スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

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芽吹き(LINK:primeira desejo 122〜123)

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 キョウさんによれば、イベントはほどなく始まるそうだ。

 観客側となるがんちゃんの同級生三人も、キョウさんから借りた楽器を鳴らしたりしながら、口々に演者側の私たちに応援の言葉を伝えてくれた。
 

 このイベントは、見物客も思い思いに参加して良い気軽にサンバを楽しめる内容となっている。

 サンバも、サンバの楽器にも、触れたことの無い三人は「できるかなぁ」などと少し不安な様子を見せていたが、キョウさんは基礎的な鳴らし方は教えつつ、「気楽に参加できる」「楽しければ良い」というこのイベントの主旨を理解させ、安心させていた。

 柊からは、楽器だけじゃなく踊ったって良いのだと言われ、三人は「えー」と、無理だというリアクションを取りながらも、ルカがK-POPの曲に適当な歌詞をつけて歌い手拍子を打つと、しいとみやがHIPHOPっぽいこれまた適当なダンスで踊って見せた。
 これだけノリが良ければ、曲を知らなくても、楽器やダンスを知らなくても、盛り上がり、楽しんでくれそうだ。

 
 がんちゃんは騒々しいタイプではないが、生粋のかわいがられタイプだ。
 昔からいじられることもあったものの、基本的にはノリの良い子や活発な子が周りに集まっていることごおおかった。多少私が介入した場面もあったが、補助に過ぎない。がんちゃんの素養があればこその結果だ。

 ひいも、ルカ、しい、みやも、がんちゃんの方に寄ってきてくれた形で仲良くなったのだろう。

 
 がんちゃん自身は相手の属性に対する好みや得手不得手はないようで、分け隔てない対応をするため、来る者は拒まずのスタンスで、がんちゃんを好ましく思ってくれる人とは、誰とでも仲良くなれていた。
 ある意味ひとが寄ってくる恵まれた環境に胡坐をかいているともいえ、友だちの作り方が受け身すぎるのは気になるところだった。

 
 しかしそれはこれまでのがんちゃんだ。

 
 サンバとの出会いが、がんちゃんを本当に少しずつではあるが、変えてきていると思う。

 未だ積極的にあらゆるメンバーに絡みに行くといった動きは目に見えて発生はしていないが、がんちゃんが率先して発言したり、提案したりする場が増えてきたように思えた。

 
 今回のフェスタジェニーナにしてもそうだ。

 
 今までのがんちゃんなら、誰かが誘ってくれたイベントに乗るという形が殆どだった。
 だが今回は、自ら提案し、キョウさんや私と交渉し段取りや環境を整えた。
 みんなを楽しませるために、場を創り、みんなを誘った。
 呼ばれる側だったがんちゃんが、明らかに呼ぶ側の動きを取ったのだ。

 
 徳島のイベントに関する動きの中でも、変化が見られた。
 半ば巻き込むような形でプレゼンターに仕立て上げたのは私だが、大人相手に立派に立ち回ったがんちゃん。
 プレゼンだけでなく、打ち合わせなどの会話のやり取りに於いても安定感のある対応で心強さを覚えたものだ。

 がんちゃんは元々、コミュニケーションに関するスキルや資質のポテンシャルは持っていたと思う。
 変化という点で言うなら、本質は対応の部分のことではない。
 やり取りの端々に、「メンバーのため」という要素が見えていたのだ。
 プレゼンターとして、観客やクライアント目線になれているだけでもたいしたものだと思ったが、未だあまり話したり仲良くなれたりしていない者も多い中、「メンバーのため」を要素として捉えられていることに、がんちゃんの変化、或いは成長を感じたのだ。

 
 フェスタジェニーナと、徳島イベントのクライアントとのやり取りに於ける、見い出せた「変化・成長」がもたらす要素とは、すなわち「リーダー」としての気質だ。

 
 受け身でもひとに囲まれる魅力や、来る者拒まずの器の大きさはあるにしても、決して率いる側ではなかったがんちゃん。
 そんながんちゃんが、積極的にひとを誘い、身内や仲間のために相手と交渉し、仲間のための場を創っている。

 未だ目に見えるほどの何かが顕わになっているわけではないが、これまでとは異なる方向性への成長を予感させる大きな兆しだ。

 
 がんちゃんの未知だったポテンシャルの芽吹きにわくわくが止まりそうもなかった。
 
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