上 下
12 / 123
序章 ガビと少年

少年と離別

しおりを挟む
 工場に行くのは実に五日ぶりだった。
 夏休みでも木曜日の塾は休みではなく、金曜日は試合前の身体のメンテナンスに使うため工場での練習は行わなかったのだ。


 決勝の結果を早くガビに伝えたかった。

 カビから学んだテクニックを、俺も羽龍も使えるようになっていた。
 羽龍から俺へのパスで得点をするパターンは相手チームに研究されていたが、ガビのテクニックを駆使した俺は試合開始後十分ほどで先制点を奪った。
 自ずと俺へのマークはより激しくなったが、その後は早い段階で俺がボールを持ち、ゴール前で羽龍に長いパスを出して羽龍が点を取りに行くパターンがよくハマった。
 このテクニックを練習する過程で、俺のパスの精度も上がっていたのも要因だったと思う。
 今までの試合では俺がアシストを出すケースはあまりなく、相手チームのデータには無い動きだった。

 ボランチやミッドフィルダーからのパスでも同様のパターンを作れるため、相手チームは守備に割く人員が足らず、元々ボール保持率もこちらのチームの方が高かったこともあり、終始攻勢で試合運びができた。

 相手チームは個々の選手の地力が高く、特にキーパーは判断力に優れた選手だった。
 攻めてはいても攻めあぐねる時間が長く、決定的な場面でもセーブされてしまうことが多かったが、俺が一点、羽龍が二点もぎ取り、相手チームのカウンターで一点返されたが押し切ることができた。

 念願の優勝をもぎ取ったのだ!
 ゴールデンコンビの得点で!

 弟の学年は同点のまま延長戦でも決着はつかず、PK戦までもつれた末に惜敗したが、それでも初の決勝進出、準優勝は快挙に違いはなかった。


 気が急いていた三人はいつの間にか走り出していた。
 工場が見えた。なにか違和感があった。

 違和感の正体はすぐにわかった。
 無機質なバリケードが立てられ、立ち入りを禁止する表示が掲げられていた。
 工場内に残されていた机や椅子などもなくなっているように見えた。
 元々人の気配のない廃工場ではあったが、今では営みの痕跡も見受けられない、無味乾燥な跡地になっていた。

「なんだよこれ……」

 思考の整理が追い付かず立ち尽くす。
 どれくらいそうしていただろうか。長い時間だったような気もするがただ茫然としていたのでそう思えただけで、実際は数分も経っていなかったかもしれない。
 とにかく中に入れず、中には誰も居ないのは確実で、待っていても恐らくガビはこないと思えた。
「今日は帰ろう、また明日来てみよう」という羽龍に従い、俺たちは帰った。


 半ば予想していたが、明日も、また別の日も、一週間後も、ガビには会えなかった。


 いつの間にか工場内には重機が入り込んでいたが、作業が開始される様子はなかった。
 それでも季節が変わる頃には解体作業が始まり、始まればあっという間に工場は消えてしまった。何の説明も受けられず、混乱と戸惑いの最中に居た俺たちは、毎日では無いものの定期的に現地に赴いていた。
 休憩中の作業員に声を掛け、近づかないように注意を受けながらも、事情の一端を知ることができた。

 作業員たちは工場ではなく土地の現所有者から発注を請けた立場であった。
 つまり、この土地は工場の関係者の所有ではなくなっているのだ。
 もともと工事は決まっていたが、急遽前倒しになったのだと言う。前倒しになった理由までは知らないとのことだった。

「少なくともさ、ガビにとっても急に決まったことだったんじゃないかな」

 何も告げられず、突然の別れとなったことで、誰も口にはしなくても裏切られたという思いが芽生え始めていたが、羽龍が自分にも言い聞かせるように言った言葉に少しだけ心がほぐれるのを感じた。

「でも、だけどさ、一言くらい……」

 それでも心に残る割り切れないなにかを、言葉にしようと思ったがうまく言葉にならなかった。羽龍も黙っている。


 季節が変わり、工場が更地になる頃には、幾分諦めの気持ちが強くなり、戸惑いの気持ちは整理がつき始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スルドの声(交響) primeira desejo

桜のはなびら
現代文学
小柄な体型に地味な見た目。趣味もない。そんな目立たない少女は、心に少しだけ鬱屈した思いを抱えて生きてきた。 高校生になっても始めたのはバイトだけで、それ以外は変わり映えのない日々。 ある日の出会いが、彼女のそんな生活を一変させた。 出会ったのは、スルド。 サンバのパレードで打楽器隊が使用する打楽器の中でも特に大きな音を轟かせる大太鼓。 姉のこと。 両親のこと。 自分の名前。 生まれた時から自分と共にあったそれらへの想いを、少女はスルドの音に乗せて解き放つ。 ※表紙はaiで作成しました。イメージです。実際のスルドはもっと高さのある大太鼓です。

サンバ大辞典

桜のはなびら
エッセイ・ノンフィクション
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の案内係、ジルによるサンバの解説。 サンバ。なんとなくのイメージはあるけど実態はよく知られていないサンバ。 誤解や誤って伝わっている色々なイメージは、実際のサンバとは程遠いものも多い。 本当のサンバや、サンバの奥深さなど、用語の解説を中心にお伝えします!

ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火

桜のはなびら
現代文学
 マランドロはジェントルマンである!  サンバといえば、華やかな羽飾りのついたビキニのような露出度の高い衣装の女性ダンサーのイメージが一般的だろう。  サンバには男性のダンサーもいる。  男性ダンサーの中でも、パナマハットを粋に被り、白いスーツとシューズでキメた伊達男スタイルのダンサーを『マランドロ』と言う。  サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』には、三人のマランドロがいた。  マランドロのフィロソフィーを体現すべく、ダンスだけでなく、マランドロのイズムをその身に宿して日常を送る三人は、一人の少年と出会う。  少年が抱えているもの。  放課後子供教室を運営する女性の過去。  暗躍する裏社会の住人。  マランドロたちは、マランドラージェンを駆使して艱難辛苦に立ち向かう。  その時、彼らは何を得て何を失うのか。 ※表紙はaiで作成しました。

千紫万紅のパシスタ 累なる色編

桜のはなびら
現代文学
 文樹瑠衣(あやきるい)は、サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の立ち上げメンバーのひとりを祖父に持ち、母の茉瑠(マル、サンバネームは「マルガ」)とともに、ダンサーとして幼い頃から活躍していた。  周囲からもてはやされていたこともあり、レベルの高いダンサーとしての自覚と自負と自信を持っていた瑠衣。  しかし成長するに従い、「子どもなのに上手」と言うその付加価値が薄れていくことを自覚し始め、大人になってしまえば単なる歴の長いダンサーのひとりとなってしまいそうな未来予想に焦りを覚えていた。  そこで、名実ともに特別な存在である、各チームに一人しか存在が許されていないトップダンサーの称号、「ハイーニャ・ダ・バテリア」を目指す。  二十歳になるまで残り六年を、ハイーニャになるための六年とし、ロードマップを計画した瑠衣。  いざ、その道を進み始めた瑠衣だったが......。 ※表紙はaiで作成しています

スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら
現代文学
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。 長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。 客観的な評価は充分。 しかし彼女自身がまだ満足していなかった。 周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。 理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。 姉として、見過ごすことなどできようもなかった。 ※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。 各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。 表紙はaiで作成しています

スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
 大学生となった誉。  慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。  想像もできなかったこともあったりして。  周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。  誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。  スルド。  それはサンバで使用する打楽器のひとつ。  嘗て。  何も。その手には何も無いと思い知った時。  何もかもを諦め。  無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。  唯一でも随一でなくても。  主役なんかでなくても。  多数の中の一人に過ぎなかったとしても。  それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。  気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。    スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。  配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。  過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。  自分には必要ないと思っていた。  それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。  誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。  もう一度。  今度はこの世界でもう一度。  誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。  果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...