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冬の月19日(金の曜日) シルバーウルフに会いに行く

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 朝日が昇る前、検問所前に討伐隊メンバーが集まった。
 ここから先はリックさんが指揮を取る。


 討伐隊は三つのグループに分かれた。
 第一班は偵察部隊。ガイが中心となって、先に森の中に入り偵察してくる。
 第二班は攻撃部隊。第一班からの情報が入り次第、森の中に入り奥へと進む。リーダーはリックさんだ。
 第三班は待機組。怪我をした仲間の治療や、万が一、攻撃部隊に異常が発生した時、村で待機しているアルベールやミカエルの元に伝令を走らせるためだ。アルベールとミカエルは状況次第では王都へ連絡することになっている。

 俺はリックさんの第二班に選ばれた。
 正確にはリックさんの補助。祖母ちゃんが残してくれたアクセサリーの中に、透き通った宝石が五つ付いたブローチがあった。これは宝石の部分が一つ一つに分けられて、分けられた部分を身に着けた人全員が、本体を身に着けている人の装備の効果を【同調】させることが出来るそうだ。なので、俺は本体を着け、リックさんとガイに割った方を着けてもらった。これでリックさんもガイも、俺が身に着けているすべての装備の効果を得られることになった。

 祖母ちゃん、こんな物も作っていたのかよ。
 鑑定してくれたナタリアさんも驚いていたよな。


 偵察部隊との連絡は、祖父ちゃんが残したと言う【トランシーバー】とかいう道具を使って行われた。
 【トランシーバー】は、黒い四角い箱に、空に向かって伸びる棒のような物が付いており、なんとこの箱から声が聞こえるのだ。リックさんとガイは使い慣れているようで、箱に向かってしゃべったり、箱から聞こえる声に耳を澄ませていた。
 どういう作りになっているのかは誰も知らないらしい。祖父ちゃんが仲の良かったドワーフと作ったって言っていた。
 今は検問所で保管され、使えるのも検問所の役員だけだと言う。壊れても直す人がいないので、丁寧に使わないといけないらしい。


 トランシーバーから聞こえてくるガイの声は、段々と小さくなってきた。
「やばいな。かなり距離が離れたようだ。第二班、森の奥に進むぞ。準備しろ」
 リックさんは野営作りを手伝っていた第二班の冒険者たちに声を掛けた。
 なんでもトランシーバーは、四角い箱を持っている人の距離が離れすぎてしまうと、お互いの声が聞こえなくなるらしい。その為、確実に聞こえる距離を保ち続けないといけないとか。

 俺たちはリックさんを先頭に森の中に足を踏み入れた。
 前に来た時と同じく、動物たちの声は聞こえてこない。ただ風が木々の葉を揺らす音だけが聞こえてくる。
 もう少しで開けた場所に出ようとしたその時、
「シルバーウルフの姿を確認! 森の奥にある湖の畔で確認!」
と、ガイの声がトランシーバーから聞こえてきた。
「わかった。すぐに合流する」
 いつの間にかリックさんの周りに人が集まってきていた。
「皆、聞いての通りだ。この先にシルバーウルフが現れた。もし、逃げ出したいのなら逃げても構わない。自分の命を最優先にしてくれ」
 リックさんの言葉に、冒険者たちは誰も逃げ出さなかった。
 皆がそれぞれ武器を握り直し、リックさんに熱い眼差しを向けていた。
「皆の決意、心から感謝する。ハヤト殿、危険だと感じたら、すぐに逃げてくれ」
「わかりました」
「では、行こう!」
 リックさんの掛け声に、冒険者たちは大きく頷いた。
 ここで大声を出したらシルバーウルフに気付かれてしまう。そう誰もが悟ったからだ。



 森の奥に湖があった。底から湧き出ているのか、中央で大きな泡が立っている。
 その湖の湖畔の繁みにガイたちがいた。
「主任、あれを見てください」
 ガイは茂みから少しだけ顔を覗かせ、湖の反対側を指さした。
 湖は泳いで渡れるほど小さく、向こう岸の様子も肉眼で見る事が出来る。
 対岸ではシルバーウルフと思わしき大きな生き物が、岸辺で丸くなって眠っていた。
「あれはたしかにシルバーウルフだ。だけど……」
「だけど?」
「報告通り実態がない」
「え!?」
「尻尾の先を見てみろ」
 リックさんは丸くなっている大きな生き物の尻尾の方を指さした。
 丸くなっている体に対して尻尾は体にくっついておらず、地面の上に投げ出されているように見える。だが、その尻尾の半分先が徐々に薄くなっており、向こう側の茂みが透けて見えた。
「ゴーストタイプか。昼間に討伐を選んで正解だった。夜だったら攻撃力が上がっていた」
「で…でも、夜の方が光属性の魔法の威力が上がりますよね?」
「周りが暗ければ暗いほど、光属性の魔法が威力を増す。だが、昼間なら他の攻撃魔法も可能だ。作戦を告げる。第一班はガイ以外ここで待機してくれ。第二班は二手に分かれてシルバーウルフに近づく。ガイ、向こうから回り込んでくれ。わたしはハヤト殿とこっちから回り込む」
「わかりました」
「ハヤト殿、行きましょう」
 リックさんに向かって、俺は大きく頷いた。


 湖の反対側まではすぐにたどり着いた。
 シルバーウルフを挟んで、反対側にガイの姿を見つけた。
「ハヤト殿はここで待っていてください」
 リックさんは腰に備えていた長剣を鞘から抜き、静かに茂みの中から出ていった。
 それを合図に、反対側のガイも長剣を構え、茂みから抜け出た。
 俺のすぐ横にいた冒険者たちも、音を立てずにリックさんに続いた。

 あっという間にシルバーウルフを囲み、リックさんやガイ、そして冒険者たちが誰が合図をするわけでもなく、一斉の飛びかかった。
 人間たちの気配に気づいたシルバーウルフは、一斉に振り下ろされる剣や槍から逃れ、空中に止まった。
 リックさんやガイの頭上に止まるシルバーウルフの体からは黒い靄のような物が漂っていた。素人の俺が見てもかなりヤバイ奴だとわかる。
 冒険者の1人が、炎に燃え盛る弓矢を放った。だが、炎はシルバーウルフの体の数センチ手前で灰となって消え去った。
 次に蛇のように長い氷の塊が飛んできた。それもシルバーウルフに体の数センチ手前で砕け散った。
 これはただのゴーストタイプの魔物じゃなさそうだぞ…。

 リックさんの「かかれ!」という大声を合図に、冒険者たちは一斉にシルバーウルフに飛びかかった。
 茂みに隠れて見ている俺は、明らかにシルバーウルフの圧勝だという事がわかった。
 なぜなら、シルバーウルフの周りにはリックさんとガイしか戦える者が残っていなかったのだ。
 シルバーウルフはたった3~4回、体を揺さぶっただけ。それなのに何十人といる冒険者たちを一撃で倒していった。
 これがSランクの魔物。
 冒険者ランクS以上でないと倒せない生き物なのか。


 リックさんとガイは一歩も動くことなく、シルバーウルフとの睨み合いを続けていた。
 俺はまだ動ける人と強力して怪我人の手当てをしながら、2人を見守った。
 最初に動いたのはリックさんだった。手にした長剣を強く握りしめ、シルバーウルフに真正面から飛びかかった。すぐに交わされてしまったが、その直後、ガイが背後から飛びかかった。シルバーウルフの背中にガイの剣が直撃し、シルバーウルフはうめき声をあげた。
 ガイの剣には、ブローチを通して俺が持っている長剣に付加されている光属性の攻撃付加が与えられている。その光属性の攻撃付加が効いたのか、シルバーウルフは一瞬よろめいた。
 リックさんとガイは顔を見合わせて小さく頷くと、リックさんが正面でシルバーウルフの攻撃を受け、その隙にガイが攻撃し続けた。
 しばらくしてリックさんとガイは立ち位置を交代し、攻撃を続けた。


 だが、シルバーウルフは大きく体を震わせ、空に向かって大きな遠吠えをしたと思ったら、勢いよく尻尾をリックさんとガイ目掛けて振り回した。
 攻撃をしているだけだが、かなりの長丁場だったこともあり、2人は疲れが見え始めていた。最初は交わしていたが、段々と早くなるシルバーウルフの尻尾の動きに、ガイが足を取られた。
「ガイ!」
 リックさんが一瞬だけ、ガイに気を取られシルバーウルフから目を離した隙に、リックさんの体に尻尾が勢いよく当たり、リックさんは吹き飛ばされてしまった。
 リックさんは、俺のすぐ近くに飛ばされた。
「リックさん!」
「ハヤト殿、ここは危険だ。今すぐ逃げてくれ!」
「ガイを助ける方が先です!」
「ダメだ! 自分の命を優先にしろ!」
「仲間の命も大切です!」
 俺はリックさんが止めるのを聞かずにガイの元に駆け寄った。
 ガイはシルバーウルフに抑えて付けられ、その鋭い爪がガイの頭上で輝いていた。

 あれが本当に祖父ちゃんが飼っていたシルバーウルフなら、名前に反応するはずだ!

「ウォルフ!!」
 俺の呼びかけに、シルバーウルフの動きが一瞬止まった。
「ウォルフ!」
 もう一度名前を呼ぶと、シルバーウルフはガイから離れ、俺に歩み寄ってきた。
 まだ顔つきは怖いままだ。足が震える。
「ウォルフ、俺を覚えているか? だいぶ前、祖父ちゃんの牧場で俺と会っているよ。祖父ちゃんも俺と同じ黒髪だった。思い出してほしい!」
 俺が語り掛けると、唸っていたシルバーウルフが急に静かになった。
 今まで体を包み込むように見えていた黒い靄も消えていた。
「ウォルフ」
 優しく語りかけると、シルバーウルフは鼻先を俺の体に近づけてきた。
「ハヤト!」
「ハヤト殿!」
 ガイとニックさんの声が聞こえたけど、なんでか急に怖くなくなった。
 シルバーウルフは俺の体の匂いを嗅いで、一旦顔を離した。
「思い出してくれた? ウォルフ」
 俺はシルバーウルフに向かって手を伸ばした。
 シルバーウルフは犬のように「クゥ~ン」と鳴きだした。
 そして、俺の顔に自分の鼻先をくっつけ、顔を摺り寄せてきた。

 このもふもふっとした毛並み、懐かしい。
 昔、祖父ちゃんの牧場にいた大きな犬と同じだ。
 目もすごく綺麗に澄んだ青い瞳をしている。これも変わっていない。

「思い出してくれてありがとう。でも、俺は祖父ちゃんじゃないからね」
 きっと俺が身に着けている装備品が祖父ちゃんと祖母ちゃんの物だから、それに残された匂いで昔を思い出したんだろうな。
 それでもいい。祖父ちゃんが大切にしていたウォルフを助ける事が出来たんだから。
「ウォルフ、ここに居たらまた退治されちゃう。もっと森の奥に逃げた方がいいよ。俺が定期的に来るから、そしたら寂しくな……って!!??」
 俺が言い終わる間に、ウォルフは俺が身に着けていたマントの端を噛むと、そのまま俺を地面に引きずりながら急に走り出した。

 え?
 え!?
 何が起きているんですか~!!??
 このままだと俺、すり傷だらけになっちゃうんですけど~~~!!!???



         <つづく>

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