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百合藍司

化合1

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 なんでこないなった?
 ボクはやらんと言ってあったはずだ。

 いつのまにか、ボクはタンボリン奏者アイジとして『ソルエス』に所属していた。

 歯車が狂い始めたのはあのふたりが弧峰さんの口車に乗ってしまったところからか。
 ウリちゃんさんも意外やったたが、まさか暁さんまで演者として参加することになるなんて。

 決して音楽が嫌いなわけではない。むしろ好きな方だ。
 学生の頃は軽くサブカル系気取って洋楽のメタルを好み、インディーズなんかも聴いていた。
 初めての大きい買い物はバイト代を数ヶ月分貯めて買うたエレキギターやったほどだ。

 サム・フォーティーワンのデイブ・バクシュに憧れていたボクはギブソンでもフェンダーでもなく、PRSのギターを買うた。
 その後、デイブはバンドを脱退し、バンドのサウンドからはメタル色は抜けてもうた。ポップパンクも嫌いでは無かったが、なんとなく冷めていってしまったのを覚えとる。

 それまでサウンドのみで音楽を楽しんでいたボクに、歌詞で衝撃を与えたのがマキシマム・ザ・ホルモンやった。
 その詞を書いているボーカルのマキシマム・ザ・亮くんが使用しているギターもPRSだ。
 かくして影響を受けやすいボクは『ことば』の力に憧憬の念を持つに至り、やがてコピーライターを目指すようになるのやが。
 PRSか、懐かしな。久しぶりに触ってみよか。

 ……ちゃう、なしてこんなことになっとるのか、や。

 暁さんとウリさんのふたりが『ソルエス』の入会届をハルさんに渡しに来た時、ポスターの打ち合わせでボクもその場におったのが間違いやったのか。
 いや、そこでやいのやいの大騒ぎしとった渡会が全ての元凶だ。

 ふたりが参加すると知った渡会のはしゃぎようは凄かった。
 確かにあのふたりがここまでこちら側に寄ってくれるなんて思わんかったし、サンバをやるイメージもない。
 渡会はそもそも人懐こいが、それでも敢えて近寄り難い雰囲気を出していた暁さんに、初対面からあの距離の詰めようには少し驚いた。渡会的になにか思うところがあったのかもしれない。
 だから、絶対やらないであろうと思われていた暁さんが参加してくれるとなれば、嬉しいのはわかる。

 みんな仲良く。
 渡会が言っていた子どもみたいな言い種やけど、それができるなら、その方が良いに決まっとる。
 果たして、それが現実になりかけた時、渡会さんは事もあろうに、後はボクだけだと言いおった。矢継ぎ早に、いつ入るのだとも。

 あの雰囲気に水を差すほどボクも野暮やない。
 体験の時にやったあのでんでん太鼓の太鼓部分のみみたいな楽器が楽しかったのも事実や。
 いや、往生際が悪いな。認める。
 本音ではやりたい気持ちはあった。ただ腰が重かっただけ。一度断った手前、少し強めに背中を押してもらいたかった。
 その方がただでさえ仕事で会う機会を増やせていないカノジョにも説明しやすくて助かるというのは、後付けの理由かもしれん。

 ボクが本音の本音では、背中を押されたがっていたということを、ボク自身気付いていなかったのに、渡会が見抜いていたのだとしたら、もはやあいつの対人スキルはバケモンや。
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