160 / 215
街を駆る(LINK:primeira desejo 120)
しおりを挟む
エンジンに火を入れる。
目覚めた獣の脈動がハンドルを握る手に、そして心に、伝わる。
いける?
心で問う私に、一定のリズムを刻み続ける獣は「主の指示さえあれば、いつでも」とでも応えているかのよう。
スマートで理知的な相棒。そんな彼に相応い者で在れるよう、ゆっくりと且つしなやかにシフトレバーを操作する。
アクセルを踏めば控えめな咆哮を上げて、我が獣は吐き出すエキゾーストも清らかに、ゆっくりと流れるように路面に身体を滑らせてゆく。
室内に流れる音楽には軽妙なロックを選んだ。疾走感のあるメロディに、重さは少々控えめながら、刻むビートは心の律動を高めてくれる。そして、BGMの奥から届く微かに唸る駆動音は上品で。速度の上昇に比例するように喚くことなど決してしない。
ナビの音声など無粋。
冷静な我が獣に身も心も委ね、感覚の赴くまま静かなる速度を軽やかに操ってみせる。
「ねえ、ここさっき通ったよね?」
助手席でシートに身を包みスピードを感受しているがんちゃんの心には、風景に心を預ける余裕があるようだ。あと今日もかわいい。
「うん、さっき通ったね」
がんちゃんと一緒にたどる道ならば、何度同じ道を通ったって良い。事実、先ほどは得られなかった質問が生まれたではないか。
「ねえ、駅右の方じゃない? なんで左曲がるの?」
そっか、がんちゃんは未だ免許持ってないもんね。車乗りの常識を教えてあげよう。
「がんちゃん、車はね? 左折を三回すれば右に曲がるのと同じ効果が得られるんだよ?」
「? じゃあ最初から右に曲がれば良くない?」
うんうん、そんながんちゃんもかわいいよ。
がんちゃん、うつしよにはね、右には右の、左には左の世界があるの。きっといつか、分かる日が来る。
「ねえ、時間大丈夫?」
「時間は大丈夫だよ」
ほんとに? みたいな顔をしているがんちゃんもまた、かわいい。
間に合うかどうかという問いならば、割とぎりぎり、というかやや間に合わないだろう。
だけど、大丈夫かという問いならば、大丈夫との答えになる。だって、大丈夫じゃない時間なんてないから。
時間はいつだって、私たちの前に平等に流れているのだから。
「ねえ、なんか今日、変じゃない?」
風景の違和感に続き、私の僅かな変化さえ見逃さないとは。本日のがんちゃん、切れ味鋭い。
このあと私は街乗りというレベルと比較すれば長距離の運転をすることになる。しかも、短い区間とは言え高速に乗るのだ。
なればこそ、車に乗った時点からドライバーモードに切り替える必要があろう。
心が。
心の在り様が。
身体を動かし、機能を最適化するのだ。
レザーのグローブやサングラスなどは装着してはいないが、気持ち的には夜のしじまを研ぎ澄まされたドライビングテクニックで切り裂くが如く。
実際は日中のやや混みあった公道を進んだり止まったりしているだけだし、ハードボイルドを意識した心の裡も、対象がハイブリッドカーではいまいち締まらないけど、まあそれはそれ。
さて、大丈夫等と嘯いてはみても、遅刻はしない方が良い。
残り時間と残りの道程をざっと計算する。多分間に合う。残りはすべてノーミスで行けたならば。
目覚めた獣の脈動がハンドルを握る手に、そして心に、伝わる。
いける?
心で問う私に、一定のリズムを刻み続ける獣は「主の指示さえあれば、いつでも」とでも応えているかのよう。
スマートで理知的な相棒。そんな彼に相応い者で在れるよう、ゆっくりと且つしなやかにシフトレバーを操作する。
アクセルを踏めば控えめな咆哮を上げて、我が獣は吐き出すエキゾーストも清らかに、ゆっくりと流れるように路面に身体を滑らせてゆく。
室内に流れる音楽には軽妙なロックを選んだ。疾走感のあるメロディに、重さは少々控えめながら、刻むビートは心の律動を高めてくれる。そして、BGMの奥から届く微かに唸る駆動音は上品で。速度の上昇に比例するように喚くことなど決してしない。
ナビの音声など無粋。
冷静な我が獣に身も心も委ね、感覚の赴くまま静かなる速度を軽やかに操ってみせる。
「ねえ、ここさっき通ったよね?」
助手席でシートに身を包みスピードを感受しているがんちゃんの心には、風景に心を預ける余裕があるようだ。あと今日もかわいい。
「うん、さっき通ったね」
がんちゃんと一緒にたどる道ならば、何度同じ道を通ったって良い。事実、先ほどは得られなかった質問が生まれたではないか。
「ねえ、駅右の方じゃない? なんで左曲がるの?」
そっか、がんちゃんは未だ免許持ってないもんね。車乗りの常識を教えてあげよう。
「がんちゃん、車はね? 左折を三回すれば右に曲がるのと同じ効果が得られるんだよ?」
「? じゃあ最初から右に曲がれば良くない?」
うんうん、そんながんちゃんもかわいいよ。
がんちゃん、うつしよにはね、右には右の、左には左の世界があるの。きっといつか、分かる日が来る。
「ねえ、時間大丈夫?」
「時間は大丈夫だよ」
ほんとに? みたいな顔をしているがんちゃんもまた、かわいい。
間に合うかどうかという問いならば、割とぎりぎり、というかやや間に合わないだろう。
だけど、大丈夫かという問いならば、大丈夫との答えになる。だって、大丈夫じゃない時間なんてないから。
時間はいつだって、私たちの前に平等に流れているのだから。
「ねえ、なんか今日、変じゃない?」
風景の違和感に続き、私の僅かな変化さえ見逃さないとは。本日のがんちゃん、切れ味鋭い。
このあと私は街乗りというレベルと比較すれば長距離の運転をすることになる。しかも、短い区間とは言え高速に乗るのだ。
なればこそ、車に乗った時点からドライバーモードに切り替える必要があろう。
心が。
心の在り様が。
身体を動かし、機能を最適化するのだ。
レザーのグローブやサングラスなどは装着してはいないが、気持ち的には夜のしじまを研ぎ澄まされたドライビングテクニックで切り裂くが如く。
実際は日中のやや混みあった公道を進んだり止まったりしているだけだし、ハードボイルドを意識した心の裡も、対象がハイブリッドカーではいまいち締まらないけど、まあそれはそれ。
さて、大丈夫等と嘯いてはみても、遅刻はしない方が良い。
残り時間と残りの道程をざっと計算する。多分間に合う。残りはすべてノーミスで行けたならば。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火
桜のはなびら
現代文学
マランドロはジェントルマンである!
サンバといえば、華やかな羽飾りのついたビキニのような露出度の高い衣装の女性ダンサーのイメージが一般的だろう。
サンバには男性のダンサーもいる。
男性ダンサーの中でも、パナマハットを粋に被り、白いスーツとシューズでキメた伊達男スタイルのダンサーを『マランドロ』と言う。
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』には、三人のマランドロがいた。
マランドロのフィロソフィーを体現すべく、ダンスだけでなく、マランドロのイズムをその身に宿して日常を送る三人は、一人の少年と出会う。
少年が抱えているもの。
放課後子供教室を運営する女性の過去。
暗躍する裏社会の住人。
マランドロたちは、マランドラージェンを駆使して艱難辛苦に立ち向かう。
その時、彼らは何を得て何を失うのか。
※表紙はaiで作成しました。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンバ大辞典
桜のはなびら
エッセイ・ノンフィクション
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の案内係、ジルによるサンバの解説。
サンバ。なんとなくのイメージはあるけど実態はよく知られていないサンバ。
誤解や誤って伝わっている色々なイメージは、実際のサンバとは程遠いものも多い。
本当のサンバや、サンバの奥深さなど、用語の解説を中心にお伝えします!

スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem
桜のはなびら
現代文学
大学生となった誉。
慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。
想像もできなかったこともあったりして。
周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。
誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。
スルド。
それはサンバで使用する打楽器のひとつ。
嘗て。
何も。その手には何も無いと思い知った時。
何もかもを諦め。
無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。
唯一でも随一でなくても。
主役なんかでなくても。
多数の中の一人に過ぎなかったとしても。
それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。
気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。
スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。
配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。
過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。
自分には必要ないと思っていた。
それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。
誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。
もう一度。
今度はこの世界でもう一度。
誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。
果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる