スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

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がんこの成長

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 幼かったがんこ。

 私が出掛けると、一生懸命走ってついてきたがんこ。左手には汚れたうさぎのぬいぐるみを持って。
 私は妹が追いつくのを待って、右手を引いてあげる。私の手をしっかりと掴んでくる幼子の力を感じながらも、彼女が左手に持つぬいぐるみをいつの間にか落としていた、なんてことにならないよう気を付けた。
 

 名作ポテトチップス「からシーフード」を、「おいしいね、おいしいね」と嬉しそうに食べていたがんこ。私も好きだったが、その顔が見たくて自分の分も与えていた。
 スナック菓子とは言え辛みを売りにした商品だ。刺激物なのによくもまあむしゃむしゃと食べるなーと思って見ていたら母に「与えすぎ」だと叱られたものだ。犬みたいな言い方するなぁと思ったが、実際がんちゃんは仔犬みたいで可愛かった。

 
 ちびっこゴルフでホールインワンを取り周囲を驚かせていたがんこ。
 たしなみ程度だが仕事上の付き合いでも必要なためゴルフを収めていた父が、幼い我が子に天性の資質があるんじゃないかという、よくある親バカな科白を珍しく口にしていた。

 
 そして、ちびっこゴルフ優勝賞品のポンジャンという麻雀の簡易版でドンジャラの亜種のようなゲームをもらって喜んでいたがんこ。(ポンジャンの方が先行商品らしい)
 ポンジャンは父が自宅でゆっくり過ごせる、年間でも限られた時期である年末年始に家族で数回試したが、私か母しか勝たないのでいつしかやらなくなっていった。母は殊更運が良く、私はゲームへの理解がやたらと高かったというのもあるが、父は多分手加減していたのだろう。がんちゃんはポケモンの絵柄の牌で好きなものだけを集めるような打ち方をしていたからどうやってもあがれなくていじけていた。
 やらなくなってからも、がんちゃんはしばらくの間、気に入った絵柄の牌をいくつか机に並べていた。


 動物園で迷子になっていたがんこ。
 ラッコがどうしても見たくて、迷子になって泣きそうになっていてもラッコを絶対に見るという意志だけは曲げなかった。したたかにも、帰りにはラッコのぬいぐるみをしっかりと手にしていた。

 
 動物園帰りのレストランで、気に入ったラッコのぬいぐるみをずっといじっていて食が進まず母に叱られていたがんこ。
 しばらくは少し不貞腐れていたが、グラタンが冷めて食べやすくなったら、にこにこしながらおいしそうに食べていた。


 少しずつ思春期を迎えていくがんこ。
 
 急に手帳が欲しいと言い出したがんこ。
 母からは「予定なんて学校の時間割通りでしょ。小学生に手帳なんて必要ない」とよくわからない断言をされて項垂れていた。
 話をよく聞くと、マイメロの手帳がほしかったらしい。
 私も手帳は必要だから買うつもりだった。がんちゃんが欲しがっていた手帳を買って、カバーをがんちゃんにあげたら良いかなと思ったら、その手帳は中身もがっつりマイメロ仕様で、きっとがんちゃんは中身も含めてこの手帳が欲しかったに違いないと思った私は作戦を変えた。
 小学四年生が手帳を手にすることで得られる勉強の効率化と、スケジュール管理を意識することで得られる生活の質の向上をさりげなく母に説き、無事欲しがっていた手帳を手にしたがんちゃん。
 まさか、予定の記入は二週間がせいぜいで、なにかあった時だけ記録するといった日記のような使い方になるものとは思っていなかったが、それはそれで意味も価値もある。


 ターミナル駅と百貨店の境界に出店していたポップアップストアでかえるのピクルスと出会い、一目惚れして連れ帰ってきたぬいぐるみをソファに座ってまじまじと見つめ、優しい顔をしていたがんこ。
 

 
 私のブラスバンドの大会の日、正装して観に来てくれて、花束を渡してくれたがんこ。
 半分は父と母に言われてのことだったようだが、照れくさそうに言ってくれた労いと称賛の言葉は掛け値の無い本音だったと思う。
 




 
 いつしか、私とはあまり話さなくなったがんこ。





 
 がんちゃんが趣味を探していろいろ挑戦していたことも。
 バイトを頑張っていたことも、それがこの家を出ようとしてだということも。
 母と衝突して夜泣いていたことも。
 仲の良い友達ができたことも。
 
 識ってはいた。
 当人以外から得られる知識は、知れば知るほど彼我の距離が開いていくように感じた。
 例えば応援で観に行った駅伝で、その地点のランナーを見送った後の情報は、メディアや周囲の人の口で知らされるのに似ているだろうか。
 さっきまで熱さえ共有できそうだった距離にいた選手の挙動は、以降は人伝でもたらされる単なる情報となる。
 
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