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序章 ガビと少年
少年と廃墟
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誰もいないと確信を持っていながらも、侵入の際は緊張した。
「すみませーん……!」
オープンなスペースだ。実際は俺の声はそれほどは響いても反響してもいなかったはずだが、静寂の中、自らの声がやけに大きく聞こえた。
映画などでよく見られる、人気のないところで誰かを呼び、声が反響するシーンは、リアリティでも演出過剰でもなく、緊張感を伴う心理状況によって、そのように聞こえるのだと表現しているのかもしれない。
反応は無い。
長い静寂と思えたが、実際はまだ数秒しか経っていないはずだ。油断するなよ、俺。
もし誰か出てきたら、道に迷ったと言おうと、羽龍とは事前に打ち合わせをしていた。
「こんにちはー、どなたかいらっしゃいませんかー?」
羽龍も恐る恐ると声を掛けた。やはり響くのは羽龍の声のみで、廃墟の中からの反応はない。
「すみませーん!!」
反応のなさに無人の確信をより強固にした俺は、大きな声で呼び掛けた。流石に今回は気のせいではなく、剥き出しのコンクリートの地面や壁面が俺の声を反響させていた。
数秒待つ。反響した声が消える。反応は無い。
ふたり、目を見合わせ、
「っしゃー!!」
「俺んだー!!」
「あの机も、椅子も、あのよくわからんコードも、全部、俺んだー!!」
「いぇー! 俺んだー! あの布も! 缶も! 俺んだー! いらねーけど‼︎」
ふたりで散々山賊のようなセリフをひとしきり叫びながら、工場内を一通り探ってみた。
残念ながら電気はつかず、水道も通っていないためトイレも使えなかった。
小学生男子には立小便という特権がある。裏の草むらですれば良いと考え、練習場として使うのに必要充分と判断した俺たちは、さっそくボールを取り出し地面についたり、壁に向かって蹴ったりしてみる。
コンクリートの地面や壁はボールをよくバウンドさせた。
「おい、ウリ、見ろよ」
正面から壁に向かってボールをインサイドキックで蹴る。
低い弾道で壁に当たったボールは、硬質な音を伴いよりスピードを増して足元に戻ってきた。今度は壁に対し四十五度の角度で、同じ蹴り方で蹴る。先ほどと同じ威力で壁から四十五度逆側にボールが弾かれる。俺は蹴ると同時にボールが返ってくる先に走り、跳ね返ってきたボールを自ら受けた。
「おー! この壁、シュート練習だけじゃなくて、強くて速いパスを受ける練習もできるね」
「な!」
今度は俺が壁へ向かって蹴ったボールの戻りを羽龍が受け、すぐに蹴り返し壁を使ってバウンドさせ、俺の足元に寄越す。
「今までのコンビネーションの精度を上げたり、新しいパターンつくったりできるかも」
「シュート練習もするなら、今度ヨシヒロもつれてこようか。あいつにキーパーやらせよう」
ヨシヒロは二歳年下の弟だ。弟も同じサッカークラブに所属していた。
練習も試合も学年ごとだから、チーム内で関わることは少なかったが、羽龍との練習では弟が良く交ざってきていた。
「良いね、だいぶうまくなったよね」
羽龍は言いながら、今度はボールをリフティングしてから高い弾道で壁に当てる。
「ちょくちょく俺らの練習に交ざってるからな。
元々はフォワードだけど、練習相手でディフェンダーやらせたりキーパーやらせたりしてるうち、全ポジションこなせるようになってるっぽい」
跳ね返ってきた高いボールを胸でトラップし、そのままリフティングをしながらボールを直接羽龍にパスをした。
「へえ、やるなぁ」
会話をしながらでもボールを落とさずパスしあえるほど、俺たちの息は合っていた。
新しい環境に興奮していた俺たちは、時間を忘れ夢中になっていた。
気が付くと空が薄暗くなっていた。日の長い時期なので油断していたが、思ったより長居をしてしまったかもしれない。遠出をしてしまったことを考えると、そろそろ帰った方が良いかもと思い始めた時、
「誰!? 何してる?」
やや甲高い、少し特徴のあるイントネーションの声が工場内に響いた。
「すみませーん……!」
オープンなスペースだ。実際は俺の声はそれほどは響いても反響してもいなかったはずだが、静寂の中、自らの声がやけに大きく聞こえた。
映画などでよく見られる、人気のないところで誰かを呼び、声が反響するシーンは、リアリティでも演出過剰でもなく、緊張感を伴う心理状況によって、そのように聞こえるのだと表現しているのかもしれない。
反応は無い。
長い静寂と思えたが、実際はまだ数秒しか経っていないはずだ。油断するなよ、俺。
もし誰か出てきたら、道に迷ったと言おうと、羽龍とは事前に打ち合わせをしていた。
「こんにちはー、どなたかいらっしゃいませんかー?」
羽龍も恐る恐ると声を掛けた。やはり響くのは羽龍の声のみで、廃墟の中からの反応はない。
「すみませーん!!」
反応のなさに無人の確信をより強固にした俺は、大きな声で呼び掛けた。流石に今回は気のせいではなく、剥き出しのコンクリートの地面や壁面が俺の声を反響させていた。
数秒待つ。反響した声が消える。反応は無い。
ふたり、目を見合わせ、
「っしゃー!!」
「俺んだー!!」
「あの机も、椅子も、あのよくわからんコードも、全部、俺んだー!!」
「いぇー! 俺んだー! あの布も! 缶も! 俺んだー! いらねーけど‼︎」
ふたりで散々山賊のようなセリフをひとしきり叫びながら、工場内を一通り探ってみた。
残念ながら電気はつかず、水道も通っていないためトイレも使えなかった。
小学生男子には立小便という特権がある。裏の草むらですれば良いと考え、練習場として使うのに必要充分と判断した俺たちは、さっそくボールを取り出し地面についたり、壁に向かって蹴ったりしてみる。
コンクリートの地面や壁はボールをよくバウンドさせた。
「おい、ウリ、見ろよ」
正面から壁に向かってボールをインサイドキックで蹴る。
低い弾道で壁に当たったボールは、硬質な音を伴いよりスピードを増して足元に戻ってきた。今度は壁に対し四十五度の角度で、同じ蹴り方で蹴る。先ほどと同じ威力で壁から四十五度逆側にボールが弾かれる。俺は蹴ると同時にボールが返ってくる先に走り、跳ね返ってきたボールを自ら受けた。
「おー! この壁、シュート練習だけじゃなくて、強くて速いパスを受ける練習もできるね」
「な!」
今度は俺が壁へ向かって蹴ったボールの戻りを羽龍が受け、すぐに蹴り返し壁を使ってバウンドさせ、俺の足元に寄越す。
「今までのコンビネーションの精度を上げたり、新しいパターンつくったりできるかも」
「シュート練習もするなら、今度ヨシヒロもつれてこようか。あいつにキーパーやらせよう」
ヨシヒロは二歳年下の弟だ。弟も同じサッカークラブに所属していた。
練習も試合も学年ごとだから、チーム内で関わることは少なかったが、羽龍との練習では弟が良く交ざってきていた。
「良いね、だいぶうまくなったよね」
羽龍は言いながら、今度はボールをリフティングしてから高い弾道で壁に当てる。
「ちょくちょく俺らの練習に交ざってるからな。
元々はフォワードだけど、練習相手でディフェンダーやらせたりキーパーやらせたりしてるうち、全ポジションこなせるようになってるっぽい」
跳ね返ってきた高いボールを胸でトラップし、そのままリフティングをしながらボールを直接羽龍にパスをした。
「へえ、やるなぁ」
会話をしながらでもボールを落とさずパスしあえるほど、俺たちの息は合っていた。
新しい環境に興奮していた俺たちは、時間を忘れ夢中になっていた。
気が付くと空が薄暗くなっていた。日の長い時期なので油断していたが、思ったより長居をしてしまったかもしれない。遠出をしてしまったことを考えると、そろそろ帰った方が良いかもと思い始めた時、
「誰!? 何してる?」
やや甲高い、少し特徴のあるイントネーションの声が工場内に響いた。
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