73 / 123
日が落ち星が隠れたとしても
残ったもの1
しおりを挟む
「……このことはご両親には?」喪服姿の慈杏は静かに暁に尋ねた。
美嘉の初七日は繰り上げ法要ではなく、葬儀後の死後七日目に執り行わられた。
全ての儀式を終え、紀利に車で駅まで送られた暁と慈杏は駅のホームのベンチに座っていた。
少し話したいと言う暁の申し出を慈杏は受け入れ、その告白のような話を聞いたのだった。
「話したよ。父は複雑そうな顔をしていたが、そうかと言っただけだったな。母は謝っていたよ。そんな風に思わせてしまったのは自分たちのせいなのかと」
そうですか、と慈杏は高架駅のホームから見える空を眺めながら呟いた。
ホームには電車がドアを開け乗客の乗降を待っていた。そろそろ扉が閉まることを示す音楽が鳴っている。
「わたしからは、許すことも責めることもできません。そういうことでもないと思う。
すごく正直に言えばそんなこと言われてもって感じです。何かを期待されてのことでしたら応えられずすみません」
ふたりの目の前を電車は走り過ぎていった。
夕刻よりは若干早いこの時間の電車は少ない。電車のいないホームには閑散とした時間が流れていた。
「……誰かに何か言ってもらわないと整理がつかない気持ちはわかります。
わたしもあの時、あいつらを見なければって、ふとした時にすぐそう思ってしまって、一歩も先に進めない……ミカのご両親に責められたら、謝って、許してもらえるまで謝って、そうして少しずつ違う意識になっていったのかもしれないけど、責めてもくれなくて」
言葉を詰まらせる慈杏の、次の言葉を暁は待った。
「多分、お父さんもお母さんも、きっとそれぞれ、自分を責めているのかもしれない。
誰も、みんな、なんの準備もないまま訪れた理不尽に、思考が追いつかず立ち尽くしているだけになってしまっているのだと思う」
そうだなと暁は思った。
現象そのものを理解はできる。
心情では理解はできないししたくない。でも現実は容赦なく流れてゆく。
心は立ち止まっているのに身体は先へと進むのだから、その乖離が増せば増すほど、立ち尽くしたままの心はより放って置かれてしまうのだ。
みんながそうであるのに、自分だけが責められ、償いをした気になり、先へ行こうとしていたのだと思え、暁は改めて目の前の気丈な弟の恋人と、かつて軽い失望程度で見限ったつもりになっていた両親に、素直に申し訳ない気持ちを抱いた。
「どうせ話すなら、おにいさん」
慈杏が微笑んで暁に向き合った。
「ミカのことを話しませんか?
わたしが知っている大人になってからのミカ。おにいさんが知っている子どもの頃のミカ」
それも良い供養だな、などと思うのは生きている者のエゴだろうか。
いや、エゴで良いではないか。それで生きている者の心が救われるのならば。
生きている者は生きている限り、生きていかなくてはならないのだから。
暁は頷いた。
美嘉の初七日は繰り上げ法要ではなく、葬儀後の死後七日目に執り行わられた。
全ての儀式を終え、紀利に車で駅まで送られた暁と慈杏は駅のホームのベンチに座っていた。
少し話したいと言う暁の申し出を慈杏は受け入れ、その告白のような話を聞いたのだった。
「話したよ。父は複雑そうな顔をしていたが、そうかと言っただけだったな。母は謝っていたよ。そんな風に思わせてしまったのは自分たちのせいなのかと」
そうですか、と慈杏は高架駅のホームから見える空を眺めながら呟いた。
ホームには電車がドアを開け乗客の乗降を待っていた。そろそろ扉が閉まることを示す音楽が鳴っている。
「わたしからは、許すことも責めることもできません。そういうことでもないと思う。
すごく正直に言えばそんなこと言われてもって感じです。何かを期待されてのことでしたら応えられずすみません」
ふたりの目の前を電車は走り過ぎていった。
夕刻よりは若干早いこの時間の電車は少ない。電車のいないホームには閑散とした時間が流れていた。
「……誰かに何か言ってもらわないと整理がつかない気持ちはわかります。
わたしもあの時、あいつらを見なければって、ふとした時にすぐそう思ってしまって、一歩も先に進めない……ミカのご両親に責められたら、謝って、許してもらえるまで謝って、そうして少しずつ違う意識になっていったのかもしれないけど、責めてもくれなくて」
言葉を詰まらせる慈杏の、次の言葉を暁は待った。
「多分、お父さんもお母さんも、きっとそれぞれ、自分を責めているのかもしれない。
誰も、みんな、なんの準備もないまま訪れた理不尽に、思考が追いつかず立ち尽くしているだけになってしまっているのだと思う」
そうだなと暁は思った。
現象そのものを理解はできる。
心情では理解はできないししたくない。でも現実は容赦なく流れてゆく。
心は立ち止まっているのに身体は先へと進むのだから、その乖離が増せば増すほど、立ち尽くしたままの心はより放って置かれてしまうのだ。
みんながそうであるのに、自分だけが責められ、償いをした気になり、先へ行こうとしていたのだと思え、暁は改めて目の前の気丈な弟の恋人と、かつて軽い失望程度で見限ったつもりになっていた両親に、素直に申し訳ない気持ちを抱いた。
「どうせ話すなら、おにいさん」
慈杏が微笑んで暁に向き合った。
「ミカのことを話しませんか?
わたしが知っている大人になってからのミカ。おにいさんが知っている子どもの頃のミカ」
それも良い供養だな、などと思うのは生きている者のエゴだろうか。
いや、エゴで良いではないか。それで生きている者の心が救われるのならば。
生きている者は生きている限り、生きていかなくてはならないのだから。
暁は頷いた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem
桜のはなびら
現代文学
大学生となった誉。
慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。
想像もできなかったこともあったりして。
周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。
誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。
スルド。
それはサンバで使用する打楽器のひとつ。
嘗て。
何も。その手には何も無いと思い知った時。
何もかもを諦め。
無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。
唯一でも随一でなくても。
主役なんかでなくても。
多数の中の一人に過ぎなかったとしても。
それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。
気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。
スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。
配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。
過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。
自分には必要ないと思っていた。
それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。
誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。
もう一度。
今度はこの世界でもう一度。
誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。
果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スルドの声(共鳴) terceira esperança
桜のはなびら
現代文学
日々を楽しく生きる。
望にとって、それはなによりも大切なこと。
大げさな夢も、大それた目標も、無くたって人生の価値が下がるわけではない。
それでも、心の奥に燻る思いには気が付いていた。
向かうべき場所。
到着したい場所。
そこに向かって懸命に突き進んでいる者。
得るべきもの。
手に入れたいもの。
それに向かって必死に手を伸ばしている者。
全部自分の都合じゃん。
全部自分の欲得じゃん。
などと嘯いてはみても、やっぱりそういうひとたちの努力は美しかった。
そういう対象がある者が羨ましかった。
望みを持たない望が、望みを得ていく物語。
スルドの声(交響) primeira desejo
桜のはなびら
現代文学
小柄な体型に地味な見た目。趣味もない。そんな目立たない少女は、心に少しだけ鬱屈した思いを抱えて生きてきた。
高校生になっても始めたのはバイトだけで、それ以外は変わり映えのない日々。
ある日の出会いが、彼女のそんな生活を一変させた。
出会ったのは、スルド。
サンバのパレードで打楽器隊が使用する打楽器の中でも特に大きな音を轟かせる大太鼓。
姉のこと。
両親のこと。
自分の名前。
生まれた時から自分と共にあったそれらへの想いを、少女はスルドの音に乗せて解き放つ。
※表紙はaiで作成しました。イメージです。実際のスルドはもっと高さのある大太鼓です。
スルドの声(反響) segunda rezar
桜のはなびら
現代文学
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。
長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。
客観的な評価は充分。
しかし彼女自身がまだ満足していなかった。
周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。
理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。
姉として、見過ごすことなどできようもなかった。
※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。
各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。
表紙はaiで作成しています
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
千紫万紅のパシスタ 累なる色編
桜のはなびら
現代文学
文樹瑠衣(あやきるい)は、サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の立ち上げメンバーのひとりを祖父に持ち、母の茉瑠(マル、サンバネームは「マルガ」)とともに、ダンサーとして幼い頃から活躍していた。
周囲からもてはやされていたこともあり、レベルの高いダンサーとしての自覚と自負と自信を持っていた瑠衣。
しかし成長するに従い、「子どもなのに上手」と言うその付加価値が薄れていくことを自覚し始め、大人になってしまえば単なる歴の長いダンサーのひとりとなってしまいそうな未来予想に焦りを覚えていた。
そこで、名実ともに特別な存在である、各チームに一人しか存在が許されていないトップダンサーの称号、「ハイーニャ・ダ・バテリア」を目指す。
二十歳になるまで残り六年を、ハイーニャになるための六年とし、ロードマップを計画した瑠衣。
いざ、その道を進み始めた瑠衣だったが......。
※表紙はaiで作成しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる