スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

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過負荷

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 アイデアは他にもいくつもいくつも思い付いていた。試してみたいことも。
 アイデアは頭の中に入れておくだけではただの空想だ。形にしていかなくては。

 ああ、身体が足らない。
 時間も足らない。


 なんて思いながら、すべての時間を可能な限り効率化し、可能な限り活動時間として充てていたら、予期せぬ空白の時間を発生させてしまった。


 特に体調が悪かったわけではない。
 栄養は摂れていた。多少寝不足はあったかもしれない。

 電車の中。
 少しの吐き気。
 指先の感覚がすーっとなくなってきたかと思ったら、目の前が真っ白になった。

 私はその場でしゃがみ込んでしまい、周りにいたひとから大丈夫かと声を掛けられた。

 たぶん、しばらくの間そうやっていれば大丈夫だと思った。
 きっといわゆる貧血かなにかだ。少し休めば回復するはず。
 少し遠くから聞こえる周囲の、私を心配してくれる声かけに、私は大丈夫だと答えていたはずだった。

 次に気がついたとき、私は駅の医務室に横たえられていた。



 ああ、やってしまった......。



 よくアナウンスでは聞くことのある、「お客様救護の影響で遅れが出ています」の、当事者になってしまったようだ。

 私をここに運ぶため、駅では緊急停止ボタンが押されたかもしれない。それによって電車は遅れてしまったことだろう。どれだけの人に迷惑をかけてしまったことが......。

 ロスした時間も気になる。

 壁にかけられた時計が目に入る。私が電車に乗っていたのは何時だったっけ? すぐには頭が働かない。

 バラされたパズルが少しずつ整理されていくように、脳が機能を取り戻しつつある。
 空白の時間はおそらく数分も無いだろう。

 しゃがみ込んでしまったところから次の駅に着き、駅員が呼ばれ、運び出されて、今に至る。
 ここに運ばれてからはほとんど時間は経過していないと思えた。

 ずっと声をかけ続けていたと思われる駅員さんの声が、輪郭を帯びてきた。「大丈夫ですか?」「話せますか?」無意識の中でも、私の方も多少返事はしていたようだ。
 ただ、この数分は反応をなくしていたようで、「救急車呼びますよ!」と、呼びかけの態ではありながら、呼びかけ対象は反応できず緊急度は一段上がったという前提の、告知に近い内容になっていた。

「大丈夫です」

 辛うじて音として発することができた。

 反応があったことに、その場を一瞬支配していた緊張感は少し後退したように感じた。
 周囲の感情の機微を感じ取れるくらいには、意識は明瞭になってきた。

「ご迷惑をお掛けしました。少し気分が悪くなってしまって。もう大丈夫そうです」

 さっきよりもはっきりとした口調で伝える。
 駅員さんは少し安堵した様子で、無理はせず、回復するまでゆっくりしていってくださいと、言ってくれた。
 業務に戻る駅員さんに、上半身だけ起こしお礼を言いながら、自分の状態を確かめる。
 起き上がることはできた。少し浮遊感はあるが辛くはない。立ち上がれそう? たぶんいける。
 駅員さんのお言葉に甘え、少し様子は見ながら、回復状況を判断した。もう問題はないだろう。

 ゆっくり立ち上がり、ふらつきや気分の悪さなどの違和感がないことを確認し、奥にいる駅員さんに退室する旨とお礼を言って日常の中に戻っていった。


 人間は身体を運用して生きているのだ。
 体調管理は基礎中の基礎だ。
 身体の主導権を喪ってしまうなど、失態も良いところ。

 確かにあれもこれもと日々の取り組みに詰め込みすぎていたかもしれない。

 減らすという選択肢は無いが、効率化と工夫と分担による負荷の軽減または平準化を図りつつ、自らの生活を見直すことにした。
 栄養と質の良い睡眠。それを削って一瞬のマンパワーに充てたところで、質と継続性を伴う生産性にならないことくらいわかっていたはずだ。


 私は反省しながら、彼我戦力の見直しを行なった。彼とは、計画内容とそのボリューム。我とはロジスティクス。すなわちひと、モノ、金、情報などの資源。現時点に於いては、主に私自身の能力と労力になる。

 目下、残しているのは直前のエンサイオ。そして、その週末の金曜日に控えるプレゼンの当日だ。

 適切な管理をしなくては。

 
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