選ばれた勇者は保育士になりました

EAU

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第3話  水のドラゴンの効能を最大に活かしてみた

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 ケインがオルシアたちと契約を結んだ翌朝、女性の宣言通り、北側の高台に貯水施設が出来ていた。
 村の近くにある湖と変わらない大きさの敷地の中央に、その敷地と同じ大きさ位の、灰色の固く冷たい人工物の枠組みが地面に埋まっていた。その人工物の深さは村一番の長身(約2m)が一人で上って来れないほど深い。
 人工物の枠組みの底には、横に伸びる大きな大きなトンネルがあった。このトンネルは入り口は灰色の固く冷たい人工物を使っていたが、その先は見たこともない素材が使われている。弾力はあるがペットボトルとは違う固さと弾力。触ると柔らかいブニョブニョした感触だった。
「詳しい事は分からないんだけど、これが一番耐久性があったの。値は張ったけど、錆の発生などを考えたら、最新の方がいいかなって思ったの。大丈夫よ。ちゃんと予算以内に納めたから」
 物知りの女性でも詳しいことが分からないこともあるんだ…とケインは驚いていた。

 貯水施設(女性ごとく人工的なため池と言っている)に、村長が姿を見せた。女性が大きなため池のような物を作り、水道管なるもので村全部の井戸を繋げるという大事業を一晩で作り上げたため、嘘をついているのではないかと確かめにきたのだ。
 村長が見ている前で、灰色の固く冷たい人工物ーコンクリートと言うらしいーの水槽に水を溜める最後の仕上げをすることになった。

「オルシア、どれぐらいの水があればいいのかしら?」
 女性は自分の後ろにいたオルシアに訊ねた。
「小さい水たまりで事足りる」
「じゃあ、ケイン、オルシアにあの枠組みの中に水溜まりを作ってくれるように頼んでくれる?」
「え? 俺が?」
 コンクリートの枠組みをしゃがんで覗き込んでいたケインは予想もしなかった事に、一瞬動揺したが、ここは俺の見せ場だ!と立ち上がった瞬間、後ろからドンっ!と強い衝撃を受けた。そして、そこが枠組みの端だということで、お約束通り足を踏み外した。

 落ちる!!

 もうダメだ!と思ったが、落ちた衝撃はない。
 恐る恐る目を開けると、自分の体が宙に浮いていた。
「まったく、ちゃんと躾けなくてはいけないな」
 オルシアの声が上から聞こえた。上を見上げると、シエルがケインの上着を口で咥えていてくれた。
「ありがとう、シエル」
 無事に引き上げられたケインはシエルにお礼を言った。シエルは優しく微笑んでいるだけだった。
 なぜかシエルはあまり喋らない。話すには話すがポツリと一言いうぐらいで、いつも大人しい。オルシアが言うには、過去の出来事が関係しているらしい。

 一方、ケインはアクアに突き飛ばされたらしい。
 ケインに見せ場を取られたくなく、アクアが女性に自分がやる!と猛アピールしていた。
 キュウキュウ鳴き続けるアクアの気持ちが分かった女性は、急にデレデレ顔になった。
「そう、アクアがやってくれるのね。ちゃんとできる? 頑張れる?」
 女性の問いかけに「キュっ!」と短く返事をしながら自分の胸を軽くポンっと叩いた。
「じゃあ、あの中央に小さい水たまりを作ってくれるかな?」
 嬉しそうに両腕を高く上げたアクアは、その体制のままコンクリートの水槽の中央に向かって口から水を吹きだした。だが、まだ小さいアクアはその威力がなく、足元の近いところに(それでも水槽の中に入っている)、小さな小さな水だまりを作っていた。
 想像に反する出来事にケインは思わず吹き出してしまった。
 その声が聞こえたアクアは怒りマークを顔に見せながら、ケインを睨み付けた。
「十分だ。アクア、よく頑張った」
 オルシアが水槽を覗き込んでいた。
 女性も
「近くて助かったわ。ありがと、アクア」
とお礼を言ってきた。
 その声に、アクアは笑顔を見せた。
「よく頑張ったわね。偉い、偉い!」
 女性に顔を撫でられているアクアは、嬉しそうに尻尾を振っていた。そして、ケインに向かって勝ち誇った顔を見せるのであった。

 
 オルシアは自分の体から鱗を剥がし、女性に渡した。
「それを水たまりに放り込めば、水は永遠に湧き上がる」
「オルシア、ごめんね」
「なぜ謝る」
「あなたの体を傷つけてしまってごめんなさい」
「気にすることはない。我も人間の役に立ててうれしく思う。お互いが持つ長所を生かしながら暮らす。それが共存する上では大切なことだ」
「あなたのような素敵なドラゴンに出会えてよかったわ。本当にありがとう」
 にっこりと微笑む女性を見て、オルシアは微かに顔を赤く染め、爪で自分の頬を軽く掻いた。
 今まで出会った人間とは違う雰囲気を持つ女性に、少なからず興味はある。また、彼女の知識や見慣れぬ道具を見て、先祖より伝えられている【違う世界よりやってきた人間】だということも見抜いていた。
 この村は大きく変わるだろう。
 オルシアは発展を続けるこの村が、どのように発展していくのか楽しみでならない。


 女性は受け取った鱗を、アクアが作ってくれた水たまりの中へ放り投げた。
 水たまりの中に落ちた鱗は水面に浮かんでいたが、次第に水に溶け込むようにその姿を消した。しばらくして、水溜まりから、ボコッと大きな泡が現れた。その後、ボコボコと多くの泡が湧き上がってきた。
 よく見ると水たまりが大きくなってきている。
 しかし、何時まで経っても、水溜まりにボコボコと泡が立っているだけで、大きな水槽に水が貯まるのに時間が掛かりそうだ。
「お前の水の量が少ないのが原因なんじゃないのか?」
 ニヤニヤしながら、ケインはアクアの脇腹を突いた。
 ムカついたアクアは超至近距離で彼に向かって口から水を吐いた。その勢いは、先ほどの水溜まりを作った勢いの何十倍もの威力があった。
「貴様!」
 ケインが殴りかかろうとすると、アクアは目に一杯の涙を浮かべ、女性に泣きついた。
「大丈夫よ、アクア。水を通しにくいコンクリートだから、時間が掛かるだけだから。アクアは悪くないわよ」
 そう女性に頭を撫でながら慰められると、アクアはまたしてもケインに勝ち誇った顔を見せた。
 ケインとアクアの相性はかなり悪いようだ。

 だか、ドラゴンに嫉妬するケインもどうかと思うんだけど…。

 まだまだ子供のケインが、無事に心も成長してくれる事を女性は願っていた。


「なんじゃ、水は貯まらないじゃないか」
 見学していた村長は、肩を落としていた。
「だから言ったんですよ。こんな詐欺まがいなことに期待すること事態、間違っているんです」
 女性の存在が気にくわない副村長は、「帰りましょう」と村長を促した。

 と、その時、突然ドーンという爆音とともに水柱が上がった。
 近くで見ていた子供たちから歓声が上がった。
「これで大丈夫です」
 静かに見守っていたシエルがポツリと呟いた。
「お姉ちゃん! これで井戸に水が貯まるの!?」
 子供たち興奮した様子で女性に聞いてきた。
「ええ。皆は村の井戸を確認してくれるかな?」
「わかった!!」
 子供たちは一斉に走り出した。自分が一番に確認する!と意気込む男の子を先頭にあっという間に丘を駆け下りていった。

 大きな水槽はすぐに水で満たされた。水柱はいつの間にか消え、透き通った水面には空が映し出され、空を流れる雲まではっきりと見ることができた。
「最後の仕上げをしなくちゃね」
 そういうと、女性は透き通った水晶を取り出した。
「それは何?」
「結界石らしいわ。対象となる物の周りに均等に置くと、石に囲まれた物の周りに結界が貼られて、外からの攻撃を防いでくれるんだって」
「そんな便利な物があるんだ」
「でもね、そう書かれているだけで、本当に結界が張れるかわからないのよね」
「どういうこと?」
「ここを見て」
 女性は愛用のパソコンの画面をケインに見せた。
 結界石の説明が書かれている画面にはこのように書かれてあった。

 ---------------------ー
 | 結界石(けっかいせき)        |
 |                    |
 |対象となる物体を囲むように均等に置くと |
 |結界が張れる。             |
 |ただし、その効果は実際に使ってみないと |
 |わからない。              |
 |効果報告を求む。            |
 ----------------------

 当てにならない文章である。
「なんなんだよ、この説明」
「試しに使ってみるけど……」
 女性はパソコンをしまうと、手に持っていた結界石を目の前の水槽の淵に突き刺した。すでに水槽を囲むように結界石を配置しており、今、地面に突き刺したのが最後の一つ。
 透き通った水晶が地面に刺さると、透明だった水晶が金色の光り出した。すると、それぞれの水晶から一本の金色の光が天に向かって伸び、上空で一か所にまとまった。ピラミッドのような形を作り出したかと思えば、その形は徐々に弧を描くようになり、最終的には金色の光は半円を描きながら水槽を覆った。
 パァン!という音と共に金色の光は消えた。
 結界石を置く前と何の変わりのない光景に「失敗かな?」と不安になった女性だったが、ちょうどその時、一匹の鳥が水槽目掛けて飛んできた。
 と、思ったら、空を飛んでいた鳥が、見えない透明な壁にぶつかった。何度前に進もうとしても、見えない壁に弾き返され、鳥は諦めて帰っていった。
「成功…したみたいだね?」
 ケインがポツリと呟いた。
 ハッとした女性はすぐにパソコンを取り出し、画面を確認した。

 ---------------------ー
 | 結界石(けっかいせき)        |
 |                    |
 |対象となる物体を囲むように均等に置くと |
 |結界が張れる。             |
 |石の数を増やせば大きい物にも結界を   |
 |張ることができる。           |
 |外からの攻撃を完全に防ぐことができるが |
 |その効果期間は不明。          |
 ----------------------

 説明文が書き換えられていた。
 どうやら、女性が持つパソコンに納められている情報は随時書き換えられているようだ。
「……そういうことなのね……」
 女性は書き換えられる情報に、何か心当たりがあるのか、納得した表情を見せた。
「何が『そういうこと』なんですか?」
 隣でパソコンを覗き込んでいたケインが聞き返してきた。
「あ、ううん、何でもないの。さ、次の作業に移るわよ」
「次?」
「今から村中を回って、すべての井戸の水質調査をしなくちゃね。それに水道管の漏れとか、南側に作った浄水処理所の機能も確認しなくちゃ」
「ジョ…ジョウスイショリジョ?」
「村から出た生活排水を、そのまま外の川に流してしまうと、川が汚れて魚などが住めなくなるの。だから、汚れた水を一か所に集めて、綺麗な水にしてから外の川に流すように施設を作ったのよ。オークションのお蔭で下水管も作れたし、処理所も作れたし、貯水施設も後2つは作らなくちゃね」
「なんで、貯水施設を一気に3つ作らなかったんですか?」
「一気に作ると、色々と都合が悪いのよ」
「都合?」
「オルシアの鱗が生え変わるまで間を置かなと可哀想よ。それに、結界石を買うお金も貯めなくちゃ。ゆっくりとやっていけばいいの。階段は一段一段上って行かないと、踏み外しちゃうわよ」
 女性の豊富な知識はもちろんだが、冷静な行動も感心する。ケインには未来を見ることができるとしか思えない。それか、一度どこかで体験したような感じもする。
「あのさ……」
「何?」
「……ま、いいや。なんでもない」
「聞きたことでもあるの?」
「なんでもないって! 村中の井戸を見るんだろ。早くしないと日が暮れるぞ」
 聞きたい事はあるが、それを聞いてしまうと、今の関係が崩れそうでケインは怖かった。
 ケインは前にオルシアが言ったいた言葉が気になっていた。

 彼女はこの世界の人間ではない。

 この世界以外に、別の世界なんか存在するわけがない。
 そんなのはおとぎ話の世界だけだ。
 きっと、女性はここから遠い遠い国で生まれ、その国の文明が発達しているだけなんだ。
 隣の国とこの国の文化が違う様に、彼女が生まれた国も文化が違うだけなんだ。

 ケインは自分にそう言いかけた。

 でも…。

 不思議な雰囲気を持つ彼女の事を、もっともっと知りたいという自分がいることも確かだ。
 時が来たら彼女に聞いてみよう。
 今はこの村の発展をしてくれる彼女を手伝うことだけ考えよう。


 高台に作られた貯水設備によって、村にある変化が起きた。
 枯れ始めていた井戸は潤いを取り戻し、高額で水を売る悪徳商人が村から消えた。その理由は水質にあった。商人が高値で売る水は近くの湖から汲んできた物。今まで女性の店でもその水を使っていたので馴染みはある。だが、オルシアの鱗によって作られた水は、今迄の水よりも冷たく、まろやかで、癖もなく、料理に何でも合う最高の水だったのだ。
 オルシア如く、
「我は【水のドラゴン】。汚れた水を浄化できる力を持つ。その我の鱗を使っておるのだ。自然界に存在する水の中で最高品質であるに決まっている」
と、豪快に笑うほど自慢できるらしい。
 そのため、新しい水を手に入れた村人は水にお金を出すことはなくなった。井戸で汲めばタダで手に入るからだ。
 しばらくして村から、高額で水を売る悪徳商人は消えていった。

 じゃあ、この悪徳商人たちは代わりに村の水を他で高額で売り始めたのか…と言うとそうでもなかった。
 村の水は村の外に持ち出すと、品質が落ちてしまい、今迄と何の変わりのない水に変わってしまうのである。
「なんか魔法でも使った?」
 不思議に思ったケインは女性に問いただした。
「何もしていないわよ」
 女性はあっけらかんと答えた。
 女性は新しく得た高品質の水を使って新作を作っていた。
 と、言っても、店で販売している紅茶や『コーヒー』という黒くて苦い飲み物、『緑茶』という緑色の透き通った飲み物のストックを、新しい水で作り変えていただけ。たまたま村に来ていた行商が『コーヒー豆』と『茶葉』を持ってきたため、女性は大量に買い取り、店のメニューに加えたのだ。最初は売れ行きはそこそこだったが、次第に虜になる人が現れ、口コミも広がり、今では看板メニューにまで売り上げを伸ばしていった。
 もちろん、王都や他の村から買いに来る人も現れ、新しい水に変えてからは、売り上げが2倍以上になった。王都や他の村から来る人はお土産でコーヒー豆や茶葉と共に、この村の高品質の水を持って帰り、自分たちの家で作って飲んでいる。
 そのお土産で渡す水は村の外に出ても品質は落ちない。
「何もしてないって言っても、あの悪徳商人たちが村の外に持ち出すと品質が落ちるのに、なんでお土産として持ち帰る水は品質が落ちないんだ? 魔法以外になにがあるんだよ」
「魔法は魔法でも、私はこれに水を入れて渡しているだけよ」
 そう言いながら女性はケインの前に円柱の筒のような物を差し出した。
「何、これ?」
 ケインは手にすると、初めてペットボトルを手にした時のように、その円柱の筒をじっくりと見た。
 材質は鉄のように固く、軽く叩くとコンコンと音がする。でも重さは感じない。直径10cm、全体の長さは20cmぐらい。上5cmは色が変わっていた。その上5cmはペットボトルの蓋のように回せ、取り外しができた。蓋のような物を外すと、中にもう一つ蓋がついており、その蓋は円柱の本体にぴったりと収まっていた。5cmの蓋と違い、中にある蓋は2つの穴が開いており、その穴から中を覗くと、空洞が広がっている。暗くてよく見えないが、銀色の、光沢のあるような物が周りにはめ込まれていた。
 中に何かを入れるように作られた物だと推測できるが、これが水の品質を下げずに運ぶことができるのか不思議でたまらない。
「それは水筒っていうのよ」
「スイトウ?」
「その中に液体を入れて運ぶことができるの。冷たい物や熱い物を何時間も入れておくことができるのよ」
「そんなに便利な道具なのか!?」
「これだったら、水の品質を下げずに持ち帰れるでしょ? それに、水に中にシエルの鱗の少しだけ入れてあるわ」
「はぁ!? そんなことしたら永遠に水が溢れ出るじゃないか。それこそ悪徳商人が喜ぶ代物じゃないか」
「それは大丈夫。男ドラゴンの鱗と女ドラゴンの鱗は効能が違うの。男ドラゴンの鱗は水を溢れ出させるけど、女ドラゴンにはその力はないの。代わりに女ドラゴンの鱗には水の品質を保つ力があるのよ。シエルの鱗を細かく砕いて、水に溶かしてあるから悪用されることはない。時間が経つと鱗自体が水に溶け込むから、形すらなくなる。汚れた水にシエルの鱗が解けた水を入れても、品質を保つだけだから、汚れた水は汚れたまま。どう? 悪用できるかしら?」
「…それはできない…」
「でしょ? でも、【水のドラゴン】のオスはその個体そのものが悪用される可能性がある。水を湧き上がらせる、水を浄化させる、涙は万能の薬になる。これだけ聞いて一国の王様なら絶対に手に入れたいでしょ?」
「あ…ああ」
「だから、ケインはあの2匹を必ず守るの。アクアは私が必ず守る。あの子も男ドラゴンだから、成長して鱗が生えてくるとオルシアと同じ能力を手にする。この村にドラゴンがいることは行商たちが他の村に流している。でも、オスとメスの区別もつかないし、その効能だってわかっていない。もしメスのドラゴンを捕まえて、水を湧き上がらせろ、水を浄化させろと言ってもメスだからできない。できないとわかると、そのドラゴンはどうなるかしら?」
「どうなる…って……」
「聞いていた効能がないとドラゴンは殺されるわ。役立たずな大きい生き物は必ず処罰される。もしかしたらオルシアたちは、仲間がそういう風に処罰されてきたのを見てきたんじゃないかしら?」
「……それって、オルシアたちに確認した方がいいのか?」
「絶対にしないで。オルシア自身が話すまで、こちらからは絶対に聞かないで。ケインだって、辛い過去を自分から話すのは嫌でしょ? 自分が嫌なことは、他人にさせないで」
「……」
「オルシアとシエルは、あなたと契約を結んでいるけど、大切なお友達でしょ? 友達に嫌な思いをさせてはダメよ」
「…わかった」
 ケインが答えると、女性は「お利口お利口」と言いながら椅子に座る彼の頭を撫でた。


 貯水施設が完成して約1か月が過ぎた。
 日差しの強い日も少なくなり、水不足で成長が危ぶまれた作物も順調に育ち、そろそろ収穫の時期になってきた。農家のあちこちで「今年は豊作だ!」という声を聞くようになった。
 大量に収穫された作物は女性の手によって料理され、それを手伝ううちにケインも料理の腕前が上がった。
 現在15歳のケインは、年が明けたら学校を卒業する。卒業後、実家の農業を継ごうと考えていたが、父親がせっかく磨かれた料理の腕を活かしなさいと、女性の店で働くことを許可してくれた。
 家業は父親の弟、ケインから見て叔父家族が継いでくれることになった。職を求めて都会へ出て行った叔父一家は、なかなか職に就けず、途方に暮れているようだ。そんな時、故郷の村が賑わっている事を知り、ダメ元でケインの父親に村に戻っていいかと願い出た。父親は反対することなく、叔父一家を迎え入れる。叔父一家が村に来るのは年が明けて、暖かい風が吹くころだという。
 女性に店で働くことを決めたケインに、父親がある条件を出した。
「作物は家のを使う様に!」
 その言葉に女性は喜んでケインを従業員として雇うことを許可した。
 そして女性はビニールで覆われた建物ービニールハウスというーでの栽培を提案した。ビニールハウスを使えば、温度調整をすれば一年中同じ野菜が作れるし、暖かい地方でしか育たない作物も育てられる事を話すと、ケインの父親はその話に食いついた。叔父一家が来る頃に指導することを約束した。
 農業の発展は村全体で行うと、失敗した時の損害が大きい。その為、他の農家からも農業改善を願い出てきたが、とりあえずケインの父親の畑で改善を行い、それが成功したら他の農家にも教えるという話で落ち着いた。ただ、ケインの父親に指導する時、事前に申し込めば見学は可能とした。


 冷たい風が吹き出した頃、女性は店の裏に新たな施設を作った。
 寒くなると恋しくなる温泉を作ったのである。
 この世界に温泉はある。だが温泉は人間が立ち入らない森の中にあり、主に野生の動物たちが利用している。それにこの村は風呂に入る習慣はない。タオルをお湯で濡らし体を拭くか、暑い日は川で水浴びをするぐらいで、湯船につかるという習慣はなかった。

 温泉を作るきっかけは、ケインとシエルが何気ない会話をしていた時だった。
「鱗は水を湧かせたり、品質を保つことが出来たり、涙は万能の薬になる…と」
 ケインはシエルからもう一度ドラゴンの能力や効能などを聞き出し、紙に纏めていた。
 女性に店に雇われることが決まった途端、ケインは急にメモを取り始めた。
「ケインは勉強熱心ですね」
 そんな彼を、シエルはニコニコしながら見守っていた。
「だってさ、彼女の傍に居られるんだぜ。俺も彼女のように知識を貯めこまないと、置いてかれちゃうよ」
「あの人の事が好きなのかしら?」
「す…好きって!!?? そそそそんなんじゃないよ!」
 顔を真っ赤にしながら否定している彼だが、シエルには彼の気持ちがお見通しのようである。
「じゃあ、あなたにとってあの人はどんな人なのかしら?」
「それは……憧れの…人…かな?」
「憧れ?」
「最初は魔法使いだと思ってた。でも、今は彼女のようになりたい。彼女みたいに、皆の為になる事をしたいんだ。その為にも、彼女と同じ知識を持ちたいんだよ」
「まぁ。素敵な目標ね」
「だから、他の事も教えてくれよ! まだ彼女も知らない事だったら大歓迎!」
「そうね……」
 ほとんどドラゴンの能力も効能も、女性は知っているようだ。
 何を教えれば……そう考えていると、
「あ、あれなら…」
と、まだ彼女にも話していないとっておきの情報があるらしい。
 ワクワクしているケインの目がキラキラと輝いていた。
 そんなケインを見てシエルはクスッと小さく笑った。
「【火のドラゴン】の汗を浴びると、一度だけ生き返ることができる事は知ってますね?」
「それはオルシアから聞いた」
「では、【水のドラゴン】の汗についてはご存知かしら?」
「【水のドラゴン】の汗? それは聞いたことない」
「私たち【水のドラゴン】の汗は、疲労回復の効果があるんですよ。それに怪我をした時の治癒にも効果があります。森で暮らしていた時、私たちが湖で水浴びをしていると動物たちがよくやってきましたよ」
「それって、人間でも利く?」
「わかりません。私たちは人間と触れあったことがありませんので」
「そっか…。人間にも利いたらいいのにな」
「お役に立てない情報で申し訳ございません」
 役立つ情報ではなかった事に、シエルは頭を下げた。
 そんな彼女にケインが「気にすることないよ」と言おうとしたその時、
「シエル! それ、本当!?」
と、どこから聞いていたのか、女性が話に割り込んできた。
「いいいいいいいつからそこの!?」
 もしかしたら、自分の目標を聞かれたかも!?と焦りだすケイン。
 だが、女性はケインのことなど無視し、シエルに質問を繰り返していた。
「その汗って、お湯に溶けても効果ある?」
「え…ええ」
「シエルたちがお湯に浸かれば、効能は出るのね?」
「そのようですが…」
「シエル! 明日の朝、ここに来てくれない!? これからの季節、どうしても欲しい施設を作るから!」
 そう叫ぶと、女性は店の中へと走り去っていった。
 一体、何を作るんだろう?
 ケインもシエルも、女性が作る施設が何なのか、想像がつかなかった。

 その翌日に作られたのが、この温泉だった。
 女性は店の裏に大きな温泉を一つ作った。大きいと言っても、敷地に限りがあるため、人間が十数人しか入れる広さしか確保できなかった。
 女性はドラゴンの特性を十分に活かすことにした。
 まず、オルシアの鱗を使って、温泉の隣に作られた銀色の大きな箱の中に水を無限に湧き上がらせる。この銀色の箱には加熱装置が備わっており、暖かいお湯を溜めておくことができる。お湯は営業が終われば新しいお湯と入れ替えることにした。
 温泉の浴槽に、シエルの鱗を混ぜ込んだコンクリートを薄く塗った。これによって水質は保たれる。ただ、このコンクリートは定期的に塗り直さないといけない。大変な作業だが、
「気にしないで~。一晩でできるから!」
と、女性は魔法を使ってくれるようだ。
 そして、オルシアとシエルは毎朝一番最初にお湯に浸かる。2匹同時には入れる広さではない為、1日交替で行うことになった。
 オルシアやシエルが満足して温泉から上がると、やっと待ち構えた村人たちの番だ。
 最初はお昼まで男、お昼から日が沈むまで女性、日が沈むと営業終了となっていたが、何時でも入りたいという人が多かった。そこで女性は水着というものを販売した。水着と言っても、黒い短パンと黒いTシャツの組み合わせだが、これならお互いに肌を見せなくて済むと、好評を得た。

 そして、併設する女性の店に新しいメニューが加わった。
 コーヒーとミルクを半々で注ぎ入れた『コーヒーミルク』。
 イチゴを作っている農家さんが差し入れしてくれたイチゴとミルクを混ぜ合わせた『イチゴミルク』。
 大人のみに『ビール』というお酒も提供された。
 子供たちには、ミルクを使った『アイスクリーム』が大人気だった。アイスクリームは日替わりで味を変え、凍った果物が入っている日もあり、温泉には入らないがアイスクリームだけ買いに来る子供たちもいた。


 だが、ここまで温泉が賑わいを見せているのに、村人は誰一人として女性のお蔭だとは思わなかった。
 ドラゴンと契約しているのがケインと言うことで、「いかにケインが村の発展のために活躍してくれているか」の方が多く聞かれる。
 ケインは女性の株を奪うような形になったが、女性は女性で、
「私は裏方にいる方が向いているの。気にしないで」
と、自分が表に立つことを拒んでいるように見えた。
 そして女性は続けて言う。
「裏方がいないと、主役は舞台に立つことはできないのよ。主役はケイン、私は裏方。それで上手く行っているんだからいいじゃない」
 女性の顔に悔しい様子はなかった。

 なぜ、女性はそこまで裏方に接するのだろうか。
 堂々と「私が主役です!」と言えば、待遇だって変わる。なのに、それらを拒んでいる。

 女性には大きな秘密があるようだ……。


                  <つづく>
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【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

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