太陽と星のバンデイラ

桜のはなびら

文字の大きさ
上 下
107 / 123
文樹瑠衣

合奏

しおりを挟む
 るいぷるがハイーニャのビオラと楽しそうにおしゃべりしている。メイクのコツなどを聞いているようだ。
 さっきまではクリアンサスの子どもたちとノペ合戦なるものを開催していた。土曜日のエンサイオは日中に実施されるため、子どもの参加率が高い。
 平日の夜だと参加しにくい子どもたちも数人いて、そういう子はるいぷるとはあまり関りを持ったことが無かったはずなのに、るいぷると子どもたちはまるでドッグランに連れてこられた仔犬の群れのような騒ぎようだった。なんならるいぷるが一番騒いでいた気がする。
 精神年齢が一桁なのだろうか。それにしても、るいぷるって呼ばせるの恥ずかしくないのかな。正直呼ぶ方は恥ずかしいんだけど。

 
 わたしと同じ名前の年上の新人は、何年も前からメンバーであるかのように誰とでも距離を詰めてくる。
 一見個性は強いがその距離感は絶妙で、『空気が読めない』『押しが強い』などの評価は全く聞こえてこない。実際良い人だと思う。付き合いやすい人だとも。

 だからこの感情は、わたしの未熟さ故なんだと思う。
 仕方ないよね、思春期は複雑なものなのだから。仕方がない。仕方がないのだが――。

 率直に言えば、気に食わなかった。

 つい最近知り合った相手にだってあの感じなんだから、仕事仲間で妹分を自認しているジアンに対しての距離感と言ったら到底受け入れられるものではなかった。

 
 創立メンバーの子どもや孫世代のメンバーのほとんどは幼い頃からチームに所属している生え抜きの戦友である。
 子どもや学生は数年で環境も興味も変わるから、部活や受験や進学、バイトや新しい趣味などで辞める者も多かった。大人になって戻ってくる者も居ないではなかったが。

 もちろん、そんなことにこだわる意味なんてない。みんな同じエスコーラの仲間なのだから。
 創設メンバーの孫で、先代ハイーニャの娘で、幼少の頃からクリアンサスとして舞台に立ち続けてきたことへの誇りなんてつまらないものだ。わかっている。頭の中では。

 でも、思ってしまうのは仕方ない。
 ママの次のハイーニャはジアンが良かった。
 その次のハイーニャはわたしがなる。
 生粋で生え抜きのメンバーで引き継いでいくことが美しいと思っていた。

 現ハイーニャのビオラは技術も人格も申し分なく、バテリアの信任も厚い。わたしも色々と教えてもらっているし好きだ。

 ジアンはハイーニャにならなかったけど素敵なポルタで、今では他に適任はいないと思える。
 ステージなどでは同じ場に立つことが減って、練習も分かれることも多く寂しいけど、相変わらず仲良くしてくれている。

 るいぷるは明るくて可愛い。いろんなジャンルの経験があるからか、ダンスも上手だ。すぐに華やかなパシスタになるだろう。ジアンにも可愛がられている。

 
 あー、もう。正直に言う。

 はっきり言って嫉妬している。
 ジアンが取られそうで。
 将来のハイーニャのライバルになりそうで。

 屈託のないるいぷると、つまらないことばかり考えてしまう自分との人格差にもへこむ。


 はぁ、いやになる。
 昔は素直で天使のようだと言われていたのに。チヤホヤされ過ぎたのだろうか。

 
 るいぷるがにこにこと話しかけてきた。
 いつの間にかわたしは「るいぴっぴ」になったらしい。なんだそれは。

 練習を終えて着替えも済んだこのタイミングに話しかけてきたと言うことは、自ずと一緒に帰ることになるのだろう。

「で、好きな人いるの?」

 は? なにその質問⁉︎
「で、」ってなに?

 そんな話してないじゃない。距離の詰め方が尋常じゃない。

 わたしくらいの年代の女子には恋バナでもしとけ的な大人のスタンスでもない。
 うまく説明できないけど、これはかなり仲の良い同級生のそれと同じだ。それを大して仲良くなってないのに繰り出してくるのだから、やはり異常性がある。
 
 大して仲良くない、か……。

 きっと、わたしがるいぷるに苦手意識を持っていることを、気づいているんだろうな。
 その垣根をあっさり超えて来て、こちら側から垣根を壊しにかかるのだ。まるで一緒に壊しているように。
 自分を苦手だと思っている相手と一緒に?
 ほんと、敵わないな。
 これが、きっと近いうちに始まるハイーニャを巡る物語のライバルになるのだ。きっといつの間にかポケモンみたいな呼ばれ方にもすっかり慣れてしまうのだ。

 あーあ、るいぷるがもっと嫌な人だったら良かったのに。なんて、思ってもいないことを無理やり思い込もうと、無駄な抵抗をしてみるのだった。

 なぜかカフェで向かい合って、フルーツとクリーム盛り盛りのフラペチーノの甘さにふたりで頬を緩めながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
 大学生となった誉。  慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。  想像もできなかったこともあったりして。  周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。  誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。  スルド。  それはサンバで使用する打楽器のひとつ。  嘗て。  何も。その手には何も無いと思い知った時。  何もかもを諦め。  無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。  唯一でも随一でなくても。  主役なんかでなくても。  多数の中の一人に過ぎなかったとしても。  それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。  気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。    スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。  配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。  過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。  自分には必要ないと思っていた。  それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。  誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。  もう一度。  今度はこの世界でもう一度。  誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。  果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

必然ラヴァーズ

須藤慎弥
BL
ダンスアイドルグループ「CROWN」のリーダー・セナから熱烈求愛され、付き合う事になった卑屈ネガティブ男子高校生・葉璃(ハル)。 トップアイドルと新人アイドルの恋は前途多難…!? ※♡=葉璃目線 ❥=聖南目線 ★=恭也目線 ※いやんなシーンにはタイトルに「※」 ※表紙について。前半は町田様より頂きましたファンアート、後半より眠様(@nemu_chan1110)作のものに変更予定です♡ありがとうございます!

スルドの声(交響) primeira desejo

桜のはなびら
現代文学
小柄な体型に地味な見た目。趣味もない。そんな目立たない少女は、心に少しだけ鬱屈した思いを抱えて生きてきた。 高校生になっても始めたのはバイトだけで、それ以外は変わり映えのない日々。 ある日の出会いが、彼女のそんな生活を一変させた。 出会ったのは、スルド。 サンバのパレードで打楽器隊が使用する打楽器の中でも特に大きな音を轟かせる大太鼓。 姉のこと。 両親のこと。 自分の名前。 生まれた時から自分と共にあったそれらへの想いを、少女はスルドの音に乗せて解き放つ。 ※表紙はaiで作成しました。イメージです。実際のスルドはもっと高さのある大太鼓です。

処理中です...