スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

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父と母

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 がんちゃんは父と母をお見合い結婚だと思っている。
 厳密にいうと少しだけ異なる。

 実際はもう少し軽い。

 父に母が、父の上司からその親族を紹介されたのは事実だ。この関係性だけ見れば、確かにお見合いのようである。
 父の上司であった当時の常務と父の関係性は、上司部下ではあるが、先輩後輩くらいの、なんなら少し歳の離れた男兄弟くらいの気安いものだった。
 だから、紹介というのは文字通り紹介で、年齢的に近く当時付き合っているひともいないと知っていた姪っ子を、同じく付き合っている相手のいない若い部下に紹介しただけのことなのだ。
 特段の趣味のない父にとって、生活のすべてが仕事だった。まだ若かった父自身、そんな生活に、人生に、これで良いのかと言う疑問や、このままで良いのかと言う不安はあった。生活に彩りが欲しいと言う欲もあった。


 母は勉強はできた方だ。
 祖父母はやや母を甘やかしていただろうか。
 学生時代に夢中になったものなどは特にない。
 わかりやすい夢や目標なんかも持ってはいなかった。

 フィクションのお嬢様ほどわかりやすいアイコンではないが、ところどころお嬢様然とした在り方は母自らが望んだもの。
 それでも、女子大生ブームは過去となり、景気は悪いが今にして思えば言うほど暗くはなかったと当時を振り返る大人たちが語るその時代を生きる大学生として、さして特異とは思われない個性で過ごしていた母は、それなりに世俗にも親しみ、楽しんでいた。

 母は大学を卒業後、料理教室で講師をやっていた。幼い頃から料理が好きで、近親者にも何人か得意な者が居たようで貪欲に教えを乞うていたらしい。
 料理教室は件の近親者が拓いていたもので、コネそのものだし収入も知れていた。金銭的に余裕のある家庭のおかげで、収入に関する考え方は鈍感だった。
 およそ自立した状態とは言い難かったが、料理への意識と技術や知識は本物で、調理師の資格まで取っていた。

 それでも、仕事としては成立しているとまでは言えず、家に養われている状態の母。
 祖父母はそれを悪しとは言わなかったし、結婚して家庭に入ることを是とも思っていなかったが、正月か何かで親族が集まった折、何気なくもたらされた叔父からの提案に、母自身が心惹かれる思いを得たのだと言う。

 大学時代はそれなりに周囲に人はいたが、積極性に乏しい母は、卒業後所属するコミュニティは日々を経るごとに細っていた。
 簡単な言い方をすれば、出会いの機会がほとんど無くなっていた。
 料理教室の生徒は女性が中心だ。生徒の年齢層は二十代から五十代くらいまで、学生から主婦、会社員と属性も様々だったが、若い生徒とは友人関係になる程親密になることはなく、親世代の生徒からはお節介なお見合い話、紹介話はたまに出ることはあっても母に積極性がなかったため、冗談の域を出ることは無かった。

 そんな中での叔父の言葉。
 営業部門を統括している叔父自身営業経験があり、気に入っている部下を褒めそやす言葉は、世間にすれるほどには世間を知っていない母にとっては魅力的なプレゼンに相当したのだろう。


 父と母、それぞれの思惑とも外れていなかった提案は、すんなりと実現することとなった。


 常務は顔合わせの場こそ立ち会ったが、以降はふたりの意思と意向に完全に任されることになる。
 育まれ、結実した結果は、ふたりだけで出したものだ。
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