。でもな、そんなやつは大勢いて、それなら、お前じゃなくても良いかなってなるんだ。期待通りの演技をするだけじゃ、その他大勢に埋もれてしまうだろ。期待以上の感動、っていうのかな、そんなものが、お前には欠けてるんだと思う……」

 漣はハイボールのグラスを握りしめ、一言も漏らすまいと聞き入っていた。

 わざわざ本音を語ってくれる関係者は多くない。

「……どんな役でも卒なくこなせるけど、どんな役にもハマらない。誰にも、なっていない……」

「つまり……才能ないって事ですかね」

 漣の直球の質問に、助監督は眉をひそめる。

「そこまでは……。若いうちから注目されるのもいれば、30過ぎてブレイクするのもいるし、後はお前次第、としか言えないけどな」

「別の道を探した方が、いい……かな」

「それも、お前が決める事だよ」

 もやもやとした気分になったのは事実だし、明確な答えが出たわけでもない。

 それでもありがたいと思った。

 結局は、自分で決めるしかないのだ。

「もう少し、足掻いてみます」

 ヒーローショーで刺される二か月前の夜、漣ははっきりとそう答えた。


◇◇◇◇◇


「……夢、か……」

 まるであの日を再現したかのようなリアルな夢だった。

 なぜ今頃あんな夢を見たのか不思議に思いつつ、漣はベッドから起き上がりカーテンの隙間から光が差し込む窓に目を向ける。

 日が昇るまでには、もう少し間がありそうだ。

「よしっ」

 すっきりしない気分を入れ替えるように声を出し、ベッドを抜け出して着替えを済ます。

 朝食の準備をしようとドアに向き直った時、教会の鐘がけたたましく響いた。

「何だ?」

 鐘の鳴る時間ではないし、鳴らし方にリズム感がない。

 漣は窓に駆け寄り、勢いよくカーテンを開いて外を見る。

 だが、一階のここからでは建物の他に何も見えない。

「まさかっ」

 嫌な予感がして部屋を出ると、リビングには既にイヴたちが集まっていて、伝令らしき男と慌ただしく打ち合わせていた。

「自警団の方には、住民の避難を優先するよう指示してください。私たちは、守備隊と共に前線を確保します」

「はっ、では」

 伝令の男は、敬礼をして部屋を出て行った。

「ああ、ノーバディさん」

「キテレツくんっ」

 イヴやクレムはおろか、いつも飄々としているリーナにさえ笑顔はない。

 どうやら、事態は相当緊迫しているようだ。

「もしかして」

「ええ。予想していた通り、魔物の軍団が現れたわ。まさかこれ程早いとは思わなかったけれど」

 リーナに右腕のガントレットの装着を手伝ってもらいながら、イヴは落ち着いた声で答えた。

「魔物の数は?」

「600を超えているそうです。なかなか、厳しい戦いになりそうですね」

 クレムの話し方からは、いつもの淑やかな雰囲気が消えている。

「街の結界も一部が破られて、少しずつ魔物が侵入しているらしいわ。完全に壊されるのも、時間の問題でしょうね」

 結界が消失すれば、魔物が一気になだれ込んできて乱戦になるのは必至だ。

「味方は?」

「あ、それ聞いちゃう? 守備隊30人に自警団20人、それにボクたち三人。割と楽勝かな」

 強がりなのか本気なのか、リーナの表情から読み取ることはできない。

「楽勝って……10倍以上の戦力差じゃないか」

「問題ないわ。いつもの事よ」

 まるで突き放すようなイヴの口ぶりに違和感を覚えた漣は、ある事に気付いてはっとなる。

「ちょっと待った、リーナ。今、三人って言った?」

「言ったよ」

 つまり、その中に漣は入っていないという事だ。

 装備を整えたイヴが、金貨の入った革袋を漣に手渡す。

「それだけあれば、当分不自由はしないはず、それを持って、貴方はここから逃げなさい。そして、貴方の国を目指しなさい」

「いや、でも……」

 食い下がろうとする漣の言葉を遮り、イヴは厳しい表情で続けた。

「貴方がこの国の事に関わる必要はありません。貴方には、貴方の国でやるべき事があるはずです」

 イヴの言葉には、反論を許さない圧力があった。

「こんな形のお別れになってしまったけれど、お元気で。またいつか、貴方の料理を食べさせてね」

 イヴはふっと表情を緩めた。

「じゃあね、キテレツくん」

「ご無事を祈っています、ノーバディーさん」

 混乱のこの日、漣は料理番を解雇された。


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