スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

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格の違い

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 到着したばかりのほづみとひいに一息ついてもらおうと、お茶などを出しているうちに、阿波ゼルコーバ担当の井村さんとの打ち合わせ時刻になった。

 打ち合わせといっても、井村さんから具体的になった箇所についての説明を受けるだけ。必要があれば質疑なども行えるが、時間にして二十分は掛からない程度の軽いものだ。


「パレード出発の時間が多少前後するかもしれませんが、全体のプログラムはこれで確定です。あとはサンバショーの後の構成をこの後詰めていくイメージですね」

 井村さんからの説明は、適宜細かい質問などを挟んでも十五分ほど。見込み通りだ。


「特に質問などがなければ、今日はこんなところでしょうか」


「はい、お時間ありがとうございました」


「......ところで、画面の端に少し映っているのですが、あれは部品ですか? 楽器の?」


「ああ、すみません、映ってしまってました? お見苦しいところを。はい、楽器の部品なんです」


「こちらこそすみません。つい気になってしまって。楽器ってご自身で組み立てられるのですか? それとも、メンテナンスのためにバラされた?」


「ええ、そのようなものです」


「えー? いのりなにかっこつけてんのよー! 適当にいじってたら壊れちゃったんでしょ? 『そのようなものです』だって! まじいのりウケ!」


 ウケーだかエケーだか知らないけれど、ずいぶんとデカいハム太郎ね。
 ひいのそういう無邪気なところ、好きだなー。



 ルイとアリスンとみことは私が車で迎えに行った。
 もう作業は終えているから。一旦ね。
 なので諦めたわけではない。


「おじゃまします!」
「うわ、広いねー」
「え、あれどうしたの?」


 礼儀正しく入室するルイ。
 感激しているアリスン。
 めざとく何かを見つけたみこと。


「あーあれ? いのりがさー、スルドぶっこわしちゃってぇ! なんかもー諦めちゃったかんじ?」



 何が面白いのか、ひいがげらげらと笑いながら説明をしている。



 よし。よくわかった。
 やはりひいとは勝負をつける必要がありそうだ。



 とにかくまずはゲストはもてなさなくては。

 用意していたお茶とタルト、三人を迎えに行った時にコンビニで買い足したスナック類にほづみが渡してくれたお菓子を加えてみんなに出す。がんちゃんが好きなポテトチップス「からしーふーど」とグミ類はもちろん多めに仕入れてある。

 この後は少し歓談してから場があったまってきたらパゴーヂという流れだ。


 そして。

 ティータイムの用意をしたり席の場所を決めたり荷物を置いたりと、それぞれがわやわやしている隙にほづみとがんちゃんの意思確認を取る。

 問題なし。
 さあ、仕込みは済んだ。


「ひい、ファミチキたべる?」


「いるー!」


 案の定、ひいは雑魚くらい簡単に釣れた。


 買い出しの際、この仕掛けを思いついた。そのときに三人には確認をとっている。
 先ほどほづみとがんちゃんにも聞いた。

 お昼は食べたばかり、さすがにこれから甘いものを食べるのだから、揚げたお肉は今食べるには少し重い。全員要らないことは確認済みだ。


 ひいの他には、ファミチキに釣り上げられる雑魚は、ここにはいない。


「じゃあ私に勝ったらあげる!」


 みんなが歓談している場という特設ステージでおこなわれたひいとの十番勝負。


 マルバツ
 ジェンガ
 大富豪
 ポーカー
 ブラックジャック
 スプラトゥーン
 スマブラ
 マリカー
 オセロ
 ダーツ


「おにー!」
「もうやめてあげてー!」

 泣き言を言うひい。情けない友を庇う優しいがんちゃん。
 がんちゃんが目で「大人気ない」と訴えているように見えるが、それはそれで堪らない。
 麗しい友情に免じてあげるとしようか。



 十番勝負のその全てに圧倒的な勝利を収めた私は、勝者の余裕を以て場を納め、惨めな敗北者にファミチキも譲ってあげた。

 ひいはファミチキを喰みながら、去る私の後ろ姿の眩しさに、「格が違う」と、そう思ったに違いない。



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