上 下
30 / 64

【第30話】美女のお願い

しおりを挟む
「わ、美味しそうっ。じゃあ早速っ」

「ちょっと待った。そのフォークを使って」

 漣の予想通り、リーナもクレムも料理に直接手を伸ばした。

 イヴもそうだったところをみると、この世界にはまだフォークが普及していないようだ。

「フォーク?」

「ほら、これをこうして……」

 首を傾げるリーナとクレムに、イヴがフォークを手に取りゼーバルフライを突き刺して見せる。

「へぇ、何か便利だね~」

「これなら、熱いものでも冷まさずに食べられますねぇ」

「ノーバディさんの、お国の物らしいわ」

 タルタルソースのたっぷりかかったフライを、リーナはフォークに刺しひょいと口に運ぶ。

「あつっ……でも、んんっ、おいしいっ」

「まあ本当。外側はカリっとしていて、中は柔らかくてジューシーで……この食感は癖になりそうですねぇ」

 クレムは一口齧ってそう言うと、満足そうに頬に手を添える。

「このとろみのあるソースが魚の身と絡まって……淡泊な味なのに、くどくない濃厚さが出ているわね」

 イヴにも概ね好評のようだ。

「口に合うようで安心したよ」

「あれ、キテレツくんは食べないの?」

 テーブルに並べられている皿が3つだけなのに気付き、リーナは漣を見上げて首を傾げた。

「ああ、俺は後で食べるよ」

 成り行きとはいえ、あくまでも料理人として雇われた身だ。雇い主である彼女たちと同じテーブルにつくわけにはいかない。

 そのことを話すと、リーナがフォークを置いてクレムに顔を向ける。

「なに遠慮してるのさ。ボクたちだってイヴに雇われてるんだよ? ねえクレム」

「はい、そうですよ。ですから、どうぞご一緒に」

 クレムが目を向けると、イヴは漣を見上げてこくりと頷く。

「私たちにそんな遠慮はいらないわ。ここにいる間は、みんなで一緒にたべましょう。さあ、貴方の分も持ってきて」

「そうそう、皆で食べる方が楽しいよ、キテレツくん」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えて……」

 リーナだけでなくクレムもイヴも賛成してくれたので、漣は早速自分の皿をテーブルに運び席についた。

「え? ねえキテレツくん、それって生じゃないの?」

 刺身の載せられた皿を指さし、少しぎょっとした顔でリーナが尋ねる。

 どうやら漣の予想していた通り、魚を生で食べる文化はないようだ。

「俺の国の食べ方でね、刺身っていうんだ」

 刺身の一切れに少量の練りわさびをのせ、醤油につけて口の中へ。

 醤油だけでももちろん美味いが、わさびの辛みがいっそう魚の旨味を引き立ててくれる。

 フォークでは少し食べ辛いものの、ここで箸を持ち出すとまたイヴたちに驚かれそうなのでやめておく。

「へぇ~、何か綺麗で美味しそうだね。ボクにも一つ分けてよ」

 クレムから悪食と言われるだけあって、リーナは食べ物に関して偏見がないようだ。

「そうだね。口に合うかどうか分からないから、とりあえず一切れずつ食べてみて」

 漣は新しいフォークを取り出し、一切れずつ醤油と少量のわさびをつけた刺身を、3人の皿によそう。

「わ、なにこれ、美味しいっ」

「ほんのりと甘みがあって、鼻に抜ける風味が……これは、衝撃的ね」

「思っていたような生臭さもありませんし、歯ごたえと舌触りも優しい感じですねぇ。後味も心地良いですし」

 意外にも3人にはすんなりと受け入れられたようで、漣は少し誇らしげな気持ちになった。

「ねえねえキテレツくん、もうちょっと貰ってもいい?」

「私も、頂いていいかしら」

「申し訳ありません、私も……」

 3人が気に入ってくれたのなら、漣に断る理由はない。

「どうぞ、遠慮なく」

 漣は、残りの刺身をそれぞれの皿に取り分けていった。

「ホント、キテレツくんの出すものって、びっくりするものばっかだよね~。料理もすごく美味しいしさ、この街にいる間、なんて言わないでずっといてほしいな。なんか飽きないし、仲良くなれそうだし」

「それはいいですねぇ」

 これから何をすべきか、どこに行くべきか、何も定まっていない漣としては悪くない申し出ではあるが、料理人として雇われ続けることには少し抵抗がある。

 それに、ある程度この世界の知識を得たら、自由に旅してみたいとも思う。

「えっと、それは……」

「私からもお願い。ずっととは言わないわ。でも、貴方の気が変わるまでは、このパーティに居てくれないかしら」

 3人もの美女に見つめられそうお願いされては、もはや選択肢は一つだけだ。

「分かった、俺からもお願いするよ」

 漣は美人に弱かった。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界で俺はチーター

田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。 そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。 蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?! しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?

主人公を助ける実力者を目指して、

漆黒 光(ダークネス ライト)
ファンタジー
主人公でもなく、ラスボスでもなく、影に潜み実力を見せつけるものでもない、表に出でて、主人公を助ける実力者を目指すものの物語の異世界転生です。舞台は中世の世界観で主人公がブランド王国の第三王子に転生する、転生した世界では魔力があり理不尽で殺されることがなくなる、自分自身の考えで自分自身のエゴで正義を語る、僕は主人公を助ける実力者を目指してーー!

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

ゴーレム使いの成り上がり

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移してしまった白久(しろく) 大成(たいせい)。 ゴーレムを作るスキルと操るスキルがある事が判明した。 元の世界の知識を使いながら、成り上がりに挑戦する。 ハーレム展開にはしません。 前半は成り上がり。 後半はものづくりの色が濃いです。 カクヨム、アルファポリスに掲載しています。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る(旧題|剣は光より速い-社畜異世界転生)

丁鹿イノ
ファンタジー
【ファンタジア文庫にて1巻発売中!】 深夜の職場で人生を終えた青桐 恒(25)は、気づいたらファンタジーな異世界に転生していた。 前世の社畜人生のお陰で圧倒的な精神力を持ち、生後から持ち前の社畜精神で頑張りすぎて魔力と気力を異常に成長させてしまう。 そのうち元Sクラス冒険者である両親も自重しなくなり、魔術と剣術もとんでもないことに…… 異世界に転生しても働くのをやめられない! 剣と魔術が存在するファンタジーな異世界で持ち前の社畜精神で努力を積み重ね成り上がっていく、成長物語。 ■カクヨムでも連載中です■ 本作品をお読みいただき、また多く感想をいただき、誠にありがとうございます。 中々お返しできておりませんが、お寄せいただいたコメントは全て拝見し、執筆の糧にしています。 いつもありがとうございます。 ◆ 書籍化に伴いタイトルが変更となりました。 剣は光より速い - 社畜異世界転生 ~社畜は異世界でも無休で最強へ至る~ ↓ 転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

異世界無知な私が転生~目指すはスローライフ~

丹葉 菟ニ
ファンタジー
倉山美穂 39歳10ヶ月 働けるうちにあったか猫をタップリ着込んで、働いて稼いで老後は ゆっくりスローライフだと夢見るおばさん。 いつもと変わらない日常、隣のブリっ子後輩を適当にあしらいながらも仕事しろと注意してたら突然地震! 悲鳴と逃げ惑う人達の中で咄嗟に 机の下で丸くなる。 対処としては間違って無かった筈なのにぜか飛ばされる感覚に襲われたら静かになってた。 ・・・顔は綺麗だけど。なんかやだ、面倒臭い奴 出てきた。 もう少しマシな奴いませんかね? あっ、出てきた。 男前ですね・・・落ち着いてください。 あっ、やっぱり神様なのね。 転生に当たって便利能力くれるならそれでお願いします。 ノベラを知らないおばさんが 異世界に行くお話です。 不定期更新 誤字脱字 理解不能 読みにくい 等あるかと思いますが、お付き合いして下さる方大歓迎です。

処理中です...