112 / 123
弧峰慈杏
観感2
しおりを挟む丘の上はけもの道のようになっていて、土が露な道に申し訳程度に砂利が敷かれていた。
周囲はいくつかの樹木が規則性なく生えていた。雑草も生えていたが多少は手が入っているのか背の高い雑草が生い茂っているようなことはなかった。
既に日は落ち、丘の上から見下ろす商店街周辺は、篝火のように淡く光っていた。
「夜景ってほどおしゃれな風景じゃないけどさ」
この風景が好きだったのだとミカは言った。
子どものころ、兄に倣って部活には入らなかったミカ。
兄は辞めてしまったサッカークラブは小学校卒業までは続けていたミカ。
兄が自主練に付き合ってくれなくなった放課後は、友達との練習に費やした。
友達との練習が終わった後も、物足りず家までの道を遠回りしてランニングして帰ることもあったらしい。
その時に見つけたのが、この丘だった。
坂道からの階段は、体力づくりや足の筋力トレーニングにもってこいだと喜んだそうだ。そんな、わずかに寂しさを残した心の奥底に蓋をするように見出した喜びを抱いて全力で駆け上がり、息を切らしながら、この風景を見たそうだ。
ミカは懐かしそうに過去の想いを語り続けた。
秘密基地のような練習場を見つけてはしゃいでいた兄。
そこを失って変わってしまったように見える兄。
サッカーを辞めてしまった兄。
ここのことを教えたらまた喜んでくれるだろうか。またサッカーをやってくれるだろうか。
きっとそういうことじゃないのだと、兄が失った何かについて、漠然とした想いを抱きながら眼下の街を眺めていたのだそうだ。
あんなに家から遠いと思った場所が、ここから見ると誤差の範囲だ。
あんなに広いと思っていた街が、ここから見ると掌に納まるくらいだ。
ひとつひとつの灯はとても儚げだけど、ひとつひとつが大切でかけがえのないようなものに見えた。そんな風に考えていたのだと。
「当時感じていた寂しさの正体ってなんだったんだろうな。
にいちゃんたちがサッカー辞めたことか、ガビがいなくなったことか。
街の開発がらみで大人たちが騒がしくなってきたこともあったかも。
でも、今思うと、そういう全て、いろんなものが変わってしまうことに寂しさを感じていたのかもしれない」
わたしは無言で、ミカと同じように、弱いかもしれないけど優しく光る街並みを眺めながらミカの話を聴いていた。
「ここから眺める街は、いつも変わらずに光っていて、それに安心感を覚えたからこの風景が気に入っていたのかも」
でも、とミカは続けた。
今も当時と変わらないように見える街の灯り。
だけど変わったところもある。
マンションが何件も建っているエリアはひときわ明るく、当時は存在していない明るさだった。
実際は、変わらなく見えるところだって変わっているはずだ。それは当時もそうだ。日々何かが変わっているのだから。
いろんな立場があって、立場によって変化を、停滞を、好む好まないも様々だろう。
これからこの街はもっともっと変わっていくはずだ。
きっとこの風景はやがて見られなくなる。
もしかしたらこの場所すらなくなるかもしれない。
それを寂しいと思うかもしれない。でも、新しい景色を好きになるかもしれない。
あの日何かを失った兄は、一方で誰かの何かを失わせるかもしれない開発に携わっていた。
それを復讐だと露悪的に言っていたけど、そもそも良いとか悪いとかのテーブルに載せるような話ではないのだ。
「そう思うと、なにやらドラマティックな感じ出してたけど、正直滑稽だよね。もっといじってやろうかな」
やめなよとわたしは笑いながら言った。
「無職になったアキにそんなこと言ったら泣いちゃうよきっと」
などと、既にわたしもいじってしまっていた。
でも、アキって、なんとなくいじられた方が良いような気がする。その方が本当のアキが顕れているように思えるのだ。
あ。だから類は初対面時からあんな感じだったのか?
だとしたらあの子の人を見る目はもはや理屈じゃなく野性の範疇だ。
アキとのハイタッチでミカにスイッチが入ったようだった。
次の曲が始まる。
ミカに手を引かれステージを移動する。ステージの奥から迫力のある音でダンサーを乗せているバテリアを指揮するヂレトールの側まで寄り、挨拶をする。
ヂレドールから返礼があり、バンデイラに右手を添え、自らの手にキスをする。チームの象徴に敬意を示すベイジョという儀式だ。
舞台の前まで出て、バンデイラをポルタ・バンデイラとメストリ・サラで広げ、観客に披露し、挨拶をする。
パフォーマンスに挨拶が含まれているのがカザウの特徴だ。
旗めき翻るバンデイラと豪奢な衣装が映える魅せるパフォーマンスと、チームの象徴を預かるポジションならではの、厳かな雰囲気を携えた儀式的な動きが混在するカザウのショーは、喝采に混じる溜息がよく似合う。
華やかさよりも興奮よりも、わたしたちは感嘆で会場を包ませよう!
激しいステップは踏まず、優雅に移動し、回転するポルタ・バンデイラとメストリ・サラ。
ふたりの間で太陽と星がデザインされたバンデイラが舞台の上で羽ばたくように翻り、咲くように開いた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンバ大辞典
桜のはなびら
エッセイ・ノンフィクション
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の案内係、ジルによるサンバの解説。
サンバ。なんとなくのイメージはあるけど実態はよく知られていないサンバ。
誤解や誤って伝わっている色々なイメージは、実際のサンバとは程遠いものも多い。
本当のサンバや、サンバの奥深さなど、用語の解説を中心にお伝えします!
スルドの声(交響) primeira desejo
桜のはなびら
現代文学
小柄な体型に地味な見た目。趣味もない。そんな目立たない少女は、心に少しだけ鬱屈した思いを抱えて生きてきた。
高校生になっても始めたのはバイトだけで、それ以外は変わり映えのない日々。
ある日の出会いが、彼女のそんな生活を一変させた。
出会ったのは、スルド。
サンバのパレードで打楽器隊が使用する打楽器の中でも特に大きな音を轟かせる大太鼓。
姉のこと。
両親のこと。
自分の名前。
生まれた時から自分と共にあったそれらへの想いを、少女はスルドの音に乗せて解き放つ。
※表紙はaiで作成しました。イメージです。実際のスルドはもっと高さのある大太鼓です。
ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火
桜のはなびら
現代文学
マランドロはジェントルマンである!
サンバといえば、華やかな羽飾りのついたビキニのような露出度の高い衣装の女性ダンサーのイメージが一般的だろう。
サンバには男性のダンサーもいる。
男性ダンサーの中でも、パナマハットを粋に被り、白いスーツとシューズでキメた伊達男スタイルのダンサーを『マランドロ』と言う。
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』には、三人のマランドロがいた。
マランドロのフィロソフィーを体現すべく、ダンスだけでなく、マランドロのイズムをその身に宿して日常を送る三人は、一人の少年と出会う。
少年が抱えているもの。
放課後子供教室を運営する女性の過去。
暗躍する裏社会の住人。
マランドロたちは、マランドラージェンを駆使して艱難辛苦に立ち向かう。
その時、彼らは何を得て何を失うのか。
※表紙はaiで作成しました。
千紫万紅のパシスタ 累なる色編
桜のはなびら
現代文学
文樹瑠衣(あやきるい)は、サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の立ち上げメンバーのひとりを祖父に持ち、母の茉瑠(マル、サンバネームは「マルガ」)とともに、ダンサーとして幼い頃から活躍していた。
周囲からもてはやされていたこともあり、レベルの高いダンサーとしての自覚と自負と自信を持っていた瑠衣。
しかし成長するに従い、「子どもなのに上手」と言うその付加価値が薄れていくことを自覚し始め、大人になってしまえば単なる歴の長いダンサーのひとりとなってしまいそうな未来予想に焦りを覚えていた。
そこで、名実ともに特別な存在である、各チームに一人しか存在が許されていないトップダンサーの称号、「ハイーニャ・ダ・バテリア」を目指す。
二十歳になるまで残り六年を、ハイーニャになるための六年とし、ロードマップを計画した瑠衣。
いざ、その道を進み始めた瑠衣だったが......。
※表紙はaiで作成しています
スルドの声(反響) segunda rezar
桜のはなびら
現代文学
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。
長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。
客観的な評価は充分。
しかし彼女自身がまだ満足していなかった。
周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。
理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。
姉として、見過ごすことなどできようもなかった。
※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。
各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。
表紙はaiで作成しています
スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem
桜のはなびら
現代文学
大学生となった誉。
慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。
想像もできなかったこともあったりして。
周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。
誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。
スルド。
それはサンバで使用する打楽器のひとつ。
嘗て。
何も。その手には何も無いと思い知った時。
何もかもを諦め。
無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。
唯一でも随一でなくても。
主役なんかでなくても。
多数の中の一人に過ぎなかったとしても。
それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。
気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。
スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。
配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。
過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。
自分には必要ないと思っていた。
それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。
誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。
もう一度。
今度はこの世界でもう一度。
誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。
果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる