スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

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目的の地。そして、次の目的地。(LINK:primeira desejo 121)

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 目前である。

 最初の目的地の集合場所も。
 集合時間も。


 集合場所の駅にはほぼ着いてはいるのだが、集合場所は逆側のロータリーだ。
 車で行くにはかなり大回りしなくてはならない。
 駅舎の中を通れば簡単に逆側に行ける構造になっている。


「がんちゃん、先に行って。必ず追いつくから」


 がんちゃんを下ろし、馬首を返す。
 ここからはタイムトライアルだ。
 だからこそ、冷静に。安全に。

 経験の全ては血肉となる。
 この試練を超えたら、この辺りにはカーナビ無しで来られる私になっていることだろう。
 この後の難行を全うしたら、高速道路を使いこなせる私になっていることだろう。
 今日を終える頃には、道を理解し、車を手足のように使いこなし、人前でスルドの演奏経験を持つ私に成っているのだ。

 そうやってひとつずつ、目の前の階段を登り続けることで、一段ずつ視界が広がってゆく。

 視える世界が拡がって、出来ることが増えて。
 これを繰り返せば、いつか世界中のどこにだって手が届く。


 可能性が拡大していくのはとても楽しい。
 やりたいことはたくさんある。そこにやれることが増えていって、その中からまたやりたいことが出てくる。
 こういうのもまた、幸せのひとつの形なのだろう。
 悩ましいこともままならないこともあるが、それをも込みで毎日が楽しかった。

 がんちゃんのおまけではじめたスルド。それもまた、今では私の人生に於ける彩のひとつとなっている。
 スルドとの出会い。そのきっかけをくれたがんちゃんには、改めて感謝したい。



 がんちゃんは今は私の車を降り、ひとり集合場所へと向かっている。
 私はゆっくりと急いで、がんちゃんとの再会を目指した。




 無事に合流を果たした私は、がんちゃんの同級生たちやキョウさんと挨拶を交わしたり、コンビニで買い出しをしたりしながら、各車輌で編成を整えた。


「んじゃ、行っか」


 キョウさんと私はそれぞれ運転席に乗り込む。
 キョウさんがクラクションを鳴らして車を発進させた。

 
 キョウさんに先行してもらい、ついて行くつもりだ。だからと言って安心はできない。途中で間に他の車に入られてしまうかもしれない。信号で別れ別れになる可能性もある。
 今回はさすがにカーナビをセットした。ETCカードも入っている。ほづみのプレイリストも接続した。
 さあ、準備はできた。行こう。

 キョウさんに続いて車を走らせる。同時に車内には本場ブラジル名門エスコーラの男性プシャドール(ヴォーカルの一種。歌やシャウト、合いの手などの声を出す)が放つ甲高い叫び声が響いた。


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