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打ち上げ終盤の楽しみ方
しおりを挟む一通り回り終えた私たちは元の席に戻ってきた。
「おかえりー」
「ねー、いのりも徳島のやつ出るんだよねー?」
「わー、デビューじゃん、楽しみー」
どうも阿波ゼルコーバファン感謝イベントの話になっていたようだ。
出られる者は楽しみにし、出られない者は残念がっている。
ルイががんちゃんに、「姉妹デビューだね」と話し、がんちゃんは嬉しそうにしていた。
「うん、出るよー。楽しみ!」
もちろん楽しみなのだが、みんなも楽しみにしてくれていることが嬉しかった。出られずに残念がっている子たちのためにも、レギュラー化をめざそう。他にも案件を取れないかも考えてみよう。
周囲が我が事のように私とがんちゃんのデビューを喜んでくれている。
先ほどのパレードの興奮、ステージの感動は未だ残っている。その音は未だ、残っている。少し心に先ほどの風景を思い起こせば、打楽器の音と観客の歓声が蘇ってくる。
音を出し、歓声をあげさせる。その一部に、私もなるのだ。
みんなの話のお陰で、より現実感を伴ってきた自分の「デビュー」。
思っていた以上に高揚している自分に気付く。かなり楽しみになってきた。
そうなってくると、やっぱり自分の楽器で出たいなと思った。
元々購入するつもりではいて、チカにもいろいろと相談させてもらっていたが、がんちゃんが怪我をして、その後姫田へのプレゼンを行うという動きの中で、慌ただしくしているうちに後ろ倒しになってしまっていた。
そんな話をしてみたら、西巣鴨にラテン音楽の楽器を専門的に扱う楽器店があることがわかった。以前バテリアで何人かが楽器を買いに(仕入れに)行くことがあったようで、ほづみも便乗してお店に行ったらしい。特に楽器は買わなかったが、サンバのCDを何枚か買ったのだそうだ。
今から購入して、本番までにどれだけ身体に馴染ませられるか、自分のものにできるかは課題だが、それはチームのものを借りていても同じこと。
本番までは、ようやく練習のみに集中できる期間となる。時間は短くとも、集中できるなら何とかなるだろう。
弦楽器や管楽器よりは単純な打楽器だから、そこまで気にする必要は無いという考えもあるが、やはり道具は身体の一部になっているべきだ。となれば少しでも早く買いに行きたい。
ほづみからもたらされた情報に興味を持ち、秘かに買いに行く決意をしていたら、心の声がこぼれてしまったようだ。
見に行ってみようかなぁ、となんとなく呟いていたら、同じ島にいた学生メンバーたちも「行ってみたい!」と騒ぎだし、みんなで行こうということになった。
早く買いに行きたい私がセッティングした日程では直近すぎて都合が合わなかった者も多く、私、がんちゃん、ほづみ、ひい、みことの五人で現地に行き、学生メンバーでつくったトークグループにて様子を随時連絡して、情報を共有するという形で落ち着いた。
打ち上げ会場の騒がしさはいよいよ会話がままならない段階まで来た。
楽器の演奏が始まったのだ。
店舗側が許可を出してくれているのだろうが、こうなってしまってはもうゆっくりと会話するよりは、音とリズムに身体を委ねてしまった方が良い。
歌える曲は自由に歌い、ダンサーでも誰かが持ち込んだ手持ちで鳴らせる楽器を奏で、バテリアでもダンサーと一緒になって踊る。
『パゴーヂ』という文化で、サンビスタの中では、これが好きで好きでたまらないという者も多い。
私も誰かから回ってきた楽器を鳴らし、時に歌った。
踊っていたにーなに私とがんちゃんは引っ張っていかれ、見よう見まねで踊り、ひいも飛び込んできて一緒に踊っていたが、がんちゃんが「もうむりー!」と引っ込んでしまったので、私もそれっぽいステップをして、一礼して戻ったら、メイとマルガが「いのり踊れてんじゃん!」と迎え入れてくれた。
はっきり言って、すごく楽しかった。
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