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1曲目④
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「私、自分を変えたいんです!」
私は急に大声を出してしまった。
目の前にいる男性店員はキョトンとした顔をしていた。
一瞬の沈黙の後、ショッピングモール独特のざわつきが聞こえ、私はハッと我に返った。
「ご…ごめんなさい」
思わず大きな声を出してしまったことを詫び、私は再び俯いてしまった。
店員さん、びっくりしているよね。
自分を変えたいだなんて、小説や漫画の中でしか言わないようなセリフを聞いて、呆れているよね。
恥ずかしい!!
今すぐ帰りたい!!
そう思っていると、隣から意外な言葉が聞こえてきた。
「わかります、その気持ち」
え?
「僕も同じ経験をしましたから」
「同じ…経験?」
「今の自分に満足できなくて、何かを変えたくて、でもどう変わりたいのかが分からなくて、そんな時って好きな人の真似をしたくなるんですよね。同じ物を持てば変わるかも、同じ食べ物を食べれば変わるかも、そんな気持ちになってしまうんですよね」
「そう…です…」
「でも、現実はそうは上手く変われない。結局、どう変わりたいのかが見つからないから変わりようがない」
どう変わりたいのかが見つからないから…?
そういえば、何で私は自分を変えたいんだろう。
今の環境から抜け出したいから?
本当にそれだけ?
「もし、ベースを持つことで自分を変えたいのでしたら、最初はお手頃な値段のベースを購入してはどうですか?」
「え?」
「最初から何十万もするベースを購入しても、弾かなかったり、支払いに対して苦痛を感じてしまいますから、安い本体を持って、『あ、やっぱりアレは欲しい』って思うのなら高い物に手を出した方がいいと思います」
「で…でも……私、全く弾けないですし…」
「弾けないのなら尚更ですよ。それにお客様が探しているベースは、なかなか入荷しない物です。生産も終了しているという話も聞きました」
「もう売っていないんですか!?」
「どこかのお店にはあると思いますが、生産が終了している以上、定期的な入荷は望めません。こことは違うお店にあるかもしれませんが、遠くまで行かないと手に入らないかもしれません」
「……」
生産が終了している。
じゃあ、もうあのベースは手に入らない。
あのベースを手にすれば、私は変われるかもと思った。
あのベーシストと同じ光景を見れば、今までの私が味わったことのない感動に出会えると思った。
でも、もう手に入らない…。
私はこの先もずっと変われないんだ。
事務所の言いなりになって、やりたい事もできなくて、いつも誰かのサポートに回って…。
「そのベース、カッコいいですよね。僕が好きなアマチュアバンドのベースが使っているんですよ」
「……アマチュアバンド?」
「はい。あるアマチュアバンドに憧れて僕もバンドを組んでいたんです。今は脱退していますけど」
「バンドを…」
「勢いで結成した素人バンドでしたが、それでもベースをやりたいって気持ちはあったので、この店の店長に相談したんです。店長は最初から高い物を買っても、それを続けられなかったら苦痛になるってアドバイスしてくれて、それで最初は安い物を購入したんです。どうしても欲しいベースがあって、それを手に入れるまでの繋ぎとして買ったんですが、ベースその物に惚れこんでしまって、それで今はここでバイトしているんですけどね」
「……」
「もし、そのベースが欲しいのであれば、それに似合った自分に成長するのもいいかもしれませんね」
「成長?」
「まったく弾けないのでしたら、そのベースも悲しむと思うんです。自分が変わりたいのなら、そのベースに似合う自分に変わってみてはいかがですか?」
ベースに似合う自分……。
私はスマホの画面のベースの写真を見つめた。
なんで自分は変わりたかったんだろう。
その答えは未だに見つからない。
でも、この店員さんが言う様に、このベースに似合う自分になるのもいいかもしれない。
スマホの画面をジッと見つめていると、店員さんが急に「あっ」と小さな声を出した。
「この後、お時間ありますか?」
「え? …ええ……」
「じゃあ、ちょっと待っていてください。いい物見せてあげますよ」
にっこりと笑う店員さんの笑顔にドキッとした。
その店員さんは、近くで様子を伺っていた店長さんと何かを話すと、店の奥へと姿を消した。
店員さんが戻ってくるまで店長さんが相手をしてくれた。
しばらくして店員さんが茶色いギターケースを持って戻ってきた。
そのケースには見慣れたロゴが印刷されていた。
私が探しているベースと同じメーカーのロゴ!?
驚いている私の前に店員さんがケースをテーブルの上に置くと、「驚きますよ」と一言言ってケースを開けた。
私は再び驚いた。
ケースの中にあったのは、私が探しているベースと色違いのベース。
私が探していたのは白いベースだったけど、今目の前にあるのは黒いベース。でも全く同じ形、全く同じメーカーの物だった。
「これ…」
「僕の私物です」
「それを探すのは苦労したんだよ。全国の店舗の在庫を調べて、遠くの店から取り寄せたんだ」
「どうしても欲しかったので、店長に頼み込んだんです。今回は特別に何か演奏してあげますね」
「え!? で…でも、今から休憩にいかれるのでは…」
「元々、休憩を利用してスタジオで弾こうと思っていたので気にしないでください。店長、セッションお願いできますか?」
「いいですよ。準備しますのでお待ちくださいね」
店長さんはニコニコと笑顔を見せてギター売り場へと向かった。
その間、店員さんは売り場のアンプにベースを繋ぎ、チューニングを始めた。
そして、
「この曲、知っていますよね?」
と、店員さんのスマホの画面を見せてきた。
その曲は……!!!
<つづく>
私は急に大声を出してしまった。
目の前にいる男性店員はキョトンとした顔をしていた。
一瞬の沈黙の後、ショッピングモール独特のざわつきが聞こえ、私はハッと我に返った。
「ご…ごめんなさい」
思わず大きな声を出してしまったことを詫び、私は再び俯いてしまった。
店員さん、びっくりしているよね。
自分を変えたいだなんて、小説や漫画の中でしか言わないようなセリフを聞いて、呆れているよね。
恥ずかしい!!
今すぐ帰りたい!!
そう思っていると、隣から意外な言葉が聞こえてきた。
「わかります、その気持ち」
え?
「僕も同じ経験をしましたから」
「同じ…経験?」
「今の自分に満足できなくて、何かを変えたくて、でもどう変わりたいのかが分からなくて、そんな時って好きな人の真似をしたくなるんですよね。同じ物を持てば変わるかも、同じ食べ物を食べれば変わるかも、そんな気持ちになってしまうんですよね」
「そう…です…」
「でも、現実はそうは上手く変われない。結局、どう変わりたいのかが見つからないから変わりようがない」
どう変わりたいのかが見つからないから…?
そういえば、何で私は自分を変えたいんだろう。
今の環境から抜け出したいから?
本当にそれだけ?
「もし、ベースを持つことで自分を変えたいのでしたら、最初はお手頃な値段のベースを購入してはどうですか?」
「え?」
「最初から何十万もするベースを購入しても、弾かなかったり、支払いに対して苦痛を感じてしまいますから、安い本体を持って、『あ、やっぱりアレは欲しい』って思うのなら高い物に手を出した方がいいと思います」
「で…でも……私、全く弾けないですし…」
「弾けないのなら尚更ですよ。それにお客様が探しているベースは、なかなか入荷しない物です。生産も終了しているという話も聞きました」
「もう売っていないんですか!?」
「どこかのお店にはあると思いますが、生産が終了している以上、定期的な入荷は望めません。こことは違うお店にあるかもしれませんが、遠くまで行かないと手に入らないかもしれません」
「……」
生産が終了している。
じゃあ、もうあのベースは手に入らない。
あのベースを手にすれば、私は変われるかもと思った。
あのベーシストと同じ光景を見れば、今までの私が味わったことのない感動に出会えると思った。
でも、もう手に入らない…。
私はこの先もずっと変われないんだ。
事務所の言いなりになって、やりたい事もできなくて、いつも誰かのサポートに回って…。
「そのベース、カッコいいですよね。僕が好きなアマチュアバンドのベースが使っているんですよ」
「……アマチュアバンド?」
「はい。あるアマチュアバンドに憧れて僕もバンドを組んでいたんです。今は脱退していますけど」
「バンドを…」
「勢いで結成した素人バンドでしたが、それでもベースをやりたいって気持ちはあったので、この店の店長に相談したんです。店長は最初から高い物を買っても、それを続けられなかったら苦痛になるってアドバイスしてくれて、それで最初は安い物を購入したんです。どうしても欲しいベースがあって、それを手に入れるまでの繋ぎとして買ったんですが、ベースその物に惚れこんでしまって、それで今はここでバイトしているんですけどね」
「……」
「もし、そのベースが欲しいのであれば、それに似合った自分に成長するのもいいかもしれませんね」
「成長?」
「まったく弾けないのでしたら、そのベースも悲しむと思うんです。自分が変わりたいのなら、そのベースに似合う自分に変わってみてはいかがですか?」
ベースに似合う自分……。
私はスマホの画面のベースの写真を見つめた。
なんで自分は変わりたかったんだろう。
その答えは未だに見つからない。
でも、この店員さんが言う様に、このベースに似合う自分になるのもいいかもしれない。
スマホの画面をジッと見つめていると、店員さんが急に「あっ」と小さな声を出した。
「この後、お時間ありますか?」
「え? …ええ……」
「じゃあ、ちょっと待っていてください。いい物見せてあげますよ」
にっこりと笑う店員さんの笑顔にドキッとした。
その店員さんは、近くで様子を伺っていた店長さんと何かを話すと、店の奥へと姿を消した。
店員さんが戻ってくるまで店長さんが相手をしてくれた。
しばらくして店員さんが茶色いギターケースを持って戻ってきた。
そのケースには見慣れたロゴが印刷されていた。
私が探しているベースと同じメーカーのロゴ!?
驚いている私の前に店員さんがケースをテーブルの上に置くと、「驚きますよ」と一言言ってケースを開けた。
私は再び驚いた。
ケースの中にあったのは、私が探しているベースと色違いのベース。
私が探していたのは白いベースだったけど、今目の前にあるのは黒いベース。でも全く同じ形、全く同じメーカーの物だった。
「これ…」
「僕の私物です」
「それを探すのは苦労したんだよ。全国の店舗の在庫を調べて、遠くの店から取り寄せたんだ」
「どうしても欲しかったので、店長に頼み込んだんです。今回は特別に何か演奏してあげますね」
「え!? で…でも、今から休憩にいかれるのでは…」
「元々、休憩を利用してスタジオで弾こうと思っていたので気にしないでください。店長、セッションお願いできますか?」
「いいですよ。準備しますのでお待ちくださいね」
店長さんはニコニコと笑顔を見せてギター売り場へと向かった。
その間、店員さんは売り場のアンプにベースを繋ぎ、チューニングを始めた。
そして、
「この曲、知っていますよね?」
と、店員さんのスマホの画面を見せてきた。
その曲は……!!!
<つづく>
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