太陽と星のバンデイラ

桜のはなびら

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日が落ち星が隠れたとしても

決意と意志2

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 羽龍は烏我を注意深く観察し、烏我の言葉を注意深く聞いていた。
 表情の動き、言葉のひとつひとつ、発される情報は何も逃すまいとするかのように。


「でもこれはうちらなりの損得感情も働いているんです。あんた方にわかりやすく伝えるなら、ブランディングってやつですな。高級ブランドなんかは、これに信じられないくらいのコストを掛けるんでしょ?
それは巡り巡って利益になるのなら、決して非合理的ってわけじゃあない。うちらにとっては、後のビジネスを考えれば尚更、舐められたまま終わらせるわけにはいかない。怒らせたらヤバいと思わせておかなくてはいけない」

 烏我の言っていることは倫理的ではないが論理的だった。
 要は法律の枠で守られてないわけだから、民間以上に信用が必要になるのだと言う。約束を反故にしようものなら手痛い目に遭うというある意味での信用が。

 言い終えた烏我に羽龍が尋ねた。
「なるほど。ならば、今回の件は顔を潰したことにはならないはず。むしろあっという間に依頼を遂行してくれる組織として信頼度が増すのでは?」

「よく思い出してくださいよ?」羽龍の反論に、烏我は尚不敵だった。

「あんた方の依頼は『駅南北の商店街の衰退』だ。『あんた方が仕事を完結させるまで、或いは満足するまで、商店街の付加価値を下げること』じゃない。
あんた方の目的はあたしらにとっては手段でしかないんですよ。目的はまだ果たされちゃいない。
わかりますか? あたしらの仕事の完結は、あんた方には決められないんです」

「しかし、それは……依頼主は我々だ。
依頼主として充分に満足のできる結果は得られた。それが完結では無いと言うのなら、中止という言葉にはなりますが」

 羽龍には烏我の言い分には確かに一理あるようには思えたが、裏を返せば一理しかない。手段と目的が入れ替わったような、倒錯した行動指針に困惑を覚えた。

「そこですよ。
既に依頼料は満額いただけることになっているんですよね。なのにあたしらのしたことは、街のガキらに小遣い握らせてセコい嫌がらせや軽犯罪を煽動しただけとあっちゃあ、あまりにも小せぇじゃねえですか。
そんな仕事で企業様からおこぼれもらい、生きながらえているように見られた組織に、どんな仕事が来るんでしょうね?」

「だけど、この仕事自体佐田の営業担当の独断でって体裁になっていますよね? 高天と私が情報を出さなければ」
 羽龍の冷静な返しも烏我には通用しなかった。

「小せぇとはいえ、動いたんです。
あたしらのようなもんが動けばそりゃあ何らかの痕跡は残ります。ましてうちらの業界なんて狭くなる一方だ。
新駅の開発っていう行政絡の派手な案件に関わっているなんて、それなりに注目されていたでしょうしな。
その割にうちらの動きはまだ微小だ。そのうち大きな動きがあるんじゃなんて思っていたら尻切れトンボで終了。ちゃっかり報酬は得たらしいなんて、あまりに格好悪い」

 なるほど、面子云々の先手はこのために打ったのかと羽龍は思った。
 そして、その筋なら巻き返せなくもないと。
 要するに成果と報酬の関係ではなく体裁と感情の話になるのだ。ならば体裁さえ整えてやれば良い。最優先としていた目的を失った身だ。今更守りたいものもこだわりたいものもない。
 手元にあるものを切り売りすれば、連中が納得する体裁を仕立て上げるのは造作ないと思えた。
 例えば開発成功の裏の立役者として、華々しく情報を流したって良い。市や関連している企業は困るだろうが、羽龍にとってはもはやどうでも良い対象だ。

 羽龍は高速で対策を練っていたが、烏我の論は方向を変え始めた。

「報酬は払うとは言え、依頼主の高天くんがあたしらを切って、商店街側に鞍替えしているのも良くないねぇ。
さっきも言ったでしょ? うちらはメンツで生きている。仕事を完遂してないなんて許せない。施しを受けるなんて許せない。格好悪い生き恥など許せない。裏切りなど許せない。特に血気盛んな若い連中なんかは、納得せんでしょうなぁ」

 ここで、個人を対象にした話になるのか。
 羽龍にとって、最優先としていた、目的を共にした、同等の優先順位を持つ人物に。
 羽龍は冷静に頭を巡らせ始めた。無傷で切り抜けるのは無理がありそうだ。ならば、何を護り、何を切り捨てるべきか。

「なら、どうするつもりです? 既に報酬の件は決着がついている。これ以上はあなた方に利益はない。でもメンツのためにこの後も取り組みは続けると?」
 羽龍は情報収集を目的に会話を繋いだ。
 相手の出方と具体的な手段を知り、対策を講じるために。

「そういうことですな。商店街の衰退のため、コツコツと活動を続けることになる。
当然、祭りもケチつくことになるでしょうな。無論依頼内容は引き続き遵守しますから、無茶な不法行為は避けますがね。それでも不幸な事故などは起こるかもしれない。
あぁ、事故といえば高天くんの弟さんは残念なことだ。今や高天くんも商店街側なら、弟さんに続くようなことも可能性としてはありうるわけですな。そんなことになれば親御さんもさぞお辛いことでしょうよ」

「それは、脅しですか?」
 シンプルだなと羽龍は思った。それだけに強力なカードだ。

「いいえ?」

 いやらしい笑い顔だ。感情を逆なでするような表情や物言いも作戦だとするなら、乗ってはいけない。羽龍は冷静であろうとした。
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