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本章 計画と策動
サンバ計画4
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練習場では美嘉と慈杏の準備が整っていた。
「ミカは初心者だけど、リードする立場だからね。わたしは自分の意思では動かないから、ミカが私を動かすんだよ」
慈杏は手を取れる形で固まっている。背筋を伸ばし、顎はやや上向きだ。
右足に重心を乗せ、左足はすらりと斜めに伸ばし足首を軽く内側に向け、踵は少し浮かしている。バンデイラを腰の旗差しに差しえの中央付近に右手を添え、左手は手の甲を上に向け、指を軽く曲げていた。
微動だにしないその姿は、物理の世界に在りながら重力や筋力などのエネルギーの影響など感じさせず、絵画のように留め置かれていた。練習着のシンプルな姿はポージングの美しさを際立たせていた。ただ停まっているだけに見えるが、実際は指の先まで神経を集中させることで為せる業だった。
この手に合わせるようにメストリ・サラは手のひらを上にし、同じく指を軽く曲げた形で手を取るのだ。
ボルトとナットのように、或いはパズルが組み合うように。
「この手をとって、動きたい方向に進む。回転させたい時はその意志を指先に伝えて」
手を取ると言っても握ったり繋ぐのでは無い。重ね組み合った手は、ベクトルを、意志を、伝達する機関の役割だ。
足による移動の動き、上半身による回転などの動きを伝えるもので、手を引いて「動かす」のとは違うのだと慈杏は美嘉に言った。
まだまだぎこちないメストリ・サラの拙いながらも意志と想いのこもった力の伝達を受け、ポルタ・バンデイラはゆっくりと、廻り始めた。
「藍司さんに類ちゃんね? 今日の指導係の伊礼紗杜、サンバネームはジルです。よろしくお願いします!」
ふたりのお願いしますの声が揃った。
本名も可愛いですねと言いながら、サンバネームの由来を尋ねる渡会に、紗杜はジルスチュアートが好きだからと答えた。渡会は「わたしも好きです! リップ可愛いですよね!」と持ち前のコミュニケーション力を発揮していた。
「類って名前も可愛いよね。うちにもルイって子いるんだ、ほら、あの子。瑠衣ちゃん」
紗杜が顔を向けた方向には、一つに結んだ艶やかな長い黒髪を揺らしながら踊る少女がいた。
「うわー、ほそーい! きれーい!」
あっちで踊ってるマルガちゃんの娘さん。と、紗杜の視線の先にはミラーの前で指先の動きをチェックしながら踊る緩やかにウェーブの掛かったブラウンのセミロングの髪を、娘と同じく一つに結んで踊る女性ダンサーがいた。
マルガは本名を文樹茉瑠と言いった。
創設メンバーのひとりであり、この商店街では老舗の茶屋を営み、『ソルエス』ではショカーリョを振る文樹利一の娘だ。
「えー? マルガさんお母さんなの⁉︎ わかーい‼︎」
「ルイはマルガちゃんが二十歳の時の子だからね」
準備体操している時に利一と茉瑠から挨拶を受けていた百合は、祖父と娘と孫娘の苗字が同じことに気づいたが黙っていた。後々、茉瑠が未婚で母になったこと、その後『ソルエス』のメンバーと恋愛関係になり結婚するも、既に就学していた瑠衣の苗字が変わるのを気にして夫婦別姓にしていることなどを茉瑠本人から聞かされ、そのドラマは渡会を大いに興奮させるのだった。
ちなみに茉瑠の再婚相手は『ソルエス』でスルドを叩いている。
「ルイはまだ中学生だけどサンバ歴十年以上でうちのトップダンサーのひとりなんだ。
ジアンと仲良くてもう少し小さい頃はいつも一緒に練習していて姉妹のようだったんだよ」
「ええ⁉︎ わたしも当代きってのじあさんのスーパー妹分ですよ⁉︎ これは! ダブシスではないですか⁉︎」
「え? ダブ……?」
「ダブルシスターシステム! あ⁉︎ いや、ちょっと待って⁉︎ わたし妹でしょ?」
「ちゃうわ」
百合はもはや渡会とまともに向き合うつもりはなく、冷たくそっけない。
「あの子も妹でしょ?」
そんな百合を渡会は見向きもしない。
「それもちゃうやろ」
「わたしの方が年上でしょ? てことは、わたし姐御じゃん⁉︎ くー、まいったなぁ、迸るぅ!」
「脳汁が? キモ」
「情熱が‼︎」ここでようやく百合と渡会の会話が噛み合った。
「聞きました⁉︎ クソハラスメント野郎のハラ発言!」
渡会が被害者のような顔で紗杜に訴えた。
「どこもハラちゃうぞ! あとボク先輩やぞ」
「はは、よくわかんないけど、ジアンが楽しそうな職場で働いているってのはよくわかったわ」
紗杜は少しだけ呆れを滲ませつつも、楽しそうに笑った。
「そうなんですよ! じあさんのことは安心してお任せくださいね。この次世代の姐御、ネクストジェネレーション大姐が大体なんとかします!」
「もう妹ですらないやん」
瑠衣はなにやら騒がしい三人を遠目に一瞥しつつ、指先はしなやかに、足先は軽やかにステップを踏んでいた。
「ミカは初心者だけど、リードする立場だからね。わたしは自分の意思では動かないから、ミカが私を動かすんだよ」
慈杏は手を取れる形で固まっている。背筋を伸ばし、顎はやや上向きだ。
右足に重心を乗せ、左足はすらりと斜めに伸ばし足首を軽く内側に向け、踵は少し浮かしている。バンデイラを腰の旗差しに差しえの中央付近に右手を添え、左手は手の甲を上に向け、指を軽く曲げていた。
微動だにしないその姿は、物理の世界に在りながら重力や筋力などのエネルギーの影響など感じさせず、絵画のように留め置かれていた。練習着のシンプルな姿はポージングの美しさを際立たせていた。ただ停まっているだけに見えるが、実際は指の先まで神経を集中させることで為せる業だった。
この手に合わせるようにメストリ・サラは手のひらを上にし、同じく指を軽く曲げた形で手を取るのだ。
ボルトとナットのように、或いはパズルが組み合うように。
「この手をとって、動きたい方向に進む。回転させたい時はその意志を指先に伝えて」
手を取ると言っても握ったり繋ぐのでは無い。重ね組み合った手は、ベクトルを、意志を、伝達する機関の役割だ。
足による移動の動き、上半身による回転などの動きを伝えるもので、手を引いて「動かす」のとは違うのだと慈杏は美嘉に言った。
まだまだぎこちないメストリ・サラの拙いながらも意志と想いのこもった力の伝達を受け、ポルタ・バンデイラはゆっくりと、廻り始めた。
「藍司さんに類ちゃんね? 今日の指導係の伊礼紗杜、サンバネームはジルです。よろしくお願いします!」
ふたりのお願いしますの声が揃った。
本名も可愛いですねと言いながら、サンバネームの由来を尋ねる渡会に、紗杜はジルスチュアートが好きだからと答えた。渡会は「わたしも好きです! リップ可愛いですよね!」と持ち前のコミュニケーション力を発揮していた。
「類って名前も可愛いよね。うちにもルイって子いるんだ、ほら、あの子。瑠衣ちゃん」
紗杜が顔を向けた方向には、一つに結んだ艶やかな長い黒髪を揺らしながら踊る少女がいた。
「うわー、ほそーい! きれーい!」
あっちで踊ってるマルガちゃんの娘さん。と、紗杜の視線の先にはミラーの前で指先の動きをチェックしながら踊る緩やかにウェーブの掛かったブラウンのセミロングの髪を、娘と同じく一つに結んで踊る女性ダンサーがいた。
マルガは本名を文樹茉瑠と言いった。
創設メンバーのひとりであり、この商店街では老舗の茶屋を営み、『ソルエス』ではショカーリョを振る文樹利一の娘だ。
「えー? マルガさんお母さんなの⁉︎ わかーい‼︎」
「ルイはマルガちゃんが二十歳の時の子だからね」
準備体操している時に利一と茉瑠から挨拶を受けていた百合は、祖父と娘と孫娘の苗字が同じことに気づいたが黙っていた。後々、茉瑠が未婚で母になったこと、その後『ソルエス』のメンバーと恋愛関係になり結婚するも、既に就学していた瑠衣の苗字が変わるのを気にして夫婦別姓にしていることなどを茉瑠本人から聞かされ、そのドラマは渡会を大いに興奮させるのだった。
ちなみに茉瑠の再婚相手は『ソルエス』でスルドを叩いている。
「ルイはまだ中学生だけどサンバ歴十年以上でうちのトップダンサーのひとりなんだ。
ジアンと仲良くてもう少し小さい頃はいつも一緒に練習していて姉妹のようだったんだよ」
「ええ⁉︎ わたしも当代きってのじあさんのスーパー妹分ですよ⁉︎ これは! ダブシスではないですか⁉︎」
「え? ダブ……?」
「ダブルシスターシステム! あ⁉︎ いや、ちょっと待って⁉︎ わたし妹でしょ?」
「ちゃうわ」
百合はもはや渡会とまともに向き合うつもりはなく、冷たくそっけない。
「あの子も妹でしょ?」
そんな百合を渡会は見向きもしない。
「それもちゃうやろ」
「わたしの方が年上でしょ? てことは、わたし姐御じゃん⁉︎ くー、まいったなぁ、迸るぅ!」
「脳汁が? キモ」
「情熱が‼︎」ここでようやく百合と渡会の会話が噛み合った。
「聞きました⁉︎ クソハラスメント野郎のハラ発言!」
渡会が被害者のような顔で紗杜に訴えた。
「どこもハラちゃうぞ! あとボク先輩やぞ」
「はは、よくわかんないけど、ジアンが楽しそうな職場で働いているってのはよくわかったわ」
紗杜は少しだけ呆れを滲ませつつも、楽しそうに笑った。
「そうなんですよ! じあさんのことは安心してお任せくださいね。この次世代の姐御、ネクストジェネレーション大姐が大体なんとかします!」
「もう妹ですらないやん」
瑠衣はなにやら騒がしい三人を遠目に一瞥しつつ、指先はしなやかに、足先は軽やかにステップを踏んでいた。
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