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本章 計画と策動
慈杏の計画5
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『ベーカリーどれみ』の閉店後、灯りは三分の一ほど落としシャッターを半分おろした店内は簡易的なプレゼンの場のようになっていた。
「では、改めて『サンスターまつりサンバで活況商店街復興起爆剤プロジェクト』略して『4s(sunstar.samba.shoppingstreet.stirring)プロジェクト』チーム、ここに発足します!」
わー! と、渡会が盛大に拍手する。
集まっているのは慈杏の父親の若人、恋人で前職の同期のミカ、現職でチームメンバーの百合と渡会。
慈杏は立っていて用意したホワイトボードにプロジェクト名を書いた。
ホワイトボードを中心に、緩く弧を描くように置かれた丸椅子に座っていた参加者は、渡会ほどではないが配られた資料を手にしながらの控えめな拍手で慈杏を迎えた。
みんなが座っている丸椅子はスタッキングできるアルバ・アアルトのスツール60だ。
イートインを想定した若人が先走って購入した、この店舗経営史上数少ない計画性よりも感情で行動した証と言える名作スツールは、普段は店の端に重ねられていて、レジ締めの作業などでたまに座って作業する際に引っ張り出されるくらいしか活躍の場が無かった。
カラーバリエーションが豊富な丸椅子を可愛いと言いながらカラー選びに余念がなかった渡会のお陰で、若人はほっこりとした気分になっていた。
「プロジェクト名、弧峰さんが考えはったんですか?」
百合が慈杏に尋ねた。
「そうだけど……あんまり良くないかな?」
「いえ、そう言うわけでは、すんません止めて。続けてください」
(4sと言いつつ、s、六個あんなぁ……
納まりが良すぎると却ってしつこなるけど、まあ気にしてもしゃーないか)
百合が内心でコピーライターの性を顕していたことには気付かず、慈杏は続けた。
「ええと、それじゃあ」
んん、と喉の調子を整えて慈杏は話しはじめた。
「お祭りまで半年ちょい。時間はあるようで実際はほとんど余裕がないと見ています。
パフォーマンスのことを考えたら、『ソルエス』の他のメンバーとの擦り合わせや練習にも相当量時間は持っていかれると予想されます。
役割を明確にし、できるだけ単純化してスピード感持って取り組みましょう!」
渡会の「はい!」と言う声が店内に響いた。
慈杏は満足そうに頷いている。
慈杏のプレゼンも悪くないが、実はこの渡会さんと言う子が、プレゼンターを引き上げる機能を担っているのではと、若人は娘の後輩を評価していた。
「それでは、皆さんの役割を発表します。
商店街及び『サンスターまつり』実行委員会との繋ぎ役兼資金計画についてのアドバイザー、サンバはしばらく休んでいたけど、祭りではスルドで出演してくれます! お父さん!」
紹介され、拍手の中若人は立ち上がった。
「弧峰若人です。娘はともかく、直接関係のない皆さんが力をお貸しくださるとのことで、とてもありがたく思います。
どうせやるなら、お祭りも含めて楽しんでください。サンバではスルドという楽器を叩いています。どうぞよろしく」
若人は傍に置いてあった大きな太鼓を二度鳴らして見せた。ミカはその太鼓をじっと見つめていた。
「よろしくお願いします!」若人の挨拶を受け、参加者は口をそろえて返した。
「お父さんはソルエスの創設者のひとりでもあります。かつて、この商店街の危機を救った――」
「慈杏。その話は横道だろ。反れている時間があるのか?」
若人の珍しく食い気味且つ張った声での詰問に気圧された慈杏は、「はぁい」と進行を続けた。
渡会は好物を前に「マテ」をされている犬のように、好奇心に溢れた目で若人を見ている。
若人は若かりし日の熱く激しかったあの物語を、いつかは披露させられるのだろうなと秘かに覚悟をした。
「では、続きまして。代理店時代の同期で、当プロジェクトでは市場調査と広報計画の主査及びサンバではパフォーマーとしてメストレ・サラを担う、ミカ!」
「彼が、そうか」若人が呟く。
「いぇー! ミカちゃんおはつー! ひぃーやっはー!」
「おまえ、うるさい」
相変わらずの渡会は百合が抑えていた。
「初めまして、ミカって呼ばれています。本名は違うんですけど、こっちで慣れちゃいましたので気軽にミカって呼んでください。
この街は自分にとっても地元なので、貢献したいです。頑張ります」
「あらミカちゃん緊張してる⁉︎ かーわーいーい! きっとあれよ、お父さんの前であれよ! かーっ! テンション上がるー。ふぅー!」
「やめとけて!」百合は小声で話しかけてくる様子のおかしな同僚を、懸命に制している。
「今のわたしのチームメンバーの百合くん! クリエイティブディレクションと制作面ではコピーライトを担ってもらいます。
せっかくだからサンバの方もやる?」
百合は渡会に構うのをやめ、立ち上がって答えた。
「百合藍司です。祭りは好きなので楽しんでやらせてもらいます。
サンバはすんません、やりません」
「ノリ悪っ」挨拶を終え座る百合に毒付く渡会。
「うっさい」
「同じくチームメンバーの類! アートディレクションと制作物のデザインを中心に担ってもらいます!
で、サンバやる?」
「渡会類です! 慈杏さんの一番弟子です。まるで姉妹のようだと巷ではもっぱらの噂のようです。よろしくお願いします!
サンバはこの後練習見学してから考えます!」
挨拶を終えて座る渡会を今度は百合が突っ込んだ。
「なんやねん、ひとにノリ悪い言うて。おまえのノリなら即答でやる言わなあかんとちゃうんか」
「やだ恥ずかしい。わたしの思慮深さ足るや、マリアナ海溝を超えたとか」
「なんやそれ気持ち悪い」
「そしてわたし、弧峰慈杏! 不肖ながら当プロジェクトのマネジメントを担当させていただきます! サンバではボルタ・バンデイラとして、ミカとパフォーマンス部分の練度を上げます!」
渡会は一際大きな喝采と拍手を送った。口笛はできないので言葉でひゅー! と言いながら。
「さて、以上のメンバーで進めていくわけですが、今日のところは顔合わせなので、しばしご歓談の時間としましょう十八時から文化会館で練習があるので、わたしとミカは練習、百合くんと類は見学に行きましょう。お父さんも今日は練習行くよね?」
若人は頷いた。
「では、改めて『サンスターまつりサンバで活況商店街復興起爆剤プロジェクト』略して『4s(sunstar.samba.shoppingstreet.stirring)プロジェクト』チーム、ここに発足します!」
わー! と、渡会が盛大に拍手する。
集まっているのは慈杏の父親の若人、恋人で前職の同期のミカ、現職でチームメンバーの百合と渡会。
慈杏は立っていて用意したホワイトボードにプロジェクト名を書いた。
ホワイトボードを中心に、緩く弧を描くように置かれた丸椅子に座っていた参加者は、渡会ほどではないが配られた資料を手にしながらの控えめな拍手で慈杏を迎えた。
みんなが座っている丸椅子はスタッキングできるアルバ・アアルトのスツール60だ。
イートインを想定した若人が先走って購入した、この店舗経営史上数少ない計画性よりも感情で行動した証と言える名作スツールは、普段は店の端に重ねられていて、レジ締めの作業などでたまに座って作業する際に引っ張り出されるくらいしか活躍の場が無かった。
カラーバリエーションが豊富な丸椅子を可愛いと言いながらカラー選びに余念がなかった渡会のお陰で、若人はほっこりとした気分になっていた。
「プロジェクト名、弧峰さんが考えはったんですか?」
百合が慈杏に尋ねた。
「そうだけど……あんまり良くないかな?」
「いえ、そう言うわけでは、すんません止めて。続けてください」
(4sと言いつつ、s、六個あんなぁ……
納まりが良すぎると却ってしつこなるけど、まあ気にしてもしゃーないか)
百合が内心でコピーライターの性を顕していたことには気付かず、慈杏は続けた。
「ええと、それじゃあ」
んん、と喉の調子を整えて慈杏は話しはじめた。
「お祭りまで半年ちょい。時間はあるようで実際はほとんど余裕がないと見ています。
パフォーマンスのことを考えたら、『ソルエス』の他のメンバーとの擦り合わせや練習にも相当量時間は持っていかれると予想されます。
役割を明確にし、できるだけ単純化してスピード感持って取り組みましょう!」
渡会の「はい!」と言う声が店内に響いた。
慈杏は満足そうに頷いている。
慈杏のプレゼンも悪くないが、実はこの渡会さんと言う子が、プレゼンターを引き上げる機能を担っているのではと、若人は娘の後輩を評価していた。
「それでは、皆さんの役割を発表します。
商店街及び『サンスターまつり』実行委員会との繋ぎ役兼資金計画についてのアドバイザー、サンバはしばらく休んでいたけど、祭りではスルドで出演してくれます! お父さん!」
紹介され、拍手の中若人は立ち上がった。
「弧峰若人です。娘はともかく、直接関係のない皆さんが力をお貸しくださるとのことで、とてもありがたく思います。
どうせやるなら、お祭りも含めて楽しんでください。サンバではスルドという楽器を叩いています。どうぞよろしく」
若人は傍に置いてあった大きな太鼓を二度鳴らして見せた。ミカはその太鼓をじっと見つめていた。
「よろしくお願いします!」若人の挨拶を受け、参加者は口をそろえて返した。
「お父さんはソルエスの創設者のひとりでもあります。かつて、この商店街の危機を救った――」
「慈杏。その話は横道だろ。反れている時間があるのか?」
若人の珍しく食い気味且つ張った声での詰問に気圧された慈杏は、「はぁい」と進行を続けた。
渡会は好物を前に「マテ」をされている犬のように、好奇心に溢れた目で若人を見ている。
若人は若かりし日の熱く激しかったあの物語を、いつかは披露させられるのだろうなと秘かに覚悟をした。
「では、続きまして。代理店時代の同期で、当プロジェクトでは市場調査と広報計画の主査及びサンバではパフォーマーとしてメストレ・サラを担う、ミカ!」
「彼が、そうか」若人が呟く。
「いぇー! ミカちゃんおはつー! ひぃーやっはー!」
「おまえ、うるさい」
相変わらずの渡会は百合が抑えていた。
「初めまして、ミカって呼ばれています。本名は違うんですけど、こっちで慣れちゃいましたので気軽にミカって呼んでください。
この街は自分にとっても地元なので、貢献したいです。頑張ります」
「あらミカちゃん緊張してる⁉︎ かーわーいーい! きっとあれよ、お父さんの前であれよ! かーっ! テンション上がるー。ふぅー!」
「やめとけて!」百合は小声で話しかけてくる様子のおかしな同僚を、懸命に制している。
「今のわたしのチームメンバーの百合くん! クリエイティブディレクションと制作面ではコピーライトを担ってもらいます。
せっかくだからサンバの方もやる?」
百合は渡会に構うのをやめ、立ち上がって答えた。
「百合藍司です。祭りは好きなので楽しんでやらせてもらいます。
サンバはすんません、やりません」
「ノリ悪っ」挨拶を終え座る百合に毒付く渡会。
「うっさい」
「同じくチームメンバーの類! アートディレクションと制作物のデザインを中心に担ってもらいます!
で、サンバやる?」
「渡会類です! 慈杏さんの一番弟子です。まるで姉妹のようだと巷ではもっぱらの噂のようです。よろしくお願いします!
サンバはこの後練習見学してから考えます!」
挨拶を終えて座る渡会を今度は百合が突っ込んだ。
「なんやねん、ひとにノリ悪い言うて。おまえのノリなら即答でやる言わなあかんとちゃうんか」
「やだ恥ずかしい。わたしの思慮深さ足るや、マリアナ海溝を超えたとか」
「なんやそれ気持ち悪い」
「そしてわたし、弧峰慈杏! 不肖ながら当プロジェクトのマネジメントを担当させていただきます! サンバではボルタ・バンデイラとして、ミカとパフォーマンス部分の練度を上げます!」
渡会は一際大きな喝采と拍手を送った。口笛はできないので言葉でひゅー! と言いながら。
「さて、以上のメンバーで進めていくわけですが、今日のところは顔合わせなので、しばしご歓談の時間としましょう十八時から文化会館で練習があるので、わたしとミカは練習、百合くんと類は見学に行きましょう。お父さんも今日は練習行くよね?」
若人は頷いた。
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