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【第37話】勇者様と分隊長
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日が暮れる前。ちょうど牢の中の漣が暇を持て余している頃。
イヴたち三人は、森の巡回を終えて街に戻るところだった。
「うわ~、やなヤツがいるよ……」
街の入口に立ったシュルツの姿をいち早く見つけたリーナが、あからさまに嫌そうな表情を浮かべてちょんちょんと指を振る。
「珍しいわね、彼が守衛に立つなんて」
「何か……こちらを睨んでいるようですねぇ……」
クレムの言う通りシュルツは腕組みで斜に構え、身じろぎもせずにイヴたちを睨みつけている。
「なあ~んかさ、ゼールにしてもシュルツにしても、守備隊ってイヴに対して失礼なおっさんが多いよね~」
もちろん皆が皆そうでないことは分かっているのだが、リーナの中では守備隊=無礼オヤジ、の公式が出来上がっていた。
「もしかして、何かあったのかしら」
イヴの脳裏を一瞬悪い考えが過ったものの街はいつも通り至って平穏で、あちらこちらから夕餉の支度をする白い煙も見える。
街の周囲に張られた結界もしっかり機能していることから、魔物の襲撃や街に異変が起こったわけではなさそうだ。
「上位の魔族を防げるほどの結界ではありませんけどぉ……」
「まあ、魔族だったとしたら、今頃街は無くなってるよね~」
となると、その他に考えられることといえば、思いつくのは一つしかない。
「まさか……」
予感が当たらなければいいと思いつつ、「ご苦労様」と会釈もせずに声を掛けて通り過ぎようとしたイヴは、むすっとした表情を崩さず頭を下げたシュルツに呼び止められた。
「ああ、勇者様。ちょいとお話が」
積極的に話したい相手ではないとしても、守備隊の一応は分隊長であるシュルツを無視するわけにもいかず、イヴたちは手綱を引いてウィンドランナを止める。
「何か?」
イヴがマオに騎乗したまま、顔も向けず無表情な視線だけで見下ろしたのは、シュルツに対する無言の抗議のつもりだったが、当のシュルツはそんなことなど気にする様子もない。
「ノーバディ、でしたか。あの野郎、昼間揉め事を起こしやがったんで、牢にぶち込んでありますよ」
「どういうことですか?」
この国や街に慣れていないとはいえ、イヴには漣がそうそう問題を起こすような人物とは思えなかった。
「喧嘩ですよ喧嘩。しかも相手がガロウズたちときてる。まあどうやら、給仕の女を助けようとしたらしいんですがね」
「なっ……」
よりにもよって、今この街で最も関わってほしくない相手だ。
イヴたちに直接手出しすることはなくとも、守備隊長のゼール男爵に雇われた彼らには、その権力を笠に着た傍若無人な行動に悪い噂が絶えない。
「それでっ、彼は無事なのですか!?」
この際、牢に入れられていることはどうでもいい。漣が酷い目に合い怪我を負っていないかどうか、それだけが気がかりだった。
「まあ、生きちゃぁいま……」
「それなら、今すぐに治療をさせなさい! そもそも、女性を助けようとしたのであれば、ノーバディさんを牢に入れる理由がありません!!」
イヴはシュルツの言葉を遮り、命令するような激しい声をあげる。
「理由なら、ガロウズたちと揉めたってだけで十分でしょう? いいですか、牢は砦の詰所にあるんだ、どこの誰だろうと手出しできねえ。ですが、勇者様が身元引受人として迎えに来るなら、明日にでも釈放しますよ」
だが、シュルツは怯む素振りも見せずに終始太々しい態度を貫き、睨みつけるイヴから目を逸らさなかった。
そうやってお互いに牽制しあった後、イヴは何かを悟ったように自分からふっと目を逸らす。
「どこの誰だろうと……ですか。わかりました、では明日の朝にでも」
「ええ、そうしてください。ああそれからもう一つ。何するかわからねえヤツらだ、明日からはまあ、油断しないことですな」
「そうですね、忠告ありがとう。シュルツ分隊長」
「どういたしまして」
と、肩を竦めるシュルツにはもう目も向けず、イヴはマオの手綱を軽く弾いて歩き出させ、クレムとリーナも彼女に続いた。
「キテレツくん、大丈夫かな? 戦闘職じゃないんだよね? なんか弱そうだし……」
「酷い怪我を負っていなければいいんですけど……」
知り合ったばかりとはいえ、リーナもクレムも本気で漣を心配しているのは確かなようだ。
「シュルツの口ぶりからすると、深刻な状況ではないとは思いますが……」
そうであってほしいと、イヴは願っていた。
「それにしても……キテレツくんのご飯、食べ損ねちゃったね~」
「そうですねぇ」
「ノーバディさんは牢の中で苦しんでいるかもしれないわ。私たちも、我慢しましょう」
こくりっと頷く三人は、すっかり漣に胃袋を掴まれていた。
イヴたち三人は、森の巡回を終えて街に戻るところだった。
「うわ~、やなヤツがいるよ……」
街の入口に立ったシュルツの姿をいち早く見つけたリーナが、あからさまに嫌そうな表情を浮かべてちょんちょんと指を振る。
「珍しいわね、彼が守衛に立つなんて」
「何か……こちらを睨んでいるようですねぇ……」
クレムの言う通りシュルツは腕組みで斜に構え、身じろぎもせずにイヴたちを睨みつけている。
「なあ~んかさ、ゼールにしてもシュルツにしても、守備隊ってイヴに対して失礼なおっさんが多いよね~」
もちろん皆が皆そうでないことは分かっているのだが、リーナの中では守備隊=無礼オヤジ、の公式が出来上がっていた。
「もしかして、何かあったのかしら」
イヴの脳裏を一瞬悪い考えが過ったものの街はいつも通り至って平穏で、あちらこちらから夕餉の支度をする白い煙も見える。
街の周囲に張られた結界もしっかり機能していることから、魔物の襲撃や街に異変が起こったわけではなさそうだ。
「上位の魔族を防げるほどの結界ではありませんけどぉ……」
「まあ、魔族だったとしたら、今頃街は無くなってるよね~」
となると、その他に考えられることといえば、思いつくのは一つしかない。
「まさか……」
予感が当たらなければいいと思いつつ、「ご苦労様」と会釈もせずに声を掛けて通り過ぎようとしたイヴは、むすっとした表情を崩さず頭を下げたシュルツに呼び止められた。
「ああ、勇者様。ちょいとお話が」
積極的に話したい相手ではないとしても、守備隊の一応は分隊長であるシュルツを無視するわけにもいかず、イヴたちは手綱を引いてウィンドランナを止める。
「何か?」
イヴがマオに騎乗したまま、顔も向けず無表情な視線だけで見下ろしたのは、シュルツに対する無言の抗議のつもりだったが、当のシュルツはそんなことなど気にする様子もない。
「ノーバディ、でしたか。あの野郎、昼間揉め事を起こしやがったんで、牢にぶち込んでありますよ」
「どういうことですか?」
この国や街に慣れていないとはいえ、イヴには漣がそうそう問題を起こすような人物とは思えなかった。
「喧嘩ですよ喧嘩。しかも相手がガロウズたちときてる。まあどうやら、給仕の女を助けようとしたらしいんですがね」
「なっ……」
よりにもよって、今この街で最も関わってほしくない相手だ。
イヴたちに直接手出しすることはなくとも、守備隊長のゼール男爵に雇われた彼らには、その権力を笠に着た傍若無人な行動に悪い噂が絶えない。
「それでっ、彼は無事なのですか!?」
この際、牢に入れられていることはどうでもいい。漣が酷い目に合い怪我を負っていないかどうか、それだけが気がかりだった。
「まあ、生きちゃぁいま……」
「それなら、今すぐに治療をさせなさい! そもそも、女性を助けようとしたのであれば、ノーバディさんを牢に入れる理由がありません!!」
イヴはシュルツの言葉を遮り、命令するような激しい声をあげる。
「理由なら、ガロウズたちと揉めたってだけで十分でしょう? いいですか、牢は砦の詰所にあるんだ、どこの誰だろうと手出しできねえ。ですが、勇者様が身元引受人として迎えに来るなら、明日にでも釈放しますよ」
だが、シュルツは怯む素振りも見せずに終始太々しい態度を貫き、睨みつけるイヴから目を逸らさなかった。
そうやってお互いに牽制しあった後、イヴは何かを悟ったように自分からふっと目を逸らす。
「どこの誰だろうと……ですか。わかりました、では明日の朝にでも」
「ええ、そうしてください。ああそれからもう一つ。何するかわからねえヤツらだ、明日からはまあ、油断しないことですな」
「そうですね、忠告ありがとう。シュルツ分隊長」
「どういたしまして」
と、肩を竦めるシュルツにはもう目も向けず、イヴはマオの手綱を軽く弾いて歩き出させ、クレムとリーナも彼女に続いた。
「キテレツくん、大丈夫かな? 戦闘職じゃないんだよね? なんか弱そうだし……」
「酷い怪我を負っていなければいいんですけど……」
知り合ったばかりとはいえ、リーナもクレムも本気で漣を心配しているのは確かなようだ。
「シュルツの口ぶりからすると、深刻な状況ではないとは思いますが……」
そうであってほしいと、イヴは願っていた。
「それにしても……キテレツくんのご飯、食べ損ねちゃったね~」
「そうですねぇ」
「ノーバディさんは牢の中で苦しんでいるかもしれないわ。私たちも、我慢しましょう」
こくりっと頷く三人は、すっかり漣に胃袋を掴まれていた。
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